第154話 「彼岸花」という刀
それに出会ったのは、春風が11歳の頃、凛咲の「弟子」になって暫く経った時の事だった。
その日、春風は凛咲の家の大掃除を手伝っていて、次の掃除場所としてその家の地下室に足を踏み入れると、
ーーおいで。
「え?」
不意に何かに呼ばれたような気がしたので、春風は地下室の奥の方へと進んだ。
そして、奥の壁際まで進み、周囲を見回すと、
「あ、あれは……」
そこには、細長い古びた木箱が置かれていたので、春風は「何だろう?」と思ってその木箱の傍まで近づくと、
ーーここから出して。
「え!?」
と、春風の頭の中でそんな「声」が聞こえたので、春風はその「声」に従うかのようにその木箱を手に取り、蓋を開けた。
中を見てみると、
(……あ、日本刀だ)
そこには、鞘に納まった一振りの日本刀が入っていた。
春風はその日本刀を見て、何となく禍々しいものを感じたのだが……。
ーー「私」を、手に取って。
と、また頭の中でそんな「声」が聞こえたので、春風は再びその「声」に従って、木箱の中の日本刀を手に取ろうとした、まさにその時、
「駄目よ春風!」
という凛咲の叫び声が聞こえたので、春風はハッとなってすぐに木箱から離れた。
そして、そんな春風と入れ替わるように、凛咲が春風の前に出て、大慌てでその日本刀が入ってた木箱に蓋をした。
その後、
「春風、大丈夫!?」
と、かなり焦っている様子でそう尋ねてきた凛咲に、春風は何度もコクリと頷いた。
そして、
「あの、師匠。あの箱の中にあるのは、何なんですか?」
と、春風は恐る恐るそう尋ねると、凛咲はチラッと木箱を見た後、春風に向き直って、
「もの凄く、危ないものよ」
と、いつになく真剣な表情でそう答えた。
その表情からして、凛咲は嘘を言ってないと感じた春風は、
「ごめんなさい、師匠」
と、深々と頭を下げて謝罪した。
それから時が過ぎて、春風はその木箱……というよりも、中にあった日本刀の事を次第に忘れていった。
しかし、その後更に時が流れて、新たに水音が凛咲の弟子となって暫く経ったある日の事だった。
「旅行」で立ち寄ったとある国で、3人は絶対絶命の危機に立たされた。
このままでは自身と、大切な存在である凛咲と水音が危ないと感じた春風は、
「俺に……俺に『力』があれば!」
と、悔しそうにそう呟いた。
その時、ドォンという大きな音と共に、春風の目の前に、真っ赤な雷が落ちた。
「うわ! な、何!?」
突然の事に驚いた春風は、「何だ何だ!?」とその雷が落ちた場所を見ると、
「あ、あれは……」
その中心には、鞘に納まった日本刀が突き刺さっていた。
それを見た瞬間、春風はその日本刀が何なのかを思い出した。
そう、それはかつて春風が見つけて、凛咲が「危ないものだ」と言った、あの日本刀だったのだ。
その日本刀を見て、
「う、嘘。どうして、ここに『彼岸花』が!?」
と、凛咲は大きく目を見開いた。
その言葉を聞いて、
(へぇ。この刀、『彼岸花』っていうんだ)
と、春風が呑気にそんな事を思っていると……。
ーー「私」を手に取って。
と、その日本刀ーー彼岸花からそう声がしたと感じた春風は、すぐにその彼岸花を掴んだ。
そして、
「だ、駄目よ春風! それを抜いちゃ駄目ぇ!」
と、凛咲は必死になって春風を止めようとしたが、春風はそれを無視して、
「彼岸花、俺に『力』を貸してくれぇ!」
と、春風はそう叫んで、彼岸花を鞘から引き抜いた。
その後、春風はその彼岸花の力で何とか凛咲と水音を守り、窮地を脱したのだが、それと同時に、彼に苦く、悲しい「記憶」を植え付ける事にもなってしまった。
そして、無事に凛咲と水音と共に日本に帰ってきた春風は、
「ごめんなさい、師匠」
と、凛咲に謝罪すると、彼女に彼岸花を返した。
それから間もなくして、
「師匠。あれから彼岸花、どうしたんですか?」
と、春風が凛咲にそう尋ねると、
「あれはもう、処分したわ」
と、凛咲は表情を暗くしながらそう答えた。
その答えを聞いて、
「そう……ですか」
と、春風は少し悲しそうな表情でそう返事した。
それから時が経って、春風が高校に入学した時、そのお祝いとして凛咲から「鉄扇・彼岸花」を与えられた。
その後、ルールを無視した勇者召喚による世界消滅の危機を知り、それを阻止する為にオーディンと契約してエルードに降り立った春風の手に、
「……あ、彼岸花」
再び、あの彼岸花という刀が握られていた。