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第6ページ 渡来チュパカブラを追って

「お!よく来たな星宮クン、何だか久しぶりじゃないか?」


「昨日ぶりですよ」


 放課後。部室の扉を開くと、中にはすでに阿鼻さんがいて何やらノートを広げていた。毎回僕より先に来ているけど‥‥いつも何時くらいに教室を出ているのだろう。


「で、今日は何するんですか?」


「うむ、まずはこの写真を見て欲しい」


 そう言って見せつけられた阿鼻さんのスマホの画面には、愛らしい子猫と戯れている阿鼻さんの画像が映し出されていた。満面の笑みを浮かべて、何とも幸せそうな表情をしている。


「星宮くんはどう思う?」


「どうって、どうでもいいですけど‥‥強いて言うならほのぼのしますかね」


「ほのぼのするだと!?サイコパスかキミは!?」


「はい?」


「いや、オカルト研究員としてはそれが正しい反応なのか‥‥?でも動物の死体でほのぼのするって、人としてどうかと思うのだが‥‥」


 動物の死体?


「阿鼻さん」


「何だ?」


「阿鼻さんはいったい、僕に何を見せようとしているんですか」


「何って、見れば分かるだろう?無惨な死を遂げたカラスの写真だ!」


 阿鼻さんがそう言い放ったと同時に、僕は彼女の手首を掴んでぐるりと回転させた。


「いきなり何をするんだ‥‥って、うああああああああ!!!!!!!!」


「意外と可愛らしいところもあるんですね」


「うるさい!今の写真は幻覚‥‥いや、合成写真だ!変な勘違いするんじゃないぞ?!」


 顔と耳を真っ赤に染めて、阿鼻さんは僕を怒涛の勢いでまくし立てた。そしてぶつぶつと何かを呟きながらスマホを操作した後――今度は乱暴に僕の前へ画面を突き出してきた。


「・・・」


 そしてそこには、今度こそカラスの死骸がくっきりと映りこんでいた。


「これは私が体育館裏で今日の授業終わりに撮影したものなんだけど―――」


「奇妙な死骸ですね、これ」


 カラスの死骸が校内に落ちていること自体かなり異常だが、注目すべき点は恐らくそこではない。何より奇妙なのはこのカラスの死に方だ。目立った外傷などは特に無いが、まるでミイラのように全身が干からびて死んでいる。全く人が立ち入らない場所ならまだしも、こんな状態になるまで何ヶ月もカラスの死骸が放置されていたとは考えにくい。そもそもカラスの死骸を目にすること自体、滅多にないことだ。


「何でこんなもの撮ったんですか?ちょっと趣味悪いですよ‥‥?」


「べ、別に私も好きで撮影したのではないぞ。何度も塩をまいて心の中で謝罪し、撮影後は先生に報告して然るべき処置をとってもらった。だがどうしても、このカラスをキミに見て欲しかったんだ」

「ほら、ここ―――分かるか?」


 阿鼻さんはそう言って画像を少し拡大させた。するとそこには、何とも不気味な光景が写り込んでいた。


「―――」


 穴だ―――カラスの首元に、小さくて丸い2つの穴が開いている。鋭利な針で穿ったようなその穴は、まるで“何か”の歯形の様にも見えた。


「犬や猫‥‥じゃあないですね」


「違うだろうな。他の動物に襲われたなら、周囲に羽の一枚でも落ちているはず。少なくとも私が現場に訪れた時には、どこにも争ったような形跡は無かった。このカラスは恐らく、自分が何に殺されたのか知る暇もなく一撃で仕留められたんだろう」


「カラスの五体が欠損せず無事に残っているあたり―――食べるために殺したと言う訳でも無いのか‥‥?」


「いいや星宮くん。このカラスは捕食されて死んだ、それは間違いない」


 謎だらけのカラスの死骸を前に、阿鼻さんははっきりと言い切って見せた。


「一昨日、キミに見せた私のオカルト研究書の記事を覚えているか?」


「オカルト研究書‥‥?あぁ、あの色々書いてるノートのことですか」


 そういえば――あの時見たオカルト記事の中に、霧雨町で起こった家畜の不審死について書かれていたな。とある農家で買われていた牛や鳥などの家畜が、一晩のうちに10頭も殺されたと言う。確かその家畜たちの死因は―――。


「―――全身の血を吸い出されたことによる失血死」


 僕が口走ろうとしたセリフを、阿鼻さんは見透かしたかのように言い放った。


「まさか、同一犯の犯行だって言いたいんですか」


「ああ、そうだ!外傷が鋭い牙で血を吸い出されたような2つの穴しかないというのも、霧雨町の事件と共通している。犯人は私の睨んでいた通り、渡来チュパカブラでまず間違いないだろう!」


「‥‥」


 何だろう。さっきまではそれなりに説得力があったのに、渡来チュパカブラというふざけた単語を聞いた瞬間、今までの熱が冷めてしまったような気分だ。


「で、犯人がその渡来チュパカブラだったとして‥‥阿鼻さんはどうするつもりなんですか?」


「そうだなぁ‥‥贅沢は言わないが、捕まえて剥製にした後、部室に飾っておきたいかな」


「贅沢過ぎるわ」


 未確認生物の剥製とか、本当に実在すればどれほどの値打ちがつくか分かったもんじゃない。


「そもそもキミはチュパカブラとは何か知っているのか?」


「家畜の血を吸う海外のUMAでしょう?」


 昔バラエティー番組で特集を組まれていたのを見た気がする。


「ざっくりしているが、まぁ概ねその通りだな。チュパカブラは1990年代中ごろにプエルトリコで初めて目撃例が報告された未確認生物だ。チュパカブラという名前はスペイン語で“ヤギの血を吸う者”を意味しており、その名の通り南米を中心に多くの家畜が襲われる被害がでたらしい」

「海外ではニュースなんかでも報道されて、日本でも少し話題になったようだな」


「情報は多数寄せられたものの発見には至っていない、ですか」


 まぁ‥‥そういうUMA関連の話はほとんどが拡大解釈された噂話か、よく出来た作り話のどちらかだろう。彼らは現実に存在しないからこそ、未確認生物であり続けられるのだから。


「日本でチュパカブラが目撃されたと言う話は正直あまり聞いたことが無い。だが、霧雨町のこともあるし‥‥もしかするともしかするかもしれない!!今こそ古今東西オカルト大研究部の出番だと!そう思わないか!?」


「それで、僕は一体何をすればいいんですか」


 全然気乗りしないが、ここまで興奮気味な阿鼻さんを止めるのは難しい。彼女が諦める気になるまで、とりあえずは大人しく付き合ってやるとしよう。


「餌場にカメラを仕掛ける!」


 阿鼻さんはそう叫ぶと、部室の奥から段ボールの箱を取り出してきた。そしてその中から謎の四角い電子機器のようなものをいくつか取り出して机の上に並べ始めた。


「え‥‥何ですかこれ」


「トレイルカメラだ。夜間に野生動物なんかを撮影するために、木に括りつけたり壁に立てかけたりして撮影するんだ。テレビとかで見たこと無いかい?」

「噛み砕いて言えば、動物の熱を感知して自動で撮影してくれる定点カメラなんだが‥‥オカルト研究には必須でな!いくつか購入してあるんだ」


「何でそんなものがこんなに大量に‥‥?ていうか、このカメラって何円くらいするんですか?」


「んー‥‥ものによってピンキリだとは思うが、ここにあるのは多分3、4万円以上はしたな。あんまり覚えてないが」


「・・・」


 たった一人の限界部活に、これだけの数の高性能カメラ――――僕はそれ以上、彼女に問いを投げるのをやめた。


「さぁ、ぼんやりしている時間はないぞ!渡来チュパカブラが学校の近くに潜んでいる間に、何としてでも証拠を押さえなければならない!」

「私は裏山にいくつかカメラを設置してくるから、星宮クンは体育館裏と渡来チュパカブラが出没しそうなそれっぽい場所を頼む。言っておくが、くれぐれも他の生徒に見つかるんじゃないぞ?盗撮だなんだと騒ぎ立てられると厄介だ」


 阿鼻さんは僕にカメラを押し付けると、早々に立ち去ってしまった。



「本当に大丈夫か‥‥これ」


 体育館裏付近にこっそりと設置したカメラを見つめながら、僕は思わずそう呟いた。我ながら何とも危険な綱渡りをしてしまったものだ‥‥こんなものが見つかれば間違いなく警察沙汰だろう。


 たとえ僕らにその気が無くても、このカメラによって傷つく生徒が出るかもしれない。


「・・・」


 うむ、やはりこれは良くない。見れば見るほど不安になって来たし、もし他人のプライバシーを侵害するような映像が撮れてしまったら、その時は本当に犯罪者になってしまう。


「‥‥やっぱり外しとくか」


 阿鼻さんには悪いが、渡来チュパカブラの発見は諦めて――――。


「そこにいるの‥‥星宮くん?」


「!」


 突如として忍び寄って来た声に驚き、僕は慌てて背後を振り返った。


「やっぱり星宮くんだ」


 そこに居たのは、体育館裏でこそこそしている僕を不審な目で見つめる学級委員の化野沙耶花であった。


「ここで何してるんだ?」


「ざ、雑草の水やり‥‥」


「は?」


 しまった、流石に嘘が適当過ぎたか。


「化野さんこそ、こんなところで何してるんだ」


「いや、アタシは普通に部活に向かう途中だけど‥‥たまたま通りがかったら人影が見えたからさ。最近ちょっと変なこともあったし、何してるんだろうって思って」


「変なことって?」


 僕の質問を聞いた化野さんは竹刀を肩に担ぎ直し、ため息交じりにこう答えた。


「誰かが動物の死骸を体育館裏(そこらへん)に捨てていくんだよ」


「それってカラスの死骸のことか?」


 動物の死骸。その言葉を聞いた瞬間、僕は反射的に化野さんに問いを投げていた。彼女の口ぶりから察するに―――何度か現場を目撃しているようにも感じられる。


「カラスだけじゃない。他にも野良猫とか、干からびたスズメが5匹くらい転がってたこともあったらしい。どこの誰の仕業か知らないけど、イタズラにしては悪質過ぎるし気味が悪くてね。先生にも相談したんだけど、あんまり相手にされなくてさ」


「そうだったのか‥‥」


 驚いた。阿鼻さん以外に目撃者がいたばかりか、他にも野良猫やスズメの死骸まで発見されていたとは。スズメが干からびていたと言うことは、恐らく阿鼻さんに見せられたカラスと同じ死因と見て間違いないだろう。


 カラスにスズメ、そして野良猫。どれも町中ではよく見る生き物ばかり。犯行はこの学校からそう遠くない場所で行われていると考えるのが自然だ。正直、これが人間の仕業によるものであるのなら‥‥さして興味は無い。犯人の動機なんて考えるだけ無駄だし、事態がエスカレートすれば、そこから先は学校や警察の領分だ。


 だけど―――もし、犯人が人間以外の何者かであったなら話は別だ。中途半端に首を突っ込んだ以上、一定の結果を見届けるまでは引き下がるつもりはない。


「ちなみに、動物の死骸はいつ頃から体育館裏で見つかるようになったんだ?今までこんなことは他にあったのか?」


「初めて話を聞いたのは2週間くらい前だったかな‥‥他にこんな話は聞いたこと無いけど」


「そうか‥‥」


「というか、急にどうしたんだ星宮くん。さっきとは違ってえらく真剣な表情になったみたいだけど――――もしかして、犯人に心当たりがあるのか?」


「いや全然ない。でも、うちの学校で起こってることなら放っておけないだろ」


 他の生徒はともかく、あかりの身に危害が及ぶようなことがあれば僕は冷静ではいられない。彼女にとってマイナスにしかならない事象、若しくは彼女に損害を与える可能性のある事柄、そしてあかりの平穏な学生生活を邪魔する輩は、必ず排除する。


「放っておけない、ね」

「普段のクールな佇まいからは気が付きにくいけど、星宮くんって結構お人好しだよな。学級員の会議の時も、率先して水無瀬さんを探していたし‥‥何というか、厄介ごとに自ら首を突っ込んでしまうタイプなんだね」


「何だそれ、褒めてるのか」


「ふふ、褒めてるとも。アタシも色んなことについ首を突っ込んでしまうことが多いからさ、星宮くんには少し親近感が湧きそうだよ」


「親近感―――ね」


「じゃ、アタシはもう行くから。星宮くんも用がないなら早く帰りなよ」


 化野さんは静かに笑うと、僕の前から立ち去った。


「とりあえず、阿鼻さんと情報を共有しておくか」


 一連の話を聞く限り、今回の事件はカメラの映像を確認すればそれで犯人の目星はつきそうではある。僕は結局、設置したトレイルカメラを取り外すことなく体育館裏を後にした。



「阿鼻さんは――――まぁ、流石にまだ戻ってないか」


 誰も居ない部室の扉を開き、僕はそんな独り言を呟いた。しかし、裏山までカメラを設置しに行くと言っていたが、いったいいくつ仕掛けてくるつもりなんだろう。まさか山頂にまで登ってるんじゃないだろうな‥‥。


「はぁ」


 まぁ、それならそれで別に僕は構わない。例え阿鼻さんが帰ってこなくても、下校時間になれば部室を施錠してさっさと帰るだけの話だ。それまではソファで横になって、ゆっくり仮眠でもとりながら待つとしよう。


「すいませーん、失礼しまぁ~す」


 しかし、僕の安眠を妨げるように―――聞き慣れない女性の声が教室に響き渡った。つい先ほど寝転んだばかりの体を起こし、扉の方に目をやると‥‥そこには一人の女生徒が満面の笑みと共に立ち尽くしていた。


「純城さん‥‥だっけ」


 下の名前は忘れたが、ともかく日本中を熱狂させている超人気アイドルか何だかの人間だ。僕とは縁もゆかりもない彼女が、一体こんな場所に何の用だろうか。


「純城花恋だよ!もう、星宮くんもホントは知ってる癖にー!」


「で、こんな空き教室に何の用だ」


「別に用とかは無いよ?たまたま近くを通ったら、星宮くんの姿が見えたから声かけただけ‥‥いや、キミだったから声をかけたの」


「なるほど」


「ふふ、ちょっとドキッとした?」


「全く」


 何が言いたいんだ、コイツ。


「と、隣座っていいかなぁ?」


「その前に、ここへ来た目的を明確にしてくれないか」


「だから星宮くんと話したくて来ただけだってば~」


 純城さんはずかずかと教室の中に上がりこんでくると、ソファに寝転ぶ僕の足を手で払いのけ―――強引に横に座り込んだ。


「ねぇ、この距離ちょっと緊張しない?肩と肩が触れ合いそうで‥‥何なら手でも繋いでみる?」


「清掃委員の仕事は放りっぱなしの癖に、こんなところで油を売る時間はあるんだな」


「えー?ちょっと、ひどいよぉ星宮くん。私、暇だからここに来たわけじゃないんだよ?芸能活動やモデルの撮影とか、色々な仕事を少しセーブして―――キミと話しに来たんだから」


「そうか―――昼間に廊下で話した時のこと、怒ってるんだな」


「は?」


「僕の言動で純城さんを不快な気持ちにさせたのなら謝る、申し訳なかった」


 彼女の言いたいことは、何となく分かった。誠意などこもっているハズも無いが、形だけの謝罪で気が済むのなら安いものだ。これ以上因縁をつけられても厄介だし、あまり刺激はしたくない。


「あっははは!星宮くん、また勘違いしているみたい!」

「私、別に怒ってなんかいないよ?むしろ逆っていうかぁ―――あの時からずっと、キミのことが気になってるんだよねぇ」


 そう言って、彼女はまるで蛇のように僕の腕にぎゅっと絡みついた。


「キミさえ良ければ―――私が彼女になってあげよっか?」


 恍惚とした表情で、妖艶に―――彼女は僕の耳元で囁いた。常人であれば、理性が沸騰してしまうほどの艶やかさと、異性を魅了してやまない蠱惑的な肉体―――その両方を駆使した完璧すぎるほどに完璧なアプローチ。


 なるほど、これほどの演技力を持つなら芸能界で引っ張りだこなのも納得がいく。


「‥‥純城さん」


「ふ、不純異性交遊ぅぅ!!!」


 僕が言葉を紡ごうとした瞬間、張り裂けるような叫び声が鼓膜を震わせた。そして、その声の主は―――本来のこの教室の主であった。


「部長、お帰りなさい」


「お帰りなさいじゃない!!健全な部室でナニをやってるんだキミィ!!まさか、今からか!?今からここで生殖行為を行うつもりなのか?!」


 阿鼻さんは顔を真っ赤にしながら、扉の前で恥ずかしげも無く騒ぎ立てた。まぁ、帰ってきて早々この現場を見れば誤解するのも無理はないか。まぁ、ここが健全な部室であるかどうかは議論の余地がありそうだけれど。


「誰、あの人」


「うちの部活の部長だ」


「部活?星宮くん部活やってたの?何の部活?」


「お、オカルト研究部‥‥」


「は?」


 ヤバい、口にするとやっぱり恥ずかしい。


「オカルト研究部ではない!古今東西オカルト大研究部だ!!!」


「いや、余計意味わかんないんだけど」


「分からなくていい、実際のところ僕もよく分からん」


「あ、ちょっと‥‥」


 僕は自然な仕草で純城さんを振りほどくと、伸びをするようにソファから立ち上がった。


「それで、カメラの設置はうまくいったんですか?」


「え?あ、あぁ!恐ろしいくらいにうまくいったぞ!あの場所なら誰にもバレることなく、確実に対象を撮影できるはずだ!」


「へぇ、それは何よりですね」


「それと、一つ面白いものを見つけてな‥‥キミにもぜひ見てもらいたいんだが」


 そこまで言って、阿鼻さんは何とも言えぬ表情でチラチラと純城さんを見つめだした。彼女のことが気になって話どころではない‥‥と言ったところだろう。


「純城さん、今からこの部屋部活で使うから―――そろそろ席を外してくれないか」


「えー、いいじゃん~。面白い話、私も聞きたいな~!」


「渡来チュパカブラの話だけど聞いていくのか?」


「チュパ‥‥は?」


「おい星宮研究員!研究対象の情報は極秘なんだぞ!?そう易々と部外者に漏らしては世間に混乱を招きかねないじゃないか!」


「あー、うん。今日はもう帰ろっかな」


 引き攣った笑顔のまま、純城さんはさっさと退散準備を始めた。


「そうそう星宮くん!さっきの話だけど、返答はすぐじゃなくてもいいからね~?私と付き合うって、相当な覚悟いるだろうし―――家に帰って喜びに打ち震える時間も欲しいだろうしね~」


「いや、悪いけどその話はお断りさせてもらう。気持ちだけはありがたく頂戴しておくよ、純城さん」


「は?」


 僕は純城さんが部屋を出た瞬間、ピシャリと扉を閉めた。これ以上関わるのは、お互いにとって何のメリットも無い。ここまで悪辣な態度を貫けば―――彼女が僕の前に現れることもないだろう。


「付き合うって―――おいおい星宮クン、キミ彼女に告白されていたのか!?フフ、澄ました顔をしているが、キミも隅に置けないなぁ~?」

「でも良かったのか?あの子、容姿だけで言うなら滅茶苦茶可愛いかったと思うのだが」


「まぁ、一応超有名なアイドルらしいですから」


「ははは、え?アイドル?」


「彼女のことはもういいです。それで―――面白いものって何ですか」


「お、おお!そうだ!コレをキミに見せるために急いで戻って来たんだった!」


 思い出した!と言わんばかりに阿鼻さんは慌ててスマートフォンの画面を僕に見せつけた。


「これは‥‥」


 そこには、可愛らしい野良猫が気持ちよさそうに昼寝をしている写真が映し出されていた。


「部長」


「何だ?」


「またですか?」


「え?」


 阿鼻さんはサッ、とスマホの画面を確認すると急に顔を赤らめ始めた。


「ちちちちちちち、違うぞ!可愛い猫ちゃんがいたから撮ったとか、そういうんじゃないぞ?!この猫からただならぬ怪しい気配を感じて研究のために―――」


「何でもいいんで、早く本命の写真を見せてください」


「さーせん!」


 新しく映し出された写真には、今度こそ奇妙な光景が捉えられていた。


「何ですか、この写真」


 巨大な樹木の幹に、人間のような足型がスタンプのようにくっきりと刻まれている‥‥何とも異様な現象だ。樹木の表面のえぐれ具合から考察するに、相当強い力で作られたものだろう。


「カメラを仕掛けていたら、たまたま見つけてな。調べてみると、他にも似たような木がいくつかあったんだ。足型のサイズは24cm程度、形を見て分かる通り―――野生動物や自然現象が作り上げたものではない」

「これは恐らく、何らかの未確認生物によって行われたマーキング行為の一種であると思うのだが―――キミはどう思う!?」


「さぁ、今の段階では何とも。とりあえず、カメラの映像を確認しないことには考えようもありませんね」


 答えを出すにも相手の正体を考察するにも、今は判断材料が足りなさすぎる。話し合うのは、全ての手段の結果が出揃ってからでいい。


「そういえば、僕の方でも新しい情報がありましたよ」


 僕は忘れないうちに、体育館裏で化野さんから聞いた話を全て阿鼻さんに語り聞かせた。


「そんなにも目撃情報があったとは‥‥!ナイス聞き込みだ星宮クン!これは明日カメラの映像を確認するのが楽しみだな!!」


「まぁ、そうですね」


「カメラもうまく設置できたことだし、今日の活動はここまで!明日はきっと忙しくなるから、今日は夜更かしせずしっかりと睡眠をとるんだぞ!」


「はい、お疲れさまでした」


「ああ、お疲れ!!明日もよろしく頼む!」


 僕は阿鼻さんに軽く会釈をし、部室を後にする。学校を出る頃にはもう、カメラを設置する時にあれほど抱いていた罪悪感は嘘のように消えていた。




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