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ガレージ葬 2 グラーノの匂いは消えていなかった

 いつでも恐ろしく整理整頓されていたガレージには、皺ひとつない黒い幕がぐるり周囲に垂らされ、使い古された魔法の工具箱(と、我々は呼んだが本人は俺の指先に魔法が宿っている、と言っていた)や、40年経ってもまだ支払いが終わっていないと噂されていた(もちろん本人は否定していた)高価な4Dプリンター、そして客が安いオイルで構わない、と言っても、取り合わずに必ず使われる最上級純正オイル「グラーノ」の樽などは隠されていた。 

 中央にあるリフトが祭壇替わりになっていて、気持ち持ち上げられた二本の「歯」に跨る銀色の大きなシャトルは横向きに乗せられていた。辺りには色とりどりの花が盛られていた。でもしかし参列者の誰もが嗅ぎ慣れている「グラーノ」の混じったガレージの匂いは消えていなかった。いずれにしろ巨漢のエンジニアはシャトルの中で、むしろぐっすり満足げに寝ていた。鼾が聞こえないことに違和感を覚えるほどに・・・・・・。


 自宅だったが、一人暮らしのなか急死したことで当局の検死が行われたらしく、そのおかげで豊かな銀髪の頭から被っていたエンジンオイルはきれいに流されていた。心臓の傍で血管が詰まった割には、楽勝な感じの穏やかな死に顔だった。俺は見たことはないけれど、古くから知る参列者の中には「たらふく飲んだあとで路上に寝込んで誰も動かせなかったころのアルトそのものだな」と泣きながら笑う旧車乗りが何人もいた。

 俺たちは一人一人アルトへ最後の挨拶をした。古い愛車を丁寧に修理してくれた感謝を述べると、大体の人は・・・・・・とは言え修理代が高かったぞ、と涙ぐんだ。

 一人の男は、お前がぶつくさ言うおかげで、俺は今日まで新車に乗れなかったけれど、昨日から女房は新車のパンフレットを開いて上機嫌だぜ、と泣き崩れ、我々は温かな気持ちで失笑した。

 列の終わりに並んでいた俺の番が来た。俺は、親父の個人情報を最後まで教えてくれなかったことを冗談で愚痴った。親父は時々かなりめかし込み「休日出勤」をしていたのだった。最後の対面はナイラーだった。彼女は普段のトレンチコートを脱いで黒い三つボタンの細いスーツと、少しばかり丈の短い、かなり細目のパンツを合わせ、黒い靴下と低いヒールだったのだが、赤い丸刈りの頭は肩まである黒髪だった。もちろんズラだ。

 ゴーグルを外し、色の薄いレンズのサングラスをかけていた。透けて見える彼女の瞳の色はどちらも茶色っぽかった・・・・・・ナイラーはミコ キーラレインではなかったし、レ・ルーココでもなかった。彼女と待ち合わせたとき、俺は内心ホッとしてしまった。俺の中にも差別意識があるのだろう、と思うと、今日は後部座席に座る親父に笑われながら後ろ指を指されている気がしてならなかった・・・・・・ナイラーはシャトルに横たわるアルトに向かって、密かに右手の人差指を細かく動かすと臍の前で両手を水平に裏返し、一拍置いて音を立てず上下に合わせて握った。近くにいた俺がその動作というか所作のようなものを見ていることを知ったナイラーは、細く尖った白い顎をクイッ、と持ち上げて微笑んだ・・・・・・。


 



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