番外編 フェルトス様からの贈り物
「メイ。少しいいか」
「あい。なんでしゅかフェルしゃまー」
「貴様は以前風呂を欲しがっていたな。まだ欲しいか?」
「え、お風呂でしゅか!? ほちいでしゅ!!」
「フム。ならばこれでいくか」
「う?」
フェルトス様とそんな謎会話をしたのが数日前。
そして本日、鍛冶神デュロイケンフィーストス様率いる施工業者――業者ではないかな――の皆様が再び我が畑に勢揃いしております。
今度はなんの工事でしょうか? もしかして、もしかするんでしょうか? あんな会話の後だから期待しちゃいます。
でもカイルさんの家にはもうお風呂はあるし、これから冥界に行くのでしょうか?
「ロイしゃま、今日はどうちたんでちゅか?」
「うむ。フェルトスの小僧に風呂を作ってくれと頼まれてな。今回は少し時間がかかるやもしれんからそのつもりでいておくれ」
「おふろ!?」
やっぱりもしかしました。念願のお風呂です。
今まではお風呂に入りたくなったらガルラさんのお家のお風呂に入ってたので、自分のお家のお風呂ができるのは大歓迎です。
もうガルラさんと一緒に入るのも慣れちゃったし、せっかくならフェルトス様とも一緒にお風呂入ってみたいですね。
大丈夫。羞恥心なんかとうの昔に死にました。
なんだったらカイルさんとも入れますよ私は。
「おぉおぉ、目が輝いておるなぁ。そんなに嬉しいか?」
「あい! お風呂楽ちみにちてまちゅ!」
「あぁ、この爺に任せておけ。最高の風呂を作ってやろう」
「わーい! じーちゃ大しゅき!」
「ふふっ。主はかわいいのぉ」
お願いをした肝心のフェルトス様がいないけど、特に問題はないのかロイ様達は早速作業に入っていった。
でも向かった先が冥界ではなく世界樹がある方向なんですよね。
一体何処にどんなお風呂を作るつもりなんでしょうか?
そんなこんなで作業開始から五日が経った昼過ぎ頃、ようやくロイ様から完成のお呼びがかかった。
実はこの五日間、私は作業スペースに入れてもらえなかったので、どんな感じに仕上がってるのかまったくわからない。
時々フェルトス様やガルラさんがスペースに入っていったのは知ってるけど、完成してからのお楽しみだと言って二人とも教えてくれなかった。期待値爆上がりです。
そしてロイ様に先導していただき、私とカイルさん、そしてフェルトス様にガルラさん。五人でぞろぞろとお風呂を目指しています。部下の方はすでに撤収済みらしい。
畑から世界樹へ行く一本道の途中に新しい道ができており、そちらに分岐して道なりに進んでいくと整備された空間に露天風呂がデンッと出現していました。
まさかの温泉方式ですか!?
周囲をぐるっと囲む木の仕切り、綺麗な洗い場、蝙蝠の像の口からドバドバ出るお湯、くつろげる脱衣所。そして、大きくて広い温泉!
「きゃあああああ!!」
「ハッハッハ。どうやら気に入ってもらえたようだなぁ」
「あい! あいっ! しゅごく良いでしゅ! ありあとうごじゃましゅロイしゃま!」
私は感激のあまりロイ様に突撃して抱きつく。それでも嫌がらずに受け入れてくれたロイ様は優しく微笑み私の頭を撫でてくれた。えへへ。
「ふふっ。このまま主を独り占めしたいところだが、フェル坊が嫉妬しておるようだ。あちらにも愛想を振り撒いてやるがよい」
「にへへ、あい! ――フェルしゃまー! お風呂ちゅくってくれてありあとごじゃましゅ!」
「あぁ」
ロイ様から離れ今度はフェルトス様にも突撃する。
そして勢いのまま大好き攻撃とともにすりすり攻撃もしておく。それくらい今の私はテンションが上がっております。
フェルトス様も幾分か表情が柔らかくてレアな表情を浮かべております。久しぶりのレアトス様です!
「今来た道以外にも、そこな人間の家の裏手からもここへ来れるようになっている。そしてあちらの道は冥界の入口へと続いている。何処からでも此処へ来れようて」
「いやー。お手数お掛けしてすみません。ありがとうございました鍛冶神デュロイケンフィーストス様」
「なに、気にするなガルラよ。ちゃんとフェル坊から報酬ももらっている故な。――また頼むぞ、ガルラ」
「うへぇ。お手柔らかに……」
もしかして報酬ってガルラさんお手伝い権とかそんなのかな……なんかすみません今度何か美味しいもの作りますね。
というわけで、我々冥界組とロイ様のみんなでお風呂に入ることになりました。
カイルさんは辞退しようとしてたけど、フェルトス様の命令が発動したので強制参加です。
「カイしゃん、だいじょぶ?」
「……お嬢」
脱衣所にて。
お風呂に入るために着替えやらなんやらの準備を終えた私は、うきうきしながら服を脱いでいた。
フェルトス様やガルラさん、ロイ様はさっさと服を脱ぎ先に入り温泉を満喫し始めている。
私も早く温泉に入りたかったんだけど、ふと隣を見るとカイルさんが浮かない顔をしていたので声をかけたのだ。
「……本当に俺なんかが神々と共に風呂に入っても良いのか? ……その、体のこともあるしよ。お目汚しというかなんていうか――」
「大丈夫だよ。ダメなや始めかや誘わないっちぇ。でもカイしゃんが本当に嫌なや言って。わたしが断ってくゆかやしゃ」
「…………俺は――」
「――おーい、何やってんだ二人とも。さっさと入ってこいよ!」
「あ、ガーラしゃん」
腰にタオルを巻いたガルラさんが、なかなか入ってこない私達を迎えに来てしまった。
でもまだカイルさんからの返事を聞いてない。
なのでちょっと待ってもらおうと私が口を開きかけると、その前にガルラさんが口を開いた。
「カイルくーん。そんな嫌なら今入らなくても良いぞー。でもあとで絶対入れよー?」
「え? いいんですか?」
「うん。ほら、メイ。風邪ひくから中途半端に脱いでないでさっさと全部脱いで入ってこい。二人とも待ってんぞ」
「え、あ、しゅぐ行く」
「おぅ」
それだけ言うとガルラさんはさっさと戻っていってしまった。
「えっちょ、カイしゃん。しょういうことらしいけど……どうしゅる?」
「………………」
「ムリちなくていいんだよ?」
「……いや、入る。覚悟決めた!」
「しょう?」
「あぁ。――でも冗談抜きで俺の体は酷ぇから引かないでくれよ? お嬢に引かれるとさすがに傷付くから」
「大丈夫だよー。じゃあいっちょに行こ!」
「お嬢一人で脱げるか?」
「だいじょぶ!」
そして私達は神々が待つ温泉に揃って赴くのだった。
「ふぃー。良いお湯でしゅにゃー」
私はフェルトス様のお膝の上に乗せてもらい温泉を満喫する。一人だと深くて溺れちゃいそうって理由で乗せられました。
実際あっぷあっぷしてたので助かります。あ、もちろん体を洗ってからの入浴ですよ。
「湯浴みはあまり好かんが、たまには良いな」
「たまにというか。オレ、フェルがちゃんと風呂入ってんの初めて見たかも」
「しょうなの?」
「たしかにフェル坊は自分が無駄だと思うことはせん印象だな」
「うんうん」
「へー」
でもたしかにフェルトス様ってそういうとこあった気がする。
最近は変わってきてると思うけどね!
「ところでカイル君。なんでそんなに離れてんの? せっかく一緒に入ってんだしこっち来いよ」
「え、あ、その……私はここで――」
「いいからコチラへ来い。命令だ」
「遠慮は無用だぞ」
「……はい」
広い温泉内の隅っこで一人寂しく体を温めてたカイルさん。
ガルラさんのお誘いを一度は断るも、フェルトス様とロイ様の圧に負けあえなく撃沈。恐る恐る近寄ってきた。
体のこと抜きにしても神様と一緒にお風呂って事実に緊張してるんだなぁ。
カイルさんの体は本人の言う通り結構広い範囲で黒く染まってた。
主に体の右半分が酷くて見ていて痛々しい。そりゃ隠したくなる気持ちもわかる。
でも私含めてここにいるみんなは、そんなカイルさんの体のことを気にしている素振りはない。
なのでそのことに関する恐怖や緊張感だけはカイルさんから消えている。
でもやっぱり神と同席に関してはまだ緊張を隠せないようで……あ、そうだ。
「ねぇガーラしゃん。いま清酒持ってゆ?」
「ん、あるけど?」
私はガルラさんの答えにうんうんと頷き、今度はロイ様に顔を向けた。
「ロイしゃまって簡単な道具を作れたりちまちゅか? 徳利とか」
「……あぁ、なるほど。できるぞ、少し待っておれ」
「わーい」
さすがは鍛冶神といったところか、ロイ様はあっという間に徳利とお猪口を四人分作り出して渡してくれた。
そこにガルラさんが影から出してくれた清酒を注いで、木桶に入れて湯船に浮かべる。うん、それっぽいね!
お酒飲んでお風呂はあんまりオススメできないけど、ここの人達そこそこお酒強いし大丈夫だよね。
「ふむ。極上の酒に極上の湯。言うこと無しだな」
「あーうめぇ! これクセになりそうだな!」
「あぁ、たしかに悪くない」
ロイ様、ガルラさん、フェルトス様、みなさん満足そうにしてるし好評のようで私は嬉しいです。
「カイしゃんは? 美味しい?」
「――あぁ、美味い。あんがとなお嬢」
「にしし」
お酒が入って少しは緊張感が取れたのか、カイルさんも最後の方はリラックスして温泉を満喫してました。
そしてお風呂もお開きになり、上機嫌で天界へ帰っていったロイ様を見送った私達も解散ムードになったところでフェルトス様がカイルさんを呼んだ。
フェルトス様がカイルさんに話しかけるのは珍しくて、つい私もなんの御用なのか興味が出てしまう。
「貴様はこれから日に一度はあの湯に入れ。わかったな」
「ハッ!」
「あ、最低でも十分は湯に浸かれよー」
「はぁ、わかりました?」
首を傾げるカイルさんと一緒に私も首を傾げる。
カイルさんの家にもお風呂はあるのにわざわざ露天風呂に入らせる意味とは?
時間まで指定してくるんだからちゃんと意味はあるんだろうけどなんなんでしょうね。
でもそんな私の疑問はすぐに解消されることになる。
夕方、私が冥界に帰る前にカイルさんと一緒にお風呂に入るようになったんだけど、三日目、四日目と日が経つごとに明らかにカイルさんの体の痕が薄くなっていったのだ。
そして十日もすれば綺麗さっぱり痕は消えた。元々そんなものは無かったとでもいうように。
なんなら他にもあった古傷なんかも消えていて、カイルさんの美しさに磨きがかかっちゃいました。
フェルトス様に聞いたところ、あの温泉は世界樹の効能の恩恵が受けられるように作られているんだって。
そばにある大元の世界樹の効能に比べるとかなり小さな恩恵だけど、それでも毎日入り続けることによって効果がじわじわと現れるらしい。なので痕が消えたのはそのためのようだ。
湯治みたいな感じなのかな。
カイルさん自身も痕のことをかなり気にしていたから、痕が完全に消えた時の感激具合は凄まじく、このお風呂を用意してくれたフェルトス様に対する忠誠心も爆上がりしていた。それはもうカンストするんじゃないかって勢いで。
なんでもカイルさんの体の痕はほぼ呪いみたいなものだったらしく、通常の方法では治療できなかったそうだ。
唯一の治療法は世界樹から作られる治療薬のみ。
しかしこの地上にある世界樹は私のを抜けばただ一つ。そしてその唯一の世界樹もエルフの里に隠されていて、余所者が入手することはほぼ不可能に近い。
カイルさん自身も治したかったようだけど、命に関わるものでもなく、見た目以外には不都合もないということで、治療は諦められたそうだ。
フェルトス様やガルラさんなんかはカイルさんを一目見ただけで、治療法が世界樹しかないということもわかったそう。
だから以前ガルラさんが世界樹の葉をカイルさんに見せたのもわざとだったらしく、アレを見て欲しがったり、勝手に取ろうとした場合には問答無用で追い出すつもりだったようだ。
私より自分の欲を優先したってことで。
でもカイルさんはかなり悩んでいたはずなのに何も言わなかったし、私に忠誠を尽くしていた。
それが保護者二人に気に入られたらしく、こうしてご褒美が与えられたようだ。
これ私だったらすぐ追い出されてそう。
いつも自分の欲に負けてる自覚があるから……弱くてごめん。
ちなみに私に知らされなかったのは、私からカイルさんに提案するのを避けるためらしい。
うーん、たしかに知ってたらすぐに提案して薬渡すだろうなって自分でもわかっちゃうな。
でもお風呂なんて遠回りなことしなくても、直接薬作って飲んでもらえば良かったんじゃないかと思わなくもない。
これに対するフェルトス様の答えは「あの人間の忠誠心は見事だが、あの性格では恐れ多いと遠慮してなかなか飲まない可能性がある」かららしい。
命令すれば飲むだろうけど、それだとカイルさんが不要な負い目とか感じて、いろいろ考え過ぎちゃう可能性も捨てきれないだとかなんとか。
とガルラさんがフェルトス様に代わって色々それっぽいこと言ってたけど、それらは建前で諸々の問答がめんどうだったのと、私がお風呂欲しがってたからついでにカイルさんの問題も片付けちゃおうというのが本音だってフェルトス様が暴露しちゃった。
せっかくいい話だったのになー。
でもフェルトス様らしいといえばらしい、かな?
それでもカイルさんは一介の人間に対する神の過分な気遣いが嬉しかったらしく、特に気にしてないようだ。
その後、体から痕が消え去ったカイルさんは、末席の末席とはいえ神の配下にあるものとして相応しくあるためと髪型を変え、服装も変えた。
化粧も完璧に施し、堂々とした言動。そんなキラキラオーラ満載のカイルさんはイキイキとしてて、見てるこっちまで嬉しくなった。
でもちょっとだけ――ほんのちょっとだけカイルさんをフェルトス様達に取られちゃった気がして寂しかった。
そんな私の気持ちを察したのか、すぐにカイルさんが「この世の誰よりもお嬢が一番だ」と誠心誠意語ってくれたおかげで、チョロい私はすぐに機嫌を直したけどね。
私達のやりとりを見てた保護者二人は笑ってたし、ガルラさんにはさらに「フェルに似てきたなー」とまで言われてしまった。
独占欲が強いってことかしら? もはや否定はしまい……。
それによく考えたら本当の意味でカイルさんがうちに馴染んでくれたってことだし、友達には変わらないんだからこの変化は素直に喜ばしいことだ。
ノランさんもカイルさんの変化と快復には喜んでくれて、二人でお酒を飲みに出かけたりもしていた。
カイルさんの不安や負い目なんかも消えて、心から笑える日が来たことが友達としてもとても嬉しい。
こうやってこのままカイルさんと一緒に過ごせる日々が長く続けばいいな!
迷子編のようにちょっと纏まった話が書きたいので、しばらく投稿は控えます。
いつになるかわかりませんが、完成したら投稿しますのでお待ちいただけますと幸いです。
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