第25話 「グラシア・ブルーム」という女
元・固有職保持者で、現在幽霊のグラシア・ブルーム。
彼女はエルード辺境の山の麓にある小さな村で生まれた。
優しい両親や、仲の良い友達に囲まれて、グラシアは幸せな日々を送っていたのだが、彼女は他の子供達にはない、ある「秘密」を持っていた。
それは、本来15歳……即ち「成人」にならないと授からない「職能」を、何故か生まれた時から持っていたのだ。
「職能」の名は、固有職能の「時読み師」。
「過去」だけじゃなく、僅かだが「未来」までも見えてしまうその力を、グラシアは周囲にずっと内緒にしていた。
というのも、グラシアの両親は、いつも彼女に言い聞かせていた。
「決してその力を人前で使ってはいけないよ。『黒い鎧』を着た怖い人達が来るから」
真剣な表情でそう言った両親に、幼いグラシアは「意味がわからない」と思いながらも、大好きな両親のその言葉に従っていた。
ところがある日、彼女はふとしたきっかけで、人前でその力を使ってしまった。
しかも間の悪いことに、その場には村の外から来た人間がいたので、その人から五神教会にグラシアの事が伝わってしまったのだ。
その結果、村は黒い鎧を着た怖い人達ーー断罪官によって滅ぼされた。
優しかった村人達。仲の良かった友達。そして、グラシアの両親までもが、皆、彼女を生かそうとして、彼らによって殺害された。
1人生き残ったグラシアは、深く、そして激しく悲しみ、後悔した。
両親から駄目だと言われてたのに、人前で「時読み師」の力を使ってしまったばっかりに、大切な人達がみんな死んでしまったのだから。
こうして1人ぼっちになったグラシアは、その後、様々な場所を転々とした。
ある時は泥水を啜り、ある時は人里から食べ物を盗んだりと、幼かったグラシアは、生きる為ならなんでもやった。
やがて15歳になると、グラシアは他の成人した人達に混じって生活し始めた。
ある時は孤高のハンターとして、ある時は自身の力を利用して占い師として、彼女は自身の力の事が知られないように周囲に溶け込みながら、エルードの各地を放浪した。
それから数年後、グラシアはとあるのどかな村に流れ着いた。
特に目的もなく、ただなんとなくといった感じでその村に来ただけなのだが、そこでグラシアは、1人の男性に出会い、恋をした。
生まれ故郷と大切な人達を失ってから、それまでずっと1人で生きてきたグラシアだったが、その男性との出会いは、彼女の悲しみを癒すきっかけになった。
そして男性と日々を過ごしていくうちに、2人は両想いになり、近々結婚するという段階にまで進んだのだ。
(ああ。これで、漸く私は『幸せ』になれる)
と、グラシアはそう思っていたのだが、またしても、彼女は「悲劇」に見舞われてしまった。
始まりは、彼女が暮らしている村に、1人の余所者がやって来た所だった。
最初は普通の旅人だろうと、この時のグラシアをはじめとした村人達は、特にその余所者について深く考えてはいなかった。
しかし、その村に再び断罪官が現れた事で、状況が一気に最悪の事態に変わった。
何故なら、村にやって来たその余所者こそが、断罪官の目的である「異端者」だったのだ。
それだけでもとんでもない事なのだが、もっと最悪な事に、「異端者」を追って来た断罪官の中に、グラシアを覚えていた者、即ちグラシアの故郷を滅ぼし、大好きな友達を、大好きな両親を殺した者もいたのだ。
そして、断罪官による「粛正」という名の「虐殺」が始まった。
村は炎に包まれ、目的の「異端者」は勿論、村人達も老若男女問わず、断罪官達によって次々と殺された。
当然、その中には愛する男性も含まれていた。
大切な人を再び断罪官によって奪われたグラシアは、怒りと悲しみのままに彼らに尋ねた。
「そんなに私達固有職保持者は、この世界に存在してはいけないの!?」
その質問に対して、断罪官の1人が冷たく言い放つ。
「そうだ。偉大なる5柱の神々の名の下に、『異端者』とそれに関わった者は全て滅ぼす。それが、我ら『断罪官』だ」
その言葉を聞いた瞬間、グラシアの中で、何かが壊れた。
その後、彼女は何を思ったのか、
「私の力よ! 私と、この場にいる者達全てに『未来』を見せて! どんな事をしても、絶対に変える事が出来ない『未来』を見せて!」
と、大粒の涙を流しながらそう叫んだ。
その瞬間、グラシアの頭の中で声が聞こえた。
「どんな未来でも良いのか?」
その問いに対して、
「いいから見せて!」
と、グラシアは叫ぶようにそう答えた。
その叫びに応えるかのように、次の瞬間、グラシアは「未来」を見た。
そう、「白き悪魔」、「青き悪魔」、そして「赤き悪魔」によって5柱の神々全てが殺される「未来」を。
その後、グラシアはその場にいる者達全員に、例の「予言」、そう、「悪魔によって神々殺される」という「予言」を聞かせた。
それが終わると、グラシアは狂ったように笑いながら言う。
「あはは、ザマァみろ! お前達が崇める神々は、3人の『悪魔』によってみんな殺されるんだ! みんな、死んでしまうんだ!」
その叫びを聞いて、
「だ、黙れ! 黙れぇえええええええっ!」
と、怒り狂った断罪官の1人によって、グラシアは首を斬り飛ばされた。
こうして、グラシアは34歳の若さで、その生涯を終えるのだった。




