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湖上の月城編22 ただいま

 テスカトレがやらかした惨事は幸いにも軽いもので済んだ。メイの心の傷も大したことがないようで幾分か安心する。


 町の崩壊具合を見たメイが悲しみに眉を下げ、自分が傷付いたかのように痛みに耐える様は二度と見たくない。

 オレの腕の中で震え涙するメイに、言いようのない苦しみを覚えたのだ。


「フェル様」

「なんだ?」


 神域へと戻る途中。抱き上げたメイに呼ばれたので腕の中へ視線を落とす。

 視線が合うとこちらを見る丸く赤い瞳が恥ずかし気に細められた。


「へへっ。あにょでしゅね」

「あぁ」

「言いしょびれたんでしゅけど」

「どうした?」


 なかなか言い出さないメイに小首を傾げる。何か言い辛いことでもあっただろうか。

 そうだとしてもメイの表情は緩んでいる上に笑みを浮かべているので悪い情報ではないのだろう。


「ふへへ」


 もちもちした頬を押さえ恥ずかしがる娘はとても愛らしく、愛しい存在だ。


「……ふっ」

「う?」

「なんでもない。それで、何用だ?」


 メイの頭を軽く撫でながらオレはただメイの言葉を待つ。


「あにょね」

「あぁ」

「迎えに来てくれてあいがとぉパパ。しゅっごく嬉しかったでしゅ! えへへー」


 言い終わると同時にオレへ抱き着いてきた娘をオレも軽く抱き返す。


「恐ろしい思いをさせて悪かったな」

「しょんなことないよ! ギル君もいてくれたし、フェル様は絶対に迎えに来てくれるって信じてたもん!」

「そうか」

「あい! しょれにね、テスカ様はやり過ぎるとこもあったけど、意外と優しくて怖くなかったよ!」

「……そうか」

「あい! ね、テスカ様! お茶会楽しかったでしゅね!」


 そして何故かいまだついてくるテスカトレへとメイが笑顔を向けた。

 正直面白くない。そんな馬鹿を視界に入れるな。


「ぐっふふ。そうだねー。またお茶会やろうね。今度はメイちゃんが好きそうなお菓子をもっと用意するからね」

「わーい。ありがとごじゃましゅテスカしゃま」

「その時はギルバルト君も誘ってみんなで楽しもうねー。……あ、勿論だがフェルトス。貴様は誘わないから安心しろ、むしろ来るな。茶が不味くなるからな」

「……」

「はぇ。フェルしゃまがしゅごいお顔してゆ……」

「見なくていい」

「わぁ、まっくらー」


 メイの目をそっと手で覆い隠す。

 自分ではどのような顔をしていたかわからなかったが、無駄に怯えさせる必要もない。


 今回の件でテスカトレに抱いていた印象は全て覆った。


 大人しく、自己主張をしない暗い男だと思っていたが、まさか子供としかまともに会話できない(ヤツ)だったとは。


 幼児性愛でないと主張しているとはいえ、別の意味でメイを近付けたくない存在だ。


 オレはできるだけテスカトレの存在を無視し神域へと急ぐ。

 もう相手にするのも疲れた。


 そうして神域まで戻ってくるとカイルの家の前に人影が見えた。カイルとステラ。そして先に戻っていたガルラやトラロトル達だ。


「あっ、カイルだ! おーいカイルゥー!」

「――ッ! お嬢!」


 メイも気が付いたのだろう。カイルへ向け大きく手を振り、さらに大きな声で呼びかけた。


「メイ、急に動くな。危ないだろう」

「むぇ。ごめんちゃい」


 オレがメイを落とすことなど有り得ないが、急に大きく動かれると少しだけ焦る。


 改めてメイを抱きかかえたオレはすぐさま皆が待つ場所へと降り立つ。

 そしてメイを腕から降ろせばすぐさまカイルが駆け寄ってきた。


 かなり心配していたのだろう。その顔色は悪く、やつれているようにも見えた。


「えへへ。カイル、ただい――わぷっ」

「良かったお嬢……無事でッ。心配、したッ。よかっ……」


 勢いのままカイルがメイを抱きしめる。

 声を震わせながら、戻ってきたメイを確かめるように。強く抱きしめた。


「護れなくてすまねぇ……俺は眷属失格だ」

「あぅ。しょんなことないよ。心配かけてごめんね?」


 メイの小さな手がカイルの背に伸びる。そして落ち着かせるようにそっと背を撫でた。


 カイルの気持ちはわからなくもない。オレも似たようなものだった。

 メイが急に攫われ不安だったのだろう。護れなくて自己嫌悪したのだろう。

 そして今この瞬間。己の目でメイの無事を確認するまでは生きた心地がしなかったのだろう。


 とてもよくわかる。


「テスカトレ」

「……なんだ?」


 さらにもう一人。

 ずっと不安に苛まれているであろう人物を思い出したオレはテスカトレを呼ぶ。

 無駄についてきて鬱陶しく思っていたが、まだやる事が残っていたので結果的には良かったのかもしれん。


「シドー。……メイの使い魔を解放しろ」

「は、使い魔? あぁ、そういえば邪魔だったから封印してたんだったか。忘れていた」


 ガルラへ危機を知らせた後、そのままメイの影へ戻り封じられてしまっただろうシドーの存在を教える。

 するとテスカトレは軽く指を鳴らしシドーへの封印を解いた。


「うわあああるじいぃぃぃ! ごめんなああああ!」

「シドうわぁ!」

「――っ」


 それと同時にメイの影からシドーが飛び出し、カイルごとメイを押し倒す。


「ありゅじいぃぃ! 無事で良かっじゃぁぁああ!」


 シドーが溺れそうな程に泣いてメイへと謝る姿をただ眺める。


「しどぉ。くるちぃ」

「ぶわあああん!」

「……よかった。お前も無事で」


 カイルからしてみればオレ達に報告へ向かったシドーが、その後姿を消したように見えただろう。

 ガルラが戻るまで何の音沙汰もなく一人不安に耐え忍ぶ姿を想像すれば不憫なことをした。

 メイとシドーの二人を強めに抱きしめるカイルを見てオレは少しだけ反省する。

 カイルもメイ同様まだ幼子なのだ。子を不安にさせるようなことはあってはならない。


 そう思い直したオレは三人へ近付き倒れ込んだ三人の頭をそれぞれ撫でる。


「悪かったな……」

「なっ! フェルトス様!?」

「びぇぇぇ」

「う?」


 再会を喜び合う三人をそのままに。次にオレは三人を微笑ましく眺めていたガルラとステラの元へと足を運ぶ。


「どしたフェル?」


 そしてまずはオレを見上げ首を傾げる紫の頭へ手を伸ばしその髪を撫でた。

 昔とは違う濃紫の髪も、戸惑いながらもオレを見つめる真紅の瞳も。オレがガルラを受け入れた証。そしてガルラもオレを拒否することなく受け入れた証。


 今では友であり、頼もしい右腕のような存在になってくれたガルラも昔は泣き虫の幼子だった。

 しかしその時分ではまだオレ自身様々なことが未熟だった故、恐らく長期間寂しい思いをさせてしまっていたのだろう。それを押し殺し黙って付き従ってくれたガルラには感謝しかない。


 新たな幼子達が増えたことで今更自覚することになるとは。オレもまだまだ完璧な主人には程遠いというわけか。


「あー……フェル?」

「気にするな」

「えぇー」


 訝しげに目を細めオレを見つめるガルラへ笑みを返し、次に足元にいるステラの頭を軽く撫でた。目を細めオレの手を受け入れるステラへ労いの言葉をかければ、ステラは嬉しそうにオレの手に擦り寄ってきた。


「ふふっ」


 二人への労いを済ませたオレは、次にトラロトルの元へと向かう。


「一応言っておくが、俺のことは撫でなくていいぞ?」

「安心しろ。頼まれてもやらん」

「おぅ、なら良いわ。ふはははは」


 腕を組み馬鹿のように大声で笑うトラロトルを無視し、その足元でオレを見上げていた幼子へと目を向ける。

 オレと視線が合った一瞬、肩を小さく跳ねさせトラロトルの足へと身を隠したトラロトルの息子。名は確か――。


「ギルバルト、だったか?」


 トラロトルの息子――ギルバルトはオレの問いへ遠慮がちに頷く。

 名を間違っていなかったことに少しだけ安堵しながら、オレはしゃがみ込みギルバルトと目線を合わせた。


「メイから聞いた。貴様が護ってくれたから怖くなかった、とな。礼を言うぞ」

「……別に。俺様、じゃなくて。俺が護りたかったから護っただけ、です。お礼を言われるようなことじゃない、です」

「そうか。そうだとしても娘を護ってくれたことに変わりはない。感謝するぞ」

「……うん」

「フッ」


 素直ではないがこういう愛らしさならば嫌いではない。

 今までは娘に近付く男、ということでコイツにあまり良い印象は持っていなかった。

 だがいざという時に(メイ)を護る気概があるのならば多少は認めてやっても良い。多少は、だがな。


「ふはは! 良かったなぁギル。フェルがギルのこと認めたってよ。これからは堂々とメイとイチャイチャできるぞ」

「へ……はっ!? な、何をおっしゃっているのですか父上! 俺は別にっ――」

「そこまでは許していない。勘違いするな」

「お前なぁ。お互いまだ幼いのだから多少は構わんだろうに。過保護め」

「喧しい」


 トラロトルの聞き捨てならない発言を切り捨てておく。

 そして一応ギルバルトにも視線だけで釘を刺しておく。年齢など関係ない。オレの娘は渡さん。

 

「さて」


 いまだに何か文句を言うトラロトルを無視し、オレは一人所在なさげに立ち尽くしている男へと視線を向けた。


「テスカトレ。貴様いつまで此処にいるつもりだ。さっさと帰れ。目障りだ」

「なっ! そんな言い方はないだろう。せっかく来たのだからもう少しメイちゃん達と遊――」

「知るか、帰れ」


 羽虫でも追い払うようにテスカトレに向けて手を払う。


「そーだ! 早く帰れよおっさん!」

「そんな、ギルバルト君までっ」

「おまえ嫌い! 帰れ!」

「シドー。テスカトレ様といえば高位神。そんな方に向かって帰れとは失礼だぞ。こういう時はにっこり笑ってこうだ。――お帰りはあちらです」

「よく知らない使い魔と眷属にまで邪険にされた……つらい」

「うーん。何も擁護できにゃいでしゅね。自業自得でしゅ」

「メイちゃんまで!」


 ガルラとトラロトルは無言。助け船も出すつもりはないらしい。

 二人とも笑ったまま事の成り行きを見守っている。


「うぅ……わかったよ、帰るよ……帰ればいいんでしょ……帰れば……」

「ばいばいテスカ様。またね」

「うん、またねメイちゃん……ぐすっ」


 この場にいるほぼ全員から「帰れ」と詰められたテスカトレが肩を落とし姿を消す。

 ようやく目障りなヤツが消えてくれて実に晴れやかな気分だ。


「ねぇねぇフェル様」

「ん。なんだ」

「もう『神様達の集まり』ってやちゅは終わったんでしゅか?」


 オレを見上げ小首を傾げながらそう訊ねてきた娘を抱き上げる。


 メイには今回の議題のこともそうだが、会議の詳しい内容を伝えていない。

 ただの神の集まりだと言ってある。

 もし結果が悪い方向へと行った際に悲しい思いをさせると思ったからだ。結果的に杞憂ではあったがな。


「あぁ、終わった」

「むぅ。じゃあ、もちかちてお泊り会はなし?」


 悲し気に眉を下げた娘に小さな焦りを覚える。


 そういえば、メイは今回のお泊り会とやらをかなり楽しみにしていた。入念な準備をしていたのを知っている。

 それなのに日を跨がずオレとトラロトルが帰ってきてしまったが故、中止になるのではないのかと恐れているのか。


 正直に言えば中止にできるならしたい。

 だが、そんなことをして娘を悲しませることもしたくない。


 どうするべきか。


「……め?」


 メイが目を潤ませオレをじっと見つめてくる。

 そしてオレは娘のその瞳に弱い。


「……致し方ない。今日はカイルの家で楽しんでこい」

「わぁ! やっちゃー! ありがとうフェルしゃま! 大しゅき!」

「あぁ。――オレもだ」


 腕の中の小さな命を抱き寄せ頬を寄せる。


「きゃー!」

「ふふっ」


 すぐそばで楽し気に笑う娘の声がじんわりとオレの心に響いた。


「オレの愛しい娘。愛しているぞ」

「え、えへへっ。わたしのだーいしゅきなパパ! 愛ちてるよ!」

「――フッ」


 抱き着いてきた小さな手の感触を楽しみながらオレは頬を緩ませる。

 これからは誰にも文句を言われない。不安に思うこともない。メイは正式にオレの娘となったのだ。


「これからもオレのそばに居てくれ」

「あい!」


 娘の笑顔を目に焼き付ける。


 あぁ、オレは幸せ者だ――。

ラスト23話は明日夜18時10分に投稿予約しています。

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