第86話 「再会」の時・2
「フーちゃんだよぉ! ほんとにフーちゃんだよぉ!」
(ど、どうしてここにユメちゃんが!?)
目の前でわんわんと泣き叫ぶ少女に、春風は困惑の表情を浮かべながらも、彼女について思い出す。
「ユメちゃん」。本名、海神歩夢。
春風のクラスメイトにして、エルードに召喚された「勇者」の1人。
そして、春風の5歳の頃からの幼馴染みにして……春風の大切な人の1人。
「ルール無視の勇者召喚」があったあの日、ルーセンティア王国に置いていった筈の彼女が今、こうして目の前にいる事に春風は驚いているが、それと同時に、
(よかった。また、会えた)
と、心の中では嬉しい気持ちになっていた。
しかし、
「……はっ! そうじゃなくって! えっと、ユメちゃん」
「ひっぐ……なぁに?」
「俺の事、わかるの? 俺、見た目とか結構変わってるのに?」
すぐに我に返った春風が、ユメちゃんこと海神歩夢……以下、歩夢に向かってそう尋ねると、
「わかるもん! だって、フーちゃん可愛いもん!」
と即答されてしまい、
「それは、俺が女の子顔って言いたいのかなぁ!?」
と、春風はガーンとショックを受けた。因みに、歩夢の後ろで誰かが「ブッ!」と吹き出したのが聞こえたので、春風はすぐに「誰だ今吹いたのは!?」と叫びたかったが、今は目の前の歩夢に集中する事にした。
そんな春風の心境を知らない歩夢は、バッと春風の胸に飛び込んできたので、
「ちょ、ユメちゃん……!」
と、驚く春風だったが、
「会いたかったよぉ、フーちゃん!」
と、歩夢が泣きじゃくりながらそう言ったので、
「え、えぇっとぉ、何でここにユメちゃんがいるのかなぁ?」
と、春風は恐る恐るそう尋ねる事にした。
すると、
「『なぁんで』?」
と、歩夢の背後から別の少女のものと思われる声がしたので、
(え? い、今の声は……)
と、春風が恐る恐るその声がした方を見ると、
「……」
そこには、明らかに「怒り」のオーラを纏っている、眼鏡をかけた長い茶髪の少女がいたので、
「み、美羽さん!?」
と、春風は思わずその少女の名前を呼びつつ、彼女の事を思い出し始めた。
彼女の名は、天上美羽。
歩夢と同じく春風のクラスメイトにして「勇者」の1人。
そして……春風のもう1人の大切な人。
(ちょ、ちょっと待って、何でここに美羽さんもいるの!?)
歩夢だけでなく「美羽さん」こと天上美羽……以下、美羽がいる事に春風が戸惑っていると、美羽はズンズンと怒っている様子で春風に近づき、
「今まで何してたのよ!? 2ヶ月よ! 2ヶ月も音沙汰なしで、一体何してたのよ!?」
と、怒鳴るように問い詰めてきた。よく見ると、その瞳からは大粒の涙が溢れていた。
春風はそんな美羽を見て、
「え、えーそれはぁそのぉ……」
と、どうにか答えようとすると、
「っ」
と、美羽も歩夢と同じように春風の胸に飛び込んで、
「ほんとに……心配……したんだから!」
と、顔を埋めながらそう言ってきたので、
「……ご、ごめん、美羽さん」
と、春風がそう謝罪すると、
「春風」
と、今度は少年のものと思われる声がしたので、
(……え? こ、この声は……)
と、春風は恐る恐るその声がした方へと振り向くと、
「……」
そこには整った顔立ちをした濃い茶髪の少年がいたので、
「み、水音?」
と、春風はその少年の名を呼び、彼の事を思い出し始めた。
彼の名は、桜庭水音。
歩夢と美羽と同じく、春風のクラスメイトにして「勇者」の1人。
そして、「師匠」こと凛咲のもう1人の弟子で、春風にとっては弟弟子でもある。
(ま、まさか、ユメちゃんや美羽さんだけでなく水音まで!?)
ルーセンティア王国に置いていった筈の3人が、今、こうして目の前にいる事に春風が戸惑っていると、
「……」
と、桜庭水音……以下、水音はゆっくりと春風に近づいた。
そして、春風のすぐ傍まで近づき、
「み、水音……」
と、春風が声をかけようとすると……。
「……っ」
ゴスッ!
「ぐふ!」
何と、水音は無言で春風の腹部を思いっきりパンチした。
それに周囲が「あ!」と驚く中、
「み、水音君……一体何を……?」
と、春風が苦しそうに水音にそう尋ねると、
「この、馬鹿野郎!」
と、水音は静かにそう怒鳴った。
それを聞いて、春風は「え、あ、その……」と苦しそうに何か言おうとしたが、
(……あ)
怒っている水音の瞳から、一筋の涙が流れているのが見えたので、
「……そう、だね。ごめん」
と、春風は「はは……」と苦笑いしながらそう謝罪した。