ハイスクールのときのレ・ルーココ
地上の空に来るとナイラーは車を停めさせ「運転を変われ」と言った。えっ? とは思ったが、拒む理由なんてないので、いいよ、と返事をした。
「あんたにあそこの白いアーチは見える?」ナイラーは東から西へゆっくり流れる雲の帯を指さして微笑んだ。
「雲でしょ?」俺は戸惑った。それはアーチ状ではなく歪で不揃いな横棒か、見方次第では絵に描かれる川の流れだ。
「他の色がないから余計見えにくいよな」ナイラーは嬉しそうに笑った。
「ナイラーは何を言ってるの?」俺は苦笑いした。
「今からアルトの魂を流しに行くんだよ。付き合ってくれるよな?」
「はぁ?」
「さっき見てただろ。シャトルの前で私がゴニョゴニョしてたのを」
「嘘でしょ?」
「本当だよ。生前に頼まれていたんだ。でもこんなに早く約束を守らなくっちゃならないのは残念だよ」
ナイラーは色の薄いサングラスを外すとバックミラーの位置を調整してから左目に人差指を入れ、茶色いカラーコンタクトを取り出した。それを外に捨て、ついでに黒髪のヅラも捨てた。彼女はそこら辺に何でも捨てるのだった・・・・・・長いまつ毛で何回か瞬きを瞬きを繰り返した後こっちを向いた。左の瞳は薄い灰色だった。グレーとブラウンの組み合わせだ。ブルーやグリーンのような色の華やかさはもちろんなかったけれど、行けるはずがないくらい遠い星や、谷の向こうで揺れる白い煙くらい、物静かで少し不気味で、でもやはり神秘的だった。
「ケガレは嫌か?」伸び始めていた赤髪のナイラーは肩をすくめた。
「レ・ルーココは最高ですよ。最高過ぎて怖いくらいきれいです。いやマジで、はい」
「私たちは道を知っているんだ。虹がかかっていようがいまいが、空の白い河原へ繋がる道をさ。でもそれは地理的な意味ではなくて、行き方として教えてあげられないんだ。複雑なんだよ。真っ直ぐ走っているようでも」
さぁ、お前さんの音を私にも聞かせておくれ、ナイラーがアクセルを踏み込んで一気に加速すると赤いボンネットの中にいるV8はいつもより張り切る乾いた音を立てた。彼女は予想通りかなり飛ばすタイプだった・・・・・・。
ハイスクールのときに女の子の「レ・ルーココ」がいた。彼女の家は葬儀屋でもなかったし、色の違う両目を片方の色に合わせたカラーコンタクトをしていたので誰も気が付かず、噂の一つも立たなかった。
俺は卒業を直前に控え、クラスの違うその彼女にラブレターを書いて告白し玉砕した。これ自体はどこにでもある、恥ずかしくて誇らしい思い出だ・・・・・・誤字が散見した内容は、熱烈すぎて怖かったらしい。次の日に本人からこっそり呼び出されると、笑いながら誤字を指摘された。もちろん俺も笑った。
彼女には他のハイスクールに好きな人がいて「これからも付き合っていくつもりなの、ごめんね」と言われた。
それでも今一度食い下がった俺に困惑すると、突然左目のカラーコンタクトを取って見せたのだ。腹は背に変えられなかったのかもしれない。出自を教えることで、俺が諦める、と言うか「引く」と思ったのだろう。
彼女の目は左が青色で右が黒だった。初めて本物の色違いを見たその美しさは、写真や何だで目にしていたものよりも、当たり前だが使い捨てコンタクトなんかよりずっと「本物」で、水色よりも濃いい青色は微妙に透けていた。彼女の顔の可愛らしさは確実に四割増し、むしろ可愛いではなく神秘的なまでに美しかった。
レ・ルーココの顔は誰だって整っているわけではない。鼻が低ければ顎が丸い奴もいる。でも性別に関係なく彼らに一般的な美人美男子はいない。全員が美しい。なんて言うか、語弊があるかもしれないけれど「元」がそこそこなら、かなりぶち抜くほどに美しい。クソみたいな性格をする嫌味な奴も、そうではない奴も、少なくとも顔だけはとにかく美しい。
彼らの美しさはもちろん色違いの瞳が大いに起因する。色の違った目で見つめられるときの、ある種の不安感なり「ざわつき」は心の底が一体どこにあるのかを明確に示す。
別の色をつけた二つの透明の美しい玉は、アンバランスさをまるで立体化していて、片方の目で、誰にも言えない秘密を知られてしまった気になり、もう片方の目は、でも私は君の秘密を誰にも言わないし、君が望むのなら私は忘れることだって可能なのよ、と微笑まれた気がする。もちろん同時にだ。
我々「ダック」人は自虐的に、口で話すとき本心は目で語っている、と言うけれど、レ・ルーココは両目で笑い、決して約束は破らない、と誓う。それこそが彼らの「美しさ」なのだし、その美しさに恐ろしさを感じるのだ・・・・・・鏡の前で前髪をいくらいじっても納得できなかった、そんな顔の18歳の俺はすっぱりと諦められた・・・・・・劇的なほどの美しさへ変わったことで、呆然としないわけにはいかなかった理由を誤解されていなければいいのだが、と今でも願っている。でもたぶん彼女を傷つけてしまったと思う。




