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湖上の月城編19 とある幼女の独り言3

 それは突然だった。


 大きな音を立てて部屋に飛び込んできたフェルトス様が、何を思ったのかいきなりテスカトレ様の顔面を思いっきり殴り飛ばしたのだ。あれにはとてもビックリした。


 もちろんお仕事で出掛けてたはずのフェルトス様が、わざわざ迎えに来てくれたことは嬉しかった。

 だけど少々再開がバイオレンス過ぎました。若干引いてしまったのはフェルトス様には秘密です。


 だってあの後に見たフェルトス様の顔。あれを見たら何も言えない。


 私のことを物凄く心配してくれていたのがわかる父親の顔だったから。


 そんなフェルトス様に「やり過ぎ」とは口が裂けても言えません。心配かけて本当に申し訳なく思います。


 その後も色々ありましたが一番驚いたのはフェルトス様の勘違い。

 何を勘違いしたのか『テスカトレ様が私を恋愛的な意味で好き』などと思っていたようです。


 当然、そんなことはあり得ません。

 だってテスカトレ様にはちゃんと好きな女性(ひと)がいるのですから。


 そもそも私はまだまだ子供。こんな私を恋愛対象として見る大人なんて普通は存在しない。


 まったく、フェルトス様の早とちりには困ったものだ。


 多分フェルトス様が乱入してきた場面が勘違いを加速させたんでしょう。

 確かにあれは紛れもなく告白でした。でも告白は告白でも、告白本番ではなく、ただの練習をしていただけなのです。

 私はテスカトレ様の想い人役をしていただけで、そのものじゃない。だから勘違いなのです。


 どうしてそうなったかというと……色々あった、という他ない。


 罠に嵌まった私はギルバルト君を巻き込んでテスカトレ様の領域である湖まで飛ばされてしまった。

 そしてまんまとテスカトレ様にギルバルト君共々捕獲される。


 正直に言って、ここまでは普通に不安で怖かったです。ギルバルト君まで巻き込んでしまったので余計に不安も大きかった。


 テスカトレ様は身長も高かったし。前髪で目を覆っていて表情もよく見えなかったし。不健康そうな青白い肌で少し不気味だし。よくわからなくてとにかく最初は怖かった。


 でも捕まえられたときに入れられた檻。あれを見た瞬間テスカトレ様への印象が変わってしまった。

 用意されていた檻――といって良いのか微妙だけど――はどこか見覚えのある形をしていた。

 そう、それは地球で見かけたことがあるもの。見ると心がほわほわして幸せな気分になるもの。


 それが何かというと、小さな子供のお散歩カート。


 正式名称は知らないけど、保育園児とかの小さな子供が移動時に入れられてるアレだ。沢山の小さな子がカートに入って先生に押されている光景は見ていてとても和むものがある。


 そのカートが目の前にあったのだ。

 四つの車輪が付いた兎モチーフのかわいいお散歩カート。乗り場の上半分は解放されているように見えるけど、テスカトレ様が直接結界を張ったから私達には脱出不可能。しかも防音機能付きだったのか外の声は何も聞こえなかった。無駄に高性能。


 ギルバルト君はそんなこと気にせずに「出せ!」って威勢良く食ってかかっていたけれど、そんな時も私の頭は疑問でいっぱいだった。この人は本当に悪い人なのか、と。


 だって私を捕まえるときも、檻に入れるときも、テスカトレ様はすっごく優しかったから。


 さらにいつの間に居たのか、ギルバルト君くらいの歳の子が三人現れた。

 そしてその子達が私達の乗せられたカートもとい檻を押し始めたのだけれど、その子達とのやりとりも平和そうだった。子供達といる時の雰囲気がすごく優しそうだった。三人からも慕われてるように見えたし。


 そうして小さな子供が二人。檻カートに乗せられ運ばれる光景は、側から見ていたら保育園の先生と保育園児達の図そのものだったことでしょう。


 途中で子供達と別れてこの部屋にまで連れてこられた後だって酷いことは何もされなかった。

 それどころか檻から出してもらった後に謝罪もしてもらったからね。同時に自己紹介と簡単な説明もしてくれた。

 ここはこの人の領域でこの人はフェルトス様と同じ位を持つ神様。あと私達に危害を加える気はないということも教えてくれた。


 途中知らない単語とかが出てきたけど、それはギルバルト君が呆れながらも説明してくれた。この世界には私の知らないことがまだまだあるのですね。


 私はその瞬間にこの人への警戒をほぼ解いた。完全に解いたのは私を連れてきた理由を話してくれてから。


 その理由は『嫉妬』半分『興味』半分でした。


 どうやら、テスカトレ様の好きな人が最近フェルトス様と仲が良いから嫉妬したそうです。

 自分の方が先に好きだったのに、取られた気がした。

 しかもフェルトス様を同じ陰側だと思っていたのに想い人ばかりか、かわいい娘――つまり私ですね。少し照れました――まで手に入れて神生(じんせい)が充実してるようで悔しい。


 だからフェルトス様に嫌がらせをしようと決めたらしい。

 あのフェルトスが大事にしている娘を攫えば、少しは精神的ダメージも与えられて嫌がらせができる。そう思ったそうです。


 うーん。嫉妬は人を狂わせますね。


 興味の方は、好きな人が最近私の話題ばかりを出すらしく興味が出たとのこと。

 そして自分も仲良くなりたいなと思ってくれたから、らしい。


 ギルバルト君が「くだらない理由にメイを巻き込むな!」と怒ってくれたから一応納得はしておきましたけど、巻き込まれた感は否めません。


 しかもテスカトレ様はギルバルト君に怒られて、大きな体をしゅんと小さくさせてしまった。それを見てしまったら私は怒るに怒れなくなってしまったのです。


 仁王立ちで怒る小さなギルバルト君。その前には正座する大きな大人。しかも大きな身体を縮こませて肩を落としている絵面があまりにも可哀想で……。


 なのでギルバルト君の怒りが収まってきたところで私が仲裁に入ったというわけです。

 子供に叱られる高位神様の姿は誰にも見せられません。威厳も何もなかったです。


 そしてお叱りが終わった後にテスカトレ様から「フェルトスとガルラ、それからトラロトルも此処へ来ている。その内迎えに来るようだから、それまでは此処で遊んでていいから」とのお言葉をいただきました。かなり弱々しい声でしたけど。


 なので私達はお言葉に甘えてここで保護者の到着を待つことにした。


 部屋にはぬいぐるみやおままごとセットなど。女の子の好きそうなおもちゃがたくさん用意されていたので初めから私の滞在が予定されていたのでしょう。

 さらにはお茶やお菓子の用意までしてくれた。まさに至れり尽くせり。


 その後に少しもじもじしたテスカトレ様。何か言おうとしてたけど、諦めたのか肩を落として部屋から出て行こうとしたのでそれを私が阻止。

 なんだかんだ理由を付けてテスカトレ様の好きな人について色々質問をしはじめた。


 初めはただの興味本位でしたが、意外と真剣な相談が始まってしまいそこからはお茶会という名のテスカトレ様の恋愛相談が始まりましたとさ。


 聞き取りの結果。テスカトレ様はそもそも想い人さんに告白もしていないどころか、好意に気付いてさえもらっていない段階なのだと。


 そんな状態なのに暴走したのかと呆れが勝った私はテスカトレ様を非難。

 付き合いたいというのならちゃんと告白しなさいと叱ったのです。


 でもそんなの無理だと、勇気がでないと。言い訳ばかり並べ立てるテスカトレ様に彼女と付き合いたいんじゃないのかと怒った私が、じゃあ告白の練習をするぞ! 気張れ! とけしかけた結果が、まさにフェルトス様が乱入してきた場面だった、というワケです。


 本当にタイミングが悪かった。


 恋愛相談を受けている間にすっかり気安い仲になってしまった私とテスカトレ様。若干ギルバルト君が置いてけぼりになってはいたけれど、それなりに平和な時間を過ごしていたのです。


 とまぁこれまでの経緯をザクっと語った。


 勘違いしたままずっと怖い顔でテスカトレ様を睨んでいたフェルトス様だけど、これで一応の誤解は解けたはずだ。


 私の話を聞いている間、一緒に来ていたトラロトル様が一人で笑っていたのだけは気になりましたがそっとスルー。

 それ以上にフェルトス様の警戒を解く方が先決と気にしないよう努めていました。


 その甲斐もあり、とりあえずの納得はしていただきました。

 でも理由が理由ですし、関係のない私を巻き込んだということで何かしらの謝罪を求めることはするらしいけど。


 怪我がなかったのは結果論。子供達を巻き込んだのは軽率。喧嘩の内容もやりすぎ。だとかなんとか。大人達がテスカトレ様を責めていました。


 ここへ来るまでフェルトス様達に何があったのか。

 それは教えてもらえなかったけれど、トラロトル様が本気でテスカトレ様へ苦言を呈しているのを見ているとやりすぎたんだなと察しがつきます。

 後ろでガルラさんも大きく頷いていたので余程のことがあったのでしょう。


 神様同士の喧嘩ってやっぱりスケールが違うんでしょうね。怖いです。


 結局どうしてフェルトス様が変な勘違いをしたのかはわからずじまいでしたが、誘拐の件はとりあえずの閉幕を迎えることができた。

 あとは大人達が話し合うということで一件落着。めでたしめでたし。帰りましょう。


 なんて、そうは問屋が卸さない。


 私にはまだここでやることが残っているのです。


 みんなに怒られてしょんぼりしているテスカトレ様を放置し、帰宅の途に着こうとしていたフェルトス様を私は再度制する。

 不思議そうな顔をしているフェルトス様にとりあえず待ってくれとお願いをした私は、急いで膝を抱えたテスカトレ様のところへ向かった。


 のこのこ近付いてきた私に威嚇をしてきたお子様三人を宥めつつ、私はテスカトレ様の月が浮かぶ蒼い瞳を覗き込んだ。


「テスカ様! このままじゃダメです! ちゃんと告白しましょう!」


 青白い大きな手を掴み、笑顔を向ける。


「大丈夫! そのあとでちゃんと失恋残念会をしてあげますから!」

「……メイちゃん。それ、我がフラれること前提なんじゃ――」

「だってテスカ様は相手に意識すらしてもらってないんでしょう?」

「うっ!」


 小さい子の正論キツい……。と小さな呻き声と共に胸を押さえたテスカトレ様に苦笑いがもれる。


 正直、話を聞いている限り告白の成功率はかなり低い。

 だってほぼ何もアピールしていないらしいんですもの。


 それに多分だけどこの人は放っておいたら何もしない。

 だからといってこのまま片想いを拗らせたままにするより、さっさと告白してフラれるなりなんなりした方が健全だ。


 もちろんストーカー化なんか許さないけどね。気持ちにケリをつけるのは大事。

 そこからきっぱり諦めるか、今度はちゃんと――迷惑にならない範囲で――異性として意識してもらえるよう再度アピールするか。


 頑張るのなら応援くらいはしますとも。相手が嫌がっていたら嗜めますがね。


「ほら、頑張ってくだしゃ!」


 私はいじけてしまったテスカトレ様の背中を叩き気合を入れてあげることにした。

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