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迷子編10 とある迷子の独り言

 俺の名前はカイル。

 二週間程前までは死ぬことばかり考えてた俺が、どんな因果か今は冥界神の娘の友人兼護衛という位置にいる。

 正確には娘じゃなくただの眷属だって話だが、見ている限りあれはもうほぼ娘みたいなもんで間違い無いだろう。

 猫可愛がりされているもんな。


 そして俺は神域(ここ)にきてからは忙しくも驚きの連続で、とっくに死にたいという感情は消えていた。

 だが雇い主であるメイ(お嬢)は時折じっと俺を盗み見てくることがあるし、ことあるごとに一緒に過ごそうとする。


 お嬢は何も言わないが、きっとまだ心配をかけているんだろう。

 悪いとは思いつつも、俺自身まだ死にたかった理由をお嬢に告げられずにいる。

 いつか言おうと思っているのは事実だが、今はまだ無理だ。


「じゃあご飯とトマトジュースほじょん箱に入れといたかや食べてね。おやしゅみカイしゃん。また明日」

「あぁ。いつもあんがとなお嬢。おやすみ」


 俺はケルベロスに乗って冥界へ帰っていく主の小さな背中を見送り、新しくできた自分の家に入る。

 まだ夕方だが、お嬢は遅くとも夕方には冥界に帰ってしまい、また会えるのは翌日だ。だから俺たちの別れの挨拶はおやすみになった。


 リビングでソファに座り天井を仰ぐ。


 最悪な出会いを経て、初対面で金を吹っかけた俺と素っ頓狂な返事を返したお嬢がここまでの関係になるとは思わなかった。

 本当に人生ってのはわかんねぇもんだ。


 自分で言うのもなんだが、あの時の俺はかなり荒れていた。小さなガキなら泣き出してもおかしくねぇくらいに脅しをかけたつもりだった。

 それに小さなガキに箒を買い与えるような金持ちの家なら金を持ってるだろうから、あわよくば大金を手に入れて自殺のやり直し。

 もしくは因縁つけられたって怒った親が俺を殺しにきてくれるかもしれないと、そう思ったんだ。


 まぁどっちも失敗というか、無意味な脅しだったがな。

 連れていた動物を見た時にお嬢は普通の人間じゃないと薄々気付いてはいたが、まさかマジで冥界神の娘クラスだとは思ってなかった。

 だってそんなやつがあんなところにいると思わねぇだろ普通。


 そんなお嬢に連れられて蜻蛉返りした町ではお嬢への視線だらけ。正確には一緒にいる俺への視線のが多かったわけだが。


 でも今ならわかる。

 お嬢はあの町では有名人だし、さらにあのお嬢がチンピラのような、ガラの悪い俺みたいな人間を連れているから心配していたんだろう。

 門番のやつらからも最後まで目をつけられていたしな。


 だがそんな視線なんてつゆ知らずお嬢はニコニコ笑って俺に話しかけてくる。

 そんな態度が不思議で、不気味でもあった。


 そして俺を迷子さんと呼んだお嬢。

 お嬢はただたんに迷子という設定だからそう呼んだだけなんだろうが、人生に迷っていた俺にはあながち間違ってないあだ名だった。

 違うとはわかっていても、それでもこの時は見透かされたようで少しだけ面白くなかった。


 だがそれ以上に、何故こいつは俺なんかに、こんな風に良くしてくれるのかがわからなすぎた。

 助けたところでお嬢にはなんのメリットもないんだ。


 俺は元々外見だけは良い方だと自覚している。

 醜い跡を隠し、振る舞い方を取り繕えば女にはまだ通用する程度には。

 だからお嬢も――言動はもうどうしようもなかったが――この見た目が気に入って取り入ろうとしているのかと邪推したほどだ。

 いくらガキとはいえ、女は面食いな生き物だと思っていたから。


 まぁ、これはまったくの見当外れだったわけで、理由は……これも今ならわかる。


 お嬢がただそういうやつだってだけ。

 あいつは度を越えて優しいから……だからただ放っておけなかったんだろう。

 裏なんかない、純粋に相手を、俺を想っての行動だった。

 それがわかったから、だから、俺も絆されたのかもしれない。


 こうしてお嬢についてきたのも、俺みたいな悪モンに騙されないか心配だからってのも多少はある。

 お嬢の周囲の連中は、門番のおっさんを始め良いやつが多い。


 だが、この世界は良いやつばかりではないのを俺は知ってる。悪意を持って近付いてくる奴はいる。

 お嬢ならそういうヤツにも手を差し出してしまうのも想像できる。そして、きっと、傷付けられるんだ。


 俺は、そんなことは許せない。


 今回はたまたま運が良かっただけだ。俺が心底まで悪人に落ちてなかっただけだ。

 だからそんなことにならないように近くで守りたかった。

 俺を救ってくれたお嬢が傷付くのを見たくなかった。

 まだ中途半端な俺だが、いつかきっと、心の整理をつけたら、今度こそ頼んでみるつもりだ。


 俺を――お嬢の眷属にしてくれ、と。


 俺はソファから立ち上がり、お嬢からもらった花冠に手を伸ばす。

 ノランのおっさんの家に置きっぱなしだったのを、おっさんが後日返してくれたんだ。


 少ししおれてはいるが、不思議とまだ枯れそうにもないその花冠。

 それが俺にはどうにも捨てられずにいた。

 たかが花冠ごときであれほど目をキラキラさせて、すごいすごいと褒めてくれたお嬢が忘れられなかったから。


 こんなことで褒められるなんて思ってなかった。褒められていいなんて思ってなかった。


 お嬢は些細な事でもすごいと目を輝かせる。できて当たり前だと言わない。もっと上を目指せと言わない。そんなことができて何になるなんて言わない。くだらないと吐き捨てない。ただ、すごいと、そう褒めてくれる。


 俺にはそれがどうにも嬉しかった。


 昼飯だといって出されたものも、豪華な食事なんかじゃない。ただの平凡なカツサンド。

 それなのに、今まで食べたどんな食事より――美味かった。

 お嬢の料理どれもが純粋に美味いってことはあとで知ったが、それを抜きにしてもやっぱり美味かった。


 一人寂しく食べなくていい。誰かと一緒に食べる飯がこんなに美味いなんて、この町に来るまで知らなかった。

 ノランのおっさんとも何度か一緒に飯を食ったが、それもまた、美味かったんだ。


 おっさんが言っていた。もっと周囲に目をやれと。

 あの時は意味がわからなかったが、なるほどと思ったな。

 確かに俺の世界は狭かった。その狭い世界が壊れてどうしようもなくなったと勘違いした。


 そんなことはないのにな。


 だからだろうか、お嬢が昼寝をするためだけに結界なんて上位の魔法を簡単に使っているのを見ても、もう妬む気持ちは浮かんでこなかった。

 お嬢に会ったばかりの頃の俺なら、ガキがそんな魔法を簡単に使っているなんて知ったら確実に妬んでいた。


 なぜなら俺には魔法の才能がない。魔力も、使える魔法も、すべてが中途半端。使い物になるレベルではない。

 俺には長時間物を浮かべるなんてできない。空高く飛べもしない。結界なんてもってのほかだ。

 欲しくても手に入らなかった力。それをこんな小さなガキが持っているなんてと妬むのだろう。


 とはいえ、お嬢は人間じゃねぇ。冥界神の娘なんだ。神の娘と比べるもんじゃねぇというのも今ならわかる。

 初めの頃の俺だったら理解はしても納得はしなかっただろうがな。


 だがそれでも、この時はまだ少しお嬢を信じ切れていなかった。

 本当の俺を隠したままだったから。


 次の日もお嬢はずっと楽しそうだった。俺なんかと一緒なのに。


 飯を食って昼寝をしてるお嬢を眺めつつ、俺は護衛の騎士の連中と少しだけ雑談をした。

 お嬢についての話だ。やはりお嬢はここでも慕われているらしく好印象を持たれていた。

 その話を聞いて俺は一つの考えを実行することに決めた。


 カジノでわざと負けることだ。それでお嬢の反応を確かめたかった。

 結果はまぁ予想通り、楽しかったと馬鹿みたいに笑ってただけだったが。


 何をしているんだとか、役立たずとか、負けた分を返せとか俺を責め立てる言葉はいっさい吐かなかった。

 ただ一緒に遊べて楽しかったと、そう言った。言ってくれた。


 多分、俺はこの時にはもう死ぬつもりは消えてたんだと思う。

 そんなことよりも、ただお嬢との別れが寂しいなんて、柄にもないことを思い始めていたな。


 そして祭り当日。

 今日でお嬢との関係も終わりだと思うと朝から気分が重かった。


 お嬢が来る昼まで一人で祭りを見て回っていた。

 酒を売っている屋台なんかも色々見付けたが、どれもピンとこない。

 それどころか菓子やミニゲームの屋台ばかりが目についた。あれはお嬢が好きそうだとか、そんなことばかり考えてたんだ。


 それに気付いたときには笑っちまったけどな。


 実際お嬢と祭りを回っていると、一人で回っているときより楽しかった。

 もう認めるしかないだろう。


 俺はきっと――お嬢のそばで生きてみたいんだ。


 だがメインイベントの抽選時、壇上に上がり歓声を受けるお嬢を見て、改めてこいつは俺とは住む世界が違うのだと思い知らされた。

 俺はお嬢の隣に立つには相応しくない。


 隠し事ばかりの俺じゃ、こんな醜い体の俺じゃ――お嬢に相応しくない。


 お嬢は優しい。だからこそ、この体を見られたくないから……言えない。言い出せない。

 きっとお嬢ならこの体も受け入れてくれるかもしれない。


 でももし、もし、万が一、否定されたら?


 そう思うと一歩踏み出せなかった。

 結果的に杞憂だったわけだが、お嬢にまで否定されたら俺はもう本当にダメだったかもな。


 イベントも終わり、ついに祭りが終わると思うと急に胸に穴が空いたように虚しくなった。

 だが、俺のところに戻ってきたお嬢が笑いながら手を引いてくれて、まだ終わりじゃないと言ってくれた。

 何があるのか具体的には言わず、くふくふと口元を押さえて笑っていたお嬢が印象的だった。


 最後のイベントは花火。

 花火なんぞまともに見たこともなければ、夜中にドンドンと喧しいだけのものだと思っていた。だから今まで興味なんてカケラもなかった。


 だが、お嬢と一緒に見る花火は……悪くないと思えた。


 その最中、お嬢からかけられた次は何をするのかという言葉。

 俺はその質問にすぐには答えられなかったが、それでもお嬢は急かさずに待ってくれた。


 考えても思いつかない。故郷に戻るのはあり得ない。ならどうする。

 本心を言えばお嬢と一緒にいられるなら何でもいい。

 だが、そういうわけにもいかねぇし。と頭の中でぐるぐると纏まらない考えが回った。


 最終的に俺の口からこぼれた言葉はどうするかわからないというもの。


 するとお嬢はすげぇ嬉しそうな顔と声で俺を見上げ、次の約束を提案してくれた。

 そう。次の約束だ。


 まだお嬢と一緒にいられると思うと嬉しかったが、この先俺なんかが一緒にいてもいいのかという不安もある。

 それでも不安より嬉しさが勝ったのか、俺は自然と口から言葉が出ていた。


 そしてお互い今更な自己紹介をここで交わした。

 お嬢の名前は知っていたが、呼べなかった。呼ぶ資格がないと思っていたから。


 ただ正式に護衛になった今も、結局お嬢の名前をまともに呼んでないんだがな。


 そうして花火が終わり、お嬢から提案を持ちかけられたときは驚いた。

 話が上手すぎて俺の願望が見せた夢なのかと疑ったくらいだ。


 すぐにでも返事を返したかったが、自分の体のことを思い出し戸惑いが言葉を詰まらせた。

 まぁガルラ様には俺の願望は見透かされていたんだが……それにあの方との出会いは正直忘れてほしい黒歴史でもある。知らなかったとはいえ失礼すぎた……。


 ガルラ様の強引さには驚いたが、結果的に俺の一番の不安要素でもあった醜い痕がなんの障害にもならないことが判明したから感謝もある。


 あの時、確実にお嬢は俺の顔の痕を見た。

 暗かったとはいえ、周囲に明かりもあったんだ。見えなかったはずはない。


 それでもお嬢は何も気にせず笑って俺と一緒にいれるのが嬉しいと言ってくれた。

 どこまでも優しいお嬢の言葉に涙がこぼれないようにするので精一杯だった。


 苦しかっただろうとの言葉とともに頭を撫でる小さな手が愛おしかった。


 そうだ。苦しかった。俺はずっと、苦しかったんだ。


 見た目だけが取り柄のくせにと、気持ち悪いと、そう吐き捨てられた思い出が蘇る。

 チラリと盗み見たお嬢にはそんな感情はカケラも浮かんでいない。

 それどころかその後の俺の質問にも、ただ俺の目がカッコいいと――そう、言ってくれたんだ。


 たったそれだけの言葉に俺がどれだけ救われたか、きっとお嬢は知らない。

 絶対知られたくねぇし、知らなくていい。だから教えねぇけど。


 お嬢は一度も俺に死ぬなとは口に出さなかった。

 ただ寄り添ってくれた。

 俺にとってはそれがとても心地良かった。


 そして、一緒に来るかと俺に手を差し出してくれたお嬢。

 そのお嬢が俺には――天使に見えた。


 地上よりさらに下。冥界に住む冥界の王の娘なのにな。変な話だ。

 だがそれが俺が感じた率直な感想だったんだ。


 俺は持っていた花冠をそっと元に戻し、キッチンへ足を運ぶ。

 随分と物思いに耽っていたようで結構な時間が経っていた。


 お嬢が作ってくれた晩飯を保存箱(アイテムボックス)から取り出しテーブルへと運ぶ。


 これも今までの常識からすればあり得ないことだ。

 この家だけじゃなくお嬢の身近には時間経過のないアイテムボックスが様々な形で大量にあるらしい。これ一個売るだけで一財産築けるくらいには価値のあるものだ。


 ただのアイテムボックスなら人間も持っている。一般的なのはカバン型だな。

 だがそれでも時間経過無しなんて代物は神と懇意になった英雄クラスしか持ってねぇだろう。

 時間経過を遅らせる程度なら王族や金持ちの連中が持ってるかもしれねぇが、普通はただのカバンでしかない。

 そして容量だって、デカくて広めの一部屋程度。小さいのでクローゼット程だ。

 それでも手に入れようとすれば結構な金がかかる。


 それを贅沢にあまつさえ普段の生活に使っているような人間、探しても俺くらいじゃねぇか?

 さすがは神域。神の領域。人間の常識や価値観なんて通じる場所じゃねぇな。


 ここには冥界神フェルトス様は当然として、他の神々もお嬢目当てでいらっしゃるようだ。

 少しばかり例外だが、実際鍛冶神様が最近いらっしゃったし、さっそく気に入られてもいた。


 本当に、つくづく俺のご主人様は規格外すぎて困る。


 俺なんかが神々の憩いの場に同席するのは恐れ多くもあるが、お嬢の友達ということで特別に許されている。

 それでもかなり緊張はするけどな。


 お嬢の作った晩飯を食った俺は簡単に片付けをすませると、数日前に冥界神フェルトス様から直接賜った剣を持って外に出る。


 鍛冶神様直々の神剣だと言われ恐れ多いと辞退したかったが、俺如きが神々に異を唱えられるはずもなく、震える手を隠し受け取った。

 しかしお嬢を守る剣なのだから、これくらいの物を持ってもらわなければ困ると、そう言われた瞬間、不思議と手の震えが消えた。


 そうだ、俺はお嬢を守る剣であり盾でもある。

 だからこの剣を持つに恥じないように、お嬢の隣に相応しくあれるように、毎日の鍛錬は欠かさない。


 暇さえあれば剣を振っているし、運が良ければガルラ様に稽古もつけていただいている。

 お嬢はあまり外に出ないし、町は俺の他にも護衛がついているしで、滅多なことはない。

 それでも何があるかはわからないから、いざという時動けるように俺は剣を振るう。


 実力は大したことがない俺だが、それでも、お嬢だけは命に替えても守りたいから。


 生まれて初めて、心の底から大切だと思える人に出会ったから。


 あの笑顔を守る為なら、俺は――何でもする。


 そう、冥界神フェルトス様とこの剣に誓いを立てたのだから。

これで迷子編は終わりです。お付き合いありがとうございました。

よろしければいいねや応援ボタン、ブクマや感想などなどいただけると励みになり嬉しいです。


次回からはまた番外編をちょこちょこあげていけたらいいなと思ってます。

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