番外編 たこ焼きもしくはクラーケン焼き
「カイルー。これ焼けたからあとお願いー」
「まかせろ」
私はいま鉄板の前で一生懸命手と魔法を駆使し、大量のたこ焼きを焼いている。
正確にはたこ焼きではなく以前倒したクラーケンのクラーケン焼きになるが、分類的にはタコだしたこ焼きで良いよね。
青い体色は食欲がちょびっと失せるけど、中身は普通に白かったし、下処理してから味見してみたらすごく美味しかったので良しとした。ほのかな甘みと、程よい弾力が素晴らしい。
刺身やお寿司にしても良さそうだったからそれ用にもすでに切り分けてある。
たこ焼き用のぶつ切りに、刺身用とお寿司用のスライス。
それを大量に用意しても足一本すら使い切れなかった。クラーケン恐るべし。
余裕があれば他の料理も作る予定だけど、それでもクラーケンが大量に余りそうだからノランさん達にもお裾分けしようと頭の片隅で考える。
「よし、ちゅぎ!」
お馴染みの半円の窪みがついた鉄板に油を塗って生地を流し込み、具材を投入してしばし待つ。
ちなみにこの鉄板は鍛冶神のロイ様に製作をお願いしました。
報酬は完成したたこ焼きとその他タコ料理。それと清酒を提示したら快く依頼を受けてくださいました。
家庭用のたこ焼き器をイメージして絵を描いて、それをもとに説明したんだけど、さすがは鍛冶神様。子供の拙い説明でも完璧なものを仕上げてくださいました。
ただうちの家族は大食いなので普通の家庭用とは違い、一度に大量に焼けるように大きなものを作ってもらった。
そして完成したたこ焼き器は簡単操作で私にも扱いやすく、熱のムラもでない最高の出来です。ちょっと重いけど魔法を使えば問題はなし。最悪カイルもいるしね。
生地はたこ焼き粉がないので小麦粉とだし汁と卵を混ぜて作ったよ。
具材はシンプルにクラーケンとネギのみ。物足りないけどはじめてだからとりあえずね、とりあえず。
あとはタコパっぽくチーズやトマトやエビ入りなんかも作る予定。
トマト入りはフェルトス様が気に入ってくれたら嬉しいなという思いからです。
「お嬢。結構出来上がったけどまだ作るのか?」
焼き上がったたこ焼きにソースと鰹節を乗せ終わったカイルが、そのたこ焼きを保存箱に入れながら聞いてくる。
「うん。ロイじーちゃとリア様とトラ様達に献上する分も作らないといけないかやね」
「なるほどな」
滑舌がマシになった私だけど、みんなの呼び方は変わらずこれまで通り呼ぶことになった。
家族以外のみんなにも披露してすごいすごいと褒めそやされて「これからはちゃんとお名前呼べます」と宣言したところ、それはそれ。これはこれ。みたいな感じで今まで通り呼ぶようにとのお達しを受けてしまったのだ。
フェルトス様はフェル様。ガルラさんはガーラさん。セシリア様はリア様。トラロトル様はトラ様。といった具合ですね。
上手く発音できないから特別にってことだったと思うんだけど……何故?
いや、嬉しいんですけどね。みんなの特別が継続してるわけですしね! でへへ。
それにマシになったとはいえまだまだ甘い部分もあるわけで、完璧な発音にはまだ遠かったりする。
「そろそろかにゃー」
周りが固まってきた生地を、ピックを使ってくるんとひっくり返す。
たくさんあるけど魔法を使ってるので一度にたくさんひっくり返せるし、さほど時間はかからない。
私の魔法使いぶりもなかなか様になってきているのではないでしょうか。指パッチン発動まであと少しですかね? そろそろ指パッチンの練習もしておこうかしら?
「まんまるたこ焼きー。美味しいたーこやきー。そーとはカリカリ中とろとろー」
「ふふ。なんだその歌」
「美味しいたこ焼きの歌」
「まんまだな」
焼いている間は暇なので歌を歌いながら暇を潰す。
そうやって私はたこ焼きを量産しまくった。
「ふぃー。こんなもんかにゃ」
「大量に出来たなぁ」
「さすがに疲れたぁー」
「お疲れさん」
ずらっと並んだタコの刺身とタコのお寿司が乗ったお皿を前に、私は額の汗を拭う。
たこ焼きの方はクラーケン入り、エビ入り、チーズ入り、トマト入り。種類ごとにお皿を分けて混ざらないようにしつつ、それぞれ献上分も取り分けて熱々の状態で保存箱に入っている。
残った酢飯で他の握り――ユリウス様から頂いたお刺身をネタにした。もちろん手付かず――も作ったし、あと海鮮丼も作った。うん、完璧だ。
今日はお昼からずっと家で料理をしていたのでさすがに疲れた。
こんなにたくさん作り溜めしたのはパーティ以来。
でも今回はがっつりカイルも手伝ってくれたので、作業分担ができて前よりは楽だったね。
「これはロイじーちゃの分。これはリア様の分。それからこれがトラ様親子の分……っと」
「お嬢。そろそろフェルトス様達が戻ってくる時間だぞ?」
お刺身とお寿司の取り分けをしていた私に、フェルトス様達の帰宅時間を告げるカイル。
「もうそんな時間!? 急いで片付けるかや、カイルはたこ焼き並べておいてー!」
「了解」
今日の晩ご飯はたこ焼きパーティです。
その為に大量に作っておいたのであとは食べるだけ。
お寿司とかもあるけどそれはまた別の機会か、たこ焼きで足りなければ出すつもり。
「戻ったぞ」
「たっだいまー。いい子にしてたかー」
わちゃわちゃと後片付けを終わらせご飯の準備を終えた頃、タイミングよくフェルトス様達が帰ってきた。
「お帰りなしゃー!」
「お帰りなさいませ」
「んぁ? なんだこれ?」
「……丸いな」
ほかほかと湯気を立ち上らせるたこ焼きが並ぶお皿を見た二人が不思議そうな顔をしながら眺めてる。
なんか面白い。
「これはねー、たこ焼きだよー。あ、でも、前倒したクラーケン使ってるかや、正確にはクラーケン焼きかなぁ?」
「あぁ。以前言っていたアレを作ったのか」
「あい!」
「そうか。楽しみだ」
そういってフェルトス様は私の頭を軽く撫でたあと手を洗いに行った。
「そういや今日はカイルも一緒に食うんだよな?」
「はい。お邪魔します」
「んだよー。まだ固いなぁ。もっと気楽に接してくれていいんだぜ? 眷属仲間だろ?」
「あ、いえ。その……お気持ちだけ、頂いておきます……すみません」
「ちぇー。またフラれちった」
「ドンマイ、ガーラさん。そんなことより早く手を洗ってきてね。フェル様はもう洗ってきたよ!」
「うーい」
すでに手を洗い着席しているフェルトス様を指しながら、ガルラさんに手を洗ってくるように促す。
素直に手を洗ってきたガルラさんも席についたところで、私は二人に中身の説明をし好きに食べてとフォークと取り皿を手渡した。
「フェル様にはトマトがオススメでしゅよ! 熱いから気を付けて食べてくだしゃいね!」
「あぁわかった」
「メイー。俺にはー?」
「好きなの食べてー」
「なんか冷たくない?」
「そんなことないよ。全部美味しいかやどれもオススメ」
「そっかー」
「そうだよー」
ガルラさんとそんなやり取りをしつつ、私は早速とばかりにクラーケンたこ焼きにフォークを伸ばす。
味見で一個食べたけど、なかなか美味しかったです。
外はカリカリ中はとろとろ――を本当は再現したかったんだけど、素人には難しかった。試行回数を重ねる必要ありです。
それでも普通に家庭で作るレベルの美味しさはあるので合格とした。外カリ中とろ……くらいですかね?
お皿の上に乗せたたこ焼きに息を吹きかけ少し冷ます。
そして香ばしく焼けた外側にガブリと歯を突き立てると、熱々のとろっとした中身とネギ、そしてメインのクラーケンが口の中に転がり込んでくる。
一口で食べると口の中を火傷しちゃう可能性があるので、ちょっとずつ食べるのがオススメ。
地球のタコより食べ応えもあるし、味もほんのり甘味がある。それがソースと絡んでとても美味です!
食べやすい大きさに切ったクラーケンが一個の中にたくさん入っているので、どこを食べてもクラーケンが入っています。
「うままー」
「あっつ!」
「……だかや熱いから気を付けてって言ったのにー」
口の中にあるものをごくんと飲み込み、隣ではふはふしているガルラさんにじとっとした視線を向けた。
そのガルラさんはさっさと飲み込みたくても熱すぎて上手く飲み込めないのか、ずっとはふはふしているので水を渡したあと私はフェルトス様に向き直る。
「フェル様おいしー?」
「あぁ、美味い」
「それはよかった!」
まだ隣からはふはふ音が聞こえてくるがあえて無視し、今度は正面に座るカイルへと視線を向けた。
カイルには後のお楽しみだと言って味見をさせていないので、今が初たこ焼きである。
お皿の上にはクラーケン入りのたこ焼きが一つぽつんと乗せられているが、じっと見つめるだけでまだ口をつけていない。
そんな彼に私は軽い口調で声をかける。
「カイル。無理そうなや他の食べていいよ? あ、なんなや海鮮丼食べゆ?」
何も無理強いしたいわけじゃない。だから私はカイルが気にしなくても良いように優しく促した。
「ん? あ、いや。大丈夫。こっち食べるから」
「そう? 無理しないでね」
「あぁ」
そういってカイルはたこ焼きを口に放り込んだ。
そう。一個まるまる一口で。
「あ」
ガルラさんと同じ過ちを犯すとは、カイルもまだまだですね。
この後の出来事が簡単に予想できた私は魔法を使ってカイルに水を差し出す。
ちょっと席が離れてるから手渡しは難しかった。
「あっふい!」
「だろうねぇ」
「――っ、はふ、――っん。…………うまい」
私から水を受け取ったカイルは口の中の熱を上手く逃しながら、たこ焼きを飲み下しぽつりとつぶやく。
「ほんと?」
「淡白だけど甘味があって食いごたえもあるし、このソースとも合っててすげぇ美味い」
「むふふ。それは良かったねぇ」
それからカイルはパクパクとたこ焼きを食べ始める。どうやらエビとクラーケンが気に入ったようだ。
フェルトス様も全種類食べた後やっぱりトマトが気に入ったのかトマト入りばかり食べている。
ガルラさんはクラーケンとチーズが気に入ったようでお皿にたくさん取って、パクついている。口の中は火傷しなかったのかな。
「なぁメイ。さっき言ってた海鮮丼ってなんだ?」
「ユーリ様のとこで貰ってきたお刺身をご飯に乗せたやつだよ。食べる?」
「食べる食べる」
「なや、ちゅいでにお寿司も出しちゃおっと」
ガルラさんが海鮮丼を食べたいというので、もういっそ全部出しちゃえ精神でついでにお寿司も机に並べる。ガルラさん痩せの大食いだから食べるでしょ。
それにしてもたこ焼きと海鮮丼とお寿司が並ぶ机はなんとなく微妙だ。多分たこ焼きのせいだろうな。
「おしゅしもうまー」
「……本当だ。クラーケンって美味いんだな」
「デカい魔物は意外と美味いの多いからなぁ」
「そうなんですか?」
「そうだよ。というか、魔力が多いやつは美味いのが多い」
「あぁ。なるほど」
なぜそこで私を見たんだいカイルよ。私は魔物じゃないぞ。
え、それとも神の眷属ってもしかして魔物枠なの?
「野生だとデカいイコール魔力量が多いってパターンが多いからな。もちろん例外もいるが、大体がそうだろ。だからデカいイコール美味いだ」
「なるほど」
「ちなみにこれは魔物だけじゃなくて、人間にも適応されるぞ」
「えっ?」
「人間も魔力量が多いと美味いんだよ。だから魔物は魔法使いや実力のある戦士の肉を好むんだ」
カイルの笑顔が引き攣ってる。
わかるよ、その気持ち。うんうん。
「フェル様の血が甘くて美味しいのも魔力量が多いからでしゅか?」
ご飯時にする会話じゃないのはわかってるんだけど、気になるので聞いてみた。
「……まぁ、そうだな」
何か考えてた風のフェルトス様だったけど、最終的には一言肯定の返事が返ってきた。
そしてまたトマト入りたこ焼きに手を伸ばして黙々と食べている。
「はぇー。じゃあやっぱりガーラさんの血も美味しいの?」
「なんだ、興味あるんなら食うか?」
「えっ!? 食べっ――や、やっぱりいい……」
危ない。反射で食べたいと返すところだった。
私は吸血行為に興味はありません……ありませんったらありませんっ!
「どした?」
「うぅん。なんでも……」
「別にオレの血食っても眷属にはならねぇから安心していいぞ」
「むぇ?」
別にそういう心配をしていたわけじゃないけど、ガルラさんは私がそっちの心配をしていると思ったみたいだ。
というか、私自身は言われてはじめてその問題に気付いたんだけどね。
「眷属にするには与える側の意志が必要だ。ただ血を飲んだからといって簡単に眷属になれるわけではない」
「しょうなんでしゅか」
「あぁ。だから安心して飲むがいい」
私が首を傾げているとフェルトス様が追加情報をくれた。
それ自体はありがたいんだけど、問題はそこじゃない。私はまだ吸血蝙蝠になるわけには――
「ほれ、メイ。あーん」
「あーん」
――そう考えていたのに。パクリ、と。目の前に差し出された血の滲む指を咥えてしまった。
やってしまった! でも美味しい! ちくせう!
咥えてしまったのは仕方がないので、諦めてちゅうちゅうとガルラさんの血を飲む私。
「お、美味いか! 好きなだけ食え!」
大丈夫大丈夫。人間の血を求めない限りまだ大丈夫……なはず。
自分の中にある一線は越えてない判定を下しましょう。身内の血だからセーフ!
「むぅー。美味しいけど、フェル様の方がおいちかった……」
「なんだと!?」
ガルラさんの指から口を離し、素直な感想を言う。
美味しかったけど、やっぱりフェルトス様には敵わない。
「……フッ」
「あ、コイツ。勝ち誇った顔しやがって。ムカつくな!」
「事実、オレの方が貴様より強いのだ。当然の結果だな」
「だとしてもなんかムカつく!」
保護者二人がじゃれあってるのを眺めながらご飯を再開する私。
カイルがどうして良いのかわからずわたわたしてたから気にするなと言っておいた。
この二人はこんな感じなのです。いつかカイルも仲間入りできるよ。
こうして賑やかに食事は進む。カイルという新しい家族も加わって。
まだカイルはぎこちないところがあるけど、そのうち四人で過ごすのも普通になる日も来るだろう。
そうすればきっともっと楽しい毎日だ。
私は近いうちに来るだろう未来を思い笑顔になる。
大好きな人達と毎日一緒にいられるのは幸せだ。
周りにいる三人の大人を見上げ、そのやり取りを眺める。
うん。やっぱり賑やかな食卓は良いね!
迷子編~水の都編を経たカイル眷属入り関連のお話はこれで終わりです。
少し毛色が違う話を書いた自覚があったので受け入れていただけるか不安でしたが、嬉しい感想をいただけてとても安心しました。
次回以降はまたぼちぼちと書いていこうと思います。




