番外編 シール
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
シール。なんて事のないただのシール。
それがいま私の手の中にあるのだが、なぜか光り輝いて見える。シールとはかくも心躍る代物だっただろうか。
「わぁぁぁ」
大人な私だったらシールを貰ってもこんなに嬉しいとは思わなかっただろうけど、今の私の精神構造の大部分は子供なので手の中にあるシールを見てとても胸ときめいております。不思議ですね。
「ふへへ……」
冥界祭を開催してもうすぐ記念すべき一周年。
初めは二ヶ月に一度親しい人にお酒を売るというこじんまりした話のつもりだったのだが、気付けば約三ヶ月に一回という高頻度で開催される祭りに進化していた。
もういっそ定期的にあるお酒のイベントって言った方がいいかもしれない。
高頻度ゆえ町の治安維持や開催にかかる諸々が心配だけど、そこはジェイドさんの担当だし私は考えないようにしている。問題があれば言ってもらうようにしてるし、何も言ってこないということは問題なしの判断を下していいってことで。
そして私は今回もその準備の為に雑貨屋へ資材調達へ向かったのだが、そこで店主のおじいさんに渡されたのがシールだ。
一周年記念ということで作ってみたらしいこのシールにはデフォルメされたイラストチックな私の顔が描かれており、大変可愛らしいものであった。
どうやらお孫さんが絵を描くのが好きなようで、今回私の為に記念として作ってくれたようです。
もちろんこのシールは非売品で、私にプレゼントしてくれたもの以外には無いもよう。
新しい私グッズがまた一つこの世界に誕生してしまった。
「すっかり顔が緩んでるなお嬢。そんなに嬉しかったのか?」
「うん! だってものしゅっごくかわいいよこのシール!」
ほら見てと私は隣に座るカイルに見せつけるように眼前に掲げた。あまりにも近すぎてカイルからは何も見えてないとは思うが勢い余ったのだから仕方がない。
帰宅して家のソファに座りながらずっと眺めていても飽きない程度には嬉しかったのです。
自分の顔が描かれたシールというのが少し恥ずかしさもあるけど、グッズ自体がかわいいので良しとする。
「うんうん。かわいいなー」
「でしょー!」
「それにしてもお嬢のかわいさがよく描けてるし、出来もいい。店主の孫もいい仕事するな」
自らの顔の前に差し出されたシールを私の手ごと退けたカイルは、机に広げていたうちの一枚のシールを手に取りしげしげと眺めながら呟いた。
カイルも順調に親バカになりつつあるなと思いつつも、私はカイルの言葉に同意しながらソファへと座り直す。
「フェル様のシールも作ってもらえないかにゃぁ」
「今度頼んでみたらどうだ?」
「うん、そーするー!」
貰ったシールは全部で十枚。
一枚は保存用に取っておくとして、残りの九枚をどう使うか。とはいえシールなのでどこかに貼るくらいしか使い道は思いつかないけど。
そうやって頭を捻っていると唐突に使い道を閃いた私はカイルにこっちを向いてくれとせがむ。
不思議そうにしながらも素直に私の方へ体を向けてくれた彼の胸にペタリと、服の上からではあるがシールを貼った。
そして私は満足げに一度頷き、満面の笑みを浮かべ顔を上げる。
「これはカイルがわたしのものっていう証だから洗濯するまで剥がしちゃめっ、だよー」
「……わかった」
「にししー」
良いんじゃないでしょうか。『自分のものには名前を書く』的な感じでシールを貼って主張しましょう。
もう今日は外にも出ないから他人に見られることもないだろうし恥ずかしくもないはず。特に誰に主張するわけじゃないけど、子供のちょっとした自己満足ということでここは一つ。
というわけでこの調子でフェルトス様とガルラさんにもペタペタ貼っちゃいますかね。
あと冥界祭用のお酒の瓶にも貼っちゃお。シール付きが手に入ったらアタリで、幸運が舞い込むことがあるかもね的な?
そうやって使い道を考えながらにまにま笑う。そしてそのまま広げていたシールを集めて大事に小物入れへと片付けた。
そのあといまだに胸のシールをじっと見るカイルに声をかけてご飯の準備に取り掛かるのだった。
「ごちしょーしゃまー」
ご飯の準備を終えた頃、タイミングよくフェルトス様達が帰ってきたのでそのままご飯にしました。今日のメニューはチュンチュンの照り焼きとサラダとご飯。どれも美味しくできたし綺麗になくなりました。
「ほら、お嬢の分のリンゴ」
「わぁありがちょカイル!」
私が食べ終わるのを見計らいカイルがデザートに用意していたリンゴ――ちなみにうさぎさんにしてある――が乗るお皿を私の前に置いてくれた。
他のみんなは先に食べ終わってるのですでにデザートも完食済みだ。
たこ焼きパーティをした日からカイルも我が家で一緒にご飯を食べるようになった。
そのことでみんなとグッと距離も縮んだ気がするので万々歳。
具体的にはフェルトス様に対して余計な力が抜けつつある感じかな。
「なぁカイル。さっきから気になってたんだけど、ソレ、何?」
ガルラさんが食器を流しへ持っていこうとしているカイルの胸を指差す。差した先にあるのは私が貼ったシールだ。
「これはお嬢が町で貰ってきたシールです。『お嬢のもの』という証らしく貼られました」
「へー。かわいいことするじゃんメイ」
「あとでガーラさんにも貼ったげるねー」
リンゴを咀嚼し飲み込んでからガルラさんに笑顔を向ける。
「ふむふむ。オレにもか……だが残念。オレはすでにフェルのものだからメイのものにはなれないなぁ」
「えー。でもわたしのにーちゃでもあるでしょー?」
「それはそう。よし、何も問題はないな。貼ってくれ」
「やっちゃー!」
許可が出たので残ったリンゴを食べてから、いそいそとシールを取りに行く。
そして小物入れからシールを二枚取り出した私は机に一枚置いて、もう一枚をガルラさんに貼り付けるべく向き直った。
「うーん。どこに貼ろうかなぁー」
「どこでもいいぞー」
「ほんとにー? 顔でもー?」
「ごめん顔はやめて」
「あーい」
ガルラさんの周囲をうろうろしながら私はシールを貼る場所を探す。
そしてそんな私をガルラさんはニコニコしながら見ていた。
「よち! ここだ!」
「いでっ」
「あ、ごめんちゃい」
目標を定めた私はべちんと掌をガルラさんの背中に叩きつけたが、思いのほか力が入っちゃったみたいでガルラさんが痛みに顔を顰めている。
申し訳ないです……。
「いや、いいけど……なんで背中?」
「貼りやすそうだったかや……」
カイルは正面向いてたし、フェルトス様は髪が長いから背中には貼れそうにない。ガルラさんはこっちに背中向けて座ってるし、広い背中がここに貼ってくれって言った気がしたんだ……。
だから翼の間にぺたっと貼りました。
「そっかー。でもこれじゃあせっかくのかわいいシールがオレ自身は見えねぇなぁ」
「貼り直しゅ?」
「うんにゃ。ここでいいよ」
そういって笑ってくれたガルラさんに再度謝った私は、今度は隣で私達のやりとりをぼーっと見ていたフェルトス様に向き直る。
そして新しいシールを手に持ちじっとフェルトス様を見つめた。
「ん? オレにも貼りたいのか?」
「め?」
「いや、かまわん。好きにしろ」
「わーい! どこに貼ろっかなぁー!」
私の欲望を瞬時に汲んでくれたフェルトス様は少し口元を綻ばせ私にシールを貼る許可をくれた。
いやはや、みんな優しくて大好き!
そんなみんなの優しさに触れて笑顔がこぼれるままに私はフェルトス様へ手を差し出す。
「フェル様ー。右手貸してくーだしゃい!」
「そら」
「えへへー。ありあとでしゅ」
要望通りに差し出してくれた大きな手を取った私は、その手の甲にペタリとシールを貼り笑う。
「お似合いでしゅよー、フェルしゃまー」
「そうか。ならばしばらくはこのまま貼っておくとしよう」
「むぇ。いいんでしゅか?」
「あぁ」
私が貼ったシールをしげしげと眺めながらフェルトス様がニヤリと笑い、その手で私の頭を撫でた。
えへへ、もっと撫でて。
そうやってしばらくフェルトス様に撫でてもらい至福のひとときを過ごした私。
その後は後片付けを終えたカイルも交えて私達は家族団欒の楽しい時間を過ごしました。
数日後。
冥界祭用のお酒の準備も終えた私は再び雑貨屋へ行き、店主のおじいさんにフェルトス様のシールを作れないか打診。
そしておじいさんからお孫さんへ話が行き、作れるとのお返事をもらったのでデザイン案とともにお願いした。
さらに日が経ち、約束の日に完成品を受け取りに行く。
かわいくデフォルメされたフェルトス様の顔が描かれた注文通りのシールを渡され、その完成度に感激している私へおじいさんがもう一種類のシールを渡してきた。
頼んでいないもう一種類の存在に首を傾げながら受け取ると、それはフェルトス様に抱っこされて首元に抱きついている笑顔の私が描かれていた。
「わあああああ!」
「へぇ、上手いもんだな」
「喜んでいただけたようで良かったです。孫も喜びますよ」
ニコニコ笑うおじいさんに私も笑顔を返しお礼を言う。
しかも前回貰ったシールも追加で頂いてしまうという二重のサプライズ。嬉しい!
お金を払った私は早速このシールを持ち帰り、お仕事から帰ってきたフェルトス様やガルラさんにも見せびらかす。
ひとしきり盛り上がったところで私はこのシールをフェルトス様のベッドの側面にペタリと貼り付けた。
私の顔のシールと、フェルトス様の顔のシール。
そしてその二つのシールの間に二人が描かれたシールを貼ると、なんだかとってもほっこりします。
うむ、かわいい! 満足です!
今年もぼちぼちと投稿していこうと思いますので、思い出した頃にでもお付き合いいただければ嬉しいです。




