第132話 春風が「弟子」になった理由・2
今回はいつもより長めの話になります。
「日本に帰ってきた時に……春風が両親を亡くしたって話を聞いたの」
と、深刻そうな表情でそう言った凛咲に、周囲は思わず「あ……」と声をもらした。
そして春風も、
「そう。あれは、俺が今の家族に引き取られてから、1年が過ぎた時の事でした。店に師匠が現れて……」
と、深刻そうな表情で言うと、当時の事を思い出しながら、その時の話を始めた。
6年前、喫茶店「風の家」。
現在の春風の家。
(……何? この状況?)
光国春風改め、雪村春風(当時11歳)。
今、彼の目の前で、
「お義父さん、息子さんを私にください!」
陸島凛咲(当時18歳)が、現在の父(養父)である涼司に向かって土下座しながらそう頼み込み、
「駄目だ! 春風は絶対に渡さん!」
「うん! フーちゃんは渡さない!」
と、涼司だけでなく、何故か歩夢(春風と同じく当時11歳)までもが、腕を組んでその頼みを断っていた。
そんな状況の中、
「いや、マリーさん……ホントに何言ってるんですか!?」
と、春風は凛咲を「師匠」ではなくニックネームである「マリー」と呼びながらそう尋ねると、春風の傍のテーブルでは、
「なぁ太心」
「何だ真悠理?」
「あたしら、今すっごいもん見てないか?」
「ははは、そうだなぁ。見てみぃ、俺達の娘が、まるで『娘を何処の馬の骨かわからん奴から守るお義父さん』に見えるじゃないか」
と、見たところ「夫婦」と思わしき1組の男女が、目の前で起きてる出来事を見て和やかな雰囲気になり、
「いや、母さんに父さん。『ははは』って笑ってる場合じゃないから。どう見ても異常な事だから」
と、パッと見て凛咲と同じ年頃くらいの少年が、男女に向かってそうツッコミを入れていた。ただ、
「オイオイ豪希。顔が笑ってるぞ」
「そうそう、説得力ないから」
と、男女にそうツッコミを返されたように、少年の表情は真剣ではなさそうだが。
そんな男女と少年に向かって、
「お父さん、お母さん、お兄ちゃん。笑って見てないでマリーさんを止めて」
と、歩夢はキッと睨みながら言った。
そう、現在店内には、春風、歩夢、凛咲、涼司の他に、歩夢の家族も来ていた。
父親である海神太心。
母親である海神真悠理。
そして、5つ離れた兄である海神豪希。
彼らは春風がまだ両親が健在だった頃からの付き合いで、涼司に引き取られて苗字が「光国」から「雪村」になってからも、こうして店に来て春風と交流していた。
そして今日、いつものように食事をしていると、突然凛咲が入ってきて、
「春風ぁあああああっ!」
と、大粒の涙を流しながら春風に抱きついてきたのだ。
その後、春風が両親を亡くした詳しい経緯と、その後涼司に引き取られた事を凛咲に説明すると、
「じゃあ、私も春風の『家族』にして!」
と、凛咲に涙目で迫られたので、
「え? そ、それって、マリーさんが『お姉ちゃん』になるって意味ですか?」
と、春風が恐る恐るそう尋ねると、
「違う」
『?』
凛咲は懐からい1枚の紙を取り出して、
「私と結婚して!」
と、その紙を春風に見せながら言った。
そう、凛咲が出したのは「婚姻届」で、しかもそこには既に凛咲の名前が記されていた。
『……』
凛咲のとんでもない発言に、春風だけでなく周囲までもがポカンとなると、
「……ふ、ふっざけんじゃねぇえええええええっ!」
と、涼司の怒声が店内に響き渡った。
そして、現在に至る。
「……いや、本当に意味がわからないんだけど」
と、春風がチラッとテーブルに置かれた婚姻届を見てそう呟く中、
「そこを何とかお願いしますお義父さん! 絶対に幸せにしますから!」
「駄目だ駄目だ駄目だ! テメェみてぇなど変態に、大事な息子は渡さん!」
と、未だ凛咲と涼司のやり取りが続いていた。特に涼司は怒りの所為か、目の前の女子高生を「変態」と口汚く罵っていた。
しかし、だからといって凛咲も1歩も引かず、床に何度も額を打ちながら土下座をしている。
因みに歩夢はというと、
「絶対に渡さない!」
と、春風の腕にしがみついていた。歩夢自身はそれ程凛咲を嫌ってはいないのだが、こと春風に関しては凛咲にライバル心を剥き出しにしていた。
いっこうに終わりの見えないこの状況に、
(ああ、もうどうすりゃ良いんだよ)
と、春風が心の中でそう呟いていると、
「仕方ないねぇ」
と、それまで椅子に座っていた真悠理がスッと立ち上がって、
「なぁ、マリーちゃん」
と、凛咲をニックネームで呼んだ。
それに凛咲が「はい?」と反応すると、
「あんた、今世間で注目されてる『女子高生冒険家』なんだよな?」
と、真悠理は凛咲に向かってそう尋ねた。
その質問に凛咲が、
「? はい、自分で言うのもなんですが、私、女子高生であると同時に結構色んなところを冒険しています」
と、答えると、
「て事は、その『冒険』の中で色んな事を学んでいるって事で良いかい?」
と、真悠理が再びそう尋ねてきた。
その質問を聞いて、
「お、お母さん、そんな質問をして、一体何が言いたいの?」
と、歩夢が恐る恐るそう尋ねると、真悠理はニヤッと笑い、春風の方へと振り向いて、
「風の字。あんた、マリーちゃんの弟子になりな」
と、親指で凛咲を指差しながら言った。
その言葉を聞いて、
『ハァアアアアアッ!?』
と、春風だけでなく歩夢や涼司達までもがそう叫ぶと、
「お、お、お母さん、何を言ってるの!?」
「そうだぞ真悠理。一体どういうつもりだ?」
と、歩夢と太心がそう尋ねてきたので、
「いやだって、マリーちゃんはともかく、風の字は年齢的に結婚は無理だろ。でも、マリーちゃんは風の字の事が大好きで、絶対に離れたくない」
と、真悠理はそう答えると、最後にチラッと凛咲を見て「そうだろ?」と付け加えると、凛咲は無言で力強くコクリと頷いた。
そんな凛咲を見て、
「だったらマリーちゃん。あんたが今日までの『冒険』で身に付けた『知識』や、培ってきた『技術』、それと『冒険』する時に必要な『心構え』を、風の字に叩き込んでやるんだ。勿論、実際に冒険に連れてっても良い。これなら、あんたは風の字と一緒にいられるんじゃないかい?」
と、真悠理がそう尋ねると、凛咲はパァッと表情を明るくして、
「それ! それ、ナイスなアイディアです真悠理さん! 私、そうします!」
と、真悠理のその提案に賛成した。
その後、
「という訳で、今日からよろしくね春風!」
と、凛咲が春風に向かってそう言うと、
「えっと……そうなると、マリーさんは今日からなんと呼べば良いんですか?」
と、春風はまさかの事に戸惑いながらも、凛咲に向かってそう尋ねた。
その質問に対して、凛咲は「決まってるでしょ?」と返事すると、
「『師匠』と呼びなさい!」
と、キリッとした表情でポーズをとりながら言った。
その言葉に誰もがポカンとする中、
「あー、それじゃあ、よろしくお願いします……師匠」
と、未だ戸惑っている様子の春風が凛咲の事をそう呼んだので、凛咲は体をブルブルと震わせると、
「うわぁあああい! よろしくね春風! いや、愛しの弟子兼マイスウィートハニー!」
と叫んで、ガバッと春風を抱き締めた。
「ちょっと! 何ですかその呼び方!? あ、コラ、何処触ってんですか!?」
「オイ、テメェ、この変態女! 俺の息子から離れやがれ!」
「フーちゃんに抱き付いちゃ駄目ぇえええええっ!」
とまぁ、こんな感じで長くなってしまったが、こうして春風は凛咲の「弟子」となり、その後は彼女と共に様々な「冒険」をする事になるのだが、それはまた別の話で。