9 ごはんを食べよう
「はぁ。わかったからもう喚くな。少し静かにしろ」
「あーい!」
少し傷付いた私の心はひとまず置いておき、私はフェルトス様へのお願い攻撃を続けていた。
そして私の執念によりついにフェルトス様は陥落しました。
いやぁ勝利するのは気分が良いですねぇ。
フェルトス様に首根っこを掴まれた状態でプラプラと揺れながらも、私は勝利の余韻に浸る。
「う? ――わ、わぁ!」
ニコニコと笑っていればフェルトス様がベッドから降りて体を伸ばしはじめた。
別にストレッチをするのは構わないのですが、一つだけ問題が起きています。それはいまだに私を手に持ったままということ。
突如ぐいんと持ち上げられた場所から見る景色は普段見ることのない景色。
簡潔に言えばものすごく高くてちょっと怖いです。早く降ろしてほしい。
「あぅ。フェルしゃまー、降ろちてくだしゃー」
先程の威勢はどこへやら。
万が一にでも落とされては勘弁ということで、暴れないよう静かにフェルトス様へ訴えかける。
「ん? あぁ、そうだったな。小さいから忘れていた」
さも今気が付きました。みたいに仰ってますが、絶対わざとですよね?
だってフェルトス様ちょっと笑ってますもん。口角上がってますよ、確実にわざとだ。
おのれフェルトス様め。さっきの仕返しのつもりですか。ぐぬぬ。
私が悔しさに頬を膨らませていると、フェルトス様が私の持ち方を変えた。
掴まれていた首根っこが解放され、代わりに胴体をガシッと鷲掴まれる。
わきの下に手を入れられ、しっかりとホールドされた私の体をフェルトス様は軽く持ち上げた。
「そら」
「みっ!」
そしてそのままフェルトス様は私の体から手を離し、空へと打ち上げられる。
その後、一瞬の浮遊感を覚えたと思えば、すぐさま落下が始まり、最終的に私はフェルトス様の手の中へと戻っていた。
「ふっ。どうだ?」
「はぇ」
笑うフェルトス様を見つめつつ、いま何が起きたのか理解に努めた。
数秒間が空き、何が起こったかを理解すれば、次に一瞬遅れて鼓動が早まる。
どうやら私は『高い高い』をされたようです。
もちろん普通の『高い高い』ではなかったですが。
「び、びっくりしちゃ」
それほど高く投げられたわけではないが、通常考えられる高さよりかは遥かに上だったと思う。
「ではもう一度だ」
「ふぁ――わぁあああ!」
その声と共にブンっと空へと投げ出された私は、再び落下を体験しながらフェルトス様のもとへと帰る。
その常識外れの一連の行為が数度繰り返し行われた。
「――ふへ、あはははは」
最初は恐怖を覚えたフェルトス様式『高い高い』も、数をこなす内にだんだんと楽しくなってきてしまった。絶叫系のアトラクションのようでとても面白いです。
最終的にはもう一回! とせがむ私と、度重なる催促に疲れた顔のフェルトス様が残されましたとさ。
「……もう終いだ」
「あーい!」
フェルトス様が疲れてしまったのなら仕方ない。
手を上げ素直にお返事を返せば、ゆっくりと地面に降ろされた。
とても楽しかったです。
「へへへー」
ニコニコ笑顔のまま、ほぼ真上にあるフェルトス様の顔を見上げる。
するといつものじっとりした目が私を見ていた。
「楽しかったか?」
「あい!」
「そうか」
ニヤリと笑いながら聞いてくるフェルトス様へ、私は元気よく手を上げて答えた。
多分ですけど。フェルトス様はジト目がデフォルト装備なのではないでしょうか。
そう思って見てみると、なんだかジト目というより、眠そうな目のようにも見えてきます。
「――くぁ」
そのまま何も言わないフェルトス様をじっと観察していたら、大口を開けて欠伸をしはじめた。手で隠したりはしないらしい。
ついでに私も欠伸を一つ。欠伸ってうつりますよね。
「ふぁー」
「ふっ。マヌケ面だな」
「むっ!」
聞き捨てなりませんね。
フェルトス様だって似たようなものじゃないですか。まったく失礼な。
「そんなことより。メイ」
「あい!」
まだ少しムッとしますが、何かお話があるようなのでフェルトス様を見返す。
そして再度片手を上げて元気よくお返事を返した。
「オレはこれからセシリアの所へ行く。ついでだ。その後、諸々の用事を済ませてから戻る。ゆえに帰りは遅くなるだろう」
「あい」
「その間、貴様はどうする。ここで遊んでいるか?」
「むー」
幼児を一人で長時間お留守番させるのはどうかと思いますが、私は半分大人なので文句はありません。お留守番くらいはできます。暇な事を除けば。
だけどここに一人っきりは少し寂しい。
「……ちゅいていくのはダメでしゅか?」
「ダメではないが連れ歩くのが面倒だ。大人しく留守番をするか、遊びにでも行ってこい。冥界内から出なければ好きにしていてかまわん」
残念。断られてしまった。セシリア様のお家を見たかったんだけど仕方ないか。
あれ。でもちょっと待てよ。
フェルトス様の帰りが遅いということは、その間の私のご飯はどうすればいいんだ。
もうすでに少しお腹が空いているんですけど。
「んー」
「どうした?」
きょろきょろと周囲を見回してみるが、食べられそうなものは何もない。
まぁ食べ物はおろか、その他も何もないんですけどね。
「フェルしゃまー。ごはんはー?」
「なんだ。腹が減ったのか?」
「あい」
コクンと頷く。
ついでにお腹もさすって空腹をアピール。
空腹で可愛そうな眷属に何かご飯をお与えください。
するとフェルトス様は何かを考えるように顎に手をやった。
「フム。たしかどこかに以前狩った人間の死体があったような。……それで良いか?」
「嫌でしゅが!?」
良いわけがない。なんで良いと思ったのか甚だ疑問です。
驚きに目を見張りながらフェルトス様を見れば、さらに思案顔になった。
「そうか。まぁたしかに時間が経ちすぎて――いや、待てよ。そういえばアレはすでにオレが飲みつくして捨てたのだったか? ふむ……覚えていないな。どちらにせよもはやどうでも良いか」
「……あにょ、フェルしゃま?」
「なんだ」
「フェルしゃまは……やっぱり、人間を食べゆんでしゅか?」
聞きたくないと思いつつも聞いてしまった。
ドキドキしながらフェルトス様の様子を窺う。
「喰うぞ。肉は喰べんがな。オレが喰うのは生き物の血だ」
「ひょえ」
返ってきた答えに口元を押さえる。
やっぱり吸血蝙蝠だ! こわい! ……待てよ。そんな吸血蝙蝠の眷属である私だってもしかしたら吸血蝙蝠なんじゃ?
思い返してみればフェルトス様の血はとても美味しかった気が……いやー!
自分の変化にぷるぷる震えていたら頭上から不思議そうな声が降ってくる。
「何を恐れる? 貴様も小さいとはいえすでにオレの眷属。もはや人間など同族ではない。気にするな。それに、モノにもよるが美味いものは美味いぞ。……まぁ、ほとんどはまずいのだがな」
「あぅ。……変なフォローありがとごじゃましゅ。でもわたしは遠慮しときましゅ」
「そうか?」
うぅ、私もそのうち「人間の血おいしー」ってなってしまうのかな?
フェルトス様ー! お腹空いたから人間獲ってきてー! とか? いやだー!
「ふむ。となれば、ここにはメイが喰えそうなものは何もない。…………はぁ。あまり気は乗らぬが、致し方なし、か」
「う?」
何か解決策を思いついたのか、フェルトス様は小さく息を吐いた後、しゃがんで私に目線を合わせてきました。
「おい、メイ」
「あい」
何を食べさせてくれるのでしょうか。せめて私の食べられるものを提案してください。
先程の答えを聞いたあとだと少しだけ怖いけど、大人しくフェルトス様の答えを待つ。
「貴様。今日一日、人間の町にでも行ってこい」
「あい……って、ほぁ?」
それはつまり地球とは別の世界の、この世界の町、ということですよね?
初めての人里! 興味があります!
魔法とかがある世界なら、ゲームみたいなファンタジーな町並みなんだろうか。
それとも近代的な町並みかなぁ。どんなものだとしてもとてもワクワクします!
「人間の町、でしゅか!」
「あぁ。ここからはちと遠いが、町までは他の眷属どもに送らせるから問題なかろう。そこで飯でもなんでも好きなものを喰ってこい。ついでに、他に欲しいものがあれば持ち帰ってこい」
「おぉ……」
なるほど。つまり外食ということですね。
「あぇ?」
しかしここで小さな疑問が浮上する。
私みたいな小さな子供を一人でお出かけなんてさせてもいいのでしょうか?
いや、私の中身は大人ですし、当然大丈夫といえば大丈夫なのかもですけど。
それでも見た目だけでいえば私はただの小さな子供だ。
もしかしたら誘拐とかがあるかもしれないじゃないですか。
治安がどの程度かよくわからないので心配です。大丈夫なんでしょうか。
それともう一つ大きな問題。
私はこの世界のお金を持っていないということ。
それらの疑問をフェルトス様へとぶつける。
「フェルしゃま。わたしお金持ってまちぇん。しょれに、わたし一人でうろうろしててだいじょぶなんでしゅか?」
「金? なぜそのようなものが必要になる。欲しいものがあるのなら献上させれば良いだろう。貴様はオレの眷属だ。何も問題はない。それにオレの眷属だと知っていて手を出すような輩は存在しないだろうから心配するな」
もし仮に存在したとしたらすぐに助けてやる。と続けて心強いお言葉も頂いた。
だけど、お金に関しては本気で意味がわからない。みたいな顔をしていましたねフェルトス様。
そりゃあなたは神様ですし、お供えものとかが当たり前なのでしょう。
ですが、ですよ。私はただの庶民なのです。
いくらフェルトス様の眷属になったからといって、私自体はなんの権力も持っていないんですからそれは無理がありますよ。
それにお金を払わずにモノを貰うという行為はなんとなく怖いです。お友達とか知っている人なら別ですが。今回はそういうものでもないですし。
あと、私のことをフェルトス様の眷属と知らなかったのなら、普通に手を出される可能性はあるってことですよね?
大丈夫なのかな? 正直私はあんまり眷属アピールとかしたくないんですけど。眷属アピールしてどうにかなるとも思いづらいし。
もしかしたらこの世界は神様と人間の距離が近いのかな。
日本だったら急に現れた他人に『私はほにゃらら神様の眷属です。食べ物をください』なんて余程のことがない限り通用しないと思うんですけど。
最悪不審者情報に掲載されちゃいそうで怖い。
だけどここならそれが通用しちゃう世界なのかな。
なんだか別世界って感じですごいや。
とにかく。諸々の理由を伝えてムリムリと首を振っていたら、フェルトス様にため息を吐かれてしまった。
何だこいつ面倒くさい。って思ってるのが隠せてないですよ。
「本当に面倒くさいな貴様は」
あ、口に出した。
「ハァ。少し待っていろ」
そう言い残したフェルトス様は、私の答えを聞かずにすぐさま飛んでいってしまわれた。
それにしてもフェルトス様はため息ばかり吐いてますね。もしかしなくとも私のせいか。その事については申し訳ありません。
ところでいずこへ行かれたのです?
「むぃ……おしょーい」
待っていろと言われたので、フェルトス様のベッドにもたれながら大人しく待機中。
しかしものすごく暇。そしてお腹もさらに空きました。
フェルトス様ー。早く帰ってきてくださいー。
その後もぐーぐー鳴るお腹を鎮めながらしばらく待っていると、ようやくフェルトス様が帰ってきた。
「むー! フェルしゃま遅いでしゅよー!」
待ちくたびれました。そしてお腹が空きました。ごはんください。
帰ってきたフェルトス様の足をぽかぽか叩きながらお出迎えという名の催促を始める。
本当に私の中身は大人なのかと疑うくらい、気を抜くと子供仕草が自然に出てきてしまうようになった。
これも時空を超えた影響なのでしょうか。それとも眷属になった影響か。
どちらにせよ、今はご飯です。ご飯が何よりも優先される。
「叩くな。貴様がわがままを言うから遅くなったのだろうが」
「むー」
「そら、受け取れ」
「う? わわっ」
昨日と同じように投げ渡されたものを慌てて受け取る。
「う?」
手の中にあるものを見てみると、それは水晶のような、透き通っていてとても綺麗な紫色の石でした。
フェルトス様が持っていた時は手のひらサイズ程の小さな石に見えたけど、私が持つと結構大きかったです。両手でしっかり持たないと落としてしまいそうな程には。
「はわぁ……きれー」
「今は冥界のみに存在する鉱石だ。小さいがソレを売れば多少の金にはなるだろう」
「え、いいんでしゅか?」
「そのために取ってきたのだ。かまわんから好きにしろ」
「わぁ。ありあとごじゃましゅフェルしゃま!」
「あぁ」
えへへー。くれると言うのならありがたくいただきます。
にっこり笑顔でフェルトス様へお礼を言えば、フェルトス様も呆れたように笑い返してくれた。
「むへへ」
お小遣いゲットだぜ!
ところで――。
「ごはんは?」
もうぺこぺこなんです。ここから町までは持ちそうにありません。これもフェルトス様を待っていたせいなんですよ。なんとかしてください。
むーむー唸りながらフェルトス様にせがめば、呆れた目がさらに強まった。
「はぁ。ならばこれでも喰っていろ」
フェルトス様が自分の親指をガリっと噛んで私の口元へ差し出してきました。
大きな指にぷっくりと血が溜まって滴っている。
「……ごくり」
思わず喉がなる。
待て待て。なんだか今の私は吸血蝙蝠っぽいぞ!
「うー!」
血を食べるという行為を嫌がる人間的な自分。フェルトス様の血は美味しいから別に良いだろうという蝙蝠な自分。
その二人がいま私の中で戦っています。
くそう……どうすれば。
「どうした、喰わんのか?」
「……食べましゅ」
人間側があっさり負けました。
空腹には勝てません。
「いったらきまーしゅっ!」
私は大きく口をあけ、カプリとフェルトス様の指をくわえた。