ガレージ葬 1 スケール渋滞
・・・・・・アルトが死んだのはサイドカーの修理を終えてから間もなくのことだった。エンジンをバラすとあれやこれやの部品もさすがに健全とは言えない状態だったらしく、ナイラーを何度か呼び出しては説明し諸々のパーツ交換を納得させ、修理にはひと月ほどかかった。
「お前さんの魂は完全に生まれ変わったぜ」アルトはユーロを引き渡すときナイラーの頬を、汚れたままの大きな両手で挟んで笑った。
誰かがこんな風に、愛情を持って雑に接してくれることがあると思ってもいなかった、頬の汚れたナイラーはゴーグルで隠す目に涙が浮かんでしまった。でも請求書を渡されると巨漢の高齢者を轢いてやりたくなったらしい。
彼女は24回払いにしてもらい、その2回目の支払いが来る前のことだった。煙草と酒を断ち何年も騙しだましで付き合ってきた持病がもう騙されなかったのだ。
俺は名簿上で加入しているだけの「旧車会」のメンバーから訃報を知らされ、その日に「待機場」の「詰め所」で顔を合わせたナイラーに声を掛けてみた。周囲の目を気にすることなく、驚いて立ち上がったまま彼女はしばらく絶句した。魂を落としてマネキン化した女の同業者の姿に「待合所」はちょっとした張りつめた雰囲気となり、誰もが何事かを探るそんな意識に統一された。普段、賭けの対象にしている時とは違う気持ちの目の端で彼女を観察していたのだ。そのうち一人が呼び出され部屋を出て行くタイミングが合図となり、ナイラーはようやく声を震わせ「私も参列したい」と言った・・・・・・アルトはいものつなぎを着て、最近預かっていた古い四駆の下で絶命していたらしく、交換のために抜いたエンジンオイルを頭から被っていたそうだ。死んだ本人はどう思うかは分からないけれど、アルトを知っている者たちは「最高の死に方だった」と解釈した。
俺たちは仕事上りに二人でnovel区総合本部へ行き「ガレージ葬」が行われる日に「忌引き」届けを出し、当日は俺のV8で一緒に行くことになった。
「ガレージ葬」には旧車会のメンバーが勢ぞろいした。32台の古い車とバイクで54人が集まり、喪主は別れた元妻リードとの間に生まれた一人娘の「スケール」だった。薄い化粧で喪服を着た彼女は12歳の息子「フラジオ」を連れて来ていた。別れたリードはどうあれ、(アルトの)義理の息子「ケース」の姿もなかった。そのことについては誰も口になんてしなかったが「スケール」も離婚していたのか? と勘繰った・・・・・・親譲りの高身長で、父親とはまるで違う知的な高い鼻の細面。歳を取っても小さな顔はなかなかの美人だった・・・・・・彼女がまだ十代の少女だったころ「スケール渋滞」という現象があった、と言う。アルトもリードも不在していて、替わりに店番する退屈そうな一人娘の姿があると、たちまち「旧車会」の連中は目撃情報を共有した。彼らは用もないのに、なかには仕事を抜け出して集まり始め、そのうち店の前は渋滞した。無駄に集まった彼らは、交代で交通整理までしたらしい。間違いなく彼女はアルト自動車のアイドルで、時として発生した近所迷惑の原因だった。