ガレージ葬 5 目を輝かせた12歳の孫
たぶん誰もナイラーが何者なのかは知らなかったと思う。生前のアルトは目の肥えた旧車乗りが勘ぐったり、噂を広めたりしないよう貴重なユーロⅠ型の修理は店を閉めてから夜な夜なしていたらしく、また彼らは「俺たちの仕事」になど何の興味も持っていなかったので、わざわざ地上へ向かう「配達ルート」に近寄る者はいなかった。
ナイラーがここにいる誰かとバッティングしていたとしたら、それは「街」のスタンドで給油する時だろうが、でも我々は「倉庫街」にある二つのセルフを使う。どちらも職場から近いし、IDカードを使えば割安だ。彼女がアルトのコパに乗って配達していたおよそひと月も、この一年近くユーロに乗っているその姿も目にすることはなかっただろう。
もちろん同業者はナイラーが古いバイクに乗っているのは知っていたし、最近は「代車」に乗っていることも知っている。しかし彼らは古いバイクや車をバカにして笑っていた。当然アルトなど知りもしない。彼らはのらりくらり生活するために関与する地上の「物語」くらい、ユーロⅠ型にもアルトのコパにも全く興味を持っていなかった。もちろん賭けの対象にしていたことを除けばの話だが・・・・・・。
ハッチバックが勝手に開いた現象に、歓声と悲鳴の間であるような、何とも形容しがたいどよめきが漏れるなか、エンジンの掛からないビンテージバイクの周りで汗をかいていた男たちは、くわえ煙草をする背の高い女とひょろっとした無表情の少年に場所を開けた。
顔を引きつらす葬儀屋がハッチバックを閉めようとして、スケールに止められた。
彼女は葬儀屋と息子に頷いた。そしてナイラーには、たぶんだけれど、死んだ父親とこれから生きて行く息子への「希望」を託した。起こることが起こる気配に包まれた。
ナイラーはしれっと、周囲に作り笑顔で会釈して火をつけたばかりの煙草を直ぐに捨てた。捨てる為に火をつけたような彼女は堂々としているぶん行儀が悪い。低いヒールの爪先で火を消すと、コパの小さなタンクを二度摩り、絞られたハンドルの左クリップを両手で握ってキックペダルの上に右足で立った。長い手足で腰を曲げて構える姿は本当に凛々しくかっこよかった。
「あの女は誰?」傍にいた一人が聞いてきた。
「職場の友達だよ」俺は注目を浴びているナイラーから目を逸らさなかった。
彼女は主を亡くした鉄の機嫌を探るように右足を軽く踏み込み、曲がっていた腰がいくらか伸びる。地上の丘で一本立ちする「柳」が風に揺れるような姿で空キックを二度した。
「古いバイクにはコツとご機嫌取りが必要なんだ。覚えときな」フラジオに言うと、彼をキックペダルの上に立たせ、少年に背を向けると自分の肩に少年の右手を置かせた。そして左手でタンクに触れ右手でアクセルを握った。
「合図するから体重をかけて踏み込め。力じゃないぞ、コツと機嫌なんだ。こいつの感情を爆発させてやれ。いいな?」ナイラーは後ろを振り返った。
火でも噴いたかのような破裂音がしてから、ドロドロ、ドロドロ喋り始めた揺れるコパに目を輝かす12歳の孫は、誰も知らない三つボタンの女に促されシートに腰を下ろしてサイドスタンドを畳んだ。アクセルを回してみなよ、と言われ少年は何度も空ふかしをした。フォルムの細い、まるで虫のような車体がその度に揺れ、周りの大人たちは歓声を上げた。
亡きアルトの愛車は孫の塩梅で時に激しくドロドロ、ドロドロ泣き続けた。時間を気にしていた葬儀屋はハッチバックを閉めて安堵した。




