20 熱中症対策はしっかりと
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ふわふわした柔らかいものに全身を優しく包まれている気がする。なんだろうこれ。すごく気持ちが良い。
肌触りも良いし、なんだか雲にでも包まれてるみたいな、そんな感覚。
気持ち良すぎてこのままずっと寝ていられそうだ。
「メイ。目が覚めたのならば起きろ」
「むー」
「ふむ。柔らかいな」
「やー」
誰かに頬をつつかれているような気がして、不快感を拭うべく手で追い払った。
今私は惰眠を貪っている最中なので邪魔しないでいただきたい。
「……むぇ?」
いや待てよ。そもそも私はいつの間に寝たんだっけ。
たしか私は町でお買い物をしていたはずだ。ラドスティさんのお店でお昼寝をした記憶はあるけど、それ以外で寝た記憶なんてない。
違和感の正体を探るべくゆっくりと目を開ける。
まだ半分寝ている思考と視界はぼんやりとしていて焦点が合わない。
瞬きを数度行いやっとはっきりしてきた視界で最初に認識したのはフェルトス様の御尊顔。しかもドアップだった。
「ひょわ!」
驚きすぎて飛び起きる。びっくりしました。心臓が止まるかと思うくらいにはびっくりしました。
どうやら私はフェルトス様に添い寝をされていたようです。だから顔が近くにあったのか。納得。
「……喧しいぞ」
「はぇ、ごめんちゃい」
眉を寄せたフェルトス様が私へ抗議を飛ばしてくる。
だけど素直に謝罪をすれば許してくれた。ありがとうございます。
「ふむ」
「どちたんでちゅか?」
フェルトス様が起き上がり、いつものネムネムおめめで私の顔を覗き込んでくる。
なんだか真剣な瞳なので少しだけ照れてしまいます。
「良し。顔色も元に戻ったようだな。やはり貴様は煩いくらいが丁度良い。静かだとどうにも落ち着かん」
「ふぇ?」
そう言って私の頭をわしわしと撫でるフェルトス様。
少しだけ笑っているけど相変わらず悪人面ですね。そんな顔も素敵ですけど。
「ん、あぇ?」
そこまで考えて再び襲ってきた違和感に首を傾げる。
なぜフェルトス様が町にいるんでしょうか?
用事があると言って出かけて行ったんじゃありませんでしたか。
それに日が落ちたのか周囲はもう真っ暗になっている。さっきまではまだ夕方くらいだったのに。どうなっているのでしょう。
不思議現象に首を捻っていると、フェルトス様も同じように首を傾けていた。
ちょっとだけ可愛いです。
「どうかしたか?」
「あにょ。なんでフェルしゃま町にいるんでしゅか? 用事は終わったんでしゅか?」
「ここはオレの塒なのだからオレがいるのは当然だろう? それから用事ならまだ終わっていないが別に気にすることでもない」
「ん? ねぐりゃ?」
フェルトス様の言葉にきょろきょろと周囲を見渡す。
暗い空に殺風景な風景。何もない広い場所。
私とフェルトス様がいるのはそこに唯一ある祭壇の上。
確かにここは冥界ですね。
でも何故? もしかしてワープとか瞬間移動というやつですかね。だとしたらいつの間に私はそんな芸当を習得しちゃったんでしょうか。まったく才能が有り過ぎるのも困りものですね。てへへ。
なんてふざけていても仕方がない。本当にどうしてこうなっているのかわからない。
「んー?」
「何も覚えていないのか?」
フェルトス様の問いにこくんと頷く。
情けないことに何も覚えておりません。買い物後にシエラさんオススメカフェで休憩をしていた記憶はある。
でもそこからが思い出せない。私はどうやって帰宅したんでしょうか。
記憶を辿るがどうしても思い出せない。ただ、すごく疲れていた記憶だけは残っている。
とはいえ、それも寝て起きた今はもうないけれど。すごく元気です。
多分寝心地が良かったからでしょうね。疲れも吹き飛んじゃった……って、あれ。寝心地がいい? フェルトス様のベッドなのに?
そこで私はようやく気付いた。
自分の体の下にふかふかした薄紫色の物体があることに。
「おぉー」
触れてみると良い感じで手が沈みこむ。
私サイズの丁度良い大きさのベッドのような、布団のような、クッションのような。もこもこした雲の塊のようなものがフェルトス様のベッド上に設置されていた。
「しゅごーい。ふかふかー」
しかしこの不思議クッションのようなものはいったいなんなんだ。
もしかしなくとも私用の布団なのでしょうか。
この上に寝かされていたということは、そういうことでしょう。
フェルトス様がちゃんと私用の布団を用意してくれていたことに喜びが隠せない。
「フェルしゃま! こえってわたしのお布団でしゅか!」
一応の確認をと思いフェルトス様を見上げれば、フェルトス様が私を見て笑っていた。
「ふふっ。貴様は本当に自由だな」
「う?」
「なんでもない。そうだ、貴様が所望したものだ。満足したか?」
「あい! フェルしゃまありあと! 大しゅき!」
ひしっとフェルトス様に抱き着く。
フェルトス様は嫌がりもせずに受け入れてくれて、頭まで撫でてくれました。本当にありがとうございます大好きです!
ひとしきり大好き攻撃をして満足した私は、一度フェルトス様から離れる。
そして改めて新しい布団を堪能した。
「むふふ」
いいですねこれ。ふっかふかじゃないですか。これで今日からは安眠が約束されましたね。
さらにこの布団は形を自由自在に変えられるようだ。一見ただのふかふかクッションのようだけど、一部を伸ばして被れば掛け布団も兼ねられるという代物。
最高じゃないですか!
もふもふふかふかに半分以上埋まりながら私はフェルトス様を見上げる。
「フェルしゃま。これどうしたんでしゅか?」
「セシリアに貰った」
「リアしゃまに?」
さすが神様。こんな素晴らしいお布団を持っているなんて。
それにセシリア様は布団を持っていた。ということは、やっぱりフェルトス様のところは少々文化的に劣って……。いや、これ以上はやめよう。これから私が文化的にしていけばいい。
それにしても。フェルトス様はセシリア様にモノを頂きすぎじゃないですかね。トマトしかり布団しかり。
これは何かお礼をしないといけませんね。神様に差し上げられるものがないので心を込めてお礼を言うくらいしかできませんが。
「今度リアしゃまに会ったらお礼いいましゅ!」
「そうしろ。ちなみに、作り方は理解したから次からはオレでも作れる」
「ほんとでしゅか!」
布団を蹴とばす勢いでがばりと起き上がる。
フェルトス様が布団を作れるなら、クッション用途で一つ作ってもらえるんじゃないでしょうか。というか作ってほしい。
私は期待を込めてキラキラした視線をフェルトス様へ送る。
するとフェルトス様はとても悪い顔で笑ったかと思うと、両手を合わせて魔法らしきのもを発動させた。
「――どうだ?」
「はぇ」
ドヤ顔を披露されているところ申し訳ありませんが……何が起こったのかまったく理解ができませんでした。
フェルトス様が両手を合わせて、その両手に光が集まったかと思ったら、次の瞬間には両手の間にもこもこした小さな紫色の雲ができていたんです。見てろって言っていたわりには一瞬だったので何もわかりませんでした。リアクションが取りづらいです。
でもやっぱり神様はすごいなと思わせてくれるには十分でした。
「フェルしゃましゅごーい!」
「当然だ。オレは冥界神フェルトス。やり方さえわかればこのくらいは造作もない」
フェルトス様が作った小さな雲を貰い、手の中で揉み込みながら遊ぶ。
手触りが良いし、いろんな形にできて面白い。本当に不思議な雲だ。
「ところでメイ」
「あい」
なんですかフェルトス様。私いまちょっと忙しいんですけど。
「あぁ!」
話半分に返事したからか、遊んでいた雲をフェルトス様に取り上げられてしまった。
酷い。返してください私のもふもふ雲!
「あぅ、雲……」
「あとで返してやるから今は話を聞け」
「はっ……しゅみましぇん」
フェルトス様からの叱責に肩を落とす。また子供みたいな反応をしてしまった。
どうにも精神年齢が肉体年齢に引っ張られている気がするんだよね。
とはいえ。もうこれ以上抗っても仕方ないし、子供仕草も受け入れていくしかないか。
すでにここで子供として生きていくことにしたんだし、フェルトス様や他の人達にも子供扱いしてもらってるし、何も問題はないよね。
問題があるとすれば私の精神だけだし。私が気にしなければいける……かな?
うん、いけるいける。多分。
改めて気持ちを切り替えフェルトス様を見上げる。
私が話を聞く体勢になったのを確認したのかフェルトス様が口を開いた。
「メイ。貴様の記憶の最後はどこだ?」
「う? えっちょ。シエラしゃん……町の案内をしてくれた騎士のお姉しゃんと、いっちょにカフェでお茶してまちた。しょのあとは……うーん」
「覚えてないか?」
「あい」
「そのあと貴様は倒れた。その際、無意識だろうが貴様はオレを呼んだ。だから迎えに行った」
それが本当ならフェルトス様がここまで連れて帰ってきてくれたってことですか? お手数をおかけして申し訳ないです。
それに、シエラさん達も驚かせてしまったことでしょう。今度会ったら謝らなくては。
「倒れた原因は無防備に日光の下で活動しすぎたせいだな。あとは、慣れていないくせに影を使いすぎたことも多少は影響しているようだ」
「う?」
影はともかく、その理由だと熱中症ということですか? それとも別の意味があるのでしょうか?
吸血鬼は太陽の光が弱点、的なことで似たような存在になった私も太陽光に弱くなったということですかね。
よくわからず首を傾げていればフェルトス様が眉を寄せた。
「まさか貴様がこれほどまで日の光に弱いとは思わなかった。だがこれは何も言わなかったオレの失態だ。影の使用に関しては……オレの為にやっていたようだからな。何も言わん」
「ごめんなちゃい」
「貴様は謝らなくていい。だが日の光と慣れない内の影の使用は今後気を付けろ」
「あい」
しょぼんとしていたらフェルトス様が大きな手で頭を撫でてくれた。
優しい手につい笑みがこぼれる。
「ふへへ。もっちょ撫でてくだしゃ」
「まったく貴様は。少しは事態を重くみろ」
「みぃー」
緩んだ頬をむにっとつねられた。突然の痛みに逃げようとするも逃げられず、さらにもちもちと頬を伸ばされ揉まれ好き放題されてしまった。ちくせう。
その後、満足したフェルトス様が手を放してくれて、ようやく蹂躙から解放されました。とほほ。
頬を抑えむっとしながらフェルトス様を見つめるけど、やっぱりというかフェルトス様は私の視線なんか無視して話の続きをしはじめる。
「冥界は地下深くにあり、死の気配が満ちる場所だ。故に太陽とは無縁の存在。オレ達のように闇に生きる存在は、基本的に太陽の光に弱い」
「ふむふむ」
「とはいえ、オレを含めこの冥界には『倒れるほど日の光が苦手』というものもいない。多少だるさが出る程度だ。貴様のように動けなくなったり、倒れたりまではせん。故に貴様の弱さに思い至らなかったというわけだ」
「なりゅほど」
納得とともに小さく頷く。
記憶にある異様な疲れとだるさの原因はそれですね。
たしかにとてもしんどかった記憶です。
「そういうわけだ。次から外に出るときは日光対策をしろ。それと、便利だからといって影をあまり使いすぎるなよ」
「あーい!」
私の良い子のお返事にフェルトス様は満足げに頷いた。
「魔力の使い方は今度ガルラにでも教えてもらえ」
「う? がりゅりゃしゃん?」
舌が回らな過ぎてもう『ガ』しか合っていない。
まだ見ぬガルラさんへ手を合わせながら謝る。本当に申し訳ない。
「貴様と同じく、オレの血を分けた眷属だ。……そうだな。貴様にもわかりやすく言えば……兄、のようなものではないか?」
「にいちゃ?」
「あぁ。今は天界に行っていて此処にはいないが、そのうち帰って来るだろう」
「はぇー」
私以外の眷属もいたんですね。
血を分けたとわざわざ言っているということは、眷属にも種類があるのかな?
モリアさんやステラとかとは違うのかな? うーん、わからないや。
とりあえず、家族が増えるという認識で合っているはず。
不束者ですがよろしくお願いしますまだ見ぬお兄ちゃん!
「ねぇ、フェルしゃま。しょの人とは、いちゅごろ会えましゅか?」
「そのうち会える」
「しょのうち……」
「そのうちだ」
なるほど。つまり不明ということですね。でも新しい家族と会えるのはとっても楽しみです。




