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水の都編9 とある迷子の独り言

 水の都グランゼルトの領主。フローレンス・ゼムヴォイド伯爵には三人の子供がいる。

 長男レオンハルト・ゼムヴォイド。長女セレスティア・ゼムヴォイド。

 そして俺は次男、カイルスフィア・ゼムヴォイドとして生を受けた。

 しかしカイルスフィアとして生きてきた時間は辛く寂しいだけの日々だった。


 もはやなんの為に生まれたのかすらわからず、自らの存在の意味も見失っていた俺だったが、きっとすべては今日この日の為にあったのだろう。


 宿に戻りちびフーちゃんを抱きしめながら眠りについた主人の頭を軽く撫でる。

 すると俺の手に反応したのか、寝ているのにふにゃりと笑った。その顔にこっちまで頬が緩んでしまう。

 この人は頭を撫でられるのが好きだから俺もついついたくさん撫でてしまうというものだ。それに撫でると嬉しそうに笑うのだからやめられない。


 むにゃむにゃと何か寝言を言いながら寝返りを打った際にズレた布団をかけ直し、俺も自分のベットへと戻る。

 明日は海神ユリウス様が居られる海底神殿へと赴くことになっているので、キチンと睡眠をとり体調を整えなければいけないのだが……どうにも寝付けない。おそらくまだ興奮しているからだろう。

 俺はついに正式にお嬢の――メイ様の眷属となったのだ。


 劇的な身体的変化はなかったが、それでも自分とメイ様との間に何かたしかな繋がりができたのがわかり嬉しかった。

 少しだけ、ほんの少しだけ、敬愛する主人やその神達と髪や目の色が同じにならなかったことが寂しくもあるが、今の俺の髪や目の色を主人は好きだと言ってくれてるのでこれはこれでいいかと思わないこともない。なんだか複雑な気分だ。


 軽く息を吐くとベットに横になり、なんとはなしにそのまま天井を見上げた。


 この町にはあまりいい思い出はない。むしろ嫌な思い出の方が多すぎる。

 しかし今回の旅行で俺はこの町も悪くないなと思い始めることができた。

 父や元婚約者など会いたくないと思う人間もいる。だがそれすらも、もうどうでも良いと思えるくらいには気持ちに整理をつけられた。


 瞳を閉ざし、父の顔を思い出す。

 何故俺はあんな人に固執していたのだろうかと不思議に思う。


 俺の父は幼い頃からすでに剣の腕なら誰にも負けない程強かった。

 どんな魔物にだって後れを取ることなく勝利を収めることができ、年齢が上がるごとに強さも増していった。


 そしてこの町、いや、この国でも一、二を争うほどの強さを持つまでに至ったって話だが……それは正直本当かどうかはわからない。

 俺の父は見栄っ張りで負けず嫌いだから。大袈裟にモノを言うのが父の普通だったと今ならわかる。


 とにかく強くなった父だがそれだけでは満足しなかった。いや、できなかった。


 さらに強さを求めた父は魔法に目を付けた。自分に魔法の才があればさらに強くなれる、と。

 だが現実はそう甘くはない。

 今まで試してなかっただけで、自分には魔法が使えると思い込んでた父は現実を叩きつけられた。


 自分には魔法の才能が欠片もないということを。


 それでも諦めきれなかった父は、自分が無理ならば子供にと。己が実現できなかった未来を託した。

 そのために魔法使いとしての力が強かった母上と無理矢理結婚をして子をもうけた。

 そうして産まれたのが……兄上と姉上だ。


 兄上と姉上は双子だ。といってもそんなに似てない双子だが。

 兄は父譲りの青い髪と瞳。そして剣の腕を。

 姉は母譲りの赤い髪と瞳と美しい容姿。そしてさらに魔法の腕を。


 二人とも両親それぞれの才能を引き継いでとても優秀な人達だった。

 齢三つでその才能を開花させ、そのまま実力を伸ばしていった。


 そこまでは良い。だが、それで止めとけばよかったのに、父はさらに上を目指した。

 剣も魔法も両方を兼ね備えた子供を欲しがった。


 そしてまた子をもうけ、産まれたのが俺――カイルスフィアだ。


 父と母両方の特徴を持って産まれた俺に父は喜んだ。

 きっとこの子は剣も、魔法も、両方秀でているに違いない。完璧な子が産まれた。ようやく自分の念願が叶うんだ、と喜んでいたと聞いている。


 俺はカッコいい兄や姉に憧れ、同じように三歳で剣も杖も手に取った。

 しかし三年の月日が経っても、ついぞ兄達を超えることはできなかった。


 剣の腕は新人の兵士よりかは強い程度。実力者には到底及ばない。

 魔法も同じ。中級の魔法を使うので精一杯。上級の魔法なんかとてもではないが無理だ。


 その程度しか成長しなかった。

 もちろん、六歳の子供にしては大健闘だと思う。

 だが、兄や姉が同じ六歳だった時はもっと上の次元にいた。そこにすら届いていないのだ。


 そして俺の実力の底を悟った父は、俺に罵詈雑言を投げつけ見切りをつけた。

 母にも、お前を産まなければよかったとまで言われた。


 その後――母は死んだ。死因は知らない。ただ死んだと、それだけ聞かされた。


 おそらくこれ以上嫌いな父の子を産まされるのが嫌だったんだろう。

 母は父を嫌っていたから。


 母の実家に大金を積んで無理矢理成立させた婚姻だったらしい。

 しかも好いた男と無理矢理別れさせたとなれば当然といえば当然か。

 むしろよく三人も産んだなと感心するレベルまである。


 兄や姉のことは嫌いではない。

 というか、父ほど嫌う理由がないし、むしろ未だにどこかあの二人に憧れている節もある。


 しかしきっと向こうは出来損ないの俺なんか嫌っているだろう。

 ろくに話したこともなければ、目も合わせてはもらえなかった。合えばすぐ逸らされるような、そんな関係だ。

 昨日久しぶりに会ったが、やはり俺と視線を合わそうとはしなかった。言葉も発しなかった。

 きっと二人とも逃げ出した半端者の俺なんてどうでも良いんだろうな。


 そのことが少しだけ寂しかったという本音は、きっと、一生口には出さないのだろう。


 兄や姉と比べられながら、がむしゃらに鍛錬を積む。ひとえに父に認められることだけを考えて。

 そんな日々を六年程過ごしたある日、十二歳になった俺に父が婚約話を持ってきた。

 どこぞで俺を見初めたという二つ下のリヴィディアナ嬢が――あの女が俺を欲しがったんだと。


 あいつは大きな商家の一人娘だ。

 そして俺がそこに婿入りすれば太いコネができると、それはそれは父は喜んでいた。

 父に認められたかった、必要とされたかったから、だから俺もその話を喜んで受け入れた。


 それからはあいつに嫌われないように、気に入られるように毎日を過ごした。

 女が好きそうなことは積極的に学んで実践したし、あいつの好きなもの嫌いなものを把握して機嫌を損ねないように頑張った。


 一度花畑へ連れて行って花冠を渡したこともあるが、何が気に入らなかったのかボロクソに貶されたのは覚えている。俺のお嬢とはえらい違いだ。


 そんな性格ブスなあいつと過ごした八年は苦痛だったが、それでも必死に取り繕ってはご機嫌を伺う日々を繰り返した。

 あいつは俺の顔が好きだったみたいだし、適当に下手に出て、笑顔で甘い言葉を囁いてやれば満足したから。

 それはそれで楽だったがな。


 そしてあの女の成人も間近に迫った頃、ついに結婚の話が持ち上がった。

 あの女の十八の誕生日まではもうすぐ。晴れて成人となったらこの八年の苦痛もようやく実を結ぶ。

 もちろん結婚して終わりではないのはわかっていたが、一区切りの安心感を得られるはずだと思っていた。


 しかし結婚話も束の間、クラーケンが町の沖合に出現したという話が飛び込んでくる。

 緊急事態ということでこの話は一時凍結。父はクラーケンにかかりきりになった。


 あの時は折角のチャンスを潰してくれたなとクラーケンに対して恨みを抱いたが、今となっては感謝しかない。

 クラーケンが出てくれなかったら、俺は今頃あの女と夫婦になっていたんだから。考えただけで寒気がする。そんな人生真っ平御免だ。

 お嬢にも会えなかっただろう。正直これが一番痛い。


 そして討伐隊が組まれ、俺もそれに参加した。兄と姉ももちろん加わっていた。

 荒れた海に船を出し、不安定な中での戦闘はこちらの不利に働いた。

 そんな中、兄と姉だけは善戦していたが、他の連中は足手まといにしかなっていなかった。


 悔しかったが、それが現実だ。

 俺達兄弟以外の連中がクラーケンの攻撃で戦闘不能になったり、海へ落ちて行ったりする中、俺はなんとかギリギリ食らいついていたがそれも時間の問題だった。


 兄の剣がクラーケンを追い詰め、姉の魔法が追い討ちをかける。

 そしてもう少しで勝てるといったところでクラーケンが強力な魔法を放ってきた。


 俺は既に立っているのもやっとの状態だったが、気力を振り絞り狙われていた姉を庇いヤツの魔法を受けた。

 兄と姉が倒れればもうこの討伐隊は壊滅すると思ったからだ。

 逆に言えば、二人さえ居てくれたらなんとか勝ってくれるとそう思っていた。だから魔法の前に飛び込むのに不安はなかった。


 攻撃に倒れ痛みと出血で意識が朦朧とする中、誰かに名前を呼ばれた気もするが定かではない。


 次に目を覚ましたら俺は満身創痍。怪我が治ってもあの忌々しい痕は消えずに残った。

 治療法はあったが、それはほぼ不可能に近いということもあり放置されることに。


 そうして俺の醜い痕を嫌ったあの女は俺から興味を失った。

 あの女に捨てられて、唯一認められた見た目を失って、価値のなくなった俺に父上は目も向けなくなった。


 そこで俺は完全にいないものとして扱われた。

 いや、むしろ汚点としてかもしれない。視界にも入れたくないと言わんばかりだったよ。


 兄と姉だってそうだ。俺を見れば顔を下げすぐさまどこかへ行った。

 完全に俺は一人になった。


 そんな俺が家を出て、旅をして、北の果てで新しい関係を築くことになるとは思ってなかった。

 敬愛する主人も神も、友人も……全てお嬢がくれた。

 死んで終わりにするつもりだったのに、できなくなった。

 そのことを後悔するつもりはさらさらないが、もし、あの時。お嬢の箒を掴まなかったら俺はどうなっていたんだろうかと考えなくもない。


 酒を飲まなきゃ自殺もできねぇ意気地なしの俺が、無一文であれからどうしたのか。

 盗みでもやって捕まっているか、どこかでのたれ死んでいるか。どちらにせよ碌でもない人生の終わりだっただろうな。


 その点、今の俺は幸せだ。

 これからもお嬢のそばにいられるんだから。


 俺は昨日のクラーケン退治を思い出す。


 前回は手も足も出なかったあのクラーケンの攻撃を凌ぎ切り、ましてやあの太い足を切り落としたんだ。

 いまだに自分でも信じられないことをやってのけた自覚がある。

 おそらくは俺の腕というより鍛冶神様の剣のおかげだとは思うが、それでもやはり急にあんなことがあれば驚きが勝るというものだ。


 お嬢もお嬢ではじめての実戦だったが、よく頑張ったと思う。

 お嬢が魔法陣を展開し、詠唱もなく強力な魔法を練り上げる様は圧巻だった。


 しかし、絶対に自分に敵の攻撃は当たらないと信じて無防備に魔法陣を展開させるお嬢の姿を見ていたら、俺の最後に残っていた恐怖なんか簡単に吹き飛んだ。

 この信頼を裏切ってはいけないとその一心で剣を振るった。


 ただ少しだけ、そんなことを言っている場合じゃないというのも重々承知の上で、恐怖は吹き飛んだが高所という場所に足がすくんでいたのも事実。

 多分あれがお嬢の絨毯の上じゃなかったら立てていたかも不安だ。

 広めの安心できる足場に、真下が見えない場所。それと裏切れない信頼という条件が揃っていたからがむしゃらに動けたんだと思う。自分でも不思議だ。


 そうして物理的な攻撃はなんとか俺が全て防ぎきったが、魔法はどうにもできなかった。恐怖はないが防ぐ術がない。

 だがそこはミラ様が上手く避けてくれたり、ちびフーちゃんがいつの間にか出した大鎌で防いでくれた。


 さすがは上位者といったところか、お二人ともいとも簡単にクラーケンの魔法をいなしている。

 あの二人が居てくれたおかげで心の余裕があったのも事実だ。


 そしてついにお嬢の魔法が完成した。

 バチバチと弾けるような凄まじい音と、眩いばかりの光量。そして巨大な魔力の圧のようなものが俺の全身を駆け抜け、格の違いというものを感じさせられた。

 しかしそんな化け物じみた力を見せられても、俺は恐れよりも先に、とても綺麗だと見惚れた。


 俺がお嬢の魔法に呆けている間に、クラーケンにも負けない巨大な雷の矢を打ち出す準備を終えたお嬢が自身の杖をクラーケンへと向け、そして正確にヤツを撃ち抜く。


 一撃の元に沈んだクラーケンはピクリとも動かずその生を終えた。

 

 あの幼さで兄や姉が苦労したクラーケンを一撃で仕留めたんだから、さすがは神の娘で俺のご主人様だ。

 その後、お嬢が倒れたことにはかなり狼狽えてしまったが、魔力の使いすぎだと聞いて少しだけ安心した。


 クラーケンが倒れたことによってかどうかは定かではないが、暗い空から晴れ間が見えた。

 俺はそのことに少し慌てながら急いでお嬢に日陰を作ると、ミラ様も察してくれたようでクラーケンを回収したのちすぐに町へと引き返してくれた。


 ただ、あの巨大クラーケンをあの細い腕で鷲掴みにして、さらにそのまま海面を進む光景には口元が引き攣る思いだったが……。


 そのせいもあるだろうが、俺達が戻ってきた時の騒ぎようは凄まじかった。

 しかし俺にはそんなことよりも大切なことがある。お二人と軽いやりとりを交わした後この場は彼らに任せ俺はお嬢を抱えて急いで宿へと戻ったのだ。


 お嬢の目が覚めるまでは心配だったが、無事に目覚めてくれたので一安心だ。

 変な叫び声を上げて起きてきたのには少し驚いたが、元気そうだったので問題ない。いつものことだしな。


 思い出して静かに笑う。

 そんなにたこ焼きとやらが食べたかったのだろうか。

 タコを食うことに少しだけ抵抗はあるが、お嬢が旨いと言うんだ。帰ったら一緒に作って食べてみようと思う。今から楽しみだ。


 そんなことを考えつつ、ようやく襲ってきた眠気に俺は身を委ねることにした。

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