閏年にあらわれたもの
「おい、起きろ」
目が覚めると、知らない男がいた。
「ん、んー、ふぁぁ、あ?誰?」
俺は寝ぼけ眼にあくびをひとつした声を出す。昨日は飲みすぎていつ寝たのかわからない。そして男が誰なのかもわからない。一緒に飲んでいた大学の後輩か先輩か、大学の近くのBARでサークルの仲間と飲んでいたところも記憶がぼんやりしていた。
「もう朝だぞ」
男は仕方がないようなため息交じりの声で言う。俺の問いに答えること無く、布団をはがしてきた。寒い朝にこの行為はこたえた。
「さむっ、いきなり何すんだよ」
だいたい、なんで俺の部屋にいるのか、声がする方を向くと、スーツを着た男がムスッとした顔をしていた。
「お前、俺がなんでここにいるのかとかいろいろ疑問に思っているだろう」
男は俺の考えていることが手に取るように読めるのだろうか。
「お前は誰だよ。まず名前を名乗れよ」
「俺?俺はお前だよ。バカ。顔見ればわかるだろ?」
「え、俺?」
男の顔をみても、スタイルをみても、自分とはかけ離れていて、まったく自分だという実感はなかった。というのも、今の俺はぽっちゃりしていて顔もパンパン。いつもTシャツジーパンで過ごしているどこにでもいる大学生だったからだ。目の前にいる顔も髪も小綺麗にしたスーツの男が俺?いや、そもそも俺が二人いていいのか?
「とりあえず、簡単に説明するけど、俺は未来からきた。お前をちょっとでも変えるために、でも、無理強いはしない。お前が一番わかっているだろうけど、俺は何をやってもだめだと思い込んでいるところがある。そうやって生きてきたから。でも、俺が今から言うことをよくきけ。一回しか言わない」
未来から来たという男、いや俺は怒りながら話を続けた。
「いいか、お前は変われる。いろんなやつと出会って別れる。いいやつもいれば嫌なやつもいる」
一体こいつは何が言いたいんだ。
「つまり、俺が言いたいのはだな、筋トレをということだ!」
え、筋トレ?
「え、筋トレ?じゃねぇよバカ!」
未来の俺は、今の俺の心の声をそのまま復唱してバカまでつけた。
「あ、やっぱり心の声聞こえてるんだ」
口の悪い未来の俺はおもむろにスーツのジャケットを脱ぎ、俺の手を自分の上腕二頭筋あたりに触れさせた。
「おぉ、すげー、筋肉だ」
テレビでよく見るマッチョというわけではないが、少し硬めの筋肉がワイシャツ越しだが俺の手のひらにしっかりと伝わる。どう鍛えればこういう筋肉になるのだろうか。
「当たり前だ。これでも筋トレ頑張ってるんだからな。これも好きな人のためだ!俺は、お前に頑張ってもらわないと困るから、今こうして閏年のこの日に伝えに来たんだ」
閏日?ああ、たしかに今日は2月29日、4年に一度くる閏年のうるう日だ。特別な日というイメージはないが、もしかしたら宇宙の何かと繋がっているのだろうか?この研究のほうが俺には興味深い。
「違う違う!お前が研究すべきは筋肉だ!筋トレをしろ!プロテインを飲め!」
いやいや、さっきといっていたことが違う。結構慌ててるし、もうすぐタイムリミットなのかな?
「そうだ、お前はやはり俺だ」
なんで筋トレなんだ?もっとやるべきことはたくさんあるだろう。俺は今大学生だから、勉強を最優先にしろとか、酒を飲んで遊んでばかりいないで、ちゃんと大学へ行けとか、他にも言えることはたくさんあるはず。
「未来からの情報は言わない約束で、俺はここに来ている。だから俺から言えることはただ、筋トレをして体を鍛えろということだ。わかったか。そろそろタイムリミットだ。それじゃあ俺は行くから」
未来から着たスーツの俺は、あっという間に消えてしまった。夢の続きではなかろうかと目をパチパチさせたが、どうやら現実らしい。
「ああ、わかった。やってみる」
誰もいない部屋で俺は一人つぶやいた。これから4年後、あらゆる手段を使って4年前の自分に会いに行くことになるなんて、このときの俺はまだ知らないのであった。