7 しょんぼりフェルトス様
あの後。私は貸していただいた鏡をセシリア様へと返し、二人からいろいろなお話を聞きました。
縋っていた夢オチも完全に否定され、落ち着いて現実を見る時間がやってきたのです。
こんな非現実的なこと、信じられないし信じたくはない。でも実際に自分の身に起こってしまったのだから信じる他ない。
私は本当に地球とは別の、この知らない世界で生きていかなければならない。
その現実も。帰れないという事実も。全て受け入れましたとも。
泣いても。笑っても。もう地球に、家に、戻れない。それならば、せめて笑って過ごしましょう。
そんな心境と相成りました。
それに、成り行きとはいえ私はすでにフェルトス様の眷属になったわけですし。
それなら主人であるフェルトス様をいつまでも怖がっているわけにもいかない。
これからはフェルトス様と一緒にここで暮らす。
つまりフェルトス様はこの世界の保護者的な存在。そんな人を怖がるのもダメかなって思いまして。
あと多分ですけど。フェルトス様は怖い人――じゃなくて神か。怖い神様じゃないっぽいですから。顔と雰囲気と言葉遣いが怖いだけなんです、きっと。
……あれ。それはほぼ全部な気がするな?
いやいやいやそんなことはない。そんなことはない、よね?
落ち着いてフェルトス様とセシリア様から聞いた話を纏める。
まずは落とし子について。
落とし子とは読んで字の如く、こことは別の世界から落ちてきた人のことをいうらしい。
時々、世界には時空の穴というものが開く。しかもその時空の穴はどこに開くかわからない。
大抵時空の穴はすぐに閉じるからなんの影響もないんだけど、たまに私のように落ちてきちゃう人がいるんだって。
普通なら落ちてくる場所も人がいる町だったり、村だったり。とにかく人がいる場所に落ちることが多いんだけど、稀に変なところに落ちる人もいるようだ。
それは海の上だったり、遥か彼方の上空に放り出されたり。
そしてそういう人はもれなく……。想像するだけで怖いので考えないようにしましょう。
ただし。私みたいに神の領域へ落ちてきた『落とし子』はいないそうだ。
つまり私が世界初、ということですね。やったぁ、でもあんまり嬉しくないぞ!
ちなみに私が落ちたのはフェルトス様の管理する冥界の入り口も入り口。
地上に近い場所とのことです。
それと、フェルトス様達も何故かは知らないらしいけど、この世界から『落ちる』人はいなくて『落ちてくる』人しか存在しないらしい。
なんででしょうね。世界って不思議だ。
そういうわけで、落とし子が現れるのは稀らしいけど存在しないわけじゃない。
だから発見されれば保護されるのが一般的なもよう。
私も人がいるところに落ちていたら保護されて安全に暮らせたはず。と、そうセシリア様がおっしゃってました。
とはいえだ。人に会えないパターンも存在しているようだけど。そちらのパターンは考えても仕方がないので考えないことにする。
もう私はフェルトス様の眷属になって冥界で暮らすことになったんですからね。イフを考えるだけ無駄というもの。ある意味運が良かったと思っておきます。
あとは、落とし子は時空の穴に落ちた衝撃で、体になんらかの変化が起こるようです。
つまり私の体が子供になってしまった理由がこれ、というわけですね。理由がわかってスッキリしました。
もちろんフェルトス様とセシリア様には「こんな見た目ですが、私は元々大人です」と自己申告もしました。あまり意味はありませんでしたけど。
反応としては「ふーん、それがどうした?」みたいな答えが返ってきて、逆にこっちがビックリしちゃったくらいです。
どうやら神様達からしたら、たかだか二十うん年しか生きていない人間なんて、今の私とさほど違いはないらしい。
つまり子供って言いたいんですねわかります。
セシリア様的には赤ちゃんと同じくらいだって言ってたけど、耳を塞いで聞こえないふりをした。
さすがに赤ちゃんはないです。
とはいえ。私は元大人でしたが、今はフェルトス様の眷属として生まれ変わった。
だからこの世界では思い切って見た目通りの子供として振る舞うつもりです。
もちろんできる範囲で、ですが。
なんだか精神年齢も肉体年齢に引っ張られているような気もしていますし、多分大丈夫でしょう。
まぁ。難しいことは考えないで、私は私らしく生きていきたいと思います。
そして個人的には一番となる情報も手に入れました。
なんとなんと。実は、この世界には――魔法なるものが存在しているらしいんです!
しかもですよ。フェルトス様の眷属になったおかげで、私も魔法を使えるようになったらしいのです! ドンドンパフパフ!
テンションもうなぎ上りというもの。……単純って言わないで。私は人生を楽しむと決めたのですよ。
だってファンタジー好きとしては魔法は外せないでしょ。私だけかもだけど。
なので魔法があると聞き、ふすふすと荒い呼吸でテンションが上がりきってしまった私です。
そんな私を見たフェルトス様が少しだけ引いていたのは見ないフリをしました。都合の悪い事は見ません聞きません。だって私は子供だから。へへっ。
それにその内に私専用の杖も作ってくれるらしくて、いまからものすごく楽しみなんですよね。
あと大事なことといえば。私がフェルトス様へ毎日トマトジュースを献上する件ですね。
結果を言えばその件は一時凍結。見送りすることとなった。
そもそもここには料理をできるような場所も材料もない。
今回のトマトもセシリア様から頂いてきたものらしいですし。
しかも、そのトマトはセシリア様が直々に育てたトマトということではないですか。
さすが地の神様。とてもつやつやで大きくて美味しそうな出来でした。素晴らしいです。
話が逸れちゃった。とにかく、ここにはトマトがないから、トマトジュースを作るたびに毎回材料をセシリア様の所へ貰いに行くのか? という問題が出てきちゃうんですよね。そしてそれは面倒くさいから嫌だ、とフェルトス様は拒否の姿勢。
だったらしばらくは我慢しましょう。と二人の神の間で結論付けられたようです。
フェルトス様はかなり渋々といった感じでしたが。ちなみに私は見ていただけです。
とにかく。この問題が解決できないうちは、私のトマトジュース献上の件は見送りと相成りましたとさ。
この話が決まった時。なんだかフェルトス様が肩を落としてガッカリしていた。
もしかしてそんなに気に入ってたのでしょうか。あのトマトジュース。
トマトがあるのならこの世界にもトマトジュースくらいはあると思うんですけど、ないのかしら?
「……はぁ」
フェルトス様が大きな溜息を吐いている。その背中はとても哀愁がありますね。大きな体が今は小さく見えますよ。
「……あにょ。生でもおいちいでしゅよ」
そんなフェルトス様の背中があまりにも見ていられず、気が付けば私はセシリア様のトマトを差し出していた。
トマトは生で食べても美味しいから嘘は言っていないはずだ。
ほーら美味しいトマトですよー。どうぞー。
出来るだけにっこり笑顔を意識して、フェルトス様へトマトを差し出す。
「はい、どーじょ」
「……」
私が差し出したトマトを、フェルトス様は無言で受け取った。
そしてそのまましばらくトマトを見つめた後、匂いを嗅いでからパクリとかぶりつく。
その仕草がちょっとかわいいと思ったのは内緒です。
「ふへへ」
うん、やっぱりフェルトス様は見た目ほど怖い人じゃなさそうだ。
仲良くできそうで安心しました!
「……ねぇフェル。それ、美味しい?」
「…………あぁ」
「へぇ」
「う?」
「ふふっ、なんでもないわ」
よくわからない質問をしていたセシリア様を見上げる。
だけどセシリア様は綺麗に笑っただけで答えてはくれなかった。
「ところで。おチビちゃんはフェルと仲良くできそう?」
「んー。ちゃぶん?」
「うふふ。そう。それなら良かったわ」
セシリア様がぽんっと私の頭を優しく撫でる。
その手がとても気持ちよくて、思わずセシリア様にもっと撫でてと催促してしまいました。えへへ。
「さて。それじゃそろそろ私は帰るわね」
「もうでしゅか?」
「そんな顔しないでおチビちゃん。また会いましょうね」
「あい」
寂しくて肩を落としていた私の頭を撫でたセシリア様が帰り際に「フェルに愛想尽かしたらいつでもおいで」って言ってくださいました。とてもお優しい。セシリア様のその素敵笑顔で心がほわほわします。
そしてセシリア様をお見送りした私は、改めて上司兼保護者となったフェルトス様へと向き直る。
「……」
まだいじけているようですねあの人。
もそもそと先程差し上げたトマトを食べています。うん。お口に合ったようでなによりですね。
「はぁ」
先が思いやられますが、冥界神の眷属メイとして。改めて、今日から頑張っていこうと思います!
えい、おー!