27 装備品を手に入れた
「わぁーぉ」
目の前にはニコニコと笑うジェーンさん。手には――恐らく私の服だろうけど――何か荷物を持っていた。
セシリア様のお家で少し早い晩御飯をいただいてまったりしていたところのサプライズ。仕事が早いにも程があると思います。
いやでもまだ確定したわけではない。他の用事を頼まれていて、その荷物という可能性も――。
「おチビちゃんの服がきたわよ! さっそく着て見せてちょうだい!」
「あ、あい」
ありませんでしたね。
見事に私の服一式が届けられました。信じられない。採寸したのは今日の朝なのに。
どうしてこんな短時間で服一式が作れるのか。天界って怖い。有能という一言で片付けていいのだろうか。
手に持った服を掲げながら疑問が頭を駆け巡る。
それにしてもとても良い手触りだ。しっかりした布地だけど重くはない。さすがは神様が織った布で作った服。私には勿体無い気がする。
「メイ様。お手伝いいたしますね」
「あ、ありあとごじゃましゅ」
服を手に持ったまま動かなかったからか、ジェーンさんが手伝いを申し出てくれた。
一人で着替えられるけど、このままだと袖を通す勇気が出るまで時間がかかりそうだったのでありがたくその申し出を受け取った。高い服怖い……。
「…………」
「ぐ、ぐふふっ……」
ところで、ジェーンさんの様子が少しおかしい。若干息が荒いし頬も赤い。さらには笑いを我慢して真顔を保っているような。そんな顔をしている。
着替えを進める私を見ながら小さく「かわいい!」「最高!」「似合ってる!」「小さい子ってなんでこんなにかわいいの!」と呟いている――呻いて、かもしれない――のも聞こえてしまった。
もちろん私は大人なので聞こえないフリをしてやり過ごしたよ。ジェーンさんも隠そうとしていたようですし。
さっきまでは高い服に恐れをなしていましたが、今は少しジェーンさんの方が怖いかもしれない。
ぱぱっと着替えを終わらせた私は逃げるようにジェーンさんから離れ、待っている神様二人の前へと躍り出る。
ジェーンさんのことは嫌いではないし良い人だと思うけど、あの一面だけはまだ受け止めきれないかもしれない。
「じゃーん! どうでしゅか!」
腰に手を当て胸を張って登場すれば、セシリア様が満面の笑みを見せてくれた。
「きゃー、かっわいい! 素敵よおチビちゃん! 私の見立て通りよく似合ってる!」
「ぐ、ふふ……」
「ふむ」
フェルトス様はいつも通りのローテンション。反対にセシリア様はテンションも高く褒めてくれたので私も調子に乗ってしまうというもの。
合間にくぐもった様子のおかしい笑い声が聞こえた気がしたけど気のせいということにしておこう。
「ふへへー」
「おチビちゃん。ちょっとその場でくるっと回ってみてくれない?」
「あーい!」
セシリア様のご注文通りその場でくるりと一回転。
「うんうん。背中側もバッチリね。よく似合ってるわ! ね、フェルもそう思うでしょう?」
「オレには衣服の良し悪しはよくわからん」
「あっそ。聞いた私が馬鹿だったわ。――ジェーン」
「ふへ、へっ? あ、はい!」
「今回も良い仕事よ。ご苦労様」
「勿体無いお言葉です」
セシリア様の労いに頭を下げて応えるジェーンさん。
咄嗟に平静を装ったようですが、まだ少し顔が崩れていますよ。口元がむずむずしていて、にへっという感じでね。私は小さいので下からお顔が良く見えています。
「ふふふ。おチビちゃん、小さなこうもりって感じでかわいいわ」
「そうか?」
「そうよ」
「ふふん!」
セシリア様の言葉に胸を張る。今の私はまさしく小さな蝙蝠のようですから。
蝙蝠モチーフなデザインの大きめな上着。首元にはもこもこなファーがついていて、両腕を広げると翼を広げたように見える。
背中側には小さなこうもり羽のプリント。お尻あたりの裾部分は尻尾のようなデザインになっていてとてもかわいい。
上着の下はシンプルなシャツにショートパンツ。太ももまである靴下とブーツで完成だ。
あとは付属品として帽子とショルダーバッグまであります。
蝙蝠の耳付き帽子にはさらにボタンで目の表現までされている。なんというかわいさ。
ショルダーバッグ――カバンには空間拡張魔法というものがかけられてるらしく、見た目以上にモノが入る仕様のようです。
それだけなら人間達も持っている人がいるらしいけれど、どうやら私の物は神様特別仕様らしい。なんでも時間経過がないもよう。だからずっとカバンの中に入れておいても品質が劣化しない優れ物。極端な話、食べ物とかを入れっぱなしでも腐らないということだ。まさしくチート。これは最強のカバンを手に入れてしまった。
さらに。このカバンの容量上限はあってないようなもので、普通に使う分には満杯になることはないだろうとのこと。
ジェーンさんに説明されたあとカバンをもって震えていたのは秘密。相当良いものなので盗まれないように気を付けなければ。
「むふふ。かわいいー」
大人の私なら恥ずかしくて着られない服だけど、今の私は子供。気にせず着ます。
気分の良くなった私は服を確かめるように鏡の前で一人くるくる回る。
露出がほぼないチビ蝙蝠に変身しましたが、これで意外と暑くない。触ったときも思ったけど、上着はしっかりした布地なのに重さを感じずとても軽い。着心地も最高。
さすがは風神様の織った布ですね。変な神様だったけれど、やっぱりすごい神様なんだなあの人。
満足した私はジェーンさんへ駆け寄る。
「ジェーンしゃん。しゅてきなお洋服を作ってくれて、あいがとうごじゃいましゅ!」
「ぐふっ――んんっ! いえ、こちらこそ。とても良い刺激をいただけました。感謝申し上げますメイ様」
「あはは」
咳払いをしたのち優しい笑みで答えてくれたジェーンさん。でも一瞬でしたが隠せてませんでしたね。
とはいえ私は大人なのでちゃんとスルーできます。私は何も見ていない、聞いていない。ジェーンさんは可憐な美女なのです。
笑顔を保ちつつ今度はセシリア様へ突撃する。
「リアしゃまもあいがとうごじゃいましゅ!」
「ふふっ、いいのよ。気に入ったかしら?」
「あいっ!」
大きく頷く。それはもうとても気に入りました。
「それでジェーン。残りはどのくらいで完成する予定かしら?」
「そうですね……」
ジェーンさんが斜め上を見ながら何かを考えている。
ところでセシリア様。今あなた残りといいましたか。もしかしてまだ私の服があるのでしょうか?
「これら一式は急ぎとの御指示だったので優先的に進めさせていただきましたが、残りは急がなくてもよろしいのですよね?」
「えぇ」
「でしたら三日程いただきたいと思います」
「わかったわ。それでお願い。完成したら私のところに持ってきてちょうだい」
「かしこまりました」
綺麗に礼をするジェーンさんとニコニコ笑顔なセシリア様を見比べる。
やっぱり残りの服があるようです。着替え分でしょうか。
「あにょう、リアしゃま」
「ん? どうしたのおチビちゃん」
「これって……おいくらくやいなんでちょうか?」
わざわざしゃがんで目線を合わせてくれたセシリア様に恐る恐る尋ねる。
さすがにこれだけ良い品物だ。この一式だけでも安くはないはずなのに、まだ残りの服だってある。きっと合計すると相当なお値段になるだろう。
それに貰いっぱなしというのも悪いので払わせてください。幸いお金はたくさんありますし、足りないということはないと思う。ただ、人間側の通貨と同じかどうかという問題はあるけれど。
「ふふっ、ありがとう。でも子供がそんなこと気にしなくてもいーの!」
「でも……」
元はと言えばフェルトス様が頼んだからセシリア様サイドが服を作ってくれることになったようなもので。出さなくて良い出費だったはずだ。なんだか申し訳ない。
「もぅ、あなたって子は……。いい? これは私の気持ちなんだから、あなたは素直に「ありがとう」って受け取っておけばいいの」
「むー……いちゃっ!」
本当にそれでいいのかと考えていたら、おでこにデコピンを食らいました。
鋭い痛みに額をさする。本当に痛い。ちょっと涙目になってます。
「ほーら。ありがとう、は?」
「ぴゃっ! あ、ありあとごじゃまちた!」
「よろしい」
スッと再びデコピンの構えをとったセシリア様に慌てて感謝を述べる。
それに満足したのか、にっこり笑ったセシリア様はフェルトス様へ顔を向けた。
釈然としないけどデコピンの回避は成功したようだ。セシリア様のデコピンはとても痛い。覚えておこう。
「それじゃあ残りは出来上がったら持っていくから」
「あぁ、わかった」
「……あんたはもう少し私に感謝と労いの気持ちを示しなさいよ」
「……世話になった」
「ふむ。まぁいいでしょう。よく出来ました」
「やめろ」
セシリア様がフェルトス様の頭を撫でたけど、すぐにフェルトス様がセシリア様の手を払い除けてしまった。
もったいない。私ならもっと撫でてというところなのに。
「おい、メイ」
「う? なんでしゅかフェルしゃま?」
手招きをするフェルトス様にとっとこ近寄る。
するとフェルトス様はどこからともなく見たことのない杖を取り出した。
「おぉ」
フェルトス様が以前使っていた杖とは違うし、だからといってフェルトス様が使うにしてはサイズが合っていない。
妙に可愛らしいデザインの杖だけど、これはもしかしてもしかするのでしょうか。
「そら、受け取れ。貴様の杖だ」
「わぁ。あいがとごじゃましゅ!」
ずしりと重い杖を受け取る。やはり私の杖でした。
だけどこの杖は私の身長の二倍くらいある。重心も上の方にあるのか少し持ちづらい。
「むぇ、フェルしゃま。この杖、大きくないでしゅか?」
「気にするな」
「でも、これじゃあ使えにゃいでしゅよ?」
どうやって使うのかはわからないけれど。持っているだけでやっとなので、どう使うにせよ少しムリがある。
でもフェルトス様がやっていたようにカツンっと地面を叩いて魔法を発動させるのはやってみたい。かっこいいから。
疑問とともにフェルトス様を見上げればニヤリと悪い顔をしていた。
「今はまだ、な。とりあえずカバンにでも入れておけ」
「あーい」
私のカバンを指差しながら指示を出すフェルトス様に素直に従う。
「んしょ」
一度杖を床へ置きカバンを外す。そのままカバンも床へ置いて蓋を開けた。
「お、おぉー……」
カバンの中が真っ暗で何も見えない。ブラックホールみたいだ。これは手を入れても大丈夫な代物ですか? 怖いんですけど?
不安になりフェルトス様を見上げるけど、不思議そうな顔で見返されて終わった。なんで早く入れないの? みたいな顔でした。
「むぅ――しょいや!」
意を決し杖をカバンへと差し込むように入れる。
「お、おぉ! しゅご……」
特に抵抗もなく杖はスルスルとカバンへ入っていく。最後に手を離すと杖は闇に飲み込まれていった。あんなに長い杖が、子供用の小さなカバンに全部入ってしまった。魔法ってすごい。
とはいえ取り出すにはどうすればいいのか。影のように念じてみても反応はない。つまり手動――手で取り出すということだろうけど、抵抗がある。
「うぅ。フェルしゃま。これ、手を入れても大丈夫なんでしゅか?」
「ん? あぁ。問題ない」
「ふふっ。新鮮な反応。かわいいわねおチビちゃん」
「あぅ」
セシリア様に笑われてしまってちょっと恥ずかしい。
照れ隠しついでに思い切ってカバンに手を入れる。闇に飲まれた腕に痛みはない。どうやら大丈夫そうだ。
「んー」
どこにあるのだろう。ごそごそと漁るように手を動かしていたらコツンと何かが手に当たる。杖だ。
「あっちゃ!」
杖を掴み引っ張り出す。先程見たときと何も変わらない。確認もできて満足した私は杖を再びカバンへ戻した。
「待っておチビちゃん。ついでにこれも入れておきなさい」
「う?」
カバンを閉じようとしたときセシリア様に声をかけられる。見れば紙袋をこちらへ差し出していたので受け取った。
中を覗けばシャツとショートパンツに下着が数枚。それから元々私が着ていた洋服が綺麗に洗濯されて入っていた。
「わぁ。リアしゃま、あいがとうごじゃいましゅ!」
「ふふっ。どういたしまして」
きちんとお礼を言った私はありがたく受け取り、紙袋ごとカバンの中へ入れる。
他に何も入れる物や、忘れ物もないこと確認し、しっかり蓋を閉じて肩に掛け直した。
「むふふ」
素敵装備を手に入れてしまった。
「フェルしゃま、リアしゃま、ジェーンしゃんも! みなしゃまあいがとごじゃまちた! 大事にちまちゅ!」
あとついでにトラロトル様もありがとうございます。
心の中で雑に付け足しておいた。ごめんなさい。
「よし、用事は済んだな。そろそろ戻るぞ」
「みぃ」
急にフェルトス様に抱き上げられた。小脇に抱えられつつフェルトス様を見上げる。もう帰るんでしょうか。
チラリと窓の外を見れば暗くなり始めている。気付けばもういい時間だ。いつまでもお邪魔しているのも申し訳ないし、帰りましょうか。
抱えられたままセシリア様とジェーンさんにお別れと本日のお礼を伝える。そしてそのまま帰路に着いた。
「むぃ……」
思ったよりも疲れていたのか、帰宅途中だというのに眠たくなってきた。
目を擦り必死に眠気に抵抗するけど下がってくる瞼に勝てる気がしない。
「気にせず寝ろ」
「あぃ。ありあ、ふぇゆしゃ……」
小脇から胸の前へと抱き直され、体勢が安定したせいか一気に意識は落ちていった。




