第123話 春風が求めたもの
「あなた方が信じてる神々を、思いっきりボコる許可をください」
『……え?』
春風の言葉を聞いて、部屋にいる誰もが首を傾げた。
それから少しの間、部屋全体がシーンと静かになっていたが、そんな状況に耐えられなかったのか、
「……あ、あのぉ。皆さん、どうかしたんですか?」
と、春風は恐る恐る周りを見回しながらそう尋ねた。
その質問がキッカケになったのか、
「……あー、ちょっと聞きてぇんだけどよう」
と、ヴィンセントが口を開いたので、春風が「ん?」と反応すると、
「お前、今『ぶっ殺す許可をくれ』じゃなくて、『ボコる許可をくれ』って言ったのか?」
と、ヴィンセントがそう尋ねてきた。
その質問に春風が「ええ、そうですが」と答えると、
「『ボコる』だけで良いのか? 俺はてっきり『神様』っつうか『敵の親玉』共を残らずぶっ殺すのかと思っていたんだが」
と、ヴィンセントは更にそう尋ねてきたので、
「……許されるなら、そうしたいですよ」
と、春風はヴィンセントに鋭い眼差しを向けながら答えた。
それを見て誰もがゴクリと唾を飲むと、
「ですが、たとえ『偽物の神様』ってわかってても、今のこの世界の住人にとっては連中こそが『本物の神様』ですし、まぁ俺自身連中をぶっ殺す覚悟が出来てないっとのもありますけど、この世界の住人から信仰を奪いたくないとも思ってます。ですので、現時点では連中を思いっきりボコって、後はゼウス様達地球の神々に裁いてもらおうと考えてます」
と、春風は最後に「はは……」と自嘲気味に笑いながら言った。
その答えを聞いて、ヴィンセントが「へ、へぇ……」と頬を引き攣らせていると、
「……それだけで、良いのか?」
と、今度はウィルフレッドが恐る恐る春風に向かってそう尋ねてきたので、春風はすぐに真面目な表情になって、
「勿論、ウィルフレッド陛下には他にもやってほしい事があります」
と答えた。
その答えにウィルフレッドが「何?」と目を細めると、
「うーんと先の事になりますが、今回の件が終わったら、ウィルフレッド陛下には先生やクラスのみんな、あと可能になったらの話ですけど、地球にいるみんなの家族に、『巻き込んでしまってすみませんでした』って、謝罪してほしいんです」
と、春風は真っ直ぐウィルフレッドを見てそう言った。
その言葉を聞いて、
「オイオイ、お前への謝罪は良いのかよ?」
と、再びヴィンセントがそう尋ねると、
「あぁ俺は良いんです。この世界に来る事を決めたのは俺自身の意志ですから」
と、春風は困ったような笑顔でそう答えたので、
「ま、待ってくれ! 其方は本当にそれで良いのか!?」
と、ウィルフレッドは春風に詰め寄ろうとしたが、春風はそれを遮るようにスッと右手を上げて「待った」をかけると、
「ウィルフレッド陛下。イヴリーヌ様とクラスのみんなから、あなたが『良い王様であると同時に良いお父さんでもある』と聞きました。ですから、俺があなたに求めるのは、みんなへの謝罪の他に、これからも良い王様で、良いお父さんでいてほしいのです」
と、春風は更に真剣な眼差しをウィルフレッドに向けながら言った。
その言葉にウィルフレッドは「うぅ……」と呻いたが、すぐに春風を見て、
「それは私に……2つの世界を消滅の危機に陥れた私に、これからも生き続けろと言いたいのか?」
と尋ねた。
その質問を聞いて、周囲がゴクリと生唾を飲む中、
「はい。それが、俺があなたに求めている事です。大変だと思いますが、あなたなら大丈夫だとも思ってます」
と、春風がそう答えたので、それにウィルフレッドが「何故だ?」と返すと、
「だって、あなたは1人じゃないからですよ。一緒にいてくれる『家族』だっていますし、ご自身を支えてくれる臣下もいますし、いざとなったら相談に乗ってくれそうな人だっているじゃないですか」
と、春風はそう言って、チラッとヴィンセントを見た。
その視線を受けて恥ずかしくなったのか、
「いやぁ、照れるなぁ」
と、ヴィンセントは顔を赤くしながら言った。
そんなヴィンセントを無視して、
「それに、今ここには、俺だってしますしね」
と、春風は「はは」と笑いながら言うと、ウィルフレッドに近づいて、スッと右手を差し出した。
それにウィルフレッドが「む?」となると、
「ウィルフレッド陛下。俺はあなたを信じたいです。だから、あなたの事、信じさせてください」
と、春風は真っ直ぐウィルフレッドを見てそう言った。
それにウィルフレッドは「春風殿……」と少し泣きそうになったが、すぐに首を横に振るって、
「ああ、わかった」
と言うと、差し出されたその手を掴んだ。
その時だ。
「いやぁ、良いものを見させてもらったわぁ」
『っ!?』
知らない声が聞こえたので、驚いた春風達がその声がした方へと振り向くと、
「やぁ、はじめまして」
そこには、不気味な雰囲気を出す一匹の黒い狼がいた。