07話 第三王子、幽閉の身。
頭上の扉は開けたまま、私は地下へと繋がる階段を降りていく。
なにか光になるものを持ってくるべきだった?と降りながら思ったが、太陽の光が届かなくなった辺りでパッと明かりがついた。多分これも魔法で、人が通ったら明かりがつくようになっているんだと思う。壁にかけられている蝋燭に火が灯されていく。
壁や地面が黒く汚れており、鼻をつくようななにかが腐った臭い、歩くたびにベタベタという靴に張りつくような感触が伝わってくる。とても人が過ごすような場所ではなく、吐き気を催すほどの気持ちの悪さがそこにはあった。
本当に、こんなところに人が?それも...第三王子が?
ここが最後だ。1番下にようやく降りることができた。体感で3...4分ほどだけれど、汚さとゆっくりと降りてきたからそこまで深くはない?けど、臭いはかなりきつい。
階段の先は鉄格子のお部屋が何室も続いているようで、どれももぬけの殻。人がいるようには感じられないこの場所でーーー13番目の部屋。部屋の奥、隅で体を丸めて座っている……彼の姿を見つけた。
鉄格子を前に
「あなたが、第三王子のエリス様でしょうか?」
彼を前にひどく胸騒ぎがする。
頭を下げていて顔を確認できないものの、パッと見では生きているのか、死んでいるのかも分からないほど肌が黒く、手入れされていない髪は長く、地面の上にまで広がっていた。ひどい...悪臭が漂っていた。
ベルバラの声にエリスはゆっくりと顔をあげた。
ードクンッーベルバラの胸が熱くなる。
第一王子のギルベルト、第二王子のレナード、そしてベルバラも同様に金髪と水色の目をした見目麗しい容姿をしていた。
しかし、目の前にいる第三王子のエリスはそれらの共通点が一切なく、この地下牢で過ごしている汚さを省いたとしても、説明しようがない容姿をしていた。
夜のように黒い髪、顔をあげてベルバラを見るその目は血のように赤く、右目の下から頬へ赤い痣が刻まれていた。
ガッとベルバラは左手で頭に触れ、右手で強く胸を押さえる。
息が苦しい。頭が痛い。それは...空気の悪いこの場所のせい?胸が熱い。...エリスの姿が私の予想を超えていたから?
頭の中で警報が鳴り響いている。
彼と自分の間にある鉄格子を両手で触れる。10本の指で、手の平まで強く鉄格子を握りしめる。
浅い呼吸の中で、ベルバラは息を切らしながらも、考えるよりも思いのままに言葉を吐き出す。
「私が、...あなたをここから出してあげる。だから一緒に帰りましょう!」
エリスは首を傾げた。
ーーー今出すことは不可能で、私は踵を返して地上へと繋がる階段をのぼっていく。
容姿だけの話なら、髪を切って、金髪に染めたら解決するし、痣も化粧...というか、多分この世界なら魔法で隠すことはできると思う。でもそれは根本的な解決じゃないし、シスターとしての解決方法じゃない。
ふと、両の手の平に目線を移す。あんな掃除もしていないような鉄格子に触ってしまったから、黒く、なにかヌルッとした油のような汚れが手を染めていた。
あの胸騒ぎはなんだったんだろう。余韻のような胸の熱さが今も続いていたーーー。
ーーー○ー○ー○ーーー
暗くてなにもない場所。ここで何かをするわけでもなく、僕はただジッと目を閉じていた。目を閉じると、そうすれば、なにかが瞼の奥で見えてきた。
朝、昼、夜、太陽のない場所では彼女こそが光だったーーー。光り輝くような金髪。僕たちと同じ赤い目は血ではなく、城の周りに咲いている薔薇を連想させる赤い目。彼女の姿に誰もが息をのみ、魅了された。
数年ぶりに、ここに誰かがやってきた。
「あなたが、第三王子のエリス様でしょうか?」
夢ではない、現実で彼女の夢を見た。知らない女の人と彼女の夢が重なって見えた。
もしここから出ることがきたら、もう一度彼女に会いたい。