迷子編6 夜空の花と二人の約束
やってきましたお祭り当日。
いつものように箒で町まで来ると、お迎えの騎士団さん達に混じってお兄さんの姿が見えた。
「こんちゃ迷子しゃん」
「おぅ」
「えへへー」
私はお兄さんがちゃんといてくれたことが嬉しくて笑顔で挨拶をしながら駆け寄ると、お兄さんも笑って返してくれました。
その柔らかい笑みは最初にあった頃からは想像できない笑顔で、本当はこんな顔で笑うんだなって思える、そんな顔だった。
冥界祭も三回目ともなると町の人達だけじゃなくて、他の町からも来る人が増えるみたいで町の中は人でごった返している。
初回二回目も結構凄かったけど、今回は一段と人が多い。そりゃ宿屋もいっぱいになるってもんだ。
ここにいる人全部が私のお酒目当てとは言わないけど、結構な人数とだけは聞いてるから抽選大変だったんじゃないかな。いつもありがとうございます……。
移動の方は騎士団のムキムキお兄様やお姉様方が周りを固めてくれてますし、騎士団長さんに抱っこしてもらっての移動なので楽ちんです。移動経路もちゃんと確保してくれてるしね。
そして神殿に着いたら販売の準備。
机の上に持ってきたお酒を並べて優先権持ってる人達――領主様や騎士団さん門番さん達。神官さんはお酒飲んじゃダメらしいけど、実は飲みたそうにはしてる――に先に販売スタート。
みんなお仕事班とは別に買い出し班が来てるみたいだからその人達にね。
それとは別に清酒と果実酒の瓶を先にジェイドさんに預けておくのも忘れない。
あ、ノランさん用の増やした分は今日の買い出し班の方にお渡ししておけばいいかな?
それが終わったらちょっと片付けて、新しく抽選のお客様用にお酒を並べてスタンバイ。暇そうにしてたからお兄さんにも手伝ってもらいましょう。
全部の準備が完了したら、騎士の人と神官の人が並んでる人達を順番に連れてきてくれる手筈になってるから列を捌いてお仕事終了です。
毎回お行儀のいい人達なのでお仕事が楽ですね。
ちなみにステラは私の足元、モリアさんは私の頭の上でくつろいでいます。
ここまできたらあとは清酒果実酒抽選までは自由時間。
騎士団長さんにも許可を取って、お兄さんとお祭り回ります!
「んじゃどこ行く?」
「適当に回ろうぜ」
「よちきた!」
それからお兄さんと護衛の騎士様を連れてみんなで遊びに耽りました。
一人だとちょっとだけ回ってあとは騎士団の皆様と遊んだり、お話したりしてたんだけど、今回はムリ言ってお祭り満喫しちゃった。
何気に初めてちゃんと見て回るお祭りはすごく楽しかったです。多分みんなでわいわいしながら回ってるのも大きいと思う。
屋台のおじさんやおばさま達もオマケくれたり、お祭り関連でお礼言ってくれたりでちょっと得しちゃった。
お兄さんも一緒になってオマケもらってみんなに可愛がられてたのが面白かったのは秘密。
そして適当なところで切り上げて、メインイベントに参加。なんだかんだ毎回参加させてもらってます。
私やステラ、モリアさんの三人組が壇上に上がると歓声が大きくなるのは、照れちゃうから未だに慣れないけどね。
定位置に着くと騎士団長さんにダーツの矢を持たせてもらって投げてで私の出番は終わり。
そうやって今回も抽選イベントは無事終了。
運営の方々にお疲れ様の振る舞い酒を置いて私はお兄さんのところに戻る。
「……これで祭りは終わりか」
ボソッと呟かれたお兄さんの言葉に私はニヤリと笑ってお兄さんの手を引いた。
驚いてるお兄さんを適当にあしらいながら、私が向かうのは町の中でも高台になっている場所。
まだちょっと時間は早いから近場に用意された控え室に入り、時間まではここで過ごします。
「まだ何かあんのか?」
「締めのお花鑑賞があるよ」
「花ぁ?」
「うん。職人しゃんがじぇひって言ってきたから今回は特別にね。迷子しゃん運がいいよ」
「……運がいい、か」
「しょうしょう。楽ちみにちててね」
私は当然何があるのか知ってるけど、お兄さんは好都合にも知らないみたいだ。
一応お知らせのチラシが配られたり、町中に貼られたりしてたけど見なかったみたいだね。しめしめ。
そして係の人が呼びにきてくれるまでお兄さんと戯れながら過ごす。
ステラとモリアさんは人の多さに疲れたのか、おやすみしてました。
「もう暗くなっちまったけど、こっから花見んのか?」
「むしろ暗くないとダメなお花だからね」
「ふーん」
呼ばれたので外に出るといい具合に暗くなってます。
本当はこんな時間までお外にいるのはフェルトス様がいい顔しないんだけど、今日だけ特別に許してもらっちゃった。
その代わり帰りはガルラさんのお迎えで一緒に帰ることと、たくさんトマトジュースを献上することを約束させられたけどね。
正直あんまり交換条件になってないけどいいのかなと思わなくもない。
お兄さんと手を繋いで特別観覧席に向かう。
護衛の騎士様達は周囲を固めて、私達のそばにいるのは騎士団長さんだけ。
ここは私達だけの特別席。一番夜空が綺麗に見える場所。
少し離れた場所に領主様やジェイドさん用の特別席がある。私と同席は恐れ多いとかなんとかでこうなった。
だからお兄さんがいなかったらここの席は私達冥界組三人だけの場所になっちゃってたんだよね。
せっかくならみんなで見たいから一緒に見ようと誘ってみても恐れ多いと同じ文句で断られた。
三日前の私はそれでしょんぼりしてたけど、今ならちょうどよかったのかもしれないと思える。
私とお兄さんの二人――厳密には違うけど――の方がお兄さんも気楽だし会話もできるもんね。
「ねぇ、騎士団長しゃん」
「はっ」
ちょいちょいと騎士団長さんを手招きする。
そしてひそひそと声を潜めてお願い事を口にした。
「――めっ?」
「……護衛の立場から言わせて頂ければ承服致しかねますが……ステラ様やモリア様もおられるので少しだけならば」
「ありがとうごじゃいましゅ!」
「……どうした」
「なんでもない。あ、しょろしょろ始まるよ!」
「あ?」
開始の合図でもある小さな光と音が夜空を照らしたので、私は空を指差しながらお兄さんの注意を空へと向けた。
そして思惑通りお兄さんが空を見上げたのを横目で確認した私は、チラリと騎士団長さんへ視線を戻す。
お願いした通りほんの少しだけさっきより離れた位置にいるのを確認して、私もお兄さんと同じように空へと目を向けた。
ひゅるると甲高い音がした後、夜空が明るく光り、その次にドンっと重低音が体を揺する。
それが何度も繰り返され夜空にたくさんの満開の花が咲いた。
「ね。暗い方がお花が綺麗に見えるでしょ」
「……あぁ、そうだな」
私達が見ているのは花火。
この世界にも花火があるって聞いた時は驚いたけど、それ以上にこっちでも花火が見れることが嬉しかった。
そして今回のこれはお試し花火。
評判が良ければ冥界祭の締めとして取り入れるらしい。当たり前だけど毎回ではないよ。
とっても綺麗な火の花が咲いて、少し遅れて音が体に響く。
少しだけうるさいなと思わなくもないけど、夜空に一瞬輝くこの花がとても綺麗だから別にいい。
そんな中チラリとお兄さんを盗み見る。
お兄さんが何を考えてるのか私にはわからない。でも花火の明かりに照らされて見える横顔は花火に負けないくらい綺麗だった。
「ねぇ、迷子しゃん」
私も視線を空に戻して、小さくお兄さんに話しかける。
花火の最中だからその音にかき消されて聞こえないかもしれない。
「なんだ」
それでも私の声を拾って返事をくれたお兄さんに、ちょっとだけ口元が緩む。
「ちゅぎは何しゅる?」
私はできるだけ何でもない風を装ってお兄さんに問いかけた。
ご飯何食べるとかそれくらいの気軽さで。
これで私とお兄さんの期限付きの口約束は終わった。
なのでお兄さんが何と答えようと受け入れるつもりだ
赤の他人であり子供でしかない私がお兄さんに出来ることなんて多くない。
この三日でお兄さんの悩みが解決したわけでもない。
そもそもお兄さんが何に苦悩して死を選んだのかすら私は知らないんだから。
私はお兄さんに何もできていない。
一緒にいて一緒に遊んだだけ。それだけ。
他人の私にできるのはそれくらいだもん。
このあと最後の約束を果たせばもう私にお兄さんを縛ることはできない。
だからお兄さんが同じ道を進むのならば……悲しいけれど笑ってお別れをしよう。
止めないなんて酷いやつだって言われるかもだけど、本人にその意思がないのに、生きたくないのに生かし続ける方が、私は酷だと思うから。
最後に楽しい思い出を作れたのなら、ちょっとでも悪くない人生だったと思ってもらえたのなら、それで満足しよう。
私がお兄さんの名前を最後まで聞かなかったのも、お兄さんが私の名前を知ってるだろうに聞かないのも、呼ばないのも、お互い踏み込みすぎないようにするためなんだと思う。
その程度の関係ならお別れしても傷は浅いだろうから。
でも、もし、お兄さんが本心から死にたくないと少しでも思っているなら、生きたいと望んでいるなら、私はお互い踏み越えなかったこの一歩を踏み出すよ。
そしてお兄さんの手を取って歩くよ。
だって中途半端に関わるつもりは始めからないもん。
ダメならダメで諦めるつもりではいたけど、そうじゃないなら手を取るよ。
それくらいの覚悟を持って、あの時私はお兄さんへ提案を口にしたんだから。
自殺を思いとどまらせて「よかったよかった。じゃあ後は頑張ってねさよなら」っていうのは、私は好きじゃないから。
どっちが良い悪いじゃなくて、ただ私が好きじゃないって単純な話。
幸い今の私には助けられるだけの力がある。お金も人脈も。それがコネだとしても、棚ぼたな力だとしても。そして金持ちの道楽と言われても、私がそうしたいからそうする。
困ってる人みんな助けたいなんて聖人君子みたいなことはさすがに言わない。そもそもできないからやらない。
あの人は助けたのに自分は助けてくれないのって言われても困るしね。だから自分勝手な線引きをする。
偶然だとしても私とお兄さんは出会った。縁ができた。
死にたいという人が目の前にいて、私はその人をほっとけなかった。
出会ったばかりなんだとしても。
「…………」
お兄さんは何も言わない。
花火が上がるたびに人々の歓声が聞こえるだけ。
「――そうだなぁ」
そんな花火と歓声の合間にぽつりと聞こえた小さな声。
私は空を見上げたままお兄さんの次の言葉を待つ。
聞き逃さないように神経を耳に集中する。
「……何すっかなぁ」
その言葉に私は口角が上がるのを止められなかった。
そして隣にいるお兄さんへ満面の笑みを向け、意気揚々と次の約束を取り付けるために口を開く。
「じゃあしゃ、わたしおしゃかな食べたいんだよね。美味しいやちゅ。今度いっちょに食べようよ」
この一年お肉や野菜やスイーツは食べたけど、お魚はあんまり食べてない。
いや、これだと語弊があるか。魚は食べるけど、海でとれる魚介類が少ないんだよね。
あっても干したりで長期保存できるように加工してあるのが多い。
ちゃんと入ってくるには入ってくるけど、輸送料がかかるからかお値段がしますし一般的ではないかな。
だからそろそろ新鮮な海の幸が食べたいんですよ。
お刺身にお寿司に、煮付けなんかもいいなぁ。
「魚か……なら俺はエビフライが食いてぇな」
「エビフライ! いいねぇ、わたしもちゅきだよ!」
「デカイやつがいいな。食いでがあるやつ。この町では見かけねぇけど」
「しょれなら食べれるとこに行こうよ、あい。やくしょく!」
私はお兄さんに小指を差し出す。
お兄さんは少しだけ私の顔を見たあと、何かが吹っ切れたように笑って私の小指と自分の小指を絡めた。
「迷子しゃん」
「あん?」
そっと小指を離したあと、自分の小指を眺めるお兄さんに私は話しかける。
そしてこっちを見たお兄さんとしっかり目を合わせながら笑って問いかけた。
「迷子しゃんのお名前なんてーにょ? ちなみにわたしはメイだよ。よろちくね」
ここでようやく正式に名乗りを上げ、お兄さんの名前を聞く。
もう赤の他人じゃなくて友達だし、いいでしょう。
「…………カイルだ。――ただの、カイル」
そしてたっぷり間を置いてからお兄さん、カイルさんは名前を教えてくれた。
「かいりゅしゃんか。カッコいい名前だね」
「ふっ。言えてねぇなぁ」
「しょれはちかたない。諦めてもらうちかない」
「そうかい。だったらカイでも良いぞ」
「カイしゃん」
「カイでいい」
「うーん。しょれはちょっとむじゅかしい」
人の名前に敬称をつけるのはもう癖みたいな感じなんだよね。
なんてったって会う人会う人目上の人ばっかりなんだもん。
今のところ私が呼び捨てにしてるのってステラくらいしかいないんじゃないかな。
「ははっなんでだよ。すでにタメ口のくせに」
「しょれはしょれ。これはこれ」
「あはははは。変なヤツ!」
「しょうかなぁ」
そんなに笑うことかな。
でもカイルさんが楽しそうに笑ってるから私も嬉しくなって一緒に笑う。
そしてまた二人揃って空へと視線を戻した。
もうすぐで花火もクライマックスを迎えるというところで、私はカイルさんにあることを告げる。
「あにょねー。じちゅはわたし人間じゃないんだー」
「――知ってる」
「しょっかー」
それだけ。
それから花火が終わるまでは和やかに過ごした。




