水の都編8 カイルさんのお願い
お昼を食べ、お昼寝をし、午後からは昨日できなかった釣りを楽しむ。
そして楽しい時間はあっという間に過ぎ、今はもうすっかり夜になったけどまだ町の騒がしさは健在だ。
「星が綺麗だねぇ」
「だな」
そして私達はそんな喧噪から離れた場所、海の上で絨毯に乗り二人並んで座っている。
ちびフーちゃんは空を見上げる私の横ですやすやとお休み中だ。暇さえあればずっと寝てるのもフェルトス様そっくりでちょっと笑えてくる。
海面には星と月が大きく映りこみキラキラと輝いてとても綺麗だ。
ついに旅行も終わり明日には冥界に帰る。釣りのあと、人混みをかき分けなんとかお土産も買えたし、美味しいお魚も食べたし買ったし釣ったしで思い残すことはない。
いろいろあったけどなんだかんだ楽しい旅行だったんじゃないだろうか。
「なぁ。お嬢」
「んー。なぁにカイしゃん」
私が今回の旅行の思い出を振り返っていると、カイルさんから話しかけられた。
すぐさま彼を見上げるとカイルさんは空を見上げたままだったので、私もそのまま視線をさらに上に向ける。
「あのさ、実は俺ここの領主の息子だったんだ」
「うん、知ってゆ」
「そっか」
隣で笑う気配を感じ私も口元が緩む。同じようなやりとりを少し前にしたことを思い出しながら。
「――お嬢。俺は今からちょっと長い独り言を言うけどよ、聞きたくなかったら聞き流してくれ」
「うん」
そして少しだけ間を置いたカイルさんは軽い調子で話し始めた。
「俺には上に五つ離れた兄と姉がいてさ、その二人は子供の頃からすごく優秀な人達だった。兄上は剣が、姉上は魔法が、それぞれ大人顔負けで使えた。でも俺は、どちらもそれなりに使えはするけどそれ以上の使い手になることができなかった。中途半端な才しかなかった。それがわかってから父上は兄と姉ばかり褒めたり構うようになり、反対に俺は兄や姉と比べられぞんざいに扱われた。それでも俺は父上に見てほしくてさ、認めてほしくてさ……一生懸命、毎日毎日鍛錬を積んでいた。もちろん勉学だって疎かにはしなかった……少しで良いから、本当に少しで良いから、父上に褒められたかったから。でもそれで良い成績を修めたとしても「それがどうした」「くだらん」「それくらいできて当然だ」って言われ続けてきたんだ。兄上も姉上も頭は良かったから、頭が良くてもなんの意味もなかった」
己の手を見つめ、ぐっと握り込むカイルさん。
「それでも俺は諦めきれなくて、なんでも良いから父上に俺を見てほしかった。認めてほしかった。……それも、全部、無駄な努力だったんだけどな。――それからまぁ、いろいろあってクラーケン退治に参加した俺はやつの魔法を食らって怪我をした。そのことで最終的に父上から見向きもされなくなって、むしろ視界に入れるのも不愉快だと言わんばかりに扱われた。そこで俺は家を飛び出した。父上に必要とされないなら生きてる意味もないと本気で考えてたからだ。家を出た俺は北に向かった。どうせ死ぬなら冥界にでも直接出向いてやろうって思ったんだ。でも実際に近くの町に行ってみても場所なんて誰も教えちゃくれねぇし、調べる気もなかったしで、もういいやと思った俺はその辺で決行した」
そこで笑顔を見せたカイルさんは楽しそうに笑った。
「そうしたら、なんの因果か可笑しなちびっ子に絡まれてなぁ。あれよあれよという間に今だ。人生って何があるかマジでわかんねーよなぁ」
「むぅ。異議あり! わたしは可笑しくないでしゅ!」
「そうかぁ? じゃあ『変なちびっ子』だな」
「変でもなぃぃ!」
「ははは。悪い悪い」
大人しく聞いていれば人のことを「可笑しい」だの「変」だのと失礼な!
私は抗議の意味も込めてポカポカとカイルさんへパンチを浴びせるが、まったく効いていないのか笑って流されている。ちくせう。
「でもよ、実際お嬢は変わってると思うぜ。粗暴なやつに何の見返りもなく、あんなに首突っ込んでくるやつなんかいねぇって」
「うーん。しょうかなぁ。探せば結構いると思うけど……?」
「そりゃどっかにはいるだろう。でも俺が今まで出会ってきた中ではお嬢しか知らねぇからな」
もしくは会っていても気付いてないか、かな。
話を聞く限りカイルさんは私と会うまではかなり視野が狭まってた可能性あるし、ないとは言い切れない。
そんな「かもしれない」可能性の話なんて今更考えても仕方ないけど。
「いろいろ言ったけどよ、つまり何が言いたいかっつうと……俺は、お嬢が――大好きだってことだ」
「むふふ、わたしもカイしゃんしゅきだよー! 大しゅき!」
突然の告白だけど、私達が両思いなのはすでに確認済みだ。
それでも嬉しさは留まることがないので、私は勢いのままカイルさんに抱きつく。カイルさんは拒むことなく受け入れてくれて軽く抱き返してくれたあと、ゆっくりと頭も撫でてくれた。
「だからさ、お嬢――」
「う?」
急に真面目な声色になったカイルさんを不思議に思い、顔を上げる。
そこには少し緊張を滲ませたような、色違いの瞳が私を見下ろしていた。
「俺は、もっと、ずっと、お嬢と一緒にいたい。これからも、ずっと。それこそ一生……だから、俺をお嬢の……いや――」
そこで一度言葉を切ったカイルさんは、一度瞳を閉ざしゆっくりと開く。
そして私の正面に周り一歩分の距離を置くと、月を背に片膝をついて頭を下げた。
「私を、メイ様の正式な眷属にしていただけませんか。私は貴女のそばにいたいのです。どうか切に――お願い申し上げます」
私はカイルさんの変化と真剣さに一瞬呆気に取られるも、すぐに持ち直して真面目な表情を作り立ち上がった。
「しょれは……意味がわかって言ってゆんだよね?」
「はい」
「十分考えて出ちた答えなんだね?」
「はい」
「後悔、ちない?」
「あり得ませんッ!」
「しょっか……」
それなら私も覚悟を決めよう。
フェルトス様のような完璧な主人にはまだまだなれそうにもないけど、精一杯頑張ろうじゃないか。
「…………かいりゅ」
「ハッ!」
「頼りない主人かもだけど、これからもよろちくね」
「――ッ! ……はぃ! こちらこそ、末永くよろしくお願い申し上げますっ」
「にゃはは。なんか照れりゅなぁ」
なんだかプロポーズを受けた気分だ。違うけど。
カイルさんも照れくさいのか顔を伏せたまま動かない。
「あ、しょれはしょれとちて。言葉使いは今まで通りでお願いちまちゅね」
「……ふっ、ハハッ。りょーかい――お嬢」
「よちっ!」
それにしてもカイルさんを私の眷属にする……かぁ。
なんだか私も本格的に人間離れしてきてる気がする。
だんだんただの子供でもいられなくなってきたけど、まぁなんとかなるでしょ!
そういえば眷属にするには血を飲ませれば良いんだけど……幼児の血を直で飲む成人男性の図って冷静に考えたら絵面酷くない? どうしよう、コップに注ぐ?
あ、待てよ。その前に血が必要だってことは、どこかしらを切らなきゃいけないのか。
フェルトス様は歯で指をガリッて噛んでたけど……私には無理かな。
「メイ」
「あ、フーちゃん。起きてたの?」
「あぁ」
いつの間にか起き上がっていたちびフーちゃんが私を見ながら手招きをしている。
なんだろうと思いつつちびフーちゃんの隣に再び座ると手を出せとジェスチャーで伝えられたので、大人しく右手を差し出した。
「いちゃっ!」
「お嬢大丈夫か! フーちゃん何をっ」
「必要なことだ、騒ぐな人間」
「うぅー」
涙目になりつつ痛みの発生源を見てみると、人差し指に切り傷があった。
じくじくと痛むそこからダラダラと流れ出た血が絨毯に落ちて染みを作る。
結構深い傷で、これはどうやらちびフーちゃんがやったようだけど、せめて一言欲しかった。
「みぃ」
「そら、人間。――飲め」
「…………」
そのまま私の手をぐいっとカイルさんへと向けると、ちびフーちゃんが有無を言わさぬ声音で命令を下した。
カイルさんはじっと私の指先を見つめたあと、私の顔へと視線を移す。
指先が痛くてぽろぽろ涙が出てる情けない顔を見られたくなくて、私は少し俯き自由な左手で涙を乱暴に拭う。
「どうした。眷属にしてほしいのだろう? 貴様が時間をかければかける程メイの痛みは長引くし、無駄に血と涙を流すことになるぞ」
「……えっちょね、前にも言ったけど眷属になるには――」
「大丈夫、覚えてる。どれくらい飲めばいいんだ?」
カイルさんは膝をついたままちびフーちゃんから優しく私の手を受け取り、そっと私の顔を覗き込むように聞いてきた。
「ふぇ?」
私の場合は髪と目が変わったのが合図だったと思うけど、カイルさんも同じなのかな。
「オレが良いと言うまで飲め」
「わかりました。お嬢、もうちょっとだけ我慢してくれな」
「うん……」
ズビッと鼻をすすりながらカイルさんに答えたまでは良い。
でも私の血を飲むべく近づいてくるカイルさんに対し、痛みより照れが勝ってしまった私はふいっと顔をそむけた。
やっぱり絵面が酷いよコレ!
私の指は小さい上、傷が浅いと血の出が悪いから深く切るのはわかる。
それでもどくどくと溢れ出る血の量はごくごく飲めるほどでもないし、カイルさんも少し遠慮気味に飲んでいるのでこれは時間がかかりそうだ。
チラリとカイルさんへ視線を戻すと少し飲みにくそうにしてはいるものの、まずそうな顔はしていないので安心する。
そして恥ずかしいのは変わりないが、なんだかだんだんとくすぐったくなってきちゃった。
「――よし、もういいぞ」
「むぇ?」
「…………はい」
ちびフーちゃんが終了の声をかけたけど、カイルさんの外見の変化はまったくない。
髪の色も目の色もそのままだ。
いくら私が子供で影響が少ないかもとはいえ、本当にこれでいいのだろうかと不安になる。
「メイ、ポーションを飲んで回復しておけ。……よく頑張ったな、偉いぞ」
「……あいっ! だってわたしはフェルしゃまのむしゅめだもん!」
頭をぽんぽんと撫でつつ優しい声で褒めてくれたちびフーちゃんに、私は強がって笑顔を向ける。痛いけどちゃんと我慢できるもんね。
「お嬢、これ。ポーションだ。飲んでくれ」
「あ。ありがちょかいりゅ」
「……あぁ」
私はまた彼の名を呼ぶ。呼ばれた本人のカイルさん――カイルは、とても綺麗に微笑んだ。
もう私達は雇い主と護衛という立場じゃない。私とカイルはもっと近い関係になったんだ。
それに私も立場というものをもう少しちゃんと意識しなきゃならないから丁度いい。
でもお友達ポジションだけは変わらないけどね。
フェルトス様とガルラさんみたいな関係になれたらいいなと思いつつ、ご丁寧に蓋を開けておいてくれたポーションをカイルに支えてもらいながら一気にごくごくと飲み干す。
するとすぐに効果が出て指先からの出血は止まった。
じくじくした痛みも消えてようやく人心地ついた気分だ。
「ふぅ」
「平気か?」
「うん! ありあと!」
「おぅ」
「フーちゃんもありあと!」
「あぁ」
一段落着いたところで私は絨毯についた血の染みを浄化の魔法で綺麗にする。
本当なら血の汚れを落とすのは大変だろうけど、魔法なら一瞬だし楽ちんだ。
「ねぇ、かいりゅ」
「ん、どしたお嬢?」
そろそろ帰るかということで町へ向けて絨毯を飛ばしている途中、私は隣で心なしかウキウキしている様に見えるカイルに話しかけた。
「血、まじゅくなかった? 嫌だったでしょ、ごめんね?」
フェルトス様の血はとっても甘くて美味しかったけど、私のもそうだとは限らない。
ただでさえ血を飲めって言われたら普通は嫌だろう。なのでさっきからずっと気になっていることを思い切って聞いてみた。
「んー? 血を飲むこと自体は覚えてたから別に抵抗はなかったな。それに、どちらかというとお嬢の血はなんだか甘くてずっと飲んでられる感じだったぞ?」
「え、しょうなの?」
「あぁ」
私のも甘く感じるんだ……すごい発見だ。
ということはガルラさんの血も美味しいのかな……今度少しだけ貰って――――ハッ! 今の私の思考は完全に吸血蝙蝠化していた気がする!
くそう久しぶりだから油断していた……でももう既に人外系幼女になってきてるのは自覚してきてるし無駄な足掻き? 受け入れた方が楽? うむむむむ。
「そうだお嬢。これ見てくれよ」
「う?」
変なところに引っかかって頭を悩ませていた私に、今度はカイルから話しかけてきた。
何を見せてくれるのかと思い顔を上げると、彼は口を開けて歯を見せてくれた。
「あ、牙だ!」
「やっぱそうだよな。お嬢とお揃いだ」
「おしょろい!」
私もニッと歯を見せながら笑う。
まったく変化がない様に見えたけど、ちゃんと変化があってよかった。
そうやって二人で笑い合っていたら、私達二人の様子を伺っていたちびフーちゃんが口を開いた。
「メイの場合まだ幼いからな。あまり直接的な変化はそれ以上ないだろう。その代わり……そうだな。貴様の場合、鍛えれば魔力や筋力がこれから先上がっていくのではないか」
「はぇー」
「それは鍛え甲斐がありますね」
「まぁ今のままではメイを任せることはできんからな。精々励め」
「ハッ!」
ちびフーちゃんに言われ頭を下げるカイル。
「がんばえー」
「おぅ」
そんな彼に私も激励を飛ばす。ちょっと気の抜けた激励だけど、カイルは嬉しそうに笑って答えてくれた。
そして私達は賑やかな町をすり抜け宿へと戻る。
ついに旅行も最終日。いろいろ変化もあったけど収穫の多い旅行でした。
明日はミラさんが迎えにきてくれて、いよいよ海底神殿へ。
フェルトス様のお兄様である海神ユリウス様とご対面です。どんな方か今から楽しみですね。




