水の都編3 不審者?いいえ、案内人です
「あなたがメイ様でしょうか?」
「むぇ?」
宿を取り終わった私達はすぐさま観光に繰り出していた。
そしてウィンドウショッピングなどを楽しんだあと、お昼時になったのでお昼ご飯のミートスパゲッティに舌鼓をうっていたところ、変な人に話しかけられたのが今だ。
お店の中じゃなくてテラス席で食べていたので、普通に話しかけられてしまった。
「失礼ですが、どちら様でしょうか?」
「ワタクシは怪しいものではございませんのでご安心を」
スッと立ち上がったカイルさんが私を庇うように前に立ち、変な人を笑顔で威嚇する。
変な人は怪しいものじゃないって言ってるけど、どう見ても怪しいんだよね。
だって頭から足首あたりまですっぽり覆える青い布を頭からかぶってるんだもん。布には変な模様も描いてあるし。なんの模様かはわかんないけど。
子供がハロウィンの時にやるシーツオバケみたいな感じの見た目。ただ目の部分とか穴が空いてないし、前が見えてるのかは謎です。
これで怪しいものじゃないって説得力がなさすぎる。
というかよくこれで町歩けましたね。注目の的じゃないですか。もちろん悪い意味で。
「貴様、兄上の配下か?」
「むぇ?」
「その通りでございます、冥界神フェルトス様の分神様。ワタクシは海神ユリウス様から皆様を案内するように命を受けました、ミラと申します。以後お見知りおきを」
多分頭を下げたんだろう、ミラと名乗った人は頭の位置が下がった。
声、そして名前から察するに多分女の人だとは思うけど……自信はない。なんでこの人こんな格好してるんだろうか?
「そうか、ご苦労。おい人間。コイツは信用していい。下がれ」
「ハッ。――失礼致しましたミラ様」
「いえ。お気になさらず護衛殿」
ちびフーちゃんの鶴の一声で信用を勝ち取ったミラさんは、私達の食事が終わるまで待ってくれることになった。
というか私「むぇ」しか言ってないな。口の中スパゲッティでいっぱいで喋れないし、みんなの会話中ずっとむぐむぐ咀嚼してただけになってしまった。
そういえば今の私のテーブルって側から見たらどうなってるんだろう。
ミートスパゲッティを頬張る小さな子供。隣の椅子にはぬいぐるみがどっしりと陣取り、子供の前に座るイケメンは大盛りのミートスパゲッティを食べている。そしてイケメンと子供の間に新たに椅子を持ってきて大人しく座るシーツオバケさん。
いや、よくわからないな。
正確にはシーツオバケさんで全てが謎に包まれてしまった気がするけど。
「あにょ、ミラしゃん?」
私はスパゲッティを食べる手を一旦止めてミラさんに顔を向ける。
「ミラ、とお呼びくださいメイ様。ワタクシはユリウス様に仕えるもの。そのユリウス様の姪御様に敬称をつけて呼ばれるほど偉くはありません」
「むぅ」
確かに私はフェルトス様のことパパって言ったり、ガルラさんのことお兄ちゃんって言うし、実際そう思ってる。周りのみんなも私達を親子や兄妹みたいに扱ってくれてる。
でもそれは身内や地元のノリみたいなもので外に持ち出していいものかどうか。
みんな優しいから私に合わせてくれてるけど、こうやって外に出る機会が増えるならそろそろこの辺はっきりさせといた方がいいよね。
会ったことはないけど、ユリウス様にだって気を遣わせてるのかもしれない。
姪って言ってもらえるのは嬉しいけど、実際問題私はそんなこと言ってもらえる立場にないわけだし。
幼いだけのただの眷属っていうのが今の私の立ち位置だからね。
この旅行の前に教えてもらったけど、フェルトス様にはお兄様の他にもお姉様がいらっしゃるらしい。
しかもその二人は海神様と太陽神様。
さすがに神様の中でも高位――らしい――の方々の身内だって言いはる程、身の程知らずでもないつもりだし。
それにしてもフェルトス様は三姉兄弟の末っ子だったという事実。なんかかわいいなと思った私でした。
「メイ。此奴も立場というものがある。汲んでやれ」
「……でもぉ」
「安心しろ。誰がなんと言おうとすでに貴様は本体の娘だ。胸を張れ」
「え、しょうなの?」
「そうだぞ」
「はぇー」
私がさっき散々頭を悩ませた問題が一瞬で解決してしまった。正式に娘で良いんだ。
眷属だけど娘……へへっ、嬉しくてほっぺたがフニャフニャになっちゃう。
ちびフーちゃん曰く、私がこの世界に来て一年弱。
その間ずっと町の人達から冥界神の娘として扱われ、それを私もフェルトス様も否定せず受け入れてたからちょっとした神格を得たらしい。
このままいけば眷属からランクアップして冥界の姫になる日も遠くはないそうだ。人々の信仰心侮り難し。でも姫はさすがに柄じゃないので遠慮したい。
「姫はアレだけど、正式にむしゅめは嬉しい。えへへ」
「そうか。まぁ特に何が変わるということはない。今まで通り普通にしていろ」
「あーい! あ、ミラしゃ――じゃにゃくて、ミラ……?」
「はい。なんでしょうか?」
敬称をつけそうになるのをグッと我慢して飲み込む。言い慣れてなくてなんだか口がムズムズする。
紛らわせるようにミラさんから逸らした視線の先で、じっとこっちを見るカイルさんの視線とぶつかった。
その顔は自分も呼び捨てで呼んでほしいって思ってる顔をしていて、思わずまたも視線を逸らした。
カイルさんは護衛だけど、お友達だしまたちょっとミラさんとは違うじゃん?
私はあえてカイルさんからの視線を無視してミラさんに向き直る。
「えっちょ、あんにゃいって言ってたけど、この町をあんにゃいちてくれゆの?」
仮にそうならこちらには地元民のカイルさんがいるので案内は間に合っているからお断りしないといけない。
しかしせっかくのユリウス様からのご厚意。
それを無碍にするのも申し訳ないしどうしたものかと私は頭を悩ませる。
「いいえ。我が主人の居城――海底神殿にお連れするよう仰せつかっております」
「海底、神殿……?」
その言葉に首を傾げる。言葉通りの意味なら海の底の神殿だよね?
冥界神のお家が冥界だし、海神のお家が海の底にあるのはわかるけど……どうやって行くんだろう。
私の頭の中には某おとぎ話の主人公が亀に乗って海を潜るシーンが再生される。
楽しそうだとわくわくしたのも束の間。次の瞬間には現実的な問題によって冷静な思考が戻ってきた。
「あにょ、わたし泳げまちぇん……息もあんまり止められまちぇん、よ……?」
そう。私は泳げない。息だってせいぜい長くて三十秒止められたら良い方だ。
そんな時間で海底まで行くのは無理だろうし、いけたとしても急激な水圧の変化に私が耐えられないと思う。というか絶対潰れる。
「ご心配なく。きちんと転移の魔法でお送りいたしますので安心してくださいませ」
「しょうなんでしゅね。よかった」
この世界には転移の魔法がある。天界経由で来た今回の旅行も転移の魔法を使っての移動だ。
ただこの魔法は神やその系譜に連なる者にしか扱えない魔法だから、特別な魔法であるのに変わりはないけど。私もいつか使えるようになったらもっと行動範囲が広がるんだけどな。
基本的にこの魔法は神様なら制限なくどこでも自由に移動できる。でもそれ以外の者――私達みたいな眷属とか――が使う場合はあらかじめ決めておいた場所にしか飛べないのだ。ちょっと使い勝手が悪い。
でも例外はあって、天界から人間界に行く場合は好きなところに移動できる。正確には降りるって言った方がいいみたいだけど細かいことは気にしない。
ちなみに冥界の出入り口にはこの転移の魔法陣があって、そこから地上に出ることができるのです。地上から冥界も同じ。魔法陣での移動です。
そういうわけでこの魔法は自発型か設置型の二種類ある。どっちも一長一短だからどっちのが良いとかはないけどね。
「しょうだミラしゃ、ミラ。海底神殿行くのってご飯食べてしゅぐ?」
神様って基本自由だからこっちが合わせていかないといけないのはわかってるんだけど、こちらにも予定というものがある。
「そのつもりですが、何か問題でも?」
「わたしこのあと宿でお昼寝しゅる予定なんでしゅけど……?」
「少しお待ちを――」
そういってミラさんは何やら布の中でゴソゴソしたあとまた口を開いた。
「わかりました。――メイ様。この町には何日滞在する予定でしょうか?」
「今日とあちたはここに泊まって、あしゃってには帰る予定でしゅ」
あんまり長いとフェルトス様が心配するので二泊三日の旅行です。
「ならば明後日の朝にまたお迎えにあがりますのでご同行願えますか? もちろん最後はこちらで冥界までお送りさせて頂きますので何卒宜しくお願い致します」
「えっちょ、わたしはべちゅに良いけど……」
私は同行者の二人に視線を移す。
「好きにしろ」
「お嬢様の決定に従います」
二人ともすぐに返事をくれたので私は笑顔でミラさんに肯定の返事を返した。
その後ゆっくりとお昼ご飯を食べた私達はみんなで一度宿に戻る。ミラさんも一緒だ。
せっかくなのでこの後もご一緒しませんかとお誘いしたところ、オッケーが返ってきたのです。ユリウス様も了承済みなので気兼ねなく連れ回せますね。
そして宿に到着した私はちびフーちゃんと一緒にゆっくりとお昼寝を貪った。
一時間後。
お昼寝が終わり、まだぼんやるする頭を覚醒させるため部屋でまったりする私達。
その時ミラさんを見てふと思い出した疑問を彼女にぶつける。
「しょういえばミラしゃ、ミラってなんでわたしがメイだってわかったんでしゅか?」
「その首飾りでございます。それは我が主人が冥界神様にお渡ししていた目印なのですよ」
「はぇー、なりゅほど。こえってしょういうことだったんだ」
それならそうとフェルトス様も最初から言ってくれてたらいいのに。
でももうなんだか慣れちゃったけど。フェルトス様らしいって思えるくらいには慣れました。
ということは、もしかしてユリウス様は最初からお招きしてくれる気満々だったってことなのかな。
それなら尚更予定のすり合わせした方が良かった気がするけど、やっぱり神様ってみんな自由だ。
「うーん」
「なにか?」
ベットの上で腕を組む私を少し離れた椅子に腰掛け不思議そうに見つめる――多分――ミラさん。そんなミラさんを見返す私。
ちなみにちびフーちゃんはまだ隣で寝てる。
カイルさんは会話には参加せず、自分のベットに腰掛け私達のことを静かに見守ってる。
「メイ様?」
首を傾げたんだろう、布越しにミラさんの頭の位置が変わるのがわかる。
私はそんなミラさんの疑問の声には答えず、むくむくと湧き上がる好奇心に負けそうになっていた。
気になる。すごく気になるのだ――ミラさんの中身が。
それにミラさんは布越しなのに足取りがしっかりしてるし、前が見えている動きだ。これもどうなっているのか気になる。
唯一見える足は人の足の形をしているし、人外っぽさはない。
「ミラって前見えてりゅの?」
もういっそ本人に聞くに限る。私は思い切って切り出した。
「見えてますね」
「ほんちょに?」
「はい」
「じゃあ今わたしは何ちてるでちょうか!」
私はベットからずるりと降りるとヒーローポーズをビシッと決めた。
やだ、私カッコいい!
「……その、とても、独特のポーズを取ってらっしゃいますね」
「しゅごい。本当に見えてりゅ! ちなみにこえはヒーローポーズでしゅ!」
「ヒーローポーズですか」
「あい! どうカイしゃんわたしカッコいいでしょ!」
「ふふっ。最高にクールですよお嬢様」
「いやー。えへへ」
おっとしまった。ちょっと調子に乗りすぎた。
私はポーズを取るのをやめると、とてとてとミラさんに近付いた。
「ねぇミラ。しょの中ってどうなってゆのー? 見しぇてほちいなぁ」
「うっ、だ、ダメです」
私のお願いに焦ったような声を出すミラさん。
今まではできる女の人って感じでキリっとした声だったんだけど、急に可愛らしさが出ました。
「どうちても?」
「ど、どうしてもです」
「むぅ、チラッとでも?」
「は、恥ずかしいのでお許しください……」
もしかしてミラさんは極度の恥ずかしがり屋さんだったのだろうか。
だから全身隠してるのか?
「しょっかぁ。しょれなら仕方ないでしゅね」
「お、恐れ入ります……」
恥ずかしがり屋さんなら仕方ない。諦めます。
……でも、やっぱり気になるなぁ。




