28 難問クイズ
「なんじゃあこりゃああああ!」
「ぴゃ!」
鼓膜を突き刺す大声に思わず飛び起きる。
なんだなんだ何事だ、敵襲か! バクバクと跳ねる鼓動をむりやり押さえつけながら、きょろきょろと周囲を見回す。
もちろんフェルトス様に引っ付くことも忘れない。
「だ、だれでしゅか?」
背後に知らない男の人がいた。泥棒だろうか。神様の家に盗みに入るとは良い度胸だ。
「むむむ」
「ん、うぉ! なんかちっこいのがフェルと寝てる! もしかしなくてもオマエが噂のチビか? そうだよな! マジでちっちぇ! かーわいい!」
「ぴぇっ」
ズンズンと遠慮無しに近付いてきたお兄さんはベッドに手をついて、真っ赤な瞳で私の顔を覗き込んでくる。
「……」
「みぇぇ……」
誰なんだろう。フェルトス様を「フェル」って呼んでいるのだから親しい知り合いなのはたしか。でもわからない。正体不明のお兄さん。あなたは誰ですか……すごくうるさいです!
「かっわいいなぁオマエ。ほぼ赤ちゃんじゃん。ほっぺたやわこいなぁ」
「や、やめてくだしゃー!」
抵抗も虚しくつんつんと頬を突かれている。
笑顔で酷いことをする人だ!
「ハハハ悪い悪い。――お、フェル。おはようさん」
「むぇ?」
言われて背後を振り返ってみればフェルトス様が私達を見ていた。起きていたなら助けてくださいよ!
「おはよう。そして喧しいぞ。もっと静かに帰って来れんのか貴様は」
「えー。だってここがこんなに生活感のある空間になってるし、オマエがちっちゃいのと添い寝してるしで、騒ぐなって方が無理だろ」
「うるさい。オレは寝るから静かにしろ」
「へいへい。おやすみ。あ、チビも起こして悪かったな。眠かったら寝てていいぞ」
「だ、だいじょぶでしゅ……」
笑顔で告げられたけどムリがある。目も冴えちゃったしさすがに眠れません。
フェルトス様が私達に背を向けて寝てしまわれたので、正面側に回り込んでフェルトス様越しに襲撃者の様子を眺める。
「むぅー」
身長はフェルトス様よりも小さい。髪と目はフェルトス様と同じ紫と赤。背中にはフェルトス様に似た翼が生えている。露出が少なく暗い色合いの服が良く似合っている。
「いやぁ。可愛い赤ちゃんにじっと見られて、なんか照れちゃうなぁ」
「……」
へらりと笑うお兄さんは冗談めかしてそう言った。
しかし私は絆されません。警戒を続けます。
「あーらら。完全に警戒されちった。ホレホレ、オレは怖くねーぞぉ」
目の前のお兄さんはまるで動物を呼び寄せるかのように、チチチと音を鳴らした。
私はそんなものに釣られません。失礼しちゃいます。こう見えても私はただのチビ蝙蝠ではなく、立派な冥界神様の眷属ですのでね。
「……」
「ふむ。だめか」
フェルトス様の体に隠れてじとっと見つめていたら、お兄さんはついに諦めたのかそっと離れていった。
「……ふぃー」
出ていない額の汗を拭う。なんとか助かった。
対するお兄さんは私に背を向けたまま、離れたところでしゃがみこみ、なにやらごそごそと作業を始めた。
何をする気でしょうか。私は警戒を怠らず視線だけをお兄さんに注いだ。
「――うしっ!」
何かの準備が整ったのか、お兄さんは立ち上がってこちらを向いた。
手には何枚かの紙切れが握られている。
「はい、ちゅうもーっく! 突然だがクイズだ! 正解者にはなんとなんと! 美味しい天界お菓子をプレゼントしちゃうぜ! ではさっそく第一問! でん!」
「ふぇ?」
突然何かが始まってしまった。しかもお菓子が貰えるらしい。
まだ参加するなんて言っていないのに、私を置いてお兄さんはクイズを進めていく。
「はい。これなーんだ?」
私が見やすいよう差し出された紙。そこに描かれていたものを覗き込む。
「……うわぁ」
「ふふん。難しいか?」
ニヤニヤ笑うお兄さんには申し訳ないが、難しくて声をあげたわけではなく、絵が下手すぎて思わず声が出てしまっただけです。失礼だけど子供の落書きにしか見えない。
黒い塊に手足と尻尾、のような。とにかくうにょうにょした線が黒い塊から生えている絵だ。
これが何かと聞かれても私にはわからないよお兄さん。いや、本当に何だろうこれ。
「うーん……ばけもにょ?」
「ぶっぶー! 不正解! 正解はー……ダラララララララララ。ドンッ」
今のはもしかしてドラムロールだったりするのだろうか。
「これは『メテオル』でしたー!」
「う、嘘だー!」
正解発表に思わず身を乗り出す。異議ありですよ。
「嘘じゃねぇって。どっからどう見てもメテオルだろ?」
「違うよ! じぇんじぇん違うもん!」
メテオルとはたしかステラの種族名だ。ステラはそんな黒い塊のうにょうにょではない。断じて違う! ステラはもっとかわいい。このお兄さんはまったく表現できていません。やり直しを要求する!
「うし、次いくぞー。第二問だ。ででん!」
「えっ、えっ」
ぷりぷり怒りを表していたら続いて第二問目が始まってしまった。
まだ続くんですねこれ。
「これ、なーんだ?」
次に見せられた紙に描かれていたもの。それは、二本足で立つ人のような何か。多分髪だろう部分は長い。手足も長い気がする。
なら、やっぱり――。
「ばけもにょ……」
これしかない。
なのにお兄さんは「やれやれ」とでも言うかのように肩をすくめた。
「ぶっぶー! また不正解。なんだよチビちゃん全然ダメじゃねーか」
「むー!」
異議あり。異議あり。異議、ありすぎる。
これは私がダメなんじゃなくて、お兄さんのイラストがダメなんだ。はっきり言って下手なんですよ。
「むきぃー!」
憤りすぎて思わずフェルトス様の体をバシバシと叩いてしまった。
「やめろ」
「あぅ、ごめんちゃい」
叩いていた手を取り押さえられた私はフェルトス様に窘められる。申し訳ないです。
「くくっ。んじゃ正解は、だ。ダララララララ――」
焦らさないで早く答えを教えてほしい。化け物以外の正解があればの話だけど。
「――ドンッ! これは『フェル』でした。こんなに似てるのに化け物呼ばわりなんて、ひでーチビちゃんだなぁ」
「ち、違うもん違うもん! フェルしゃまもっとかっこいいもん! 似てにゃいよ!」
「似てるだろ。ホラ、そっくりだ」
お兄さんはフェルトス様の顔の横に紙を並べそっくりだとのたまっている。全然違います!
「ちーがーうー!」
「ちーがーわーなーいー!」
「むぅ! お兄しゃん絵が下手だよ! 似てにゃいよ!」
「ふっ、チビちゃん。自分の不出来を他人のせいにするとはな……やはり子供か」
「むっきー!」
お兄さんにだけは言われたくない。
くそう、こうなったら意地でも当ててやる! 負けたくない!
私はお兄さんに向けて挑戦的な瞳を向けた。
「ちゅぎ! はやく! じぇったい当ててやりゅもん!」
「おっ、乗ってきたじゃねーの。そんじゃ第三問だ。でででん!」
「こい!」
「……貴様ら。オレを寝かせる気がないようだな」
「あっ」
下から恐ろしい声が響く。
テンションが上がりすぎていて忘れていました。
「て、てへっ」
「そこに座れ」
「あぅ」
お小言が決定しました。ごめんなさい。




