レ・ルーココについて 1
最終学歴がハイスクールまでしかない、ましてや掛け算と割り算の概念を把握していれば留年せずに卒業できるハイスクール卒の俺が有する歴史知識は、曖昧で偏っているのかもしれないが、俺なりの推察も交え少しだけ「レ・ルーココ」について語らせてもらう。
子供たちが教育として学ぶ彼らの祖先は、我々「ダック」人の祖先と共に「マター」の世界から移住してきたことになっていて「かつては不慮の死を遂げた者たちの弔事を請け負う特殊能力を持つとされ、特徴は両目の色違いである」とされている。
昔の彼らは、と言うか昔の我々は「自然死」と感染症以外の「病死」ではない「死」全般を極度に忌み嫌い、恐れた。「事故死」「自死」「他殺」「処刑」に「死産」等々・・・・・・極稀に縦列する天体の配置や周期的な彗星の出現なんかよりも、よほどこれらを重大な「凶」として特に恐れたのだった。
どれだけ愛している身内でも、死に方が当てはまってしまえば親だろうが子だろうが、遺族は亡骸と対面することなく「レ・ルーココ」へ丸投げし、魂の浄化を託した。
生前に手を繋いでいた指や、親から習う「祈り」で触れたり、いやむしろ悔やんだりしただけで得体のしれない「不幸」や「災い」が己に「伝播」すると信じていたから、特殊能力を持つ(とされていた)彼らを使い、すぐに連鎖を断ち切らねばならなかったのだ。
今では到底考えられない風習だが、あるいは迷信だが、移住して直ぐのカーマンラインを必死に開拓したかつての我々は、脱出しなければならなかった、あの荒れ狂っていた時代の「マター」とはまるで違う、理想の世界に純度の高い基礎を築くべく、よってどんな不純物も排除しなければ、との思いが増々先鋭化していってしまったのだと思う。だからこそ尋常ではないほどに「縁起」を担いだ、その一端だったのだろう。
そんなわけで、大昔の我々「ダック」人は「レ・ルーココ」にそこそこの金を払い(分割払いも可能だった)、嘆くことすらはばかられる死に方をしてしまった身内の「魂」の処理と言うか清算を頼み、足元の空に掛かる虹を利用して「向こう岸」へ(とっとと)渡らせた。もちろん身内が一目すらしない死に顔へ丁寧な化粧を施してから、誰でも覚えられるようなモノでもない、難しい発音と音の取り方で述べられる祈りによって故人の尊厳を回復させ、地上の空から天の川へ旅立たせる「身体」の処理というか処分も代金に含まれていた。
しかし、政治的だったのか宗教観だったのか、あるいは二つ同時だったのかもしれないけれど「何か」を切っ掛けにー意図したのかもしれないし「時代」の大きな流れや変化が起きたとき、なんとなく的な感じでパッケージされてしまっただけなのかもしれないのだが、いずれにしろ、どこかの時点でこれまで「色分け」されていたようなものだったー「死」は統一され始めた。
我々には見えない「魂」と、昔から刷り込まれてきた「厄」や「災い」に特化した集団心理の始末を引き受けてきた特殊能力者「レ・ルーココ」への感謝も尊敬も少なからず変化が起き始めてしまったのだった。もちろん一夜にして、と言うことではなく、それなりに時間をかけてだったのだが・・・・・・。
「セゾン」一族を時間軸にザックリ時代を括るのならば「IPA」の孫あたりから「ハバ」の祖父が社会の中心的世代となる間に「カーマンライン」は近代文明が栄えた。物流業界では、凡人には習得できない言葉の代わりに鞭で示すしかなかった獣から、故障覚悟の動力機械へとシフトしていき、同時的に他の産業も大いに飛躍した。それは基本的には貧しくどこか残酷で脆い社会が安定することでもあった。
自ら死ぬ者は減り、他者を殺める凶悪犯罪が減り、よって処刑囚も減った。実際は栄養問題だけでもなかったのだろうが、生まれる前に死んでしまう者も減った。事故は確かに増えた。しかし応急処置の医療技術は格段に向上し、車の安全性はさらに向上したので事故件数が減少の底打ちに至り、横ばいになったころには、子供を育てる金銭的な意味での不安は改善していた。出生率は上がり、ついでに平均寿命も延びた結果人口が増えた。