第15話 春風、拒否する
「すみません、やっぱ無理そうなので、ここを出て行く許可をください」
『な、何ぃいいいいいいいっ!?』
満面の笑みで「無理」と言っただけでなく、この場から出て行く許可を求めた春風と、それにショックを受けて絶叫したウィルフレッドや爽子、クラスメイト達を含めた周囲の人達。
それから暫くの間、誰もが口をあんぐりとしていると、
「……ちょ、ちょっと待ってくれ! い、今のは一体どういう意味だ!?」
と、ハッと我に返ったウィルフレッドが大慌てで春風に尋ねると、春風はゆっくりとウィルフレッドの前へと歩きながら、
「言葉の通りですよ。俺には無理そうですから、ここを出て行く許可をくださいと言ったんです」
と、真面目な表情かつ冷静な口調でそう答えた後、ピタッとウィルフレッドの前で止まった。
すると、
「ま、待ってくれ雪村君!」
と、近くにいた正中が、春風の肩を掴んだ。
「何、正中君?」
と、春風が静かに尋ねると、
「ど、どうしたんだ一体!? ここへきて、どうして『無理』なんて言うんだ!? しかもここを出て行くなんて正気なのか!?」
と、正中は春風の両肩を掴んで、ユッサユッサと揺すりながら問い詰めた。
それに対して、春風は「正中君……」と申し訳なさそうな表情になると、
「いきなりこんな事を言って、本当に申し訳ないとは思ってるよ。だけど、俺はここにいるべきじゃないって事に気付いてしまったんだ。何故なら……」
そう言って、春風は正中を含めた周囲の人達にも見えるように、あるものを見せながら、
「俺、『勇者』じゃないんだ」
と言った。
春風が周囲の人達に見せたもの、それは……。
称号:「異世界人」「職能保持者」「巻き込まれた者」
それは、自身の『称号』だった。それを見た瞬間、
「ま、『巻き込まれた者』……だと? ど、どういう事だ!? 何故、そのような称号が!?」
と、ウィルフレッドはショックで顔を真っ青にした。
ウィルフレッドだけではない、隣に座る「勇者召喚」を行ったクラリッサも、同じく顔を真っ青にしていた。
そして、爽子や正中らクラスメイト達、更には周囲の人達はというと、春風の称号を見て、
『……ハァ?』
と、首を傾げてポカンとしていた。
そんな状況の中、春風はというと、
(よ、よかった。これ、成功してる……よな?)
と、表情にこそ出さなかったが、内心ではかなり緊張していた。
実は「異世界人」以外の称号は、春風がスキル[隠密行動]の技術の1つ、「偽装」を使って作った偽物の称号なのである。
最初は騙せるか不安だった春風だが、こうして全員がショックを受けたりポカンとしているので、
(よし、成功だ!)
と思う事にした。
その後、春風は「ふ……」と小さく笑うと、
「いやぁ実はですね、先生やクラスのみんなが『勇者召喚』で出来た光に飲み込まれた時、俺、教室のカーテンにしがみついて、必死に抵抗してたんですよねぇ。でもって俺が思うに、多分その時何か不具合みたいなのが起きて、この称号を手に入れたんだと思います」
と、春風はふざけた感じで「アハハ」と笑いながらそう言うと、未だ顔を真っ青にしているクラリッサに向かって、
「ですからクラリッサ様……で、よろしいでしょうか。こうなってしまったのは俺に原因がある訳でして、あなたは何も悪くないんです、どうか気にしないでください」
と言うと、最後に「すみません」と頭を下げて謝罪した。
その姿勢にクラリッサが「え、あ……」と戸惑っていると、
「ふ、ふざけるなぁ!」
と、ウィルフレッドら王族達の斜め後ろに立っていた、『偉い神官』を思わせる白と青の法衣のような衣服を着た男性が、怒りの形相でウィルフレッドの前に出た。
突然の事に「え?」と呆けていたウィルフレッドだったが、
「ま、待ってくれクラーク教主……」
と、すぐハッとなって「クラーク教主」と呼んだ男性を止めようとしたが、それに構わず、
「貴様ぁ、神聖な『勇者召喚』に抵抗しただと!? なんという、なんという罰当たりなのだ!」
と、その男性ーークラークは春風に向かってそう怒鳴り散らした。そしてそれに反応したかのように、
「そ、そうだそうだ!」
「この無礼者が!」
と、周囲の騎士達も春風に向かって怒鳴り散らした。
あまりの状況に、爽子はクラスメイト達を庇うように彼らを自身のもとへと寄せて、ウィルフレッドはというと、
「や、やめるんだ騎士達よ! 落ち着け!」
と、春風に罵声を浴びせている騎士達を止めていた。
そんな彼らを見て、春風は「ハァ」と溜め息を吐くと、周囲を見回して、
「申し訳ありませんが、皆さんが幾ら怒鳴ろうと、俺は『勇者』じゃありませんので、『勇者』を求めているあなた方を手助けする事は出来ません。いや、例え『勇者』の称号を持ってたとしても、俺はここを出て行きますし、あなた方を助ける気はありません」
と、真剣な表情でハッキリと言った。
その言葉に反応したのか、
「ど、どうしたんだ雪村君! 国王様……この世界の人達はこんなにも困っているのに、どうしてここまであの人達の『願い』を拒否するんだ!?」
と、正中は再び春風の両肩をユッサユッサと揺すりながら尋ねた。よく見ると、他のクラスメイト達も皆、「何故?」と言わんばかりの視線を春風に向けていた。
春風はその視線を受けて、
(うう。みんな、本当にごめん)
と本気で申し訳なさそうな表情をしたが、すぐに真面目な表情になって口を開く。
「正中君。先生。そして、みんな。勝手な事を言って本当にごめんなさい。だけど、俺はこの人達を信じる事が出来ません。さっきも言いましたけど、例え『勇者』の称号を持ってたとしても、この人達を救うなんて無理ですよ」
その言葉を聞いて、爽子は「ゆ、雪村?」と頭上に「?」を浮かべ、クラスメイト達は「そんな!」とショックを受けた。それは、春風の両肩を掴む正中も同様だったが、
「ど、どうしてだ? どうして!?」
と、納得出来なかった正中は何度も春風に向かって尋ねてきたので、春風は何処か悲しそうな表情になると、
「俺さ、今日まで色んな人に……まぁ、数えるくらいしかいないけど、とにかく、色んな人達に言われてきた『言葉』があるんだ」
と、答えた。
その答えを聞いて、正中は尋ねる。
「そ、その『言葉』って?」
その問いに対して、春風は答える。
「『生きろ』、『生きて幸せになってくれ』」
『!』
春風の口から出たその言葉に、爽子やクラスメイト達、そしてウィルフレッド達も『あ……』と悲しそうな表情になったが、そんな彼らに構わず、
「俺は、この言葉を送ってくれた人達の事がとても大切で、俺はその人達に応えたいって思ってる。そして、この言葉のおかげで、俺には叶えたい『夢』が出来たんだ。でも、それは故郷である『地球』でないと叶える事が出来ないんだ。だから、その『夢』を奪ったこの人達を、俺は絶対に許す事が出来ないんだよ」
と、静かにそう言い放った。その言葉に「怒り」と「悲しみ」を感じたのか、正中は勿論、爽子とクラスメイト達、そしてウィルフレッドら王族達も何も言えないでいた。
その後、春風は両肩を掴む正中の手を優しく剥がすと、ウィルフレッドに向き直って、
「そういう訳で申し訳ありませんが、俺はあなた方に力を貸す事は出来ませんので、ここを出て行く許可をください」
と言うと、春風はウィルフレッドに向かって深々と頭を下げた。
その姿勢を見てウィルフレッドは、
「そ、其方は……」
と、何か言おうとした、まさにその時、
「ふ、ふざけるなぁあああああああっ!」
1人の若い騎士(?)が、春風に向かって突撃してきた。