3 供物はトマトジュース
「……」
「……」
フェルトス様との見つめ合いは続く。
といっても私はチラチラと伺っているだけで、視線はあっちにいったりこっちにいったりとキョロキョロ動いていますがね。挙動不審ここに極まれり、です。
うーむ。それにしてもフェルトス様は顔だけ見たらものすごく整っているし、とてもイケメンさんだ。
気怠げな雰囲気も、伏せがちなおめめも、全部素敵でとてもカッコいいです。目の保養です。
保養ですが、やっぱり人外なんですよねぇ。
大きな手には長い爪。いや、もしかして指と爪が一体化してる、のかな。そんな風にも見える。
なんだか指先がものすごく尖ってますね。あれで引っ掻かれたらすごく痛そう。
人間の手に近いけど何か違う気もするし。そもそも暗いから良く見えないけど。
足は完全に人間じゃないですね。
なんて言えばいいんでしょうか。木に掴まりやすそうな、あんな感じ。わかる? わかんないか。そっかぁ。大丈夫。私も自分で言っていてよくわかりませんから。……何を言ってるんだろう私。
あとは翼でしょうか。ちょっと気になるのは、あれは仰向けで寝られるのかなということ。
今は横向きで寝転がっているから邪魔にはなっていなさそうだけど、実際に寝る時はうつ伏せオンリーなのでしょうか。
それとも出し入れ自由なのかな。どうでもいいことなのに少し気になりはじめている。
手と足。それに翼。それらに目を瞑れば、フェルトス様はちょっと露出多めのお兄さんって感じだな。自分の夢ながらよくわからない登場人物だ。
「……はぁ」
フェルトス様にバレないように小さく息を吐く。
考えたくないけど、これはほんとに夢だよね? いや、そうであってほしい。
なんだかだんだんと夢の自信がなくなってきたんですよね。
「……」
「……」
うぅ。無言が長いですフェルトス様!
もしかして私が何かを言わなければいけない感じなのでしょうか?
だとしたら何を。何か話題の提供を――。
「おい」
「ぴゃい!」
突然かけられた声に驚きすぎて変な声が出てしまった。
すごく恥ずかしい。
「そう怯えるな。取って喰うつもりはもはやない。安心しろ」
「……ほんちょ、でしゅか?」
「神に二言はない。貴様からの供物も受け取ったわけだしな。そんなことより先程の赤いものだが……」
「トマトジュース、でしゅか?」
間違って伝わらないようにゆっくりはっきり口にする。
活舌が甘々すぎるんですこの体。
「ふむ。その“とまとじゅーす”なるものはもうないのか?」
「あぅ……ないでしゅしゅみましぇん。食べにゃいでくだしゃ!」
「はぁ。喰わんと言っているだろう。あまりしつこいと本当に喰うぞ?」
「ぴぇ! ごめんちゃい! もぅ言いまちぇん!」
フェルトス様の脅しに土下座をする勢いで頭を下げた。
いやぁ、一段下がった声色に本気を感じました。許してください!
ぴえぴえと半泣きになりながらも、フェルトス様へ誠心誠意の謝罪を繰り返す。
そんなことをしていたら何度目かの謝罪で頭上からため息が降ってきた。
「もういい。頭を上げろ」
フェルトス様からのお許しが出たので、そっと顔を上げてフェルトス様の様子を伺う。
あ、なんか呆れ顔だ。
「話を戻すぞ」
「あい」
目にたまった涙をぐいっと拭い、なるべくキリッとした顔を作る。
あまり恐怖を引きずり過ぎると、気分を害したフェルトス様にバクンと食べられかねないですからね。
そう思って必死に意識を切り替えたのに、何故かフェルトス様がこちらを見て笑っていますよ。
酷い! 真面目な顔しただけなのに!
ムッとして頬を膨らませれば、さらにフェルトス様の笑みが深まった。
なぜに!?
「そうむくれるな。貴様の顔が面白かったせいだ。許せ」
ストレートに酷いことを言うなぁ。さすが神様、不遜だ。
そんな変な顔をしていたかな、とむにむに自分の頬を触る。
「……フッ」
「う?」
笑い声が聞こえた気がしてフェルトス様を見上げれば、なにやらニヤニヤ笑いを浮かべているところを見てしまった。
むぅ、この人いじわるだ!
「あまり笑わせるな。話が進まん」
「……ごめんちゃい」
笑わせたつもりは一切ありませんけどね!
そう言いたくても言えないので、言いたいことを飲み込み素直に謝る。
……なんか納得いかないなぁ。
「さて、なんだったか。……あぁそうだ。“とまとじゅーす”のことだ。貴様はアレを作れるか?」
「ふぇ?」
作る? トマトジュースを? 私が?
いや、作れなくはないですよ。余ったトマトで手作りのトマトジュースを作ったこともありますし。鍋でトマトを煮て、濾すってやつですね。とても美味しかったです。
でもココには肝心のトマトも、鍋も、コンロ的なものもなんにもない。
結論としては『無理』なんだけど、フェルトス様の機嫌を損ねたくはない。
なら正直に言った方がいいかな。
そう考えた私はフェルトス様を見上げ口を開く。
「えっちょ。作れなくはないんでしゅけど、材料とかなんにもないのでムリでしゅ……」
それに市販品と素人の手作り。比べるまでもなく味とかも違うと思うし、気に入らない可能性の方が高い気もする。フェルトス様が飲んだのは市販品の方だし。
そのことも伝えると、フェルトス様は何やら中空を見据えて考え込み始めた。
「フム。……確認だが、必要な物さえあれば貴様はアレが作れるのだな?」
「あい」
こくりと頷く。
「わかった。なら必要な物はオレが揃えてやる。だから貴様はこれから、毎日オレに『とまとじゅーす』を捧げろ。いいな」
え? 決定事項なんですか? 拒否権は? あ、ない? デスヨネー。
ニヤリと口角を上げて笑うフェルトス様はとてもかっこいいお顔をしておられました。ははは。
ちなみに作者はトマト食べられません(オブラートに包んだ言い方)ので、ネット情報プラス想像です。あまり突っ込まないでいただけると嬉しいです。