第伍話 「赤キ獅子と緑の科学者」
この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
警報が鳴り響く真夜中、点滅する赤い光が街中を照らしていた。
「ようやく解放された、もう二度とあんなところにはいたくないね…」
一人の男が周囲の状況を気にせず、目的地に向かおうと歩を進めていた。
緑メッシュの赤紫髪に黄色眼の容姿と至る所にベルトを巻いたロングコートが特徴の彼はエドバルド・ルドン、元芸術家の脱獄犯であった。
エドバルド「しかし、唐突に爆発とは…物騒なもんだね」
先程の出来事を思い返し、感想を零した。その発言や今の様子からしてあまり興味が無いようだ。
次の瞬間、エドバルドの背後から銃口が突き付けられた。
「見つけたぞ!」
その持ち主はCSFの隊員であり、凄い剣幕を向けていた。彼の他にも隊員が駆けつけており、エドバルドを包囲していた。
CSF隊員A「動くな!CSFだ!」
エドバルド「随分と厳重だね、僕はこれから行かなきゃいけないんだ…」
飄々と言い、自分は関係無いと言わんばかりの態度で振る舞う。その表情は面倒くさそうにしていた。
CSF隊員B「大量虐殺に建造物の破壊を行った貴様をそう易々と逃がさん!」
真っ直ぐな意志で堂々と答える。周囲の隊員達が確実に捕らえようと、警戒しながら徐々に近付いてくる。
エドバルド「嫌だなぁ…ただのクオリティ向上だよ、それに…」
懐から紙を取り出し、上空に投げ飛ばした。
不審な動きと判断してか手にする武器を構えた。
エドバルド「あんな窮屈なところにはいたくないんだ」
ため息混じりに愚痴を吐く、嫌と言わんばかりに強く拒んでいる事がわかる。
銃火器の引き金は引かれ、刀が持つ刃は月光で煌めいた。
エドバルド「頼むから、死んでくれ」
それより先に呟いた。次の瞬間、宙に舞う紙が空を覆うように広がり始めた。
衝撃に思ってか隊員達は唖然とした表情を浮かべながら見上げた。彼らの首に縄が伸びて巻き付くと、勢いよく引っ張り上げた。
CSF隊員A「ごぁっ!?」(な、何が…!?)
突き付けていた銃口が離れ、銃火器は地に転がる。刀も例外ではなかった。一人残らずアスファルトの地面から足が離れていく。
不可解な現象に困惑する中、首を絞める縄の先を見つめた。そこには折り目の入った白い紙しかなかった…だが、瞬時に理解した。
CSF隊員A「こ、こひゅっ…!かぁっ…!ぁ……!!」
すぐに伝えようとするが、酸素が脳に行き渡らないせいで身体が思うように動けなかった。そのまま力が抜け、縄を解こうと蠢く手がぶら下がった。
エドバルド「呆気ないな、正義組織も」
この場にいたCSF隊員全員が死んだ、その事実を知るとそのまま歩き出した。能力を解いたのか上空で展開していた紙は消え、吊っていた隊員達が地面に叩きつけられた。
翌朝、クロノス社の研究室にて一人の少年が椅子に腰掛けながら机に突っ伏していた。
発光するフラスコや製造した一風変わったアイテム、山ほどに積まれた資料など部屋の中はかなり散らばっていた。
「んっ…」
ふと目を覚ました。瞼が開き、青い瞳が現れる。
「寝ていたか…」
夢を見ていた事を自覚すると、身体を起こして背伸びした。少年は白衣を羽織り、茶髪の上にはGというイニシャルが記された緑色の帽子を被っていた。
「そっか、やる事終えて…」
寝ぼけながらも状況を把握し、記憶を整理していく。
直後、それを阻害するように扉が勢いよく叩かれた。
「おーい!グリン!いるかー!!」
向こうから誰かが大きな声を張り上げる。境界となった鉄板の扉が分厚いので籠っているが、確かに届いていた。
グリン「…レオか」
鬱陶しいレオの声が半ば強制的にグリンの脳を覚まさせた。机から離れて、立ち上がる。
反応が無いと思ってか、強い力で続けて扉を叩く。
レオ「グリン!なぁ!グリン!!」
明らかに催促している。それに苛立ちを募らせるグリンが早足で駆けていく。
レオ「おーー…」
呼ぼうとした時、鉄板の扉がスライドして室内とグリンの姿が顕となった。
グリン「うるさいよ!!扉壊れるわ!!」
喧しいと言わんばかりに大声で訴える。
レオ「おー!来たか!」
だが、グリンの怒声を気にせずにようやく出た事に喜ぶ。
レオは赤と銀の逆立ったハーフヘアに黒のバンダナを巻いた活気そうな青年であった。
グリン「来たかじゃねぇよ!鉄板だから耳通して頭来るんだわ!てか、手痛くないの!?」
理解していなさそうだったのでもう少し詳細に述べる。シンプルに煩かったという遺憾な気持ちとレオに対する心配が言葉に込められていた。
レオ「おう!大丈夫!てか、それは悪りぃ…」
自分の無事を笑顔で答えた後、グリンに対して迷惑をかけた事を理解すると申し訳なさそうに謝罪を口にした。
グリン「…いいよ、次からは気を付けてね」
若干不機嫌そうな表情を浮かべながら優しく返す。レオは騒がしいし、何処か常識を欠いているが、悪い人じゃないのはわかっている。
レオ「わかった!てか、今日は珍しいな!寝坊なんてさ!」
切り替えようと話を変えて、満面の笑みでグリンに指摘する。
グリン「そんなに寝てた?」
その言葉に疑問を覚えてか、身に付けている腕時計を見つめた。時刻は10:00を指していた。
グリン「ほんとだ…」
いつも9:30にはレオに勉強を教えている。30分も遅延していたのだ。
グリン「でも、よくわかったね。僕が寝てるのを…」
腕時計を袖にしまい、レオに対して問いかけた。扉が閉まっているので研究室の中は見れないはずだ。
レオ「あぁ!ただの勘だ!」
グリンにサムズアップを向けながら清々しい程に元気良く答える。
グリン「本当に凄いね、全部当てちゃうから逆に怖い…」
彼が兼ね備える天性の勘を賞賛しており、一回も外した事が無いので少々引いていた。
グリン「あ、そうだ。今日の勉強会は短めにやるよ」
用事を思い出してか、レオに今回の予定を告げた。
レオ「お!マジで!?」
それを聞いてか嬉々としており、目を輝かせていた。
グリン「まぁ、今日は例のものが来るからね…」
想像以上の反応を目にして呆れる。だが、いずれにしても守らなければならないものであった。
例のもの、それを耳にしたレオは首を傾げた。
直後、腕時計から着信音が鳴り響いた。すぐさま二人が応答する。
未来隊長『レオ、グリン…隊長室に来て』
聞こえてくるは未来隊長の優しく語りかける穏やかな声、二人に指示を飛ばした。
グリン「わかりました」
レオ「おう!わかった!」
命令を聞いてかすぐさま承り、通信を切る。
グリン「今日は無くなるみたいだね」
レオ「ぽいな!」
仕方が無いと言わんばかりにまた大きく予定を変更した。嬉しく思ってか清々しい声を元気よく張り上げた。
同時刻、美術館にてエドバルドが歩み寄っていた。
一つの建物として大きくそびえ立ち、西洋風な外観が特徴であった。
「エドバルド!やはりここに来たか!」
監視と警備を担うCSF隊員がこちらに近付くエドバルドに気が付き、銃を構えた。
エドバルド「ここにもいるんだね」
ベルトに刺していた絵筆を抜き、懐から紙を取り出す。すると、真っ白な面に何かを描き始めた。
CSF隊員C「不審な動きをするな!貴様の能力はわかっている!!」
物凄い剣幕で警告する。照準がエドバルドの頭に定まるが、当の本人は集中したまま描き続ける。
エドバルド「撃つんでしょ?わかってるよ」
見据えた発言の直後、絵筆をしまう。描き終えた紙をCSF隊員に見せた。そこにあったのは…
CSF隊員C「弾丸…!!」
次に繰り出される攻撃を予測してか横に飛んで回避する。急いで銃口を向けて引き金を引こうとする。
だが、再び前に目を向けた時、それは大きく見開いた。
放たれる弾丸は一つで、直進するのではなく、多数で扇状に拡散していた。
CSF隊員C「なっ…!!」
状況は頭の中で把握した。だが、遅れてしまった。回避する事ができずに隊員の全身に埋め込まれた。
声も発せず、弾痕から血を噴き出しながらその場で倒れた。
エドバルド「よし、邪魔者は消えた…」
罪悪感も無く、気にせずに亡骸を踏み越えて美術館の中へと入っていった。
クロノス社の隊長室に招集されたレオとグリンは未来隊長の前に立ち、並んでいた。
グリン「エドバルド・ルドンの討伐若しくは確保が今回の任務…」
先程、未来隊長から告げられた指示を聞いた。確認の為、再度その内容を繰り返し唱えた。
未来隊長「うん、そうなるね」
合っていると首を縦に振ると、扉からノック音が鳴った。それを聞いて三人が振り向く。
未来隊長「入っていいよ」
正面を見据えながら、穏やかな声色で入ってくるよう促した。
「失礼します」
向こうから声が聞こえた後、扉は開き、姿を現しながら室内に入ってきた。
紺色の髪に青眼の凛々しい容姿に青のラインが入ったロングコートのような黒装束を身に纏った眼鏡の男がそこにいた。
未来隊長「ウィングドホースのロイドか、珍しいね。どうしたの?」
眼鏡の男 ロイドとは知り合いであり、意外に思ってか少し目を見開いた。
ロイド「はい、報告に参りました」
扉を閉めると、礼儀正しく前進する。レオ達の隣に立ち、未来隊長に近付くと手にしていた資料を手渡した。
レオ「…なぁ?ウィングドホースってなんだ?」
二人が話し合う中、レオがグリンに耳打ちして訊ねた。
グリン「ウィングドホースは僕達戦士とは違う五人で構成した部隊、その実力は僕達より上で、それぞれ異なった専門を持つ。ロイドさんなんかだったら情報収集だね」
レオが知らない事を落ち着いた様子でちゃんと教える。グリンの目はロイドに向けられていた。
報告を終えてか当の本人が見られている事に気が付く。
ロイド「御二方にも伝えておきます」
会話の中でレオとグリンがエドバルドの対応に当たる事を知ったのだろう、改めてと言わんばかりに身体を向けた。
グリン「は、はい」
レオ「おう!」
突然の事によくわかっていないが、真剣に話を聞く。
ロイド「C市街地区にてエドバルドを目撃、現在美術館の中にいるとの事です。」
伝えたられたのはエドバルドに関する目撃情報であり、現在地でもあった。
未来隊長「二人とも、出動して」
それを踏まえた上でレオとグリンに指示を出した。
レオ「わかった!」
グリン「わかりました」
元気よく答えるレオとは逆にグリンは落ち着いていた。だが、どちらも答えはYES、迅速に隊長室から出ていった。
少ししてエントランスに辿り着いた時、グリンの足が止まった。
グリン「レオ、先に行ってもらっていい?」
名前を呼ばれたレオが振り返り、グリンの真剣な表情を浮かべる顔を目に映す。
レオ「約束してんだろ?良いぜ!」
勘か、察してか頷く。すぐさま四足歩行で駆け出し、現場へと向かった。
グリン「出来るだけ急ごう、届いていればいいんだけど」
レオを見送ると、急いで自身の研究室に戻った。
C市街地区の美術館に到着した。
レオ「ここか!」
それを理解すると、ゆっくりと立ち上がり、二足で直立した。目の前に聳え立つ美術館を見上げる。
ふと、正面へと向くと死体として転がる隊員の姿が目に入った。
レオ「おい!大丈夫か!?」
彼の元へと駆け寄り、必死に呼びかける。だが、返事は無かった。動きもしなかった。
レオ「…やられちまってるのか……!!」
全身に埋め込まれた弾痕から流れる血、位置からしても死んだ事は嫌でも明確に伝わってきた。
それ故か助けれなかった・護れなかった事に悔やみ、拳を握りしめる。
再び美術館の方へと視線を向けると、そのまま進んで中へと入っていった。
内装はとても広く、絵画や彫刻された木像・石像などの芸術作品が壁に沿うようにして設置されている。
レオ「なんか変わったのばっかだなぁ…」
芸術性、そこに込められた想いなど知らずにそれらを見渡しながら思った事を口にした。
「君はわかってないね」
だが、嘲るような見下した男の声が響き、レオを否定する。
レオ「誰だ!?脱獄犯か!!」
聞いてか大声を張って訊ねた。すると、目の前からエドバルドが歩きながら近付いてきた。
エドバルド「美術館では静かにしてくれないかな、それに私は芸術家だ」
脱獄犯という事を否定し、レオを品性も知性の欠片も無いと睨みつける。嫌悪感と怒りを宿す瞳が赤く光る。
レオ「芸術家っていうのか!?」
だが、エドバルドの注意を意に返さず再び問いかけた。これはエドバルドが犯罪者だからだ、許してはいけないからだ。
エドバルド「品性・知性の欠片も無い…非常に不愉快だ」
抱く嫌悪感が更に増し、憎悪を向けた。
エドバルド「芸術というものをわかっていない」
手に持つ筆を振るう。すると、一部の絵画から浮き出てきた。立体化したそれは人型となり、床に手をつく。
赤と黒の二色で構成された不気味なそれ 絵の具人間はレオの方へと顔を向けて、敵だと察知して戦闘態勢に入った。
エドバルド「さて、クロノス社の戦士…それも獣のように穢らわしい奴よ、芸術の素晴らしさを知れ!」
拒絶せんと言わんばかりに高らかに声を張ると、絵の具人間が走ってレオに近付く。
腕を振るって襲いかかる、その攻撃をレオはすかさず躱した。
レオ「おらぁっ!!」
流れるように拳を突き出す。だが、水風船のような弾力が返ってくる。
レオ「げぇっ!?」
手応えが感じなかった。同時に感触のせいか生理的嫌悪感を感じた。だが、効いているのか人型の絵具が後退る。
レオ(効いているのか…?)
確信が抱けなかった。だが、そう思い込むしかない気がした。
レオ「てか、気持ちわりぃ…」
嫌な表情を浮かべる。拳には赤と黒が入り交じった液体が付着していた。
エドバルド「私の能力は絵を具現化させるもの、今のは私のアートが一つ 『残酷』だ。」
戸惑うレオに自身の能力と実体化させた芸術作品について語り出した。
レオ「残酷…?」
エドバルドの作品名を聞いて疑念を抱いた。何故、ただ赤と黒の絵の具を混ぜただけのものを残酷と呼ぶのか?と
エドバルド「赤と黒は残酷を表す、どちらも血の色だからな…そして、人型にしたのはこの世でとても残酷な生き物だからだ」
その問いに理由を述べる。由来など作品に込められているのは全て彼の思想と偏見であった。
レオ「人が残酷か…」
エドバルドの説明を聞いてふと呟く。その言葉には否定が含まれていた。
エドバルド「どうした?文句がありそうだな」
見抜いていたのか意見を聞く姿勢に入った。
レオ「わっかんねぇよ…!」
理解できない、したくないと返す。言葉を紡いだ。
レオ「俺はライオンに育てられた!そんで人に殺された!注射刺して変な力にも目覚めちまった!あん時は信じれなかったよ、そのざんこく?ってやつだ」
真剣な表情で、嘘偽りの無い事実を述べていく。はっきりと喋る声は何処か苦しそうに出していた。
レオ「でも…!」
握りしめる拳から炎が発現する。片手だけではない、両手足からもだ。
レオ「悪い事ばっかじゃねぇ!残酷だけが人じゃねぇ!俺を信じて、思ってくれる人がいた!!」
エドバルドの考えを否定し、自分の意志を貫いた。グリンを含めた戦士、クロノス社の全員が何よりもレオにとって大きな影響を与えていたのだ。
エドバルド「理屈や根性で語れるほど、芸術は容易くない…」
握り締める絵筆を掲げ、穂首の喉に色がつく。振るって、付着していた塗料が飛び散る。
飛行するそれらは美術館内を動き回り、絵画などの芸術作品に憑依した。絵画からは絵の具人間が現れ、彫刻を施された像はひとりでに動き出した。
レオ「敵が増えた!」
気を引き締めてか両手足に炎が纏い、力強く拳を握り締めた。エドバルドに操られた複数の芸術作品はレオを包囲し、徐々に近付いてくる。
レオ「まずは気持ち悪くねぇやつから!!」
振り向きながら炎纏う拳を振るい、彫刻された像を粉々に砕いた。
直後、背後から絵の具人間が襲いかかる。だが、レオは後ろに蹴りを入れて、吹き飛ばした。
足に纏う炎が全身に引火し、煙が現れた。それを見てレオは理解した。
レオ「アイツ、炎に弱ぇのか!よっしゃ!!」
確信を得て、自ら攻めていく。炎を纏ったまま殴るや蹴るなどの攻撃を繰り出し、尽く蹴散らしていく。だが、敵はまだ残っている。
レオ「このまま倒して…」
絶好調のまま敵を倒そうと一歩踏み出した、その時だった。
レオ「ぐっ…!!」
一瞬来た苦しさで意識を奪われそうになる。手足の炎が消えると、突如として前のめり倒れてしまった。
レオ「な、なんだよ…!これぇっ…!!」
意志とは真逆に身体が動かない。上手く呼吸すらできないし、立ち上がれない。朦朧とする意識、手足が痺れて力が入らない。
エドバルド「実に馬鹿だ…絵画から出てきた奴らは絵の具の塊だ」
いつの間にか用意していたガスマスクで煙を防ぐ、一瞬赤く光る瞳がレオに向けられ、人差し指でさした。
エドバルド「絵の具を燃やせば有毒ガスが発生する。そしてここは美術館、芸術作品に損傷を与える恐れがあるのでスプリンクラーなどは無い。例え消火器があったとて、その身体ではどうしようもない」
自身の策略を淡々と余裕そうに語る。
酸素が脳に行き渡らず、苦しむレオにエドバルドが操る芸術作品達が確実に迫りつつある。
エドバルド「さぁ、芸術の素晴らしさを前にひれ伏せ」
冷たい眼差しを向けながら死刑宣告をする。最早、勝利は目前だと確信していた。
レオ「クソッ…!」
ままならない、どうしようもないと諦めかけていた。
直後、レオの頭上を何かが通り過ぎた。それは無色透明の液体が入ったガラス瓶であり、芸術作品に近付いた。
流れるように銃声が鳴り響いた次の瞬間、瓶は割れた。硝子の破片は四方八方に散らばり、周囲に液体が付着して鎮火させた。
エドバルド「誰だ?」
突然の事に困惑する中、声が聞こえた。
グリン「やっぱ、準備してきて正解だったね」
聞き覚えのある声にレオは気付く。彼の背後から声の主であろう足音が聞こえてきた。
グリン「備えあれば憂いなし…ってね」
そう、グリンだ。待たせたと言わんばかりに微笑む彼の手にはリボルバー式の拳銃が握られており、銃口からは煙が立っていた。
レオ「グリン…!」
身体は動けないが、声を聞いて確信した。おかげか自信と安心が生まれた。そんなレオにグリンが駆け寄る。
グリン「大丈夫…じゃなさそうだね」
腕時計を操作して、錠剤を一個取り出した。
レオ「薬…」
グリン「苦くないよ」
少し苦手意識を持つレオに声をかけて安心させると、錠剤を飲ませた。
レオの口内に入ると、当の本人は生きたいと思ってか堪えながらなんとか飲み込んだ。直後、意識を取り戻し、一気に全快した。
レオ「おぉ!治った!!」
勢いよく立ち上がり、ガッツポーズを取った。レオに飲ませたのは解毒薬であり、体内にあった有毒ガスを除去したのだ。
エドバルド「なんとも面倒だ…」
嫌悪感を抱き、顔に出た。
そんなエドバルドを他所にグリンは目前から徐々に近付いてくる芸術作品達を観察した。
グリン「レオ、エドバルドの能力ってどんなの?」
一瞬も目を逸らさずに、拳銃を構えながらレオに訊ねた。
レオ「絵を具現化するって言ってた!」
喜んでいたが、訊かれた事で我に返ってすぐに答えた。
グリン「オーケー、やっぱ用意していて正解だった」
微笑みながらレオに感謝した。すると、懐から先程投げたものとは別の瓶を取り出した。
グリン「コズミック・コア…それ即ち、元素!」
得意げに語りながら手にしたそれを芸術作品に向けて投げた。ヤツらの上空に移った時、グリンが構える拳銃の照準は瓶に合わせていた。
次の瞬間、銃声が木霊して、目にも止まらぬ早さで弾丸が翔け抜けた。鉛の塊が外の空気と遮断していた硝子を貫き、液体が零れた。
芸術作品が濡れる。直後、絵の具人間が溶け出した。
エドバルド「なっ…!?何をした!?」
ただの液体と油断してか、目を見開く。グリンに訴えた。
グリン「酸素系漂白剤だよ、絵の具を落とすにはこれが効くんだってさ」
得意げと言わんばかりに微笑みながら答えを提示した。
グリン「あ、そうだ。さっきのは消化器と同じものを活用させてもらったよ」
ついでと言わんばかりに落ち着いた様子で述べる。
エドバルド「面倒な…」
それを聞いてか冷や汗をかき始めた。自身にとってかなり厄介な相手が来たという焦りからだ
グリン「レオ、絵の具は僕が相手するから他のは頼んでいい?」
だが、極悪人のエドバルドの事など何の情も湧かずして、レオに指示をした。
レオ「おう!」
両手足に炎が再燃し、戦闘態勢に入った。直後、一歩前に踏み出すと、勢いよく彫像に駆け寄る。
レオ「これで形勢逆転だ!!」
目と鼻の先まで近付くと、顔面に目掛けて炎纏う拳を突き出した。殴られた箇所から亀裂が生じて、砕け散った彫像が倒れた。
優勢となったレオとは一方で、グリンは先程の方法で絵の具人間を倒していった。
エドバルド「くっ…!!」
危機的状況に陥っていると察してか苦い顔を浮かべる。保身故か踵を返してこの場から離れた。
レオ「これでトドメ!」
そうして残った最後の一体、彫像をレオが拳で叩き壊した。
レオ「全部倒した!!」
グリン「急ごう、アイツは奥に逃げたみたい!」
全ての敵を倒した二人は急いでエドバルドが逃げた後を追った。移動の最中、レオの目がグリンの持つ拳銃を見た。
レオ「それか!約束してたのって!」
グリン「うん、ベルデゾロって言う僕でも扱えれる銃を十六夜Projectに依頼したんだ。」
ベルデゾロと命名された拳銃について語った。
レオ「でも、なんで銃なんか?」
何故、科学者であるグリンがベルデゾロを使うのか?その疑問が脳裏に過ぎった。
グリン「何の能力も持ってない弱い僕でも力になりたいからね、もう昔の弱い自分じゃない事を証明したいんだ…」
言葉として出た秘めたる想いは何処か後悔しているようにも聞こえた。ベルデゾロを握る力が増した。
レオ「グリン……」
グリンの心情を読み取ってか、そう呟く。ふと自分の力が“投与されたもの”だと改めて理解した。
レオ「気にすんな!」
意を決してか暗い表情を浮かべるグリンに元気よく声をかけた。我に返ってかレオに顔を向けた。
レオ「グリンのおかげで俺はこうして戦えるし、みんと一緒にいれる!だから、自分を責めるな!!」
満面の笑みで堂々と自分の意志を伝える。レオの言葉に勇気づけられてか、グリンは心の奥底から安堵し、微笑んだ。
グリン「…ありがとう」
そして、レオに感謝を告げた。
しばらく進んでか、だいぶ奥まで来たようだ。二人の前にはエドバルドがおり、椅子に腰掛けながらイーゼルにかけたキャンバスに絵筆で何かを描いていた。
グリン「そこまでだ!もう逃げられないよ!!」
落ち着いた様子のエドバルドに照準を合わせる。睨む瞳も正面を見据えていた。
呼びかける声により絵筆を動かす手が止まった。
エドバルド「美術館では静かに…わからないのか?」
溜息混じりにレオとグリンを睨み返した。
グリン「君に言われたくないね!人の芸術を滅茶苦茶にするなんて許せないし、芸術家だなんて称したくないね!」
真剣な眼差しを向けながら堂々と答えた。言葉には築いていったエドバルドを除いた芸術家達とエドバルドを断じて許さないという意志が宿っていた。
エドバルド「芸術家ですらない君が芸術を語るか!実に烏滸がましい!この世に蔓延る作品など平凡でつまらないと言わざるを得ない!!」
聞き捨てならないと勢いよく立ち上がる。握り締めていた絵筆に尋常ならざる力がかかった事で粉砕してしまった。手にしていたそれを地に叩きつけ、怒りを晴らす。
エドバルド「だが…」
憤り・荒れ狂う感情が落ち着いてか一息ついて落ち着くと、再び正面を向いた。表情は落ち着いていた。
エドバルド「君達に見せてやろう…一番美しく、素晴らしい芸術を!!」
先程まで描いていたキャンバスをレオとグリンに向けた。
そこにあったのは爆破した街並みで赤色で彩られた嘆く人々がこちらに向けて手を伸ばしたりと助けを求めている絵であり、テロの被害を受けている図であった。
レオ「そんな芸術、美しくねぇよ!!」
感性が違うのか将又この異常な絵に対する嫌悪感があるのか、何れにせよエドバルドとは相容れなかった。
エドバルド「好きにほざけ!所詮、君達にはわからぬさ!!」
直後、風がキャンバスに引き寄せられる勢いで巻き起こる。
レオ「うぉっ!?なんだ!?」
グリン「絵の中に閉じ込める気か…!!」
突然の事態に二人は驚くが、踏ん張ってなんとか持ち堪える。その中でグリンはエドバルドが仕掛けた攻撃の意図を読んでいた。
合わせていた照準を絵に移し、引き金を引いた。弾丸は瞬時に宙を翔て、キャンバスに穴を開けた。その影響か風は止んだ。
エドバルド「油断したな!」
赤色に染めた別の筆を床に突き立てる。すると、付着した赤いペンキは自我を持ってレオ達に前進して、扇状に広がっていく。
グリン「レオ!」
レオ「おう!」
二人は高く跳んで躱す。グリンは下に広がる赤いペンキに向けて酸素系漂白剤の入った瓶を投げつけ、ベルデゾロで撃って割った。一方でレオはエドバルドに向けて火の玉を放った。
赤いペンキは確かに溶けた。だが、エドバルドの方は別の絵筆で目の前の空間に描いた。それにより火の玉は漂う水色のペンキに当たり、攻撃を防がれた。
エドバルド「これだけでは終わらない!!」
両手に持つ絵筆で空間を彩り、レオとグリンの姿を模した。
グリン「僕達の模造品か…!」
着地した二人はもう一人のレオとグリンにも警戒した。
レオ「問題ねぇ!アイツさえ倒せばな!!」
両手足に炎を纏わせながら全速力で駆け抜ける。このままエドバルドを打ちのめしてすぐに鳧を付ける気だ。
だが、そうは問屋が卸さなかった。もう一人のレオ…絵のレオがエドバルドの前に出た。
レオ「邪魔だぁぁぁ!!」
大声を張り上げながら絵のレオを踏み台にして、飛び越えた。
絵のグリンがすぐさま拳銃でレオを仕留めようとするが、投げられた酸素系漂白剤の瓶が隣に現れて割れた。弾ける液体をかけられた事で瞬時に溶け出した。
エドバルド「思い上がりを…!!」
こちらに迫るレオを睨みつける。その瞳には嫌悪が宿っていた。
レオ「うおおりゃあああああ!!!」
エドバルドの思惑など露知らず、降下しながら炎纏う拳を振るった。だが、その攻撃は宙に描かれた黄緑色のペンキに当たって防がれた。
レオ「まだまだぁぁぁ!!」
性懲りも無く攻撃を続ける。だが、エドバルドは両手に握り締める絵筆でレオの攻撃をいなす。攻撃の起動全てがペンキで彩られる。
エドバルド「執拗いぞ!品の無い獣風情が!!」
レオに対して徹底的な嫌悪感を抱いていた。憎悪を剥き出しながら絵筆を握る手で、その拳で殴り続ける。
グリン「そこっ!!」
一瞬の隙を逃さまいとベルデゾロの引き金を引く。三発の弾丸がエドバルドに迫る。
エドバルド「小癪な!」
レオの拳を防いだ後、グリンがいる目の前の空間に絵を描いた。ペンキが宙に現れ、そこに当たる弾丸を止めてみせた。
レオ「オラァッ!!」
グリンに意識が向けられている。すぐに炎纏う足を振り上げ、蹴りを繰り出した。
エドバルド「ぐっ…!!」
見事に入ったレオの足が脇腹に食い込む。すかさず片方の絵筆を逆手に持ち替え、その脚に突き立てようと振りかざす。
直後、その腕に銃弾が撃ち込められた。弾痕から血が噴き出る。
エドバルド「クソッ…!!!」
激痛で顔が歪む中、怒りが湧き上がる。瞬時にレオから距離を取った。
レオ「ありがとう!グリン!!」
燃え盛る手足に力を込め、どっしり構える。隣にグリンが並ぶ。
グリン「大丈夫!」
ベルデゾロの照準を前方に合わせ、じっと見据えた。銃口の先にはエドバルドが着地し、負傷した腕を抑えていた。
エドバルド「よくも…」
怒気の籠った声で静かに呟く。歯軋りをし、瞳が赤く光る。
レオとグリンが警戒心を強める。嫌な予感が脳裏を過ぎった。
エドバルド「よくも僕の手を傷付けたなぁぁぁ!!!将来性のある神の手を!!!」
恐ろしい形相で声を張り上げた。癇癪を起こして地団駄を踏む。
荒れ狂うエドバルドに愕然と唖然を覚えるレオとグリン、目を見開いたまま言葉を失っていた。
エドバルド「ふざけるな!ふざけるなよ!!烏滸がましい!実に烏滸がましい!!芸術性もわからないゴミクズ共がァァァァァ!!!」
もう片方の手に持つ絵筆を天に掲げる。全身の至る所から色が現れ、先端に集中する。
多種多様の色が黒く染まると、筆を自らの心臓に突き立てた。すると、エドバルドの全身が黒く染まり出した。やがて全身は蠢き、肥大化していく。
レオ「お、おいおい…!なんなんだよ!?あれ!!」
グリン「マズイ事になったね…!!」
あまりのおぞましさに、絶大な力を前に愕然としながらも更に警戒して構える。
エドバルド「全部ヲ、壊してヤルゥゥゥゥゥ!!!」
そうしてエドバルドは実態を保てていないスライムのような異形の怪物へと変わり果てた。
グリン「…でも!」
問題無いと言わんばかりに微笑み、懐から弾丸を取り出した。だが、それは今まで使っていたものとは異なり、青色に染まっていた。
グリン「必ず切り抜けれる!!」
ベルデゾロに装填、照準を中心に合わせる。躊躇わず引き金を引き、銃声と共に弾丸が放たれる。
目にも止まらぬ早さで駆け抜ける鉛の塊は黒い液体の中に沈んだ。
レオ「今のはなんだ!?」
弾丸について訊ねた。微かに不安を抱くレオとは対照的にグリンは落ち着いていた。
グリン「コズミック・コアを一時的に麻痺させる弾丸だよ…」
静かに口を開いた。
黒いスライムの揺れが止まる。次の瞬間、黒い液体が弾けて中からエドバルドが剥き出しとなった。
エドバルド「ぐあああああ!!!」
赤く光る瞳、目と口が大きく開いていた。完全に自我を失っている事がわかる。
グリン「今!!」
一瞬の隙を逃さまいとレオに指示を出そうと声を張り上げた。
レオ「おう!!」
グリンの考えを読み取ってか瞬時に高く飛び、エドバルドに急接近する。燃え盛る炎に包まれた拳を強く握り締め、力を込める。
レオ「うぉらぁッ!!」
間合いに入った直後、突き出した拳がエドバルドの顔面にめり込んだ。その一撃は絶大で、勢いよく吹き飛ばした。宙に舞う肉体は壁に打ち付け、地面に向かって落下した。
エドバルド「…ふざけるな……!天才である私が!ここで…!!」
諦めてたまるかと立ち上がろうとする。唱える声は微かに震え、怒気が込められていた。
だが、エドバルドの脳天にベルデゾロの銃口が突きつけられた。それにより彼の動きを強制的に制止させた。
グリン「君の野望もここまでだ、エドバルド・ルドン」
青い瞳で見据えながら静かに告げた。
エドバルド「…この餓鬼がァァァァァ!!」
ヤケになってか握り締めた拳を振るおうとした。だが、先に引き金を引いた事で弾丸は脳天を貫いた。弾痕から血飛沫が舞い、そのまま後ろへと倒れていった。
グリン「…もう、誰かのエゴで奪わせたくない」
ベルデゾロを握り締める手に力が入る。思い詰めた表情には心苦しいという想いと過ちを繰り返したくないという意志が宿っており、脳裏には父である男の姿が過ぎっていた。
グリン「少なくとも、父さんみたいには…」
かつて決断した選択、その際の想いを口にした。声には悲しさ、やるせなさのようなものが宿っていた。
その後、エドバルドは駆けつけてきたCSF隊員達に搬送され、埋葬された。荒らされた美術館の修理費用はクロノス社が負う事になった。
コンクリートと暗闇に覆われた一方通行の道を一人の男が黒く長い丈を靡かせながら歩いていた。
響く足音、やがてそれは広々とした一室に辿り着いた事で止んだ。ここも例外なくコンクリートに覆われており、ソファや机、タンスなどの家具が至る所に置かれていた。また、天井には窓ガラスがあり、入射する太陽光がその場を照らしていた。
男「来ましたか、ラグナ」
椅子に腰掛けた男がここに現れた人物 ラグナの存在に気付いた。男は目の前の机にある液晶モニターと向き合っていた。作業しているようだ。
その証拠に周りにはありとあらゆる発明品が置かれ、現在は筒状の鋼鉄に何か細工を施していた。
ラグナ「脱獄犯に位置情報と目的…報酬は伝えた。」
三つの角を生やした特殊な仮面で顔を隠しているせいか籠った声で男に報告した。
ラグナ「けど、一人は言う事聞かずに勝手におっちんじまったよ」
ノイズのかかった声で呆れた様子で語った。エドバルドが余程めんどくさい人だった、それ故の結果は目に見えており、諦めていた。
作業していた手が止まり、誰なのかを当ててみせた。
男「エドバルドか…」
見事に的中。
ラグナ「奴だけじゃねぇ、ハンスもヒヤクもクドーも全員耳を貸さなかったぜ」
他にも単独行動をする輩はおり、思い通りにならない事に嘆いていた。正直、疲れさえ覚えていた。
すると、男は椅子を後ろに回して、ラグナに身体を向けた。太陽光が男の姿を顕にした。
水色の長髪に緑の瞳、青いネクタイが特徴の白スーツの上に白衣を羽織っていた。
男「まぁ、いい…計画に支障は無い」
問題無いのか、男は平然としていた。肘掛けで頬杖をつく。
男「それで、何人だ?」
ラグナの背後にいる数人を瞳に映しながら当の本人に問いかけた。
ラグナ「五人だ」
そう答えると、男の口角が吊り上がった。
男「そうか」
状況を把握し、これからの方針について定めてかラグナに指をさした。
男「では、これより厄災の宴を行う。その前座としてラグナ…君に任せた」
取り仕切って、ラグナに指示した。声色からして何処か嬉々としていた。
ラグナ「わかった。んじゃ、好き勝手に暴れてくるぜ」
容易く応じてか、迷いなく返事した。ここに連れてきた脱獄犯達をすり抜けた後、この場を去った。
「ねぇ、厄災の宴って?」
そのうちの一人である男が訊ねた。
「そうだな…話をしようか」
椅子から立ち上がり、彼らに近付こうと歩を進める。
「これからについて」
冷徹な目を向けながら改めて口を開いた。
この事実を、彼らが引き起こす悪事をクロノス社の戦士は誰も知らない。
建物から出ようとした時、空を見上げた。雲行きが怪しい事がわかった。
ラグナ「…雨か……」
予想する。直後、空から降ってきた水滴がアスファルトの地面に落ちて弾けた。
次回
「水と熱」




