第7話 ヴァレリーvs「魔術師ハル」
「ドーンとかかって来な」
春風はヴァレリーのその言葉について少し考えた後、
(じゃ、お言葉に甘えて遠慮なくいきますか)
と、自身武器である杖を握る力をグッと強くした。
その後、
「それでは……両者、はじめ!」
と、審判役の男性職員がそう叫んだ次の瞬間、
「アクセラレート」
と、春風は小さな声で、風魔術の「アクセラレート」を唱えた。
その瞬間、春風の両足に「風」が集まると、
「いきます」
と、春風は小さな声でそう呟いて、杖を槍のように構えたまま、ヴァレリーに向かって突撃した。
「!」
いきなりの突撃に、ヴァレリーは目を大きく見開き、すぐにその場から離れようとしたが、春風はそれよりも早くヴァレリーの懐にまで近づくと、槍の穂先の形をした杖の握りによる突きを繰り出した。
狙いは、ヴァレリーの胸……いや、心臓と言うべきだろう。
しかし、ヴァレリーは大剣を盾代わりにして、その突きを防いだ。
「はっ! いきなり心臓狙いとはねぇ……!」
と、ヴァレリーがニヤリとしながらそう言う中、
「ウインドニードル」
春風はもう1つの風魔術「ウインドニードル」を唱えた。
今度はヴァレリーの顔面狙いだ。
「ぬおっ!」
思わぬ追撃に驚いたヴァレリーは、咄嗟にその場から横に飛び退いた。当然、目の前の「ウインドニードル」は、彼女の顔面を通り過ぎて背後の壁に突き刺さった後、スゥッと消えた。
攻撃を回避したヴァレリーは、
「ちぃっ! やってくれる……!」
と、悪態を吐きながら攻撃態勢を整えようとしたが、
「な!?」
それよりも早く、春風はヴァレリーに向かって何度も攻撃を繰り出した。
新たに加えたスキル[杖術]、[棒術]、そして[槍術]によって強化された杖による攻撃が、ヴァレリーに襲いかかる。
ヴァレリーはそれを大剣でどうにか捌くが、次々と繰り出される攻撃に、彼女は少しずつ押されていった。
更にその隙をついて、春風は杖による攻撃の他にも、時折「ウインドニードル」や、スキル[体術]で強化されたパンチ、キックなども混ぜがら、春風は容赦なくヴァレリーを攻めた。
だが、
「なめんじゃ……ないよ!」
それらの攻撃を受け続ける事に耐えられなかったのか、頭に血が登ったヴァレリーは、春風に向かって力いっぱい大剣を振るった。
「!」
春風はすぐにそれを杖で防御したが、ヴァレリーの方が力が強かったのか、春風は後ろに吹っ飛ばされただけじゃなく、持っていた杖までもが、春風の手から離れてしまった。
それを見て、
『あぁっ!』
と、周囲の人達が驚きの声をあげた。
吹っ飛ばされた春風は体を回転させた後、どうにかその場に着地したが、
「終わりだよ!」
そこへヴァレリーが素早く近づき、春風に向かって大剣を振り下ろした。
それを見て、
「危ない!」
と、レナが悲鳴をあげたが、次の瞬間、
「……」
春風は無言で、腰のホルダーに納めたもう1つの武器「鉄扇・彼岸花」を抜き、両手でそれを持つと、ヴァレリーの大剣を握る右手の指に思いっきりあてた。
「ゴッ!」という鈍い音が、小闘技場内に響き渡り、
「いってぇ!」
相当痛かったのか、鉄扇があたったヴァレリーの右手が大剣の柄から離れた、次の瞬間、
「っ」
春風は素早くヴァレリーの背後にまわり、
「えい」
と、ヴァレリーに向かって「膝かっくん」をお見舞いした。
「おふ!」
と、なんとも間の抜けた声をあげて体勢を崩したヴァレリー。
その彼女の首にかけるように、春風は両手で持った鉄扇をあてた。
喉に異物を当てられて、
「ぐえっ!」
と、小さくそう悲鳴をあげながら、仰向けに地面に倒れたヴァレリー。
そんな彼女を、春風は起き上がれないようにしっかりと押さえつけると、銀の籠手をつけた左の握り拳を、彼女の顔面……否、顔面の横の地面に突き出した。
『……』
あまりの事にヴァレリーやレナだけじゃなく、その場にいる者達全員が口を開けて呆然とした。
そんな状況の中、
「……まだ、やりますか?」
と、春風がヴァレリーに尋ねると、ヴァレリーは「はは」と笑って、
「いや、やめておくよ」
と、両手を上げて「降参だ」と言った。
その言葉を聞いて、
「そ、それまで! 勝者、ハル!」
と、男性職員が声高々にそう宣言した。
その瞬間、周囲から「わぁああ!」と歓声があがり、
「……」
レナは喜びに満ちた表情になった。
その後、春風に立たせてもらったヴァレリーは、
「はぁ、負けちまったよ。お前、本当に『魔術師』なのかい?」
と、春風に向かってそう尋ねると、
「ええ、ちょっとユニークですが、『魔術師』ですよ」
と、春風は困ったような笑みを浮かべながらそう答えた。
その答えを聞いて、
「はぁ? なんじゃそりゃ……」
と、ヴァレリーがつっこみを入れようとした、まさにその時、
「いやぁ、中々素晴らしいものを見させてもらいましたよ」
『っ!』
ぱちぱちと拍手する音と共に、1人の人物が小闘技場内に現れた。




