36 お久しぶりですシエラさん
「しょれじゃ行ってくるので、フェルしゃまとガーラしゃんはここで待っててくだちゃいね」
「はいよー」
「……やはりオレも――」
「――待っててくだちゃいね!」
「…………わかった」
「気を付けて行ってこいよー」
過保護なフェルトス様をなんとか説得し、二人に送り出されて私が向かう場所。それは騎士団本部がある建物です。そう、シエラさんに会いに来ました。
しかし、そもそもシエラさんが今日出勤かどうかもわかりませんし、アポイントもなしに直接行って会えるかもわかりません。
でも行くだけ行ってみます。
フェルトス様が一緒だとお礼を伝えるどころじゃないし、見えない所に置いてきました。
最初にそれを伝えたときすごくしぶられて、説得するのが大変でしたよ。
ガルラさんがいなかったら無理だったかも。
最終的に許可を貰えたのは良かったけど、あんまり遅くなると強制お迎えが発動するそうです。
なのでなるべく早く用事を済ませるべくステラとモリアさんの二人を連れて、たったか駆け足で建物に近付いていく。
絶対お迎えが発動する前に帰るぞ!
私が近付いてきたのに気付いたのか、門の前に立っている騎士様二人がこっちに顔を向けた。
それに私は怪しいものじゃないアピールをするべく笑顔を浮かべ、騎士のお兄様方に挨拶をします。
「こんにちわ!」
「こ、こんにちは」
「こんにちは」
なんか片方の騎士のお兄様の表情が引き攣ってる気がする。
そして誰かを探すように私の後ろに視線を投げてる。
そんなあなたに朗報です! なんと今回は私だけ! ステラとモリアさんはいるけど、冥界神様は置いてきたから安心してください!
私だけなら緊張も何もないでしょうから、リラックスしてくださって大丈夫ですよ。
そんな気持ちでにっこり笑いながらお兄様達にシエラさんのことを聞く。
「あにょ、ちゅかぬことをお聞きしましゅが、シエラしゃんって騎士のお姉しゃまに会いたいんでしゅけど、今日はいらっしゃいましゅか?」
「は、はい! シエラ隊長ならしゃきっ! ぐっぅ!」
お兄様が舌を噛みました……痛そう。思わず自分の口に手を持っていってしまった。
「お兄しゃまだいじょぶでしゅか……?」
「失礼いたしましたメイ様。シエラ隊長なら先程戻ってきましたので、私がご案内いたします」
「あ、ありあとごじゃましゅ……」
口を押えて涙を浮かべるお兄様を隠すように前に出てきたもう一人のお兄様。
その人に連れられて私は騎士団本部の建物の中に足を踏み入れる。
さっきのお兄様大丈夫だったかな?
通された部屋のふかふかソファを堪能しつつ待っていると、すぐにシエラさんがやってきました。
お早いお着きですね。
「お待たせいたしましたメイ様」
私の事を様付けで呼んだシエラさん。仕方がないと思いつつも以前より距離を感じてしまい悲しくなる。
やっぱり迷惑かけちゃったし、お礼も言わずに帰っちゃったから印象悪かったよね。
「……失礼しました。メイ殿」
そんな考えが顔に出ていたのか、シエラさんが私の表情を見た途端に呼び方を戻してくれた。
気を遣わせてしまったことが申し訳ないけど、それ以上に嬉しさが前に出てしまいさっきまでの悲しさなんか吹き飛んだ。
本当に本能というか欲望に忠実だなこの体は。
座っていたソファからぴょんと飛び降り、入り口で立っているシエラさんの元へと近付く。
「お久しぶりでしゅシエラしゃん!」
「ふふっ。はい、お久しぶりですメイ殿。お元気そうで安心しました。もうお身体の方は大丈夫なのでしょうか?」
「あい! ご心配とご迷惑をおかけしてしゅみましぇんでした!」
私がぺこりと頭を下げるとシエラさんが安心したように息を吐いた気がした。
下げていた頭を上げてシエラさんを見上げると、とっても優しい顔をしていました。
この人は本当に良い人なんだなぁという思いと、そんな人に心配をかけ続けてしまったことの罪悪感が胸に広がる。
あ、お礼も言わないと。
「しょれから――」
『メイ』
「う?」
続けてお礼の言葉を言おうと思ったら、モリアさんに止められた。なんでしょうか?
首を傾げながらモリアさんに視線を向けると、ソファの上にいるモリアさんがソファをポンポンしています。
『とりあえずこっち来て座れ。あとそっちの人間も座らせてやれ』
そういえばそうでした。いけないいけない。
ずっと入り口前に立っていたシエラさんに一言お詫びを言ってソファへと移動する。
一人では座るのに手こずるので、シエラさんに乗せてもらったんですが……締まりませんねぇ。
気を取り直してお礼です。
微笑んでいるシエラさんにこちらも元気いっぱいの笑顔を返しながら口を開く。
「この間は町を案内してくれてありがとうごじゃまいした! とっても楽しかったでしゅ!」
「そう言っていただけて光栄です。しかし私の落ち度でメイ殿のお身体の不調に気が付かず、冥界神様にも御迷惑をおかけしてしまい誠に申し訳ございませんでした」
深く頭を下げたシエラさんにこっちが慌てる。
シエラさんなんにも悪くないですから!
「わわっ。頭を上げてくだしゃい。シエラしゃんは悪くないでしゅ。わたしが悪いんでしゅ」
というか一番悪いのはフェルトス様だと思いますがね!
日光に弱いなんて私には気付きようがないもん!
「フェルしゃまも怒ってましぇんでしたから大丈夫でしゅよ! だから頭を上げてくだしゃい!」
「…………わかりました。ですが、再度お詫びを。本当に申し訳ございません」
「うぅ。わたしもしゅみましぇんでした……」
二人してしょんぼりした顔をしていたら、空気を読んでいないのか読むつもりがないのかモリアさんが話しかけてきた。
『おい、アレ渡さないのか?』
「あ、しょうでした……」
「どうかしましたか?」
でも正直ありがたい。
空気を変えるようにわざとらしく明るい声を出しながら、私は持ってきていたお詫びの品をリュックから取り出す。
「このあいだのお礼とお詫びもかねて、果物のちゅめあわせを買ってきたんでしゅ! よかったらどうじょ!」
「えっ!」
バスケットいっぱいに詰められた大量の果物たち。
詰め合わせになってる商品は見当たらなかったので、私とガルラさんが美味しそうなものをチョイスして、買ってきたバスケットに詰めました。
選んでいる最中に自分でも食べたくなって、自分用に別でいくつか買っちゃったのは内緒。
満面の笑みで差し出すと、戸惑いながらもシエラさんは受け取ってくれました。よかった!
「ありがとうございます。とても、嬉しいです……」
そういってはにかんだ笑顔を見せたシエラさん。とってもかわいいです!
「たくしゃん買っちゃったので、食べきれなさそうなら騎士団のみなしゃまで食べてくだしゃい」
「わかりました。ありがたく頂戴いたします」
「あい」
そのあと再度お礼とお詫びの言葉を伝えて、騎士団本部からはお暇することにしました。
長居してもお邪魔なだけですからね。要件が済んだのならすみやかに帰ります。
出口まで見送ってくれたシエラさんにバイバイと手を振ると、小さく振り返してくれました。
それからシエラさんと一緒に門番のお兄様二人もお見送りしてくれて、ちょっと嬉しかったです。
ちなみに舌を噛んだお兄様はすっかり元気そうだったので一安心しました。
さて、急いでフェルトス様達のところに戻ります。お迎えなぞさせるかぁ! うぉぉおお!
私が帰るのが早いか、フェルトス様のお迎えが早いか、勝負だ!
そんな無駄な競争意識を燃やしながらたったか走ります。
途中モリアさんに転ぶぞと警告されましたが、その後ものの見事に転びました。
『あーあ。言わんこっちゃない。慌てるからだぞ』
「…………あい、ごめんちゃい」
フェルトス様のお迎えが来る前に戻れた私でしたが、転んでしまって意気消沈しています。
受け身はとったけど、その代わり手のひらを結構擦りむいちゃってヒリヒリして痛い。血もじわっと出てる。
テンションが下がった私は二人の姿が目に入った瞬間に駆けだして、フェルトス様の足にくっついてしまいました。
「どうした? まさか人間どもになにかされたのか?」
「ちがましゅぅ」
それは違うので勘違いされる前に否定する。
でも素直に答えるのは恥ずかしくて、顔を上げずにフェルトス様の足にぎゅっと顔を押し付けた。
血がついちゃうかもだけど、そのときは例の魔法で綺麗にしてもらって……。
「……メイはどうしたのだ?」
『急いで戻ろうとしたのか走りだし、その途中で転びましたのでそのせいかと』
「何をやっているのだ貴様は……」
「みぃ」
「おいおい、大丈夫かぁ? 怪我はしてねぇか?」
モリアさんの裏切りにあい、あっさり私のマヌケエピソードが暴露されてしまった。ちくせう。
フェルトス様の呆れたような声が心に刺さります。申し訳ない。
ガルラさんが足にへばりついて離れない私をそっと剥がして、怪我をしてないか見てくれているんだけど恥ずかしさでどうにも顔が見れない。
くだらない競争意識燃やしてすみませんでした……。
「あらら。手のひら擦りむいてんじゃん。鼻もちょっと赤くなってんな。他は……大丈夫そうだな」
「あぅ……ごめんちゃい」
「ガルラ。ポーションはあるか?」
「あるよー。ちょっと待ってな」
そういってガルラさんが影から出したのは、水色の液体が入った瓶。
それをキャッチして蓋を開けてから私に差し出してくれました。
「ほらメイ。これ飲んだらそんな怪我あっという間に治るからな」
「はぇ……そんなしゅぐに治ゆの?」
でもここ魔法もあるし、そういうアイテムがあっても不思議ではない。
ていうかこれは魔法使わないんだ。もしくは使えないのかな? またいつか聞いてみよう。
そんなことを考えながら受け取ろうと手を伸ばしたんだけど、ガルラさんはヒョイっとポーションを遠ざけてしまった。
「飲ませてやるからあーんしろ」
「自分で飲めましゅよ」
まさかの事態に驚きつつも自分で飲めると主張する。さすがにそこまで子供ではない。
「手を怪我してるから持ちにくいだろ。いいからホラ」
「あぅ」
そう言われたら否定しずらい。
ただでさえ小さな手だし、ヒリヒリして痛い。
ガルラさんの片手よりちょっと大きな瓶入り飲料をしっかり持てるかと言われれば不安しかないね。
納得した私は大人しく口を開ける。
それにしても食べ物を貰うならまだしも、飲み物を飲ませてもらうのってちょっと不安。ちゃんと飲めるかな。咽せないかな。
でもそんな不安は杞憂でガルラさんはちょっとずつ私のペースで飲ませてくれた。
全部飲まなきゃダメなのかと思ってたけど、途中で体が光って怪我が治っちゃった。
「わぁ、しゅご」
「残りはメイにやるから、また怪我したときにでも使え」
「ありあとガーラしゃん」
渡されたポーション瓶をリュックに入れる。これでまた転んでも安心だね。
いや、やっぱり痛いのは嫌だし、なるべく怪我しないように気をつけよ。
「あまり怪我をするようなことはしてくれるなよ?」
「あい。ごめんちゃいフェルしゃま」
「かまわん。次から気を付けろ」
「あい」
無事――と言っていいのかわかりませんが、無事合流できたので最後の用事を済ませようと思います。
ラドスティさんのお店にも行きたいけど、今日はフェルトス様が一緒だからまたの機会にでも。
さぁ、みんなで牧場へ行きましょうね。
美味しいミルクが私を待っている!




