21 晩御飯はトマトジュース
「しょうだフェルしゃま。わたし町でトマトジュースの材料とか買ってきたんでしゅ! 飲みましゅか?」
「ほぉ。さすがはオレの眷属だ。気が利くな」
「えへへー。じゃあちょっと待っててくだしゃいね!」
ニヤリと悪い顔で笑ったフェルトス様に気を良くした私は笑顔で告げる。
よし。初めての自作献上品だ。気合を入れて作るぞ! おー!
「ふへへ……あぅ」
などと威勢よく心の中で拳を突き上げたのは良いものの、一人でこの高いベッドから降りられない現実に直面してしまった。
スタートからいきなり躓いてしまった気分でやる気が多少下がるも私は負けない。
即座にフェルトス様へ助けを求め、無事地上へと降りられました。いえい。
「まじゅは……。あ、フェルしゃま」
「なんだ」
「買った荷物取り出してもいいでしゅか?」
足元を指しながら問えばフェルトス様が何かを考える仕草を見せた。
買ったものは全て影の中へ収納している。だからここから取り出さなければ料理どころではないのです。
「……ふむ。それくらいならば構わん」
「ありあとごじゃましゅ!」
無事に許可がもらえたので意気揚々と影を使う。
何はともあれ、まずは調理場所の確保だ。私はベッドから離れた場所の一角をキッチンと仮定した。
そこへ買ってきたカセットコンロと冷蔵庫と冷凍庫を設置。
もちろん冷蔵庫と冷凍庫は私には重くて動かせないので、暇そうにしていたフェルトス様にお願いして設置していただきました。感謝。
腕によりをかけて美味しいジュースを作りますのでしばし待っていてくださいね。
「これでよち。ちゅぎは……」
キッチンを仮設し終わった私は次に影から食材を取り出す。といってもトマトと塩の二種類だけだけど。
「あっ」
食材を出してから失敗に気が付く。調理台を買うのを忘れていた。
また町へ行ったときにでも買い足しておこう。
仕方がないので食材を買ったときに入れてもらった紙袋のままその場に置く。口に入るものを地面に直置きはやっぱり気になりますからね。
フェルトス様がたくさん飲むかもしれないからトマトは大量に買ってきたけれど、ちょっと買いすぎたかもしれない。大丈夫かな。
食材の次はまな板と小さい包丁を取り出す。これも地面に直置きは気になるけど、今回ばかりは致し方なし。まな板はそっと地面へ置いた。
包丁は子供サイズの小さいものだ。普通サイズの包丁は今の私には危ないし、単純に私の手では扱えないのでこちらを購入いたしました。
鍋はコンロの上に準備しておく。
あとは水と、木の洗い桶を念の為に二つ。
水は飲料用と皿洗いなどの生活用水用でたくさん使うだろうから多めに。これも重いのでフェルトス様にお願いして設置してもらった。
ここまできたらやはり流し台も欲しいところ。とはいえ私サイズがあるわけがないので、当面はこれで我慢だ。
手を拭く用のタオルと食器布巾を設置すれば私のお城。簡易キッチンの完成だ。
「うん……よち!」
腕を組み改めて現場を一通り確認した私は大きく頷く。
とりあえずだがこれでキッチンの準備は完了だ。いざ、クッキング――でもその前に。
「あにょ、フェルしゃま。もう戻ってもらっていいでしゅよ」
ずっと背後で作業を見ていたフェルトス様にベッドへの帰還を促す。
そこに居られるとなんだか気になって仕方ないんですよね。面白いこともないですよ?
「気にするな」
「あ、あい……」
なのに何故か後ろで見守りが決定してしまった。まぁお言葉に甘えて気にしないことにする。
気を取り直した私は買ってきたエプロンを装着して手を洗う。
次に洗い桶へ水を入れてトマトを軽く洗っていく。量があるからちょっとだけ大変だ。
その次に買った調理器具も洗って拭いていく。
ここからは調理タイム。
まずはトマトのヘタを取ってざく切りにする。その後お鍋へ投入し弱火で煮込みます。
コンロにはつまみが付いているので火加減を調整できるし、日本のものと使い方がさほど変わらなくていいですね。
いやぁ、魔道具様様ですよ!
魔道具がなかったら私は火も起こせません。料理どころか何も出来なかった可能性だってありますからね。ここの文明が発達していて本当に良かったです!
「ん、しょ……」
トマトの具合を見ながら、焦げ付かないように時々かき混ぜるのを忘れずに。
「おいちくなぁれ。おいちくなぁれ。ふへへ」
フェルトス様に少しでも美味しいと思ってもらえるように。かき混ぜながら愛情をいっぱい注いでおく。いわゆる隠し味、というやつですね。むふふ。
水分が出て煮立ってきたら、トマトを潰しながら混ぜ混ぜ。ここでも「おいしくなぁれ」の呪文を入れておくのを忘れない。最大まで注入するぞ!
そのまま果肉がとろとろになるまで煮たら、一旦火を止める。
するとフェルトス様は飽きたのかベッドへ戻って横になってしまった。
だから言ったのに、面白くないって。とにかく気分屋のフェルトス様は無視して調理の続きです。
次はトマトをザルで濾すんだけど――。
「あぅ」
そこで緊急事態発生。鍋がとてつもなく重いです。鍋いっぱいに作ってしまったのでかなり重い。これはやばい!
「あにょー、フェルしゃま? たしゅけてもりゃっても?」
ベッドへ戻って早々申し訳ないですが、横になっているフェルトス様を呼び戻す。
「……」
あぁそんな面倒そうな顔をしないでください。でも助けてくれるんですね。そんな所が大好きです。ありがとうございました。
フェルトス様の手を借りながら、なんとかトマトを濾し終わる。量が多くて大変だった。手伝ってくれてありがとうフェルトス様。大好き。
大好き攻撃も終わらせたら濾したトマトをもう一度火にかけて塩を適量。そして混ぜる。最後に火を止めて。
「よち! こんにゃもんかにゃ!」
あとは粗熱が取れるの待ってから冷やしたら出来上がりです。
「できたか? どれ」
「わっ、まだでしゅよ!」
熱々の鍋に手を伸ばそうとしたフェルトス様を必死で止める。
たしかに出来上がりみたいな雰囲気を出しましたけどまだなんです。待ってくださいまだ完成じゃないんですってば。熱いからそのままいったら火傷しますって! え、熱くても大丈夫? そういう問題でもないのでやめてください!
「ふぃー。あ、粗熱取れたかにゃ」
「……」
フェルトス様との軽い攻防を終わらせた私は、トマトジュースを鍋ごと冷蔵庫で冷やす。ムッとしたフェルトス様は無視です。
冷やしている間にお片付けも済ませておこう。使ったものを綺麗に洗って――しまった。片付ける場所がない。
作ることばかり考えていたから後片付けのことを失念していた。仕方がないので片方の洗い桶を綺麗にして、そこへ保管しておく。
生ゴミと汚れた水は――どうしようかな。
「それは、もう必要ないものか?」
「う? あい」
「そうか」
フェルトス様の質問に素直に首を縦に振ると、フェルトス様が指を鳴らす。
パチンと鋭い音がしたと思えば、次の瞬間には生ゴミと汚水が消失してしまった。
そうです。文字通り消滅しました。すごい。すごいけどちょっと怖い。
フェルトス様に手伝ってもらいながら後片付けも終わらせ、しばし二人で遊びながら時間を潰す。良い感じにトマトジュースが冷えたら完成だ。
冷蔵庫から取り出したトマトジュースをお玉で掬ってコップへと移す。こぼさないように注意。
「フェルしゃまどーじょ。ごしょもーのトマトジュースでしゅ」
仮のキッチンスペースとベッドの間の空間。そこに私とフェルトス様は向かい合って座る。
私は完成したトマトジュースをフェルトス様へ恭しく捧げた。
「手作りなんで、市販品には劣るかもちれまちぇんが、ごよーしゃくだしゃいにぇ」
「あぁ」
町で買ったコップ――ちなみに花柄模様だ――に入れて出してみたけど、フェルトス様が使うと視覚のギャップがすごい。
かわいくて一目惚れしちゃったコップだけど、今度はちゃんとフェルトス様用のコップも買っておこう。
そう心のメモ帳に書き足しておいた。
「……どうでしゅか?」
トマトジュースを一気に飲み干したフェルトス様をドキドキしながら窺う。
余韻を味わっているのかよくわからないが、目を閉じて動かないのはどういう反応なのだろう。
美味しかったのか、不味かったのか。それとも可もなく不可もなくで普通だったのか。この反応だけではわからない。
緊張で胸が張り裂けそうだ。
「――ウム、美味い。もっとくれ」
「わぁ……あい!」
満足そうにずいっとコップを差し出してきたフェルトス様に心の中でガッツポーズをとる。
気に入ってもらえたみたいで一安心です。やったぜ!
「あい、どーじょ」
「あぁ」
フェルトス様におかわりを注いで渡す。ごくごくと喉を鳴らしながらまたもや一気飲み。
そしてまた差し出されるコップ。
いや、もうちょっとゆっくり……なんでもないです。
「あにょ、フェルしゃま。わたしもトマトジュース飲んでいいでしゅか?」
「ん? あぁ、構わんぞ」
「やっちゃ!」
フェルトス様があまりにも美味しそうに飲むので私も我慢できなくなりました。
神様への捧げ物だけど、許可も頂いたので御相伴にあずかりたいと思います。
「んっ――んむっ!」
自分の分をコップに注ぎ一口飲んで驚く。もちろん良い意味で。このトマトジュースが想像以上に美味しかったんです。
自画自賛になっているけど本当に美味しい。甘くて濃くてトマトをダイレクトに感じられます。
これはたしかにゴクゴク飲んでしまうのもわかる気がする。
作り方や材料は至って普通だと思うんだけどなんでなんだろう。
もしかしてこの世界のトマトが特別美味しいのだろうか。
だとしたらセシリア様が作ったというあのトマトだったらどれだけの味になるのか……想像するだけで楽しみだ。ふへへ。
「ふむ。人間どもが作った作物でこれならば、セシリアが育てたものを使えばさらに美味くなる……か?」
「うんうん」
どうやらフェルトス様も同じことを考えていたようだ。
いつか機会があれば試してみたいところですね。
「……」
「――ぷはー、おいちー。もういっぱい」
こぼさないようコップに注ぐ。
なんだかフェルトス様がトマトジュースを見ながら考え事をしているが、私にはよくわからないのでそっとしておきましょう。
ついでに空になっていたフェルトス様のコップにも注いでおけば、また勢いよく飲み始めた。気に入っていただけて良かったです。
「むふふ」
いやこれは本当に美味しい。
たくさん作ったから残るかと思ったけど、この勢いでは残らないかもしれない。だってフェルトス様が飲み干してしまう勢いだから。そんなに気に入っていただけるなんて、製作者冥利に尽きます。
「……ふみゅ」
お腹をさすりながら腹具合をたしかめる。
あまりお腹は空いてなかったみたいだから今日の晩御飯はこれで十分かもしれない。
私はコップに残っていたトマトジュースをぐいっとあおり――。
「ぷはー! ごちしょうしゃまでちた!」
満腹です。




