水の都編1 はじめての遠出
お待たせして申し訳ありませんでした。
迷走に迷走を重ね書き直すことしばらく。ようやく書き終わりましたので、今日から水の都編全12話の投稿を開始します。
迷子編より長くなってしまいましたが、お付き合いよろしくお願いします。
「ねぇねぇカイしゃん。ぐやんじぇーとってもうしゅぐ?」
「グランゼルト、な。つか、さっき出発したばっかだからまだまだだよ」
「まだまだかー! くふふ。はじめての旅行わくわくしゅるなー!」
「フフッ。お嬢が楽しそうで俺も嬉しいよ」
私とカイルさんが乗る絨毯が向かう先は水の都グランゼルトと呼ばれている場所。
私達が住んでいる冥界からは海を越えた先にあるかなり遠く離れた町だ。
そこにカイルさんの完全回復のお祝いも兼ねて、前に交わしていた約束を果たすべく二人で向かっているのです。
といっても私達は天界経由でグランゼルトの近くまで送ってもらったので、海も越えてないし大した距離を移動したわけではないけど。
本当はそのままグランゼルトの町まで行くはずだったんだけど、私がわがままを言って一つ手前の町に送ってもらった。
だってせっかくの別世界。そしてはじめて生活圏から出る旅行ということもあって、旅路を楽しみたかったんです。
でも最初は当然のごとくフェルトス様、ガルラさん、カイルさんらの保護者組から、危ないからダメと言われてしまった。
理由としては、魔物もそうだけど、盗賊とか危ない人達が出ることもあるからとのことらしい。
たしかにそれはそうだ。仮に襲われても私はまともに戦えないだろうから、保護者達の言うことはもっともです。
それならばと、私は短い距離の移動ですむ手前の町からグランゼルトに向かうという行程を提案。
手前の町からグランゼルトまでは、冥界からセラフィトの町より近い距離らしいので休憩なしで一気に移動も可能だ。
それならちょっとした旅路気分は味わえるし、休憩なしでの空の旅だから滅多なことじゃ誰かに襲われる心配もない。強いて上げるなら空を飛ぶ魔物くらいだろうが、そのぐらいなら逃げるか追い払うくらいはできる。
そういってなんとか保護者達の許可を得ました。その代わりいくつか条件を付けられたけど、それくらいは許容範囲です。
カイルさんから離れないとか、知らない人について行かないとか、そういうのですね。
なんてったって実は今回の旅行の話を出した時点で、すでにフェルトス様にはダメって反対されてたからね。
そこからじわじわ説得してここまで引き出したので大健闘でしょう。
「あ、お嬢。傘から出たらダメだろ」
「あぅ、ごめんね」
今回の私は旅行ということもあり、普段よりいっそう気を引き締めて日光対策をしている。
普段と環境がガラッと変わるっていうのもあるけど、フェルトス様とガルラさんがこの地域は日差しが強いから気を付けろって何度も何度も注意してきたからね。
というかむしろカイルさんの方に強く言い含めてた気がしなくもないけど……もしかして私信用されてない? 倒れた前科があるから?
今の私の格好は旅行用に新調したワンピースと帽子。お気に入りの蝙蝠リュックに、鍛冶神ロイ様が作ってくれた晴雨兼用の蝙蝠傘。可愛くてこれもお気に入り。
今の季節は夏だから余計に日差しが強いけど、ロイ様の特製傘があるから肌の露出をしてても平気です。
箒に乗ってるときもそうなんだけど魔法で風の抵抗を減らしているので、傘や帽子が飛んでいく心配は滅多にありません。魔法って便利ですね。
あとフェルトス様から身に着けておくようにって渡されたネックレス。
透き通った青色が綺麗なアクアマリンの石が付いています。
ちなみにカイルさんも旅行用に服を新調してます。
カイルさんは私の護衛でもあるので動きやすさを重視した服だけど、それでも華やかさというものが溢れ出ててキラキラオーラが眩しいです。
うーん、相変わらず何を着ても似合うし顔が良い。私の周囲の人達の顔面偏差値が高すぎる件について。
今は子供だからかわいいって言ってもらえる私だけど、大きくなったらどうなっちゃうんだろうと今から少し不安です。だって元の私はいたって普通なんだもんなぁ。
フェルトス様の血を取り込んだことで何か魔力的な作用が働いて、ウルトラなミラクルが起きることをお祈りでもしましょう。
「しょういえば……ちびフーちゃんはいじゅこに?」
「フーちゃんなら俺を枕にして寝てらっしゃる」
「あ、ほんとだ。本物のフェルしゃまみたいでかわいいねぇ」
「……ノーコメントで」
カイルさんを挟んで私の反対側にいたのは、ジェーンさんに頂いたぬいぐるみのフェルトス様――本物の姿――だ。
今回ついて来れないフェルトス様が自分の代わりに連れていけってこのぬいぐるみを渡してきた。
ただしその時にはすでにただのぬいぐるみではなくなってたんだけどね。
フェルトス様がチョチョイと細工したらしく、自分で考えて動いて喋るぬいぐるみになっていました。
しかもレベルは下がるけど、ちゃんとフェルトス様の強さを引き継いでいるらしいので見た目に反して物凄く強いぬいぐるみなんですこの子。なんだったらカイルさんより強いかも。私の護衛その二ですね。
フェルトス様やガルラさんはお仕事もあるし来れないのは仕方ないとして、今回はステラやモリアさんも一緒には来れないらしいからその代わりみたいなものらしい。二人はあんまり冥界から離れられないそうです、残念。お土産買っていくからね。
そんなフェルトス様をちょっとばかし過保護だなと思わなくもないけど、それだけ心配してくれているということでありがたく受け取っておいた。私、愛されてます。ふへへ。
ちなみに、ちっちゃいフェルトス様だから『ちびフーちゃん』です。
喋り方とか雰囲気は本物のフェルトス様そっくりなんだけど、喋ると本物より声が高くて可愛い子なのです。
「あれは――」
「う? どちたのカイしゃん?」
私が寝ているちびフーちゃんをニマニマしながら眺めていると、カイルさんが目を凝らしながら前方を睨んでいた。
つられて私も前方を確認してみるけど何もない。でもよく見てみたらカイルさんは地上を見ているようなので私も視線を下げてみる。
そしたらそこにはなんだかお偉いさんが乗るような馬車みたいなのが道の端で停まっていた。
しかもどうやら車輪部分が壊れてしまって立ち往生してるようだ。
「大丈夫かなぁ? ちょっと、声かけてみよっか」
「…………」
「カイしゃん?」
「なんでもない」
ふるふると顔を横に振って笑顔を見せたカイルさんだったけど、なんだか少し様子が変な気がする。
もしかして知り合いの方とか会いたくない人の可能性があるのだろうか。
全くないとは言い切れない。
何故なら今から向かうグランゼルトはカイルさんの生まれ故郷なのだから。この辺りに知り合いがいてもおかしくはない。
旅行先をグランゼルトに指定したのはフェルトス様なんだけど、そのことをカイルさんに伝えたときに微妙な顔してたんだよね。だから理由を聞いたら実は……と話してくれた。
約束を交わした夜に故郷に帰るかどうか聞いたことがあったけど、その時にそれはないって結構強めに否定してたから帰りたくない理由があるんだと思う。
だから行き先変更を提案してみたんだけど、しばらく考えたのち出した答えがそのままでいいという返事だったのだ。むしろ地元だから案内もできると笑ってた。
もし本当にカイルさんの会いたくない人の可能性があるなら、あの人達を無視して先に進むことも考えなきゃいけないけど……でもあの人達困ってるし無視するのも気が引ける。
さてどうするかと考えを巡らせているとカイルさんが私の頭を撫でて困ったように笑った。
「あんがとなお嬢。俺は大丈夫だからお嬢の好きなようにしてくれ」
「ほんとに?」
「あぁ。盗賊の類とか罠でもなさそうだしな。でも、いざという時は俺の後ろに隠れるんだぞ」
「わかっちゃ」
カイルさんが大丈夫だと言っているので信じてみよう。
それにさっきみたいな険しい顔じゃなくて、いつものカイルさんの顔に戻ってるしきっと大丈夫。もし何かあっても私が守るんだ。
「フーちゃん、起きてください」
「……む? 着いたか?」
「まだですが出番があるかもしれないので」
「――あぁ、成程」
私がむんっと気合を入れている隣でカイルさんがちびフーちゃんを起こして状況説明をしている。
ぬいぐるみに敬語を使ってるのはちょっと面白いけど、ぬいぐるみとはいえフェルトス様には変わりないからタメ口はできないそうだ。
それにカイルさん最初はちびフーちゃんのことフー様って呼んだからね。その次はフーちゃん様。面白くて笑っちゃったのは内緒。
とにかく許可も貰えたので私はゆっくり絨毯の高度を落としていく。いきなり空から声をかけたらビックリするだろうからね。
そうして近付いていくと向こうもこっちに気付いたみたいで、護衛だろう人達が前に出てきて警戒しだした。
「こんちは! 大丈夫でしゅか?」
しかしこっちは危害を加えるつもりはないのでにこやかにご挨拶をする。あと顔が見えやすいように傘は後ろ側に傾けておく。
そしてある程度まで近付いたら一定の距離を開けて止まる。これはちびフーちゃんからの指示です。絨毯に乗ったままなのも、万が一を考えてのこと。
「あーっと。こんにちは」
絨毯に乗って移動する人が珍しいんだろう。護衛の人達は私達を困惑したような目で見つめてくる。私も私以外で絨毯に乗ってる人見たことないし仕方ない。
「車輪壊れちゃったんでしゅか?」
「あぁ、そうだが……えっと君達は?」
護衛集団のリーダーらしきおじさんが代表して答えてくれたんだけど、やっぱり警戒は解かれずに誰何の声をかけられてしまった。
まぁ突然知らない人から声をかけられたら警戒するのは当然だろう。ましてやここって賊がいる世界なんだもんな。
なので特に気にせずおじさんの質問に答えようとしたら、先にカイルさんが口を開いた。
「たまたま通りかかった者でございます。何やらお困りのようでしたので、皆様を案じた我が主がお声をかけさせていただいた次第です」
「……なるほど、それは――」
「――待って、その声……」
おじさんが何かを言おうとすると、その声を遮って女の人が馬車の影から出てくる。さっきまで見えないところにいたので急に出てきてちょっとだけびっくりしちゃった。
その人はおしゃれで綺麗な服を着たお姉さんで、護衛の人にお嬢様って呼ばれたからこの人が馬車の持ち主かな。肩までの茶色の髪と、髪と同じ色の瞳がとっても似合っている。
でもその瞳を細めてカイルさんを見るその眼差しはなんだかちょっと嫌な感じ。
「……やっぱり。あなたカイルスフィアよね。カイルスフィア・ゼムヴォイド。生きてたのね……それにその顔――」
「我が敬愛する神に御慈悲を頂きまして、このように完治致しました。お久しぶりでございます――リヴィディアナ嬢」
カイルさんは絨毯の上に立ち上がり優雅にお辞儀を披露する。お姉さんを見るその顔に、綺麗な笑顔を貼り付けて。
「神……ユリウス様かしら?」
「いいえ。海神ユリウス様の弟君であられる冥界神フェルトス様でございます」
「冥界神ですって」
フェルトス様の名前を出した途端、お姉さんの眉間に僅かに皺が寄った。その変化が表すのは嫌悪感。
私――この人好きになれないかもしれません。
「えぇ。ところで――」
ちょっと嫌な人だなっと思っていたら、再びカイルさんが口を開く。
「――先程貴女が呼んだ私の名ですが……その名はとうに捨てました故、以後呼ばないで頂けますか?」
「あら、そうなのね。別にどうでもいいけど――わかったわ」
「ご理解感謝申し上げます」
カイルさんはもう一度彼女達へお辞儀をすると、素早く絨毯に座り直し私へと笑いかけた。
その顔は貼り付けた笑顔じゃなくて、柔らかい笑み。その顔を見て少しだけ安心する。
カイルさんは確かに身内以外に猫を被るけど、そうだとしてもあんな貼り付けたような笑顔は見せないからだ。
もっとこう、上手く言葉にはできないけど、笑顔の種類が違う、のかな。そんな感じ。
お姉さんに向けた笑顔はすごく冷たい気がした。
「さてお嬢様、どうやらこの方々はあまりお困りではないご様子。私達は先を急ぎましょう」
「え?」
たしかにあのお姉さんは嫌な感じだけど、状況的には困っていると思うんだが気のせいだろうか。
車輪が壊れてるみたいでもう動かせないだろうし、スペアタイヤ的なものがあるようにも見えない。
一応修理器具は広げて修理をしているようだけど、それも上手くいっているようには見えないし。
「あら酷い。どう見ても困っているのに。婚約者に対する気遣いが足りないのではなくて?」
「『元』婚約者でしょう。貴女から解消を求めたくせにお忘れですか?」
「さぁて、どうだったかしら? それにあなたの痣が治ったのなら話は別よ。幸いわたくしはまだ独り身。だからもう一度わたくしの婚約者……いえ、今度はすぐにでも結婚してあげてもよくってよ」
「うふふ。ご冗談を。今の私はお嬢様一筋ですので、こちらから願い下げです」
「あらあら。剣も魔法も中途半端の出来損ないで顔しか取り柄がないくせに。ついに幼女趣味に走ったのね、可哀想に」
「貴女のそういう性格ブスなところが私はずっと嫌いでした。見た目は良いのに中身が伴っていないから私を捨てた後も独り身なんじゃないですか?」
「……なんですって?」
「なにか?」
「カイルスフィアの分際でわたくしに生意気な口を……ッ!」
「その名を呼ばないでくださいと申し上げたはずですが……そんな残念な頭で商会は大丈夫なんですか?」
「黙りなさいッ!」
でも一個だけ確実にわかってるのは、カイルさんとこのお姉さんが知り合いで、なんだかただならぬ仲で、そしてかなり仲がよろしくなさそうだということ。
険悪な雰囲気で見えない火花がバチバチ飛んでる気がする。
というかものすごい情報がぶん投げられたな。メイちゃん驚きでカイルさんの顔とお姉さんの顔をまじまじ見比べちゃったよ。
とにかくカイルさん的にはあんまり関わりたくない相手ってことだね。
「フーちゃんフーちゃん」
「どうした?」
私はすぐ隣で守ってくれているフーちゃんに声をかける。
とにかくあんまりこの二人を一緒にしない方が良さそうだ。
「この人達って危ない人達?」
「ふむ、そうだな……」
向こう側がなんだか小さくざわついてるけどあえて無視する。「人形が喋った」とか「動いた」とか聞こえるけど無視無視。だってびっくりするのわかるもんね。私だってびっくりしたもん。
ちびフーちゃんはそのつぶらな瞳で彼らを観察すると私に「否」と答えをくれた。
そして続けて私にだけ聞こえるように「あの女にだけは用心しろ」とも。
その忠告の理由は私にもわかるよ。さっきのアレ見てれば。
お姉さんは武力はなさそうだし、見た感じ魔力もなさそう。
でもカイルさんから私に移った視線がとても嫌な色を帯びている気がしたのだ。なんだか値踏みされてるような、そんな嫌な感じ。
私が口を挟んだことによって落ち着いたのか、今は息を整えてこっちを静かに見てる。
とにかくお姉さんがどうあれ、お姉さん以外の人はまともそうだし困っているのを放っておくのも気が引ける。
ここで立ち往生してる間に魔物に襲われる可能性だってあるかもしれないしね。
なので私はカイルさんに一言謝罪を口にする。カイルさんの早くこの人達から離れたいという要求を無視してしまうことに対する謝罪だ。
カイルさんはそんな私の気持ちを察してくれたようで眉を下げて笑うと小さく頷いた。
「よいちょっと」
私はちびフーちゃんを片手で抱っこして絨毯から降りる。
もちろんカイルさんも付き従って一緒に降りてくれた。
そしてお姉さんに対峙した私は彼女に笑顔を向ける。
幼児のにっこり笑顔は相手の警戒心を薄れさせる効果があると私は思っている。
いつもならそんな打算的な考えで笑ったりはしないが、今回は別。何もわかっていない無知な幼児を演出した。
「えっちょ。わたし達このしゃきにあるみじゅの都まで行くんでしゅけど、もしよかったらごいっちょちまちゅか?」
「あら、それはありがたいお申し出ですわね。ご覧の通りわたくし達の馬車は壊れてしまって困っていましたの。お願いできるかしら?」
「あい」
「それで、おいくらお支払いすればよろしいのかしら?」
「う? べちゅにいりましぇん。ただの親切でしゅ」
「本当に?」
「あい」
ずっと感じる嫌な視線。値踏みの視線。
表情はずっとにこにこした笑顔なんだけど、瞳の奥がすごく冷たい感じがする。
でも私は気付いてないふりで笑顔を崩さずお姉さんを見上げ続けた。
私の周りにいる人達は、私と会話をするとき大抵しゃがんだり、抱っこしてくれたりして目線を合わせてくれる。
でもこのお姉さんはずっと私を見下してる。
子供が嫌いなのかどうかはわからないけど、相手に対する思いやりや優しさみたいなものがあんまり感じられませんねこの人。
綺麗な人だけど、カイルさんの言う通り見た目だけみたい。
「……なら結構。ですがあとで揉めないように書面に残してくださる?」
「あぅ。ごめんちゃい、わたし文字書けまちぇん」
「ならそっちの男の代筆で構いません。揉めたくないだけですので」
「わかりまちた。カイしゃんお願い」
「承りましたお嬢様」
「……ふんっ」
私に頭を下げるカイルさんと、それを見て面白くなさそうに顔を背けるお姉さん。
なんというか大変な旅行の滑り出しになってしまったなぁ。
書き溜めている間にいつのまにか評価人数が40人になっており、大変嬉しいです!
しかもブクマも94件と見たことのない数字にまでなっており感謝しかありません!
皆様本当にありがとうございます!




