迷子編1 出会い
迷子編には自殺の話が出てきます。苦手な方はご注意ください。
「お、お兄しゃん……だいじょぶ、でちたか……?」
「…………チッ」
「いま舌打ちちまちた!?」
こんにちは。最初からクライマックスなメイです。
私が地球からこの世界の冥界に落ちてきてすっかり季節も一巡り。
四季もあって一年の長さもだいたい一緒くらいだから混乱しなくて助かってる。
冥界や神域内では季節の変化には気付きにくいけど、私は定期的に町へと行くので移り変わる世界を堪能させていただいてます。
そんなある日。
次回の冥界祭の最後の打ち合わせをジェイドさん達と終えた帰り道のことです。
寒い冬も終わり、ぽかぽか陽気に機嫌を良くしながら箒に乗っていると視界の隅に違和感を覚えました。
何だろうと思い顔を向けると、森の中の崖になっている場所で一人フラフラと歩いている男の人がいるのを発見。
この辺りはまだ町に近いから魔物も弱いしそもそもあんまりいないけど、それでもゼロというわけじゃない。
一応腰に武器を下げてるみたいだから完全な一般人じゃなさそうだけど、フラフラした足取りがなんとも心許ない。
危ないなぁと思いながら見ていたら、そのまま吸い寄せられるように崖へと向かうお兄さん。
これはマズイと思った瞬間、私は箒の先を家からお兄さんへと変更。
急に進行方向を変えたからステラやモリアさんから抗議の視線と声が上がったけど無視した。
人命には変えられない。
一応危ないよってお兄さんに向けて声を張り上げたけど、聞こえてないのかお兄さんの足は止まらず、ついには足を踏み外した。
私はさらにスピードを上げ、崖下に一直線に落ちていくお兄さんの下に箒を滑り込ませる。
そしてなんとか箒の柄にお兄さんの体を引っ掛けキャッチすることに成功したんだけど、お兄さんの体重と落下の勢いが合わさって箒ごと下に持っていかれた。
ぐんっと下へと向かう力に負けそうになるけど、それを必死に耐えながらスピードを殺すように踏ん張る。
ぐぎぎと歯を食いしばり箒を掴む手に力を入れ、惜しみなく魔力を使ったおかげか地面に激突する直前に勢いを殺せたのでなんとか救出に成功。
この世界に来てから初めて全力で魔力を使った気がします。
ふぅと息を吐いてお兄さんに視線を向けると、干された布団のように箒の上でぐったりして動かない。
心配になった私はいろんな意味で心臓がばくばくいっているのをムリヤリ押さえつけ、お兄さんをすぐ下の地面に降ろした。
それからすぐに私も降りてお兄さんの顔を覗き込みながら大事ないか聞いたんだけど、何故か助けたお兄さんに盛大に舌打ちされてしまったのです。
それがついさっきの出来事。
いやなんでぇ?
「……よく見たらガキじゃねぇか。なんでんなとこにガキなんぞいやがる」
「はぇ」
むくりと起き上がったお兄さんはそれはもう不機嫌顔で私のことを睨みつけてきた。
「しかもガキのクセに箒なんぞ乗りやがって……魔法使いかよ。余計ムカつくな。ガキのクセに」
えぇー。なんで初対面のお兄さんにこんなこと言われなきゃいけないんでしょうか?
それにガキ連呼にもちょっとばかしムッとします。
ぶつぶつと文句を言うお兄さんを私は無言でじっとりと見つめる。
助けなきゃ良かったとは思わないし、お礼を期待してたわけじゃないけどさ……なんか、こう、なんか――ムッとしちゃいます!
「むぅ。じゃあしょの目障りなガキは消えましゅよ! じゃあねお兄しゃん。歩くときは気をちゅけてね!」
ちょっと後ろ髪を引かれるけど、私の存在が目障りなようなのでその場にお兄さんを置いていく決心をした。
ここまで一人で来れたなら自分で帰れるでしょう。
私は隣に浮かせたままだった箒を手元に寄せてさっさと乗り込む。
そしてお兄さんに向いていた柄をぐるりと反転させ空に向かって飛び立った。
「まぁ待てよ」
「みゃ!」
――筈だったのだが、箒の穂先を掴まれたのかガクンと揺れる箒。
振り向いて確認してみると、予想通りお兄さんにがっつり掴まれてた。
私はお兄さんをじっと見つめてみるけど、お兄さんはお兄さんでムッとした顔のまま一向に手を離さない。
埒があかないと思った私は仕方がないので一度箒から降りる。
そこでようやくお兄さんは手を離してくれた。
今度は掴まれないようお兄さんから少し離れたところに箒を待機させ、私はお兄さんと対峙する。
すると、するりと箒から降りてきて私の足元にスタンバってくれたステラ。なんて頼もしいんだ。
モリアさんも出てきて私の頭の上にスタンバりました。ありがとう二人とも。
そんな二人の登場にちょっとばかり驚いた顔を見せたお兄さんだったけど、そのあとすぐに思案顔になる。
「しょれで、なんでしゅか?」
私は腕を組みながら改めてお兄さんに向き直り、そこで初めてお兄さんをまじまじと見つめた。
暗い青い髪にところどころ赤色のメッシュが入った珍しい髪。瞳は髪と同じ青。
右目は髪の毛に隠れて見えないんだけど……あれ邪魔じゃないのかな?
露出も少なく出ているのは顔くらい。
今の季節なら別に普通かな?
全身真っ黒だけど腰には立派な剣が一つぶら下がってる。
あとこの人も顔がいいですね。やっぱりこの世界顔面偏差値が高い。
私の周りの人達みんな顔がいいからある程度は見慣れてきたとはいえ、それでも整ってると思うこのお兄さん。
もちろん神様達には負けるけどね。
「ジロジロ見てんじゃねぇよ」
「ごめんちゃい」
お兄さんの顔を見てたら思案顔から一気に眉間に皺が入った不機嫌顔になった。
たしかにジロジロ見るのは失礼だったね、反省。
というか、まだ質問に答えてもらってないんだけど。
そのことに思い至った私は負けじと不機嫌顔を作ってお兄さんを睨み返した。
「しょれで?」
「あん?」
「だかや、なにか用があったんじゃないんでしゅか?」
「あぁ、そうだったな」
お兄さんはまた何か考えるみたいに視線を空に向けたかと思えば、すぐに私に視線を戻した。
なんなんですかいったい。
「おいガキ。テメェ責任取れよ?」
「はぇ?」
急に何を言い出すんでしょうかこのお兄さんは。
責任とは? やっぱり助けたんだから責任持って町まで送っていけということでしょうか?
それならそれでもいいけど、なんか違う気がする。
私が頭に疑問符を大量に飛ばしていると、ため息を吐いたお兄さんが口を開いた。
「テメェのせいで死に損ねた。責任取れ」
「え……えぇー!?」
お兄さんの驚愕の告白にビビり倒している私を無視してお兄さんは畳み掛けるように口を開く。
「せっかく死ぬ覚悟決めたってのに邪魔しやがって。しかも酔いまで醒めてやがる。これじゃあなけなしの金で買った酒も意味がねぇ。どうしてくれんだ、あぁ?」
「あぁって言われても……」
「俺はテメェみてぇな恵まれたガキと違って、行くあても帰る場所もねぇんだ。俺にはもう何もねぇ。だから死ぬ為にこんな場所まではるばる来たってのに邪魔しやがって。責任取れよ」
「えぇー……」
「テメェが余計なことしなきゃ俺は今頃あの世に行けてたんだ。それで全部終わってたんだ……全部……くそっ!」
苛立ちをぶつけるようにお兄さんは地面を殴る。
つまり私はお兄さんの自殺の邪魔をしちゃったってことか。
ふらふらしてたのはお酒のせいで、私の静止の声が聞こえてなかったのも酔ってたからかな?
それから崖にいたのも自分の意思でということか。なるほど合点がいった。
なんで自殺したいのかなんてわからないし、初対面の私が踏み込んでいい問題でもないんだろう。
こんな子供に聞かれて真面目に答えるとも思えないし、私もそこまで踏み込むつもりはない。
薄情かもしれないけどこれはお兄さんの問題だ。中途半端に手を出すのは良くない。
そう思った私は項垂れてしまったお兄さんに声をかける。
「……具体的には何をちてほしいんでしゅか?」
「あ?」
「お兄しゃんは私にどう責任をとってほしいんでしゅか?」
私はお兄さんの前にしゃがみ込み、顔を上げたお兄さんの顔を覗き込む。
すぐにお兄さんは顔を逸らしちゃったけど、私はかまわずじっと見つめる。
そんな私の視線に居心地悪そうにしてたお兄さんは、長い沈黙のあとようやく重い口を開いた。
「…………金だ」
「お金?」
「とりあえず金だ。テメェ、ガキのクセにんな立派な箒を持ってんなら金持ってんだろ? 俺は一ガルグも持ってねぇ。だから……そうだな。十万くらいで許してやるよ。テメェが持ってねぇなら親から貰ってこい。それでまた好きなもんでも食って、良い酒買ってもう一回やるからよ。それでチャラにしてやる」
「うーん」
どうしようかな。正直お金を渡すのは別にいい。
でもなぁ、それじゃなぁ……うーん。
「お兄しゃんしゃあ」
「んだよ。もしかして死ぬのは良くないとか言うつもりか? テメェみてぇなガキに何が――」
「――お兄しゃん、おしゃけしゅきでしゅか?」
「……あ?」
「おしゃけ。しゅきなんでしゅか?」
「……まぁ、それなりに。つかなんだその質問」
「しょっかぁ。じゃあ三日後に冥界しゃいっておまちゅりやるの知ってましゅ?」
「あぁ? なんなんだよさっきから――」
「――知ってるか聞いてるの」
「……噂ぐれぇなら」
「じゃあしゃ。しょのおまちゅり終わってからにちない?」
「何を」
「死ぬの」
「…………はぁ?」
お酒好きなら楽しめると思うんだよね。
私以外のいろんな酒屋さんも屋台でお酒出してるし、食べ物だってたくさん出るし。
なんなら私のお酒をちょっとだけ回してあげてもいいしね。
「またやるって覚悟決めてるなら、ちぬのはいちゅでもできるでしょ。だったらおまちゅり終わってからでもおしょくないんじゃない?」
「…………」
だって勿体ないじゃん。せっかくなら楽しいことしてから実行しても遅くないよね。
でもお兄さんは黙ったまま何も言わない。
私はなるべく重い空気にならないように明るく振る舞った。
「楽ちいよー! おしゃけも食べ物もいっぱいお店が出るし、人もいっぱいで賑やかだよ!」
「興味ね――」
「――お金ないならおまちゅりまでの宿代とか払ってあげゆしさ、おまちゅりいっちょにまわろうよ!」
「…………」
「ね?」
ムスっとしたお兄さんから視線を逸らさずにっこり笑って言い放つ。
お祭り楽しいぞー。ちょっと護衛のマッチョ勢がくっついてくるけど、それはそれで人混みに揉まれなくて済むからいいところですよね。ふふん。
私が引かないとわかったのかお兄さんはふっかーいため息を吐いて了承の意思を示した。
もちろん終わったらお金を渡す約束も取り付けられましたけど。
交換条件成立……勝ったな!
少し長いですがお付き合い頂けると嬉しいです。




