レ・ルーココについて 3 人種差別は恋愛からも芽を出す
人々は生活が豊かになるにつけ、徐々に見えないモノへの畏敬を忘れ畏怖も失くしていった。そんな時代が始まりかけていたときのことだった。一人のキャリア官僚が高級ラウンジガールとトラブルを起こした末に失職した。四十を超えた太鼓腹が哺乳瓶を咥えたままおむつを取り替えられ、バブバブ甘える動画が流失したのだ。世間は笑うか、脱力したわけだが、彼が属する組織の連中は激怒しながら、もちろん怯えもして、どちらにしても全身を震わせながら学習するのだった。
奴らに渡す金を増やしてやらなければ、次は俺の番だぞ!!
世の中の貧困をなくすべく命を削って政策を練り、時の権力者を説得しては裏切られることも少なくない自己犠牲的でもある誇らしい職務の、その余りに激しいストレスを一晩で解消する術を発見していた男は、しかし一晩でキャリアと家族を失ってしまい、明日以降の選択肢は三つに絞られた。
単独で逝くか、相手だけを逝かせるか、共に逝くか? 選んだのは「単独」だった。しかし世の陰で多くの母子家庭や孤児を救ってきた男は人生の最後に「後を濁して」逝ったのだった。
「私の魂は、どうかケガレなどに託さないでください。身体ごと天の川へ送ってください。死んだ私は決してあなたを穢したりはしませんから」
彼は書き遺したのだ。昨晩、子供を連れて官舎を去った妻に報が届くと、息子の言葉使いに人一倍注意していた彼がよりによって「ケガレ」という賤称を使ったことを知り、私の混乱や恥よりも夫の無念の方が遥かに大きいのかもしれない、と戻ってきた。自らの手で土気色した顔に化粧をしてやり「誰にも持ち出させなかった」ままの身体を「あちら」へ向かわせたのだった。
男の遺書と妻の行動が世に知れ、見解はまちまちだったが、かねてから魂などは存在しない、との説を唱えていた似非宗教学者が、ここぞとばかり声を張り上げた。「彼女」もまたレ・ルーココには苦い経験があったのだった。
戦争はエネルギー問題で始まるが、人種差別は恋愛からも芽を出す、と言うのはあながち間違いではなかろう。