番外編 ヘアアレンジ
先にお知らせを投稿していますので、まだの方は一度目を通していただけると嬉しいです。
「ねぇねぇ。ガーラしゃん起きてぇ」
「――んん?」
自らを呼ぶ幼い声とゆさゆさと体を揺すられている感覚に意識が浮上する。
ぼんやりとする思考の中うっすら目を開ければ、そこにいたのは自分と同じ色の髪と目を持つ幼い妹。
さらにはなにやら困り顔で己の顔を覗き込んできているではないか。
「おはようメイ……どうかしたかぁ?」
「たしゅけてほちいのー」
「たすけぇ?」
メイの落ち込んだような声音に、眠い目を擦りながら雲クッションから体を起こす。
そういえば昨日は家に帰らずにフェルの家に泊まったんだったか。
最近では家に戻らずにこうしてここで朝を迎えることも珍しくはない。
そのせいだろう、いつのまにかフェルがオレが寝る用の雲クッション――命名メイ――を作ってくれたのだ。
「……あぁー。メイ、オマエその頭どうした?」
「うぅ。うまくできなくちぇ……」
泣きそうになりながらそう訴えるメイ。大きな瞳はうるうると潤み今にも決壊しそうだ。
オレはメイの顔から視線を少し上げ、ぐちゃぐちゃに纏められた髪の毛に注目する。
そこに鎮座するのは涙ぐましくも試行錯誤努力した形跡が残されたメイの髪の毛。不揃いな高さで纏められたツインテールがあった。
それらは綺麗に纏められてはおらず、びょんびょんと飛び跳ねていたり、だらんと垂れ下がっていたりとひどい有様だ。
メイは普段あまり髪をいじらない。
いじったとしても後ろで一つに纏めるだけなど簡単なものばかりなのだが、今日はどうしたのか。
まぁ、メイも女の子だしそういうこともあるかとあまり気にもせず、ぐちゃぐちゃになっていたメイの髪を手櫛で整える。
「ねぇねぇガーラしゃん。これできゆー?」
「やったことねぇからわかんねぇけど、多分できると思うぞ」
「お願いしてもいいー?」
「いいぞー」
「やっちゃー!」
さっきまで泣きそうだったくせに、一瞬で機嫌を直したメイは笑顔でオレの手を引く。
そのままソファまで連れてこられたオレはそこに座らせられ、メイはテーブルに放置されていた櫛を渡してくる。
「これも使ってくだちゃい」
「あいよ」
さらにはコウモリのキャラクターがついたヘアピンも渡してきた。もしかしてこれが使いたいがために髪型も凝ったものにしようとしたのだろうか。
「それじゃあお客様ー。ここに座ってお待ちくださーい」
「あーい!」
ソファの上に座ったオレの前にメイを座らせ櫛を髪に滑らせる。
メイはツインテールにしようとしていたから、オレもツインテールにしてやればいいのだろうか。
だが、それじゃあ面白くない。
わくわくニコニコしている目の前の妹の後頭部を眺めながら、さてどうするかと逡巡する。
少しだけ悩んだオレは頭の中に完成図を思い浮かべ、さっそく作業に取り掛かった。
「出来たぞ」
「わーい、ありあとー!」
完成した合図にメイの頭にポンっと手を置けば、妹は嬉しそうにこちらに笑顔を見せてきた。
そしてソファからぴょこんと降りるとテーブルに置いてあった鏡を手に取り覗き込む。
「わぁ! しゅごい! お団子だぁ!」
「気に入ったかぁ?」
「あいっ! ありあとガーラしゃん!」
「あいよ」
団子にした髪の毛をもふもふ触りながらきゃっきゃとはしゃぐメイ。
顔の角度を変えながら色々な角度から眺めてにこにこしているメイはとても可愛い。
前髪を留めるピンにコウモリのピンを使ったので、そこも集中して見ているようだ。
しばらくきゃっきゃとはしゃいでいたメイは、突然パタパタとフェルが寝ているベッドへと駆け寄る。
そしてメイが上り降りしやすいようにと設置された台をのぼりベッドへと上がると、寝ているフェルに容赦なく打撃を与えて起こそうと頑張っている。
あれが人間達から恐れられている冥界神の姿か……。
以前のフェルを知っている分、あの光景を見ているとなんだか笑えてくる。
他人からあんなことをされたのなら、即座に不機嫌になり最悪手が出るようなヤツだ。
まぁなんだかんだアイツは身内に甘いから、その事を知っていると衝撃は一段階下がるが。
「ガーラしゃん、今日の朝ごはんは何食べたいでしゅか?」
「え、リクエスト聞いてくれるのか?」
「あい。お礼でしゅ」
フェルに見せびらかし終わったのか、またパタパタと駆けてオレの元へと辿り着くとそのまま抱き着き顔を上げる。
メイはオレやフェルにくっつくのが好きみたいで、よくぴったりとくっついてくる。
別に嫌なわけじゃないし、むしろかわいいから大歓迎なので好きにさせているが、時々フェルからじっとりとした視線が向けられるのだけは勘弁してもらいたい。
そんな心配しなくてもメイの一番はオマエだから安心しろよ。
「ガルラ。メイの頭をやったのはオマエか?」
「そうだけど?」
「そうか」
なんだ? 首を傾げてみるがそれ以上の会話が発生しなかったので、特に気にせずメイにリクエストを伝える。
ウキウキしながらキッチンへ向かうメイの後ろ姿を眺めながらオレはソファに身を預けた。
そして起きてきたフェルが隣にドスンと腰掛けると、そのまま大口を開けて欠伸をする。
「くぁっ……」
「眠いなら寝てれば?」
「いや、起きる。飯を喰いっぱぐれるだろう」
「ふーん」
これも変化だ。
コイツは基本的に生き物の血液しか摂取しないし、食に興味なんてない。
それが今では一日三食キッチリ食べているし、トマトジュースという好物までできた。
キッチンで魔法を使いながらテキパキと料理を進めるメイを眺める。
メイが来てからフェルは変わった。そしてフェルの巣である住処も随分と変わった。
生活感なぞさっぱりだった、フェルが寝るためのベッドしかなかったこの場所が今では生活用品で溢れているし、なんなら子供のオモチャなんかも転がっている。
昔のフェルを知っている存在からすると、変化が大きすぎて自らの目を疑うはずだ。
俺もかなりビビったからな。うんうん。
ふと隣に座る主に視線を向ける。
「なんだ?」
すぐさま視線に気が付いたフェルがオレの方へと顔を向けた。
「フェルってさ」
「ん?」
「髪長いよな」
「? そうだな、それが?」
ふむ。良い事を思いついた。
訝し気な表情をしたフェルに適当に返事を返すと、オレはメイの朝食が出来上がるまで寝ることにした。
食事も終わり、食後のトマトジュースを三人並んで飲んでいたときオレはメイに話しかける。
「なぁメイ」
「んー。なぁにガーラしゃん」
「そのお団子自分でもできるようになりたくないか?」
「ふぁ! なりちゃい!」
目をキラキラさせながらオレを見つめ返してくるメイに、オレはにやりと笑い返す。
「んじゃ練習しないと、だよなぁ」
「うん。だけどどうやってぇ? これ解くのは、やーよ」
そういってメイは自分のお団子ヘアを守るように隠した。かわいいな。
「大丈夫大丈夫。いい練習台がいるから」
「う? 誰? ガーラしゃんはお団子できるくらい長くないよ?」
首を傾げてこちらを見上げるメイに、オレは我関せずとトマトジュースを飲んでいる男を指さす。
オレの指先を追ってメイが顔を動かすと、ちょうどこちらに視線を向けたフェルとぶつかったようだ。
そしてオレの言っている意味を理解したのか、メイはいっそう瞳をキラキラさせてフェルを見つめた。
嫌な予感がしたのだろう。一瞬にして顔を歪めたフェルがオレを睨みつける。
しかしそんな視線はオレには効かない。
にこにこ笑いながら受け流していれば、フェルが身動ぎした。
おそらくメイのキラキラ視線に耐えられなかったのだろう、一つ大きなため息を吐くと観念したように「好きにしろ」と小さく呟いた。
「良かったなぁメイ」
「あい! ありあとフェルしゃま!」
「……あぁ」
それからは笑いをこらえるのに必死だった。
準備万端でソファの上に陣取ったメイ。
そして、フェルはメイの前の床へと直に座り、どこか遠くを見るように身動き一つしない。
テーブルが少し邪魔だったので動かして場所を確保してから練習を始める。
るんるん気分で鼻歌まで口ずさみ始めたメイに手解きをしながら、オレたちは主であるフェルの髪をいじる。
下手ながらも一生懸命手を動かしているメイ。無抵抗でされるがままのフェル。
だんだんぐちゃぐちゃながらも可愛らしく飾りつけられていく自らの主に、オレはバレないように密かに笑いをかみ殺す。
だがそんな努力も虚しく、フェルがこちらに意識を向けた気配を感じ取り咳払いをして誤魔化した。
うん、絶対バレたな。
以前町へ行った時に大量のヘアアクセを買い込んでいたのだろう。
さまざまな種類のアクセサリーを吟味しながら、どれを使おうか悩むメイはすごく楽しそうだ。
「できちゃ!」
「よくできましたー。ぱちぱちぱち――フッ、ん、ンンッ」
「……ようやく終わったか」
額の汗を拭うマネをしながら完成したフェルの頭を満足げに見下ろすメイ。
オレはそんなメイを褒めつつも、笑いを堪えるが堪えきれなかった。
ジロリと睨みを利かせてくるフェルだが、子供に好きなようにされた頭では威厳も何もあったものではない。
「フェルしゃまどう? まだちょっと下手だけど、頑張っちゃよ? 気に入った?」
「…………あぁ」
「えへへ。フェルしゃまとおしょろい嬉しいな!」
「…………そうか。ところでメイ」
「う?」
「どうせならガルラとも揃いにしたくはないか?」
「え?」
フェルからとんでもない提案が飛び出してきた気がするが、気のせいだろうか。
「わぁ、しょれはしゅてきなご提案」
「だろう。それに一人だけそのままでは仲間外れにしているようで可哀想だ。そこにあるモノでヤツのことも飾り立ててやるといい」
いつもより饒舌に語ったかと思えば、こちらにニヤニヤした視線を飛ばしてきたフェルトス。
これは確実に仕返しだろう。
「いやほら。オレは髪そんな長くないから無理だって。それにそれじゃあメイに手解きだってできないし――」
「安心しろ。手解きならオレがしてやるし、縛れない程短いわけではあるまい。言い訳していないでさっさと座れ」
どうやら笑ったことを根に持っているのか、どうしてもオレにも同じ道を歩ませたいようだ。
どうにか逃げようと画策するも、メイから向けられる『お揃いにしようよ光線』にあえなく撃沈してしまった。
「お、お手柔らかに頼みます」
「あい! じゃあガーラしゃんここしゅわって!」
「フッ、派手に飾ってやろう」
そしてノリノリのメイと面白がって口を挟んでくるフェルによって、オレの頭は愉快なことになった。
メイは至極真面目だし、ふざけているわけではないのがわかってるのでどうにも複雑だ。
「ガーラしゃんもおしょろいね! かわいいよ!」
「はは……ありがとなメイ」
「――フッ」
顔を背け笑っているフェルをじとりと睨むが、元を辿ればオレから仕掛けたも同然なのでお相子としよう。
「じゃあみんな今日は一日このままでいようね!」
「え?」
「む?」
メイから恐ろしい宣告を受け、オレとフェルは同時にメイに視線を向ける。
今日一日このまま? それはさすがに……。
「め?」
フェルも同じことを考えたのだろう、メイを説得しようと口を開きかけていたが、その前にメイが口を開いたことによって黙るしかなくなった。
首を傾げこちらを見上げてくるメイは、純粋にオレ達とのお揃いを崩したくないという気持ちしかないのがわかる。
なので否定したくとも否定しづらい。
「……仕方ない」
「えっ!?」
「やっちゃー! フェルしゃま大しゅき!」
そしてメイにゲロ甘なフェルはあっさりと陥落されお揃いを了承してしまった。
ピッタリと抱きついてきたメイの頭を撫でている。
もしやこの男今日は引きこもる気だな。冥府の管理はどうした。冥府の王よ。
「ガーラしゃんは……いや?」
フェルにくっついたまま顔だけこちらに向けたメイ。
もちろんオレも人のことを言えるわけなく、メイに甘いのは自覚しているわけで――
「ぐっ……いやでは、ないかなぁ?」
「わぁい! ガーラしゃんも大しゅき!」
フェルから離れ今度はオレに抱きついてきたメイを優しく受け止める。
今日はオレも引きこもり決定だ。
そう決意したのも束の間。
メイがいつもの日課で畑へと出かけようとしたとき、一緒に行こうと誘ってきた。
どうやらオレ達が出かけないのを見て休みだと思ったらしい。
いつもなら二つ返事で了承するところだが、今日はできない理由がある。正直出かけたくはない。
しかしまたもメイに甘い男がさっさと陥落してしまったせいで、オレまで行くことになってしまった。
誰にも会いませんようにとのオレの祈りも虚しく、なぜか今日に限ってトラロトル様とセシリア様の二人が訪ねてきた。
そして案の定大笑いされたのを、遠い目をしながら受け流すのだった。




