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19 とある騎士の独り言

 私の名前はシエラ・アルベイン。セラフィト騎士団に所属している騎士だ。


 騎士の仕事は様々あるがこの町での主な仕事は治安維持となる。

 それなりに大きな町だが基本的には至極平和な町だ。


 だが最近では恐れ多くも冥界神フェルトス様が治める冥界へと乗り込み莫大な財を得る。などと、無礼千万な思考を有する愚か者がやってくる始末だ。

 昨日もそういう馬鹿を牢へ入れたばかりで仕事を増やされてしまったばかり。


 馬鹿どもは何故わざわざ神の怒りに触れるようなことをするのか。私には理解できない。


 フェルトス神は実在しない神だと言う不敬な輩も存在するが、そのようなことはない。

 確かにフェルトス神はその御姿や声すら我ら人間に示されたりはしない。

 しかし高位神である十二柱に数えられる歴とした存在。特に我ら冥界に近い町に住む人間ならば敬わなければならない御方だ。


 とはいえ。あまりにもその存在を感じられることがなく、不安に思う者がいるのもまた事実。

 だが、どうだ。そんな不安を払拭するように、いま私の目の前には()の方の系譜に連なる方々が確かに存在しておられるのだ。これこそフェルトス神が実在するなによりの証明。


 その中でもメイと名乗られた少女はとても小さくて愛らしかった。

 コロコロと表情をよく変えるのもまた素敵だ。

 初めてお会いした際。あまりの緊張ゆえに私は粗相をした。返事を待たずに扉を開けるという無礼を犯してしまったのだ。なのにあの方は私を咎めもせず、笑顔で声をかけてくださった。


 メイ様はこの町に観光へ来たと仰られた。

 それならば案内は必要不可欠。案内係の任には当然同性の方が良いだろうという騎士団長の判断により、メイ様の観光案内という栄誉ある大役を私が任された。

 とても誇らしい気持ちに浮かれそうになるがこれは失敗が許されない任務。故に深呼吸とともに私は気持ちを切り替えた。


 高貴な色である紫の髪に真紅の瞳。メイ様の御姿は紛れもなくフェルトス神を彷彿とさせる。


 しかしメイ様に近寄りがたい雰囲気などはなく、むしろ気安ささえ感じられた。

 自分のことは呼び捨てでも構わないと仰られたときには、さすがに驚いてしまったがな。


 対してお連れの護衛。ステラ様とモリア様からは警戒の眼差しを受け取った。

 もちろん私達はメイ様に危害を加えるつもりなど毛頭ない。さらに言えば加えさせるつもりも断じてない。


 私がともに行動するのも、万が一にもメイ様に危険が及ばないようにする為なのだから。


 御三方との挨拶も終え、私達は門番詰所から町へと入った。

 一時は緊急事態に備え町も静まり返っていたが、今は普段の町並みに戻っている。戻した、と言った方が正しいのだけれども。

 だた、それ故にメイ様をお待たせしてしまったことだけは我ら一同申し訳ないと感じている。


 しかしメイ様達に侘しい風景を見せずに済んだということは大事だ。フェルトス神のお膝元であるこの町が寂れているなどと勘違いしてほしくはないからな。


 メイ様の反応を見ながら私が小さく安堵の息を吐いていると、視界に変なものが映り込んだ。

 良く見てみればそれは遠巻きにこちらの様子を窺っている神殿の連中。

 たしか案内を始める前に騎士団長達が追い払ったはずだが、性懲りも無く現れるその執念に呆れ果てる。


 神官どもはメイ様の神々しい御姿に膝をついて涙を流し、祈りを捧げている。

 その気持ちは私にもわからなくはない。だが今だけは心底遠慮してほしいものだ。


 本当はメイ様の案内も神殿の連中が買って出ていたのだが、神官ではいざというときメイ様を守ることができない。

 今回は万が一も、億が一も、あってはならないのだ。万難を排す必要がある。


 幸いにもメイ様は町の光景に夢中になっておられた。なので奴らにはまだ気付いていない。

 すぐにでも排除する為、私は少し離れたところで様子を窺っている騎士仲間に視線を飛ばし神官達を回収させた。

 おかしなものをメイ様に見せて、この町。ひいては人間のイメージを損なうわけにはいかないからだ。


 抵抗も虚しく速やかに回収されていく神官から目を逸らしメイ様へ視線を戻す。

 きょろきょろと物珍しそうに様々な場所へ興味を抱き、忙しく視線を彷徨わせている。きっと人間界は初めてなのだろう。


 不敬とわかっていても、その人間らしいメイ様の仕草に口元が綻んでしまった。

 私の笑い声が届いてしまった際も、咎めるでもなく、恥じらい見せられた。その姿がとても愛らしく好感が持てた。


 ただ、気を抜くとまるで普通の人間の子供のようだと感じてしまうので、気を引き締めなければならない。いくら愛らしい御姿とはいえ、目の前の方は神族なのだから。


 そうして始まったメイ様の案内はとても有意義なものだった。


 私の無骨な手を、生き方を、認めてくださった。素敵だと、褒めてくださった。

 献上した串焼き肉を美味しそうに食されているのを見ていると、こちらが幸せな気分になる。

 その際、毒味を失念していたことは反省点だ。どうやらメイ様に褒められて思いの外浮かれていたらしい。


 町を案内している最中もキラキラした視線が止まらなかった。

 ラドスティ殿の店に到着したときもはしゃいでおられた。

 そこでクッキーとミルクを食していらしたが、メイ様は本当に食べ物を美味しそうに食べる天才なのだと感じた。

 その後。眠いのに必死に寝ないようにしている御姿も微笑ましかった。


 メイ様のお昼寝後。本題である冥府石(めいふせき)の買取へと移る。

 だが、買取額を聞いたメイ様が多すぎると驚かれたのには、こちらが驚いてしまったが。


 冥府石(めいふせき)は冥界にしかない貴重なものだ。つまり神の所有物。

 買い取るにしてもあれでは少ないくらいだが、メイ様はそう思われなかったようだ。


 それに冥府石(めいふせき)のような貴重品が手に入るともなれば、誰もが欲しがるのは当然。

 故にこの町の領主様。神殿。冒険者ギルド。そして鑑定人であるラドスティ殿個人。この四ヶ所で合同買い取りとなったのだ。


 神殿の連中だけは「貴重な品を分けるなんてとんでもない。すべて神殿で管理させろ」などとふざけたことを言っていた。

 だが、領主様に「それならば神殿のみで金を用意すればいい。できるものならば」と言われ引き下がっていたのを思い出す。


 そうして私が少しだけ思考を別に飛ばしている間、メイ様はまだ何かに悩んでいらした。

 さらにはモリア様とお話され始めたのには驚いたが、同時に当然かと納得もした。何故ならメイ様は神族。特別な御方なのだから。


 私の耳にはモリア様の声はキィキィと鳴いているようにしか聞こえない。だがメイ様の耳には言葉として聞こえているのだろう。キチンと会話をしておられた。

 流石は幼くも神の系譜に連なる方と尊敬の眼差しを向ける。


 その他にも自らの影の中へ荷物を片付けることができるなど、改めて普通の人間ではないのだと理解させられた。


 やはりその愛らしい子供の姿に引っ張られないよう気を付けねばならない。


 ラドスティ殿の店を出た後。私はメイ様の要望を聞きながら町を回った。

 メイ様は色々なものを買っていらしたが、その品物がとても人間臭く少しだけ困惑した。


 もしかしてメイ様は料理をされるのだろうか。神族の方自ら? この幼さで? など疑問に感じたが問いかけられるはずもなく、私は口をつぐむ。


 気にならないといえば嘘になるが、私が関与できることでもない。

 人間の子供であれば心配もするし口も出しただろう。

 だがメイ様は人間ではないので大丈夫なはずだ。多分でしかないが。


 その後。メイ殿も大変満足されたように見え、私も任務を無事遂行できたものだと安心した。


 だが甘かった。


 私オススメのカフェにお連れしたのだが、椅子に座るメイ様の顔色が悪くなっていた。

 これは騎士としてあるまじき失態。

 あまりにもメイ様が楽しそうにしていらっしゃったので、声をかけるのを憚られたのが良くなかった。やはり途中で無理にでも休憩を提案すればよかったのだ。


 後悔しても遅い。


 大丈夫だと仰られているが、無理をしておられるのは明白。

 どこか横になれる場所へお連れするべきか。


「メイ殿!」


 などと私が愚かにも迷っていたときだ。ついにメイ様の意識が落ちてしまった。

 幸いにもステラ様のお陰で椅子から落下しなかったが、そのままにもしておけない。私も急いで駆けつけお身体を支えた。


「メイ殿。――メイ様、お気をたしかに!」


 メイ様は発熱しているのか少し熱い。

 とりあえずすぐにでも医者に見せなければ。人間の医者でも大丈夫なのかは定かではないが、考えている時間が勿体ない。


 すぐにでも行動に移すべきと考えた私はメイ様を運ぶべく手を伸ばす。


「おい、人間。――そいつから離れろ」


 だが、すんでのところで聞き覚えのない低い声に呼び止められてしまった。


「誰――ッ! し、失礼しましたモリア様! しかし……」


 声がした方へ振り向くと、そこにいたのはモリア様。

 まさかと思ったがテーブルの上から視線で私を鋭く射抜くモリア様と目が合った。やはり勘違いではなさそうだ。


 可愛らしい御姿とは裏腹に、覇気のこもった瞳。叩きつけられる圧に体が萎縮するが、騎士なればここで引くことはできない。


 チラリとメイ様に視線を下ろす。苦しそうに小さく呼吸を繰り返していた。

 メイ様の意識がない今、モリア様が余計に警戒されているのは理解している。

 しかしこのままメイ様を放っておくわけにはいかないのも事実。


 私は拳を握り気合を入れた。


「お言葉ですが――」

「この発声は疲れるんだ。二度も同じことを言わせるな」

「――ッ!」

「別に貴様がくたばろうがどうなろうが、ワシらはどうでもいい。だが、そこのチビは違う。貴様が自分のせいで死んだとなれば気にするはずだ。だからわざわざ言ってやっている。勘違いで殺されたくないのならば急げよ。――もうすぐ来られるはずだ」


 モリア様が空に視線を向けた。

 その視線の先には何がある。いや、誰がいる。そんなことは考えずとも明白だった。

 私の本能がすぐにでもメイ様から離れろと警鐘を鳴らしているのだから。


 背筋に走った悪寒に気付かぬフリをし、私はすぐさま行動に移す。

 まずモリア様の警告通り、メイ様の安全を確保した上で距離を取る。次に周囲への呼びかけだ。


 私の突然の大声に何事かと慌てた様子を見せた町の人達も、私がフェルトス神の名を出すと戸惑いながらも順々に膝をつき頭を下げはじめた。


 離れたところで待機している騎士仲間にもアイコンタクトを送り、今この場に他の人間が入ってこないよう動いてもらう。

 できれば騎士団長や領主様にもこの場へ居てほしいが、今回は間に合わないだろう。

 私如きでフェルトス神のお相手が務まるのかは疑問が残る。しかしいざというときはやるしかない。


 気合を入れ直し、私も急ぎその場へと(こうべ)を垂れた。

 ざわついていた町並みは瞬時に静まり返り、異様な雰囲気を放ちはじめる。


 そして――。


「呼ばれたので急ぎ来てみれば。……これは、どういうことだ?」


 大きな羽音とともに現れ、中空にてこちらを見下ろしているのだろうフェルトス神らしき異形の影が地面へ落ちる。

 そしてこちらへと投げかけられた声音には少しの苛立ちが垣間見えた。


「何故、メイは気を失っている?」


 許可を得ていない以上、勝手に言葉を発するわけにはいかない。

 しかし許可を得ようにも、どうにも言葉が喉につかえて出てこない。


「説明しろ」


 指を鳴らす鋭い音。次いでモリア様がフェルトス神に向かい飛び立っていく気配を感じた。

 恐らく上空ではこうなったいきさつが語られているのだろう。

 場合によっては私の命を差し出しこの場を収めることも必要かもしれない。


 いつもは騒がしいこの広場も、現在は耳鳴りがしそうな程静まり返っている。

 重苦しい空気の中。突然フェルトス神の気配が動いた。


 一瞬で地上まで降りてこられたフェルトス神がメイ様を抱き上げる。


「おいメイ。しっかりしろ」

「……ぅ?」

「まったく。日の下ではしゃぎすぎだ馬鹿者」

「ふぇゆ、しゃ?」

「いや。これは言ってなかったオレが悪いのか? だがこんなにも弱いとは想定外――」

「何言ってるの。あんたが悪いに決まってるでしょ」


 フェルトス神以外の声が増えた。鈴が鳴るような綺麗な声だ。


「おチビちゃんはまだまだ子供。あんたやガルラと同じように考えていいはずないでしょ馬鹿ね。ちゃんと日光対策してあげないとダメじゃない」

「ぐっ……うるさいぞセシリア。そもそも、なぜ貴様までここにいる」

「好奇心」

「帰れ」


 突然増えた女性の声にも驚いたが、フェルトス神の口から出たお名前にも驚く。

 地の神であるセシリア様が何故ここにおられるのか。それもフェルトス神とともに。


 疑問は尽きぬが私にそれを知る権利などない。


 神々の御姿を一目拝見したい気持ちが湧き上がるも、顔を上げる許可などない。

 故に私の視界を占めるのは面白みのない地面のみ。少しだけ残念である。

 

「りあ、しゃ?」

「はぁい、おチビちゃん。フェルの不注意でこんな目に遭って可哀想に。私の眷属になれば――」

「セシリア」

「わぁこわい。まったく、冗談の通じない男ねー」

「フン。……メイ、今日はもう戻るぞ。いいな」

「ぁぃ」

「その前に少しだけでも血を分けてあげなさいよ。かなり弱ってるみたいだし可哀想じゃない」

「……そうだな。メイ、口を開けろ。――――よし。これでいいだろう」

「うん。少しだけど顔色も良くなったみたいだし、これなら大丈夫でしょ」

「二人とも。オレの影へ入れ、戻るぞ」

「ねぇフェル。私は?」

「自分で帰れるだろうが」

「まぁ酷い。別に良いけど」

「じゃあな」

「はいはい。あ、頼まれたやつはあとで持っていくわ」

「あぁ。わかった」


 そこで神々の会話は終わり、フェルトス神の羽音が遠ざかっていく。周囲を包み込んでいた威圧感も消えたようだった。

 さらにいつの間にかセシリア神の気配も消え去っており、広場にはいつもの平穏が戻ってきている。


「……ふぅ」


 私は詰めていた息を大きく吐き出す。正直かなり緊張した。

 偶然かつ命の危険もあったが、まさか自分が生きている間に神との拝謁が叶うなんて思ってもいなかった。


 フェルトス神もセシリア神も人間(こちら)へ目を向ける事はしなかった。恐らくモリア様がうまく説明してくださったのだろう。感謝せねば。最悪私だけではなく、この町ごと神の怒りが落とされる可能性もあったのだから。


 神の帰還を確認した騎士団長達が遠くから駆け寄ってくる気配に顔を上げる。

 気付けばかなりの汗をかいていたようで服が湿っていた。少しだけ気持ちが悪い。


 この場に居合わせた町の人達の反応も様々だ。私のように緊張した者もいれば、神を近くに感じられたということで興奮している者もいる。

 奇跡のような体験に鼻息荒く近くの人達と語り合っている様が見てとれた。


「お疲れさん」

「騎士団長……お疲れ様です」

「疲れただろう。報告は後でいいから少し休め」

「……はい。ありがとうございます」


 騎士団長からの気遣いをありがたく受け取り、私は騎士団本部へと足を向ける。

 背後では他の騎士達が神の降臨騒ぎの収拾を図り始めたが、私は一足先に戻らせてもらうこととした。


 そして本部へと戻った私はすぐに自室の扉を開けた。そのままベッドへと近付き、騎士服に皺がつくのも厭わず倒れ込む。


「……はぁ、本当に疲れた」


 大きく息を吐き、全身の力を抜く。

 メイ様のお相手は良かったのだが、さすがにフェルトス神の登場は我々も想定外なので気疲れが酷い。王族相手の方がまだマシだ。


 フェルトス神の御姿を拝見することは叶わなかったが、その御声は拝聴できた。

 ここ数百年で一度としてなかったことが、今日という日に一度に起こった。

 しかもセシリア神もご一緒に降臨されるとは。

 二柱の神が同時に人間界に御姿を現された。きっと今日は歴史に残る日になるのだろう。

 そんな記念すべき日に立ち会えたことは大変喜ばしい。


 とはいえ、倒れたメイ様のことも気にかかる。

 可能であれば今一度お会いし、元気なところを拝見したい。だが、それはきっと難しいだろう。


 フェルトス神が迎えに来られていたのだから大丈夫だとは思うが、やはり心配は尽きなかった。

パパのお迎え。

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