湖上の月城編20 月と星と冥界と
どうしてこうなった。
「大丈夫ですよテスカ様! 当たって砕けましょう!」
無駄にめかし込んだテスカトレの前でメイが拳を握り熱く語っている。
「い、いやだ……砕けたくない! せめてもっとポジティブに励ましてほしい!」
「だって変に期待を持たせる方が酷なこともありましゅし……ね?」
「うぅ……いたわりの笑顔なのが逆に心にくる……」
「ボス頑張れ!」
「ボスはかっこいいよ!」
「自信持って!」
「シュウ、テック、トーリ。我の味方はお前達だけだ……」
メイに続き、ラビビ三匹もテスカトレへ励ましの言葉を送っている。
オレは一体何を見せられているんだ?
「はぁ、なんでも良いから早く終わらせろよ」
「ギルバルト君は我に厳しすぎない?」
「ふん! 俺様は卑怯者と意気地なしは嫌いだ」
「うぅ、ちっちゃい子に嫌われた……つらい」
「ちょっとアンタ! そんな本当のこと言わないで! ボスが傷付いちゃったでしょ! 謝んなさいよ!」
「そうだ! ボスが可哀想だろ! ボスはちょっと人付き合いが苦手でヘタレなダメ神様ってだけだ!」
「そーだそーだ! ただ素の自分じゃ子供としかまともに会話できないだけなんだ! 酷いこと言うな!」
「お前達も結構酷いこと言ってるからな」
「しまった!」
「……我の心すでに砕け散ったかもしれない」
目の前で繰り広げられるテスカトレと子らの会話。それらをオレは冷めた目で静かに眺めていた。
聞いているだけで頭が痛む気がするのは気のせいだろうか。気のせいであってほしい。
「……はぁ」
月城を囲む湖まで戻ってきたオレ達はテスカトレが呼び出した想い人とやらの到着を待っていた。
メイがどうしてもと強く望むので終わるまで付き合ってやっているのだが、本心はすぐにでも帰りたいと考えている。
こんなくだらないことの為に時間を使うなんて無駄でしかない。
「あいつらもすっかり仲良しだな!」
「気色の悪いことを言うな」
腕を組み楽しそうに子らを眺めるトラロトルを睨む。
おかしなことを言ってほしくない。オレはテスカトレ及び眷属三匹とメイの交友関係を認めていない。
あの三匹はメイの成長において悪影響を与えるはずだ。テスカトレに至ってはまだ幼女趣味を疑っている。
待っている女が幼子である可能性は捨てきれないのだから。
「……すごい顔してるぞフェル」
「していない」
「お、おぅ」
今回トラロトルの世話になったが、それはそれだ。ヤツらの交友関係を推奨するような発言は控えてほしい。
「……貴様は少し放任すぎではないか?」
「そうか? それを言うならお前は少し過保護すぎ、だな!」
「……否定はしない」
「ふ、ははっ! いやぁ、過保護な親父でメイも大変だな」
「喧しい」
トラロトルが出す全ての音は少しばかり喧しい。隣で大声を出されるのは苦手だ。
眉をしかめてみても気付いていないのか笑い続けるトラロトルにため息が出る。
現在この場に居るのはオレとメイ。トラロトルとその息子。そしてテスカトレと眷属の三匹。
ガルラだけは先に家へ帰らせた。森の中の出来事もあり先に帰ることを渋っていたが、家で待っているカイルを早く安心させてやれと言い含め帰らせたのだ。
此処にいてももうやることもない。
告白だかなんだか知らないが、さっさと終わりにしてほしい。
そんな願いを込めて騒ぐ子らを眺める。
「ん? あっ! ボス来たよ! 来た!」
「えっ! もぅ! 早い! まだ心の準備が!」
赤毛のラビビ耳がぴくぴくと動いたかと思えば、待ち人の到着を伝えてきた。
その報告に慌てふためくテスカトレを残りの子らが宥め透かし、テスカトレの背を押し前へと追いやっている。
「ほらテスカ様!」
「頑張れボス!」
「わっ、ちょ、押さないで!」
「テスカトレ殿お待たせー」
「ぴぃ!」
待ち人の声にテスカトレが情けない声を上げ肩を跳ねさせる。
ようやくこの茶番も終焉を迎える時が来たようだ。
「ん? あれー。冥界神殿達がいるから変だと思ったけど、トマトちゃんもまだいたんだね。テスカトレ殿に変なことされてない? 大丈夫?」
ひらひらと手を振りながら登場したのは星神シンヴィー。
呑気な顔に笑みを乗せ、目聡くもメイを見つけたシンヴィーが機嫌良さげに笑みを深めた。
どうでも良いがテスカトレの想い人とやらはシンヴィーだったのか。
人の飯を奪うあんな女のどこが良いのか。欠片も理解できん。
とはいえ、テスカトレの「幼子は好みじゃない」という主張を少しは信用してやっても良いのかもしれないな。
シンヴィーに話しかけられたメイが記憶を探るように腕を組み頭を捻る。
「むぇ? んー……あっ! あの時のぼんやりお姉さん!」
「やっほー」
「はぇ。テスカ様の好きな人ってお姉さ――むぐぅ」
「え、何? どしたの」
「な、なんでもない! こほん……なんでもない。それより早かったな」
メイの口を塞ぎメイから言葉を取り上げたテスカトレが取り繕うように言葉を紡ぐ。
この一連を見ていてようやく気付いたのだが、これが素ならオレの知っているテスカトレは虚構の存在だったようだ。
だからどうしたというわけでもないが。
同じクロノスティール十二神とはいえ、やはり興味のない他人など知らぬことばかりなのだと思い知らされる。
「うん。早めに会議が切り上げになって、ちょうど帰る所だったし」
「そ、そうか」
「そうだよ」
「……」
「……」
会話が途切れた。
沈黙を守るテスカトレの背後で子らが小さく応援の言葉を投げかけているが、テスカトレを再起動させるほどの威力はない。
「……ねぇ、何もないなら帰っていい?」
「えっ!」
「そうだな。これ以上は時間の無駄だ。オレ達も帰らせてもらう。メイ、もういいな。行くぞ」
「ふぇ!」
シンヴィーの発言にテスカトレが。オレの発言にメイが。それぞれ反応する。
そして同時に「待って!」と静止の声を重ねてきた。
「て、てしゅかしゃま! ほら! 頑張ってくだしゃ!」
「だ、だって!」
「むぅー! 男の子でしょ! しっかりしてくだしゃ!」
「うぐぐ」
それでも踏ん切りがつかないのかテスカトレが二の足を踏んでいる。
そろそろ本気で飽きてきた。
「すぅ……はぁ……ぃよし! シンヴィー!」
「うるさ……なに?」
「ずっと前から好きでした! 我と付き合――」
「僕は好きじゃないかな」
「うぅうぅぅぅっ!」
テスカトレの言葉をシンヴィーが無慈悲に切り捨てる。
切り捨てられ泣き崩れたテスカトレを幼子が囲み慰める光景。それは高位神として哀れさを誘うものがあった。
しかしオレの心情的には少しばかりの小気味良さがあったのか、自然と口元が弧を描いていた。
「――せめて! 最後までっ!」
「ボス泣かないで」
「しかたないよ」
「頑張った頑張った」
「失恋残念会しようねテスカ様」
「ううう……。するぅ」
「憐れだな、おっさん」
「おっさん言わないで……」
「あ。でもね――」
失意の底へと落とされたテスカトレを無視し、シンヴィーがメイの目の前にしゃがみこんだ。
「う?」
「僕、トマトちゃんのことは好きだからさ。だからトマトちゃんならオッケーだよ」
「ふぁ!」
「トマトちゃんと一緒に居たらまたいろいろ美味しいもの食べさせてもらえるだろうからね」
「あ、あぁ。しょういう……びっくりちたぁ」
「へへへ」
笑みを見せたシンヴィーがメイの頭へと手を伸ばす。
「だ、だめだ!」
しかしその手がメイの頭へ届く前にトラロトルの息子が小さな手で叩き落した。
「いくら星神様でもメイはダメだ!」
そしてメイとシンヴィーの間に己の体を滑り込ませ、両の手を広げる。
あまりの不意打ちに咄嗟に動けなかった不甲斐なさを押し隠し、オレは心の中でトラロトルの息子へと賞賛の言葉を送る。
よくやった、と。
「えぇー。どうしても?」
「駄目に決まっているだろうが。ふざけるなよシンヴィー」
それでも食い下がるシンヴィーへオレも抗議の声を上げた。
一歩出遅れたがオレもトラロトルの息子同様、娘を守る為に動き始める。
己が身でメイとトラロトルの息子を隠し、オレを見上げるシンヴィーを睨みつけた。
「ふーん。じゃあ冥界神殿でもいいよ。結婚しよう?」
「何故そうなる」
「僕、冥界神殿はわりと好きだし?」
「くだらん」
「ちぇー」
「――は?」
世迷言を言い出したシンヴィーに冷めた視線を送る。
どうせメイの親がオレだからとかいうお粗末な理由しかないのは見え見えだ。
仮に本気の好意だとしてもオレにそのような気はないので迷惑千万である。
呆れてものも言えないが、シンヴィーの世迷言を本気に取ったヤツの恨みがましい視線がオレに突き刺さって鬱陶しい。
「なんで……貴様ばかりぃぃっ!」
背後から轟くテスカトレの怨嗟の声に眉をしかめる。
「オレが悪いのか?」
「さぁ?」
「ちくしょぉおぉ」
「よしよしテスカ様。いい子いい子」
「うぅ、メイちゃん……」
「おいおっさん。あんまりメイにくっつくなよ。メイもおっさんを甘やかすな」
「まぁまぁギル君。今ばっかりは優しくしてあげよ」
テスカトレの頭を抱きかかえるようにして慰めるメイ。
そのメイに手を回し甘えるテスカトレ。
無駄にデカい体を持っているくせに、幼子に埋もれるようにして甘える自分に疑問はないのかコイツは。
「……はぁ。ところでトラロトル。貴様はいつまで笑っている」
「ふふっ。悪い悪い。思いの外面白くてな」
この現状にただ一人我関せずと、ずっと後ろで笑い続けているトラロトルの笑い声がいい加減耳障りになってきたので窘める。
自分の息子もこの事件に巻き込まれていることを忘れているのではないか?
「トラロトルにまで……うううううううっ! ……あっ」
「う? どちたの?」
そんな時。ずっと呻き声を上げていたテスカトレが、ふと何かを思い出したかのように声をあげた。
「いや、そういえばフェルトスの町へ魔物をけしかけていたのを……いま、思い出した」
「ふぁ!」
告げられた内容にメイから驚きの声があがる。
「何ちてるんでしゅか! てしゅかしゃまのばかー!」
「うわわ、ごめんってばメイちゃん!」
「フェルしゃま! いしょいで町に行かにゃいと! みんにゃが!」
「はぁ。……本当に何がしたいんだ貴様は」
「テスカトレ殿さいてー」
「さすがに擁護できんな」
「うぅ……だって、フェルトスは人間も好きだから、自分のところの人間が傷付いたら嫌がらせになるかな、って」
「…………はぁ」
今日一番のため息が出た気がした。




