novel区の素人作家専用キャラクターセンター
「カーマンライン」の世界で暮らす俺の仕事は、なにも戦争や革命を運んでいるわけじゃない。キャラクターが専門だ。しかも届け先は「素人」限定と来てる。まぁ、そんなもんだ。
地上の誰かの頭の中で物語が生まれると「倉庫街」の一角にある待機所から、指示された「棟(俺の場合はnovel区の素人作家専用キャラクターセンターというわけだ)」へ行き諸々の「連中」を預かる。そして地上の発注主がものぐさせず実際に手を動かし始めたら、真新しい世界を構築する文書の中へ「彼ら」を運ぶ。これがいわゆる「普通便」だ。一方で、たとえば夜中や明け方に筆が走り、貴重な拾い物をしたかのような、想定外の新たなアイデアを採用する作家(主にプロットからの脱線を是とするような奴か、そもそも組まない者)へ「諸々」を届ける場合があり、それは「即配便」と呼ぶ。作者自身も今の今まで知らなかった「即配便」が段落や行間に届くと、彼らは自分でも驚くことがある。
「この子の髪型はショートだったのか!?」
「今夜の三日月はタメ語で喋るのか!?」等々・・・・・・。
そのような驚きがあったとき、自分の手柄じゃないけれど俺たち運び屋はどこか誇らしい。なるほど作者こそが最初の読者たれ!!
ライセンスを持っていない俺はどこの企業にも属していない。業界の末端にいる最も使い勝手のいいフリーの運び屋。車は持ち込みだし、燃料だって請求できるわけもない。「素人」のキャラ専だからギャラは叩かれ放題。ライセンスを取得し企業に属せたら「設定」や「舞台」そのものを大型でけん引し「プロ」へ運ぶ機会に恵まれる。いつかは「こちら」ですら名の知れた「超大物のプロ」にだって「何か」を運べるかもしれない。そうなれば生活は一変して安定する・・・・・・地上で努力する多くの作家なんかよりもずっと「運」が必要な、そんな夢を見るフリー連中は確かに多い。でも俺はそうでもない。どこの企業も制服はダサいしそもそも自由でいたい、とかいうつもりはない。自分の車が好きなのだ。4.8ℓの450馬力。恐ろしく燃費の悪いV8。ボンネットの中でカラカラ乾いた音を立てながら、排気音は五線紙の一番下の線よりもっと低い。もちろん小回りは利かないけれど、速度規制のない大気圏を飛ばすときの加速はシートに骨盤がめり込むくらい豪快だ。
親父が遺してくれた愛車は、親父も自分の親父から譲り受けていたので俺は三代目。思春期になって以降、親父とは口を聞かなくなり、実家を出るとき挨拶もしなかった。
半年もしないうちにテンパった母親から突然の連絡を受け、駆けつけたが看取る間もなく親父の「身体」は天の川へ向かった・・・・・・今は時が経ち死んだ誰ものように、どこにいるのかいないのか・・・・・・ただ俺はこの車を運転していると助手席に親父の気配を感じる。いや感じるというか、思春期からなんとなくだったろうけれど、結果としては完全に失った会話を今更交わしている気になるのだ。
「今日の子は作者から愛される目をしているぞ」
「この前運んだ本妻より、今日の愛人の方が細かく描写してやがる。断言してもいいぜ。本妻よりも前戯の場面が長くなるぞ」
俺は親父の軽口を聞いた気になりバックミラーで彼らの横顔を盗み見したりする。