08話 シスターは聖水に触れなかった。
「とても綺麗な場所ですね。」
開放的で外の光も届き、鮮やかなステンドグラスが輝いていた。
「お褒めいただきありがとうございます。ですが今はほとんど誰も立ち入らない場所でして、掃除などは城の侍女に任せきりになっています。」
「誰も、礼拝されないんですか?」
「えぇ、なにしろ崖の上で簡単に来れませんから。かくいう私もギルベルト様にお声を頂いて今日来ましたもので。」
「それは、わざわざありがとうございます。」
「なにか必要なものがありましたらギルベルト様にまでお願いします。」
「神父様ではなくてでしょうか?」
「ベルバラ様への案内が完了次第、私は崖下の街にある教会に戻りますから。」
教会が二つ?距離としてはそれほど遠くないと思うのに
「……なにしろ、子どもやお年寄りにこの崖は大変ですから。」
「あ、あぁ、そうですね。」
そっか、距離としては遠くないけど高低差があったか。
「ここにあるものは自由に使って構いませんので。使えるものといっても、今は聖水くらいしかありませんが。」
「はい、とても助かります。ありがとうございます。」
「いえいえ、それでは失礼します。」
わざわざこのために崖を登ってきたかと思うと、少し罪悪感が...私とは異なり、神父であるアドニーはキャソックと胸元に十字架を身につけていた。
私は一人、部屋の中に何重にも並んでいる長椅子に腰をおろす。
ここは城の敷地内に建っている教会で、シスターである私に第一王子から与えられた場所で、多分シスターベルバラの拠点となる教会...なのだが、シスターとしてこれっぽっちも知識がないため、なにをしたらいいものか...。
第三王子エリス...彼の姿を変える方法を探さなくてはならない。
根本的な解決もそうだけど、まずは地下牢で過ごしていたせいで染みついた臭い、油の乗った肌、伸ばし放題の髪なんかの手入れもするべきだと思う。
第一王子に話したらエリスを外に出すことは可能なんだろうか?話を聞く限り、誰にも会わさなきゃ問題はない?
ーーーふと、ベルバラは1番前に大きな壺が置いてあるのが見えた。
立ち上がりそれに近づくと、...白と青の模様が入った壺の中には、ちゃぽん、と音が聞こえてきそうなほどいっぱいの水が入っていた。
「ゔああぁっ!!!?」
普通の水だよね?と思い立って右の手でその水に触れた瞬間ーーービリビリッ!!と電気が手から体全体に走り、ベルバラは左手で右手を押さえながら後ろに体を崩した。
床の上、水に触れた右手を恐る恐る確認してみると、その手は赤く焼け爛れたような傷を負っていた。まるでそこに心臓があるかのようにドクドクと鼓動を鳴らし、熱を持っていた。
いっ!...痛いっ!!なによこれ!!?
ベルバラの脳裏に神父アドニーの声が流れる。
「ここにあるものは自由に使って構いませんので。使えるものといっても、今は#聖水__・__#くらいしかありませんが。」
「この水...まさか聖水!?あのっクソジジィ!なんてものをーーー」
ハッと我に返って、ベルバラは左手で口元を隠す。
私、今なにをーーー
ジュッ、ジュワッ、と黒い煙が右手を覆い、その煙が晴れた瞬間、焼け爛れていたはずの右手が元通りに治っていた。
ゴクリと生唾を飲み込む。
私の体どうなってるの?この水が、...聖水が触れないシスター?
転生したとき、"種族"がなんなのか聞き取れなかった主人公。聖水が触れないって、一体なにに転生したんでしょうね。