番外編 魔法の箒
「ばあちゃん、いるか?」
「ん? なんだノランじゃないかい。あんた仕事はどうした。サボりかい?」
「んなわけねぇだろ、仕事中だよ。メイ殿を案内してきたんだ。さ、メイ殿。どうぞ」
「ラティばーちゃ! こんちわ!」
というわけで呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃん。メイです。
今日はある目的のためにラドスティさんのお店にやってきました。
でもこのお店はちょっと入り組んだ場所にあって正直一人では辿り着ける自信がなかったので、実は仲良くなっていた男前門番さん――ノランさんというらしい――に道案内を頼んだというわけです。
お仕事中だったけど快く引き受けてくれたノランさんには、また今度改めて何かお礼をしたいと思います。
あの牧場のミルクが好きらしいから、そのミルクを使ったアイスとか持ってこようと心のメモに書き足した。
「メイ、久しぶりじゃないか。よく来たね」
「えへへー。お久しぶりでしゅ」
ノランさんにお礼を言って開けてくれたドアから体を滑り込ませ、ラドスティさんの元へとぱたぱた走る。
後ろからは一緒に来たステラとモリアさんがとことこついてきた。
この町へはちょこちょこ来てるんだけど、なんだかんだここへ来るのは冥府石を買い取ってもらった時以来だったりします。
忘れられてなくて良かった。
「それじゃあメイ殿。俺はこのあたりで失礼しますね」
「あい。ありあとうごじゃいまちた!」
「いえいえ。では失礼します。ばあちゃん、あとは頼んだからな」
「あいよ」
お礼を伝えて手を振ってお見送りをすると、ノランさんは軽く頭を下げてお仕事に戻っていかれました。
「さて、今日は何の用だい?」
「実は欲しいものがあるんでしゅけど、ここで買えるかご相談にきまちた」
「欲しいもの? どんなのだい?」
「えっちょねぇ――」
私は肩から提げていたカバンからゴソゴソと紙を取り出してラドスティさんに見せる。
「こういうの欲しいんでしゅけど……」
「これは……箒かい?」
「あい」
そう。私の欲しいもの。それは箒。
初めてここに来たときに見てからずっと欲しかったんだよね。
最近はこの世界にも慣れてきて余裕のある生活になったし、魔法も安定して使えるようになったしで、そろそろ新しいことをしても良いんじゃないかって思いまして。
そう考えた時に箒が欲しいなぁって思っちゃったので実行に移しています。
もちろんフェルトス様やガルラさんにも相談済みで許可も貰ってるので問題なし。
初めは鍛治神様っていう私の杖を作ってくれた人にお願いすればいいって言われたけど、面識ないのに神様に私用のお願いなんて畏れ多いからって断っておいた。
それに買おうと決めた時にはラドスティさんのところで買う気満々だったしね。
そういうわけで今回ここに来ています。
今日のお供はステラとモリアさん。あの時と同じメンバーですね。
欲しいイメージを描いた紙をラドスティさんに渡すと、じっくりと眺めて考えてくれている。
そもそもオーダーメイドを受け付けてくれてるかがわからないし、受け付けてても作れるかわかんないからちょっとばかし不安です。
ドキドキしながらラドスティさんを見上げていると、紙から顔を上げたラドスティさんと視線が合った。
「作れるけど一から作らなきゃいけないから時間はかかるよ。それでもいいかい。」
「わぁ! 大丈夫でしゅ、是非お願いしましゅ!」
「任せときな。それじゃもう少し詳しい話を聞かせてくれるかい」
「あい!」
ニッと笑ったラドスティさんに促されてカウンターへと向かう。
そしてそこでラドスティさんとイメージを詰めていく作業へと移った。
ラドスティさんのところへ箒の注文をしてから一ヶ月が経った。
そして今日はその完成した箒の受取日。
朝からわくわくした気持ちが抑えられず、少し早い時間に家を出発してしまった。
フェルトス様とガルラさんに見送られ私は町へと杖を飛ばす。今日もステラとモリアさんが一緒ですよ。
「楽ちみだなぁ」
『ワシは杖で十分だと思うがなぁ』
「しょれはしょれ。これはこれ。杖も良いけど、やっぱち箒で飛ぶのは憧れるでしょ?」
『ワシにはようわからん』
「しょういうもんなんだよー」
『そうか』
「しょうよー」
それに杖と違って乗る専用で設計したから断然乗り心地が良いと思うしね。
今のところ私は杖の使用用途が空を飛ぶためだけなんだけど、本来はフェルトス様やセシリア様みたいに大きい魔法の補助として使うのが正しいみたいだし。
私にはまだそんな大きな魔法使えないというか教えてもらってないから、空を飛ぶくらいにしか使えない。
なんか別に杖なしでも大きな魔法は使えるみたいなんだけど、杖なしだと無駄に魔力を使うことになるから使える時は使った方が良いらしい。
小さな魔法は杖のありなしは誤差の範囲なんだって。
ただそれは私達が神やその眷属で魔力量が多いからできる芸当らしい。
しかも私は歳のわりに魔力量があるってガルラさんが言ってたから多い部類なんでしょうね。まだまだ成長してるみたいだし、自分でも実感してるもん。
このままいけば底無しになりそうとはガルラさん談。
普通の人間は誤差の範囲とは言い切れないから普段から杖を使うみたい。
杖なしで魔法を使うのが一種のステータスと取られるんだって。
「あ、町が見えてきたー」
『そうだなぁ』
すでに興味を無くしているのかモリアさんは私の杖の上でお餅になっているし、ステラもステラでダラけている。器用ね二人とも。
町へ着いた私は顔馴染みとなった門番さん達へ挨拶をしつつ門を抜ける。
今日はノランさんから声をかけてくれて案内をかって出てくれた。
ちなみにノランさんへのお礼は済んでいる。以前買い物で町へ来た時に渡したんだけど、すごく喜んでくれたみたい。
ラドスティさんのお店に着く間にアイスのお礼を伝えられました。渡したのは私が作った自家製バニラアイスクリーム。あの牧場のミルクを使ってます。
牧場で売ってるアイスも美味しいんだけど、それだとフェルトス様が食べられないから作り方を教えてもらって作ってる。牧場ミルクアイスは私だけが食べるとき用のオヤツに備蓄してます。
また食べたいと言ってくれたので、嬉しくなり気を良くした私はまた持ってくることを約束してノランさんとはお別れした。
「ラティばーちゃ、こんちは!」
「はい、こんにちは。今日も元気だね」
「えへへー」
ノランさんに送り届けてもらいラドスティさんと合流した私は、元気いっぱいに挨拶をします。
ラドスティさんに頭を撫でてもらい店の奥へと進むと、カウンターの横に置かれた大きな包みが目に入る。
あ、あれはまさか!?
「ほら、これが注文してたメイの箒さね。ここで一度見ていくかい? それともすぐに持って帰るかい?」
「ここで見ていきまちゅ!」
「はいよ。んじゃ少し待ってな」
「あい!」
そういってラドスティさんは私に一言断りを入れてから包みを開ける。
わくわくした気持ちで開封作業を見守る私とは正反対に、ステラとモリアさんはカウンター前に置かれた椅子の上に陣取ってリラックスモード。
まったくもって興味のかけらもありませんね、まったくもう!
そんな二人に私がジト目を向けていると、ラドスティさんの開封作業も終わり、注文していた箒が姿を表す。
全体的に丸っこいフォルムな私の特注箒。イメージと寸分たがわない形。
すごい! 理想の箒です!
「こんな感じだけど、どうさね。気に入ったかい?」
「ふぉおお!」
私は興奮を抑えつつブンブンと首を縦に振る。
そんな私を見たラドスティさんはとっても良い笑顔だ。
「気に入ったのなら良かった。店の裏で少し試運転していくかい?」
「いいんでしゅか!?」
「もちろん」
「やっちゃー!」
そうして移動した店の裏手。
ラドスティさんから箒を手渡された私はさっそく箒に跨り魔力を流す。
普通の箒と違って乗りやすいように形が変えられた柄。そこにサドルを付けてお尻が痛くならないように一工夫。
足を置くためのペダルのような足場もちゃんと取り付けたから足がブラブラすることもなく安定して乗っていられる。
穂の部分には紫色の大きなリボンがついていて、柄の先端にはランタンなどの明かりが取り付けられるようになっている。そしてさらにそこには蝙蝠の姿のエンブレムが取り付けられている。これがまたかわいいのだ。
箒の柄には魔力が通りやすいようにと私の手のひらサイズの小さな冥府石を埋め込んだ。これはフェルトス様に許可を貰って持ってきたやつを使ってもらった。
こうする事によって少ない魔力で長く飛び続けられるようになる……らしい。ガルラさんが言ってたから多分そうなんだろう。
ちなみにこの冥府石。本当に冥界にはそのあたりにゴロゴロ転がっていました。
フェルトス様からしたら道端の石ぐらいの認識でしたよ。
冥界の入り口近くには小さくて小石みたいなのが多くて、奥に行くにつれ大きな塊のものが目に付くようになる。
値段を知った今では小石くらいの大きさでもすごい値段になるとわかってるから、宝の山に見えちゃうね。怖い怖い。
「わぁ、しゅごい。乗りやしゅい」
「そりゃ良かった」
「ちょっとしょのへんぐるって回ってきても良いでしゅか?」
「かまわないよ。でもあんまり騒ぎにならないようにしな」
「あーい。しゅてら、モリアしゃん、乗ってー!」
そういって私は持ち手付近にぶら下がるように取り付けられたカゴのような部分を叩く。
ここは主にステラとかモリアさんが乗る場所として付けてもらった。今まではちょっと危なかったからね、ちゃんとした座席を用意しました。
それにステラ達が使わない場合は、ちょっとした荷物を入れたりもできます。一石二鳥ですね。
「行ってきまーっしゅ!」
「行ってらっしゃい」
二人が指示通りの場所に乗り込んだのを確認した私は、ラドスティさんに手を振りゆっくりと空へと上昇していく。
冥府石のおかげか、少しの魔力で操作ができるのでとてもありがたい。
そのまま町の上空まで上がってきた私は、これまたゆっくりと移動を開始する。そして徐々にスピードを上げながら操作性を確認していく。
「わぁー。しゅごいしゅごい! しゅむーじゅに動かしぇるー!」
『おぉ。たしかに杖より乗り心地が良いな』
モリアさんも気に入ってくれたようだ。ステラもいつもよりテンションが上がっている気がする。
三人できゃっきゃと楽しみながら少しだけ空中散歩を楽しんでから、ラドスティさんの裏庭へと戻る。
迷子にならないようにちゃんと場所は把握しながら飛んでたので問題はありません。
……すみません嘘つきました。
調子に乗ってびゅんびゅん飛んでいたので戻る場所がわからなくなりました。
そして半泣きになりながらキョロキョロしてたら、溜息吐いたモリアさんが帰り道教えてくれて無事に帰れたんです……ありがとうモリアさん。頼れるおじちゃんです……。
「おや、あんた何泣いてんだい?」
「うぅ……迷子になりかけまちた……」
「ふはっ! 何やってんだいあんたは!」
「うぅ……」
戻ってきた私が泣いているのに気付いたラドスティさんは理由を聞いて大爆笑。そんなに笑わないでください反省してます……。
私の涙が止まったころに、問題がないことを確認してからお会計をしてお店を出ました。
箒は影に片付けてあります。ここから箒に乗って帰れば早いかもしれませんが、試運転以外で町の中を飛び回るのはなんとなく迷惑かなと思って控えております。
ラドスティさんに門まで送ってもらい、門番さん達にご挨拶をしてお家に帰ります。
もちろん帰りは箒で帰りますよ。
そうそう。良い機会なので帰りにずっと気になっていたことをラドスティさんに聞いてみました。
何かというと『マ・ラドスティの魔道具店』の『マ』ってなぁに? という事ですね。
答えとしては『魔道具のマ、もしくは魔法のマ』らしいんですけど、そのあと『とくに意味はない』って笑ってました。
どうやら『なんとなくノリで』の勢いのようですね。
疑問が解消されてスッキリした私はウキウキしながら帰宅する。
そして帰宅して早々にフェルトス様やガルラさんに作ってもらった箒を見せびらかした。
二人とも良かったなって言って頭を撫でてくれたので大満足です!
さらに後日遊びに来たセシリア様やトラロトル様にも見て見て攻撃で箒を見せびらかしたのは内緒。




