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水の都編5 イカかタコか

本日三本目の投稿です。

 私達は釣り具店で色々道具を借りて港の近くまでやって来ていた。

 お店の人も魔物のことは知っているらしく、一応貸してはもらえたけどかなり無理を言ってしまい申し訳ないです。

 荷物は全部カイルさんが持ってくれたので、私は自分の傘とちびフーちゃんを抱っこするだけでいい。


「んむ? あしょこ人集りができてりゅねぇ」


 港に近付くにつれ騒ぎ声が大きくなり、怒鳴り声みたいなものも混じってきた。

 ミラによれば私達の目的地は港から少し海に出たところらしいので、そこまで絨毯で行くつもりだったのだがこれだけ人が多いと悪目立ちしてしまいそうだ。

 一旦どこか人気のなさそうな場所まで行ってから絨毯に乗るという選択肢もあるけど、なんだか気になり視線を向け続けた。


「おそらく最近またこの辺りの海域で暴れ始めたクラーケンに関することで人間達が騒いでいるのでしょう」

「ッ! やはりクラーケンなの、ですか? 噂の魔物というのは……」

「……カイしゃん?」

「あ、いや、その……なんでもありません……大丈夫ですお嬢様」


 ミラさんがクラーケンという単語を口にしたとたん、びくりと音をたてて反応したカイルさん。

 そのあまりの反応に心配になり声をかけたけど、曖昧に笑うだけで理由を教えてはくれなかった。


「カイしゃん。大丈夫じゃないでしょ。顔色悪いよ?」

「護衛殿。気分が悪いのであれば宿に戻って休んでいただいても大丈夫ですよ。メイ様にはワタクシがついておりますので」

「その必要はありませんミラ様。お気遣い感謝致します」


 ぺこりとミラさんに頭を下げたカイルさんは、次にゆっくりと私の方を見た。

 そして何度か口を開閉したあと、一度大きく深呼吸をして覚悟を決めたように理由を話し始めた。


「その、な。俺の体にあった痕……あれは、クラーケンにやられた傷なんだ」

「え、しょうだったの!?」

「あぁ。情けないよな。フェルトス様やお嬢のおかげで綺麗さっぱり治ったってのに、ちょっと名前を聞いただけで怯えるだなんて。しかもここに来てからずっとお嬢に心配かけてるし……護衛失格だ」


 自分で大丈夫だと言っておいて、と小さく呟いたカイルさんは眉を下げて自嘲気味に笑った。


「しょんなことないよ! 今回はちょっと運が悪かっただけだかや! しょれに、カイしゃんはしゃいこうのお友達だって言ったでしょ! 護衛だって完璧だもん! いちゅも守ってくれてるでちょ! 自信もってよ、もぅ!」

「お嬢……」


 そうだ。今回は運が悪かっただけ。変な人に会って、絡まれて、嫌いな魔物が出ちゃっただけ。ダメだ、今回踏んだり蹴ったりすぎる。むしろ誘ったこっちが申し訳なくなるレベルだ。


 でも、それでも、カイルさんはいつも私を守ってくれている。カイルさんが隣にいるだけで安心できる。

 私のわがままだって聞いてくれるし、優しいし、大好きなお友達で護衛なんだもん。


 そんなカイルさんを虐めるのは私が許しません。


「よち! まかしぇて、カイしゃん! カイしゃんをこんなに怖がらせる悪いイカはわたしがやっちゅけてやりゅかや!」


 クラーケンなんてメイちゃんがないないしちゃいます!

 魔物と戦ったことはないけど多分大丈夫。ちゃんと作戦だってあります。空から魔法をたくさん打ち込めば勝てる! きっと! 知らないけど……とにかく、イカ焼きにしてやりますよ!


「お嬢……嬉しいけど――クラーケンはどちらかといえばタコだ」

「え?」


 やるぜやるぜと私が鼻息荒く気合を入れていると、申し訳なさそうにツッコミを入れてくるカイルさんの声が聞こえてきた。

 そんなカイルさんからの突っ込みに信じられない気持ちを抑え、一応ミラさんにも確認を取る。


「……ねぇミラ。くやーけんっておっきいイカ……だよね?」

「いえ。護衛殿もおっしゃられていましたが、どちらかと言えば大きなタコです。かなり凶暴で自身に近付く船はことごとく沈めるような野蛮なやからですね」

「ほんとにタコなんだ……」


 勝手に大王イカ的なものを想像してたけど、クラーケンってタコなんだ……知らなかった。


「しょっか……タコ、なんだ……」


 どうしよう。なんだかすごく恥ずかしくなってきた。

 あんなに自信満々にイカ宣言したのに間違ってたなんて……不覚。一人で息巻いてたのが恥ずかしい。だんだん自分の顔が熱くなってるのがわかる。きっと真っ赤になってるだろう。


 私は腕の中のちびフーちゃんをぎゅっとして顔を埋める。少しでも赤くなった顔を隠す為だ。


「あ! でもほら。イカもタコも似たようなもんだし、一緒だって。お嬢は間違ってないぞ!」

「護衛殿良い事言いますね。大丈夫ですメイ様。どちらもぐにゃぐにゃしてることに変わりはありません」

「むぃー……二人とも、ありがちょ……」


 でもその優しさが逆に痛いです。

 むむむ。よし、こうなったらいつも通り勢いでごまかすしかない。


「ふんだっ! イカでもタコでもいいからやってやるぅ! くやーけんでたこ焼き作ってやりゅもん!」

「おぉ、その意気だお嬢! よっ、かっこいいぜ!」

「さすが冥界神様の娘様です。このミラ、その勇気に感服致しました!」

「やったるじょー!」

「…………釣りはどうした?」


 二人がやいのやいのと気を遣って持ち上げてくれているのを良い事に、私はむりやり恥ずかしさを押し切る。

 ちびフーちゃんが小さくツッコミを入れてる声なんて聞こえません。予定変更です。

 私はクラーケンでたこ焼きを作ると決めたのです。


 さっきまであったシリアスな空気はどこへやら。

 しかも外行き用のカイルさんの猫も完全に剥がれ落ちてしまい、すっかりいつも通りだ。やっぱり私はこっちのカイルさんの方が好きです。


「あんたらもしかして釣りに行くのかい? 今の海は危険だからやめておいた方がいいぞ」

「う?」


 そうやって私達三人がきゃいきゃいと盛り上がりをみせる中、港の方からやってきた漁師風のお兄さんに声をかけられた。


「クラーケンってデカい魔物が沖で暴れてて船も出せねぇし、そもそも海自体も荒れてて魚なんか釣れやしねぇ。小さい子がいるなら尚更危ないから近付かない方がいい」

「え、おしゃかな釣れないんでしゅか?」


 だとしたらミラはどうするつもりだったんだろう。

 もしかしたら海神様の配下ってことで何か特別な力があるのだろうか。あとで聞いてみよう。


「おぅ、残念だけどな。俺らも漁に行けなくて商売上がったりで困ってんだよ」

「くやーけんを倒しには行かないんでしゅか?」

「そうしたいのは山々なんだが、俺ら漁師なんかが勝てる相手じゃねぇからな。領主様も動いてくれねぇし……」


 そういうとお兄さんは自分の後頭部をボリボリと掻くと、周囲をきょろきょろと見回した。

 そして少し声を落としてヒソヒソ話をするように話だす。


「ここだけの話なんだがな。一年くらい前にもクラーケンが現れてここの領主様が討伐隊を出したんだよ。だけど結果は失敗。手負いにはしたが逃げられたらしい。それが戻ってきちまったんだなきっと。そうだというのに、今回はいまだに討伐隊すら組もうともしてねぇんだよ。やる気がねぇのかもな」

「はぇー」


 お兄さんは落としていた声を元に戻して港の方へ目を向けた。


「しかも爺さん連中がそろそろ限界でね。自分らで討伐しに行くって息巻いててそれを止めるのも一苦労だ。いやはやまったく。誰でもいいから何かが起こる前に早くなんとかしてほしいもんだよ」


 大きなため息を吐いたお兄さんは、私達に愚痴をこぼしたことを一言謝罪してから町の方へと歩いて行った。


「ミラぁ」

「なんですか?」

「お兄しゃんおしゃかな釣れないって言ってたけど大丈夫なの?」

「はい、そこは問題ありません。それにクラーケンについても縄張りまで行くつもりはないので襲われる心配はないと思っております。もし襲われたとしてもワタクシがなんとか致しますのでご安心を」

「う? ミラはくやーけんに勝てゆの?」

「はい。問題なく」


 確実に勝てるという自信があるのだろう。ミラさんは私の質問にしっかりと頷いてみせた。


「じゃあみんなの為に倒してあげたりしないの?」

「え? 何故ワタクシが?」


 心底わからないという顔でミラさんは首を傾げた。


 うん、知ってた。一応言ってみただけ。


「うーん。くやーけんって倒ちてもいいの? ゆりうしゅしゃま怒やない?」

「はい。問題ありません」

「よーち。じゃあわたしが倒ちてやりゅ!」

「え?」

「え!」

「むぇ?」


 ミラさんとカイルさんが同時に声を上げるも、その理由がわからない。さっきその話してたと思うんだけど。


「お、お嬢。さっきの本気だったのか!?」

「え、うん。しょうだよ? くやーけんをたこ焼きにちてやりゅんだ! しょれにくやーけんがいなくなればみんなも嬉しいでしょ?」

「だ、ダメだダメだ! 危険すぎる!」

「大丈夫だよー」

「ダメッ! そもそもお嬢は魔物と戦ったことすらないんだろ! いきなりクラーケンなんて危険すぎる!」


 私の無謀な提案はカイルさんの猛反発を受けて却下の方向へと進む。

 ミラさんは口を挟むべきじゃないと判断したのか黙ったまま静かに成り行きを見ていた。


 たしかにカイルさんの言うことは正論だ。

 私は今まで戦ったこともないし、いきなり戦いを挑んでもちゃんと戦えるかわかったものじゃない。

 大した実力も実績もない平和ボケした日本人がゲーム感覚で首を突っ込むべき問題じゃないのもわかってる。


「……でも、みんな困ってゆよ?」


 私には問題を解決できるかもしれない力がある。

 ここの領主様も何か考えがあるのかもしれないけど、それでも犠牲が出てからじゃ遅い。


「だとしても、だ! なにもお嬢がやらなくてもいいだろ! フーちゃんも反対ですよね!」

「ふむ、そうだな……メイ」


 ちびフーちゃんは私の腕からするりと抜け出すと向き合うようにして立った。

 そして静かな声で私の名を呼ぶ。


「あい」

「貴様は自分が何を言っているのか、何をしようとしているのか、キチンと己の頭で考え、理解してから口にしているのだな?」


 ちびフーちゃんが真っ直ぐに見つめてくる。

 私はその視線を真っ直ぐに見つめ返し、しっかりと頷いた。


「…………はぁ。そうか、ならばよい」

「フーちゃん!?」


 ちびフーちゃんはしぶしぶ、本当にしぶしぶといった感じで賛成をしてくれた。

 過保護なフェルトス様の分神だからきっと反対されるかもと思っていただけに少しだけ意外だ。

 そしてそれはカイルさんも同じだったようで、信じられないといった表情をちびフーちゃんに向けた。


「騒ぐな人間――メイ。一応聞いておくが、オレやミラの力をアテにして言い出したのではないのだろう?」

「あい。ちゃんと自分でやりゅちゅもりでちた!」

「最初から我らを頼っているのならばもちろん反対したが……そうでないのなら手を貸してやるくらいはしてやる」

「ほんとに?」

「あぁ。……まぁ、個人的にはどのような理由であれ反対したいところではあるのだが――」

「だが?」


 やっぱり反対するつもりではいたんだ。じゃあなんでオッケーをくれたのか。

 私はちびフーちゃんの言葉を引き継ぎつつ首を傾げる。


「兄上に……あまりメイのやりたいことを頭ごなしに否定ばかりしていたら、その、なんだ――嫌われるぞ、と。そう、本体が言われてしまったからな」


 だからだ。と視線を逸らしながら歯切れ悪く言い切るちびフーちゃん。

 娘に嫌われたくない父親ムーブの告白になんとも言えない感情が私に襲いかかる。


 フェルトス様、かわいいです……っ!


 でもちょっと反応が極端すぎるとは思いますが、それを言って反対されても嫌なので黙っておきます。


 そしてちびフーちゃんが許可を出したこと。私がやる気満々なことで反対しても無駄だと悟ったカイルさんが折れるのはすぐだった。


「……はぁ、わかった。俺も全力で戦う。だから、頼むから……無茶だけはしないでくれよ、お嬢」

「うん、わかってゆ。しょれより、カイしゃんはるしゅばんしててもいいんだよ?」


 きっとクラーケン退治なんてカイルさんにはトラウマものだろう。

 名前を聞いただけで怯えてたんだ、無理はしてほしくない。


「ふざけるなよお嬢。俺はお嬢の護衛だ。お嬢のことは死んでも守るって決めてんだ。意地でもついてってやるから置いていけると思うなよ!」


 目線を合わせるように私の前に片膝をついたカイルさんは、力強い瞳で私を射抜く。


 どうしよう。カイルさんの想いが重いよ……もっと自分の命を大事にしてほしいです。

 だけどここでカイルさんの想いを否定してしまうと、カイルさんの決意を軽んじてるみたいで嫌なのもたしか。

 なので口から出かかった「重いよ」という言葉をすんでのところで飲み込んだ。


「わ、わかった。しょういうことならカイしゃんのことも頼りにちてるからね!」

「おぅ、任せろ!」

「でも、死ぬのは許しゃないかやね!」

「…………」

「なんで黙ってゆの!?」


 ニコニコ笑顔のまま口をつぐんだカイルさん。

 そんなカイルさんに私はじっとりとした視線を向ける。


「あにょねカイしゃん。わたしがくやーけんを退治しようと思ったのは、カイしゃんのためだかやね!」

「え、……俺の?」

「しょうだよ。たちかにみんなが困ってるってのもありゅよ? でも一番の理由はカイしゃんなの! カイしゃんを傷つけたくやーけんが許しぇないかや行くの! だかや、くやーけん退治してもしょれでカイしゃんが死んじゃったや意味ないんだかやね! わかっちゃ? わかっちゃらお返事!」

「お、おぅ。わかったよ……お嬢」

「わかえばよろちい」


 わかってくれたようなので、私は満足げに頷く。


「護衛殿。顔が赤いようですが、大丈夫ですか?」

「うぇ!? あ、すみません! ……大丈夫、です」

「そうですか? ならいいのですが」

「んー? カイしゃんだいじょぶ?」

「ちょ、お嬢。今はちょっとこっち見ないでくれ」

「なんでぇー?」

「いいから!?」

「みぃ」


 急にカイルさんから伸びてきた手によって私の視界が塞がれる。

 傘を持っていない反対の手でカイルさんの手を外そうとするけど、頑張っても無理だったので大人しく諦めた。


 でも視界が塞がれる一瞬。カイルさんの照れたような表情がバッチリ見えたのは内緒にしておきましょうね。

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