第26話 「感謝」
(……ま、マジっすか?)
ヘリアテスから告げられたその事実に、春風はショックを隠せないでいた。
(『最初の固有職保持者』の職能が、『賢者』?)
顔を真っ青にして呆然としている春風を、隣のアマテラスは心配そうに見つめ、レナとグラシアは「ど、ど、どうしよう」と言わんばかりにオロオロしだした。
リビング内がなんとも言えない雰囲気に包まれていると、アマテラスが両手をパンッと鳴らして、
「ごめん! 一旦休憩しよう!」
と、謝罪しながらそう提案してきたので、春風、レナ、ヘリアテス、グラシアは一斉に、
『あー、はい。そうしましょう』
と、コクリと頷きながら、その提案を受け入れた。
その後、
「じゃ、ちょっとみんなと話し合いしてくるわ」
と言って、アマテラスは春風の魔導スマホをゲート代わりにして元いた場所へと帰り、春風自身も、
「……外の空気を吸ってきます」
と言って、家の外に出て、その近くにある湖の畔に腰掛けて、現在に至る。
「参ったなぁ……」
と呟くと、春風は月を眺めながら一連の話を思い出して、
「ホントにもう、俺は一体どうすりゃあいいんだよ……」
と、夜空を見上げながらそんな事を呟いていると、
「春風」
と、不意に名前を呼ばれたので、春風が「ん?」と声がした方へと振り向くと、
「あ、レナさん」
そこには、何処か元気のなさそうな様子のレナがいたので、
「えっと、どうしたんですか?」
と、春風は恐る恐るレナに向かって声をかけた。
すると、レナは意を決したかのような表情になって、
「私、春風に見せなきゃいけないものがあるの」
と言うと、自身の左手首を掴んだ。
よく見ると、そこには銀色に輝く腕輪があり、レナはゆっくりとその腕輪を外した。
次の瞬間、レナの全身が白い輝きを放ったので、
「うわ、眩しい!」
と、春風は思わず両腕で顔を覆った。
やがて光が弱くなったので、春風はゆっくりと顔から両腕を離すと、
「うわぁ」
そこには、髪と髪の間からピョコンと白い狐の耳を生やし、お尻からはフサフサとした白い狐の尻尾を生やしたレナがいた。
あまりの事に春風が口をあんぐりしていると、
「これが、私の本当の姿。どう、春風? 変じゃ、ないかな?」
と、レナが恐る恐る尋ねてきたので、
「いや、全然変じゃないです。寧ろ、凄く綺麗です。ヘリアテス様の話を聞いて『ん?』ってなってましたから、こうして見ると本当の事だったんだなって、改めてわかりました」
と、春風は真っ直ぐレナを見てそう答えた。
それを聞いて、レナは顔を真っ赤にしながら、
「あ、ありがとう」
と、恥ずかしそうにお礼を言った。
その後、
「あの……隣、座っていいかな?」
と、レナが再び恐る恐る尋ねてきたので、
「あ、はい、どうぞ」
と、春風はすぐにそう答えると、レナは「じゃあ」と言いながら春風の隣にポンと座った。
それから暫くの間、2人は恥ずかしいのかもしくは気まずいのか、お互い何も言えずにいると、
「あ、あのね、春風」
と、レナが口を開いたので、
「は、はい、何でしょうか?」
と、春風は何処かぎこちない態度で返事すると、
「実はその、私のこの見た目の他にも、春風に言ってない事があるんだ」
と、レナは申し訳なさそうに言った。
「な、何でしょうか?」
と、春風が尋ねると、
「今日の王城での事なんだけど、私があの場にいたの、偶然じゃないんだ」
と、レナは更に申し訳なさそうに答えた。
「え、そうなんですか?」
「うん。あの時から少し前、ルーセンティアの王都の近くでハンターとしての仕事をしていた時に、精霊達が来て……」
ーー女神様が、「『王城』でよくない事が起きてる」って!
「って言ってたの。とてもただ事じゃない様子だったから、私はすぐに王城に向かって、誰にも気付かれないように中に侵入して……」
「で、騎士達との一悶着に繋がった、と?」
と、春風がそう尋ねると、レナはコクリと頷いて、
「ウィルフレッド王の話を聞いて、私、凄く腹が立った。だってあいつ、大好きなお父さんとお母さんの事『邪神』って言ったから!」
と言うと、レナは今度は「怒り」で顔を赤くして、「ぜぇ……はぁ……」と肩で息をしたので、春風は「どうどう……」とレナ落ち着かせた。
その後、レナは「ごめん」と春風に向かってそう謝罪すると、真面目な表情で話を続けた。
「そしてウィルフレッド王に質問する春風を見て、なんとなくだけど感じたの。『あ、もしかしてこの人、お母さんとお父さんに会いたいんじゃ?』って」
「だから、『一緒に来てくれ』って?」
と、春風がまた尋ねると、レナは黙ってこくりと頷き、それを見た春風は、
「そう……だったんですか」
と、小さく言った。
それからまた暫くの間、2人がお互い何も言えないでいると、
「ねぇ、春風」
と、またレナが口を開いた。
「何でしょうか?」
「春風は、『故郷』を守る為にこの世界に来たんだよね?」
「はい」
「じゃあ、その『故郷』を危険に晒したこの世界を許せない?」
「……はい。世界全体はまだ何とも言えませんが、『勇者召喚』を実行したルーセンティア王国を許せませんし、それを行わせた『神』を名乗る敵の親玉達も、絶対に許せません。だから連中には、いつか絶対にその『償い』をさせます」
と、強い想いを込めてそう答えた春風を見て、レナは「そう……だよね」と言ってシュンとなった。
そして、少しの間重苦しい空気に包まれていると、
「ですが……」
と、今度は春風が口を開いた。
「?」
「正直に言いますと、俺、ルーセンティア王国を出た後の事、何にも考えてないんですよねぇ」
「……え?」
「ついでに言いますと、騎士達とやり合った時なんか、『あ、これやっべぇ!』って、内心びびりまくってましたぁ」
と、春風が「いやぁ、参ったわ」と言わんばかりに笑いながらそう言ったので、レナは思わず「えぇ!?」と驚きの声をあげた。
そんな彼女を他所に、春風は話を続ける。
「ですから、あの時レナさんが助太刀に現れた時、すっげぇ助かりましたし、レナさんに『一緒に来て』って言われた時もすっげぇ助かったんですよ。そのおかげで、俺はヘリアテス様に会う事が出来たんですから」
「春風……」
春風の話を聞いて、レナは恥ずかしそうにポッと顔を真っ赤にしていると、
「レナさん」
と春風はそう言いながら、レナの正面に移動して、
「俺を連れ出してくれて、ありがとうございます」
と言って、レナに向かって深々と頭を下げた。
その言葉を聞いた瞬間、レナは両目からポロポロと大粒の涙を流しながら、
「わ……私、も……私を……信じて……くれて……ありがとう」
と言って、レナも春風に向かって深々と頭を下げた。




