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湖上の月城編17 おはよう

 ガルラの声に導かれ、オレは一時の夢から意識を現実へと拾い上げた。


「ん……」

「……フェルトス様? ……フェル!」


 徐々に戻ってくる感覚。強く握られた手の温もりをそっと握り返すと、今度はパタパタと温かな雫が頬に降り注いできた。


 瞼を無理矢理にでもこじ開ければ、かすむ視界に友の影が浮かび上がる。

 オレは空いている手を影へと伸ばし、涙で濡れた頬を拭った。


「……戻ったぞ」

「――は、ははっ。……遅ぇんだよ、バーカ」

「すまん」

「心配させやがって」


 ガルラに手伝ってもらい重い体を起こす。

 そしていまだぼんやりとする頭を軽く振れば、だんだんと視界もはっきりしはじめた。


「大丈夫か?」

「あぁ」

「なら、良いけど……」


 不安そうにオレを見つめるガルラをこれ以上心配させないよう、なんでもない風を装い立ち上がる。


 まったく。夢見も悪ければ、身体にも若干の影響が出ている。最後まで不快な術だ。

 精神面には特に異常は見つからないようだが、テスカトレ(アイツ)のことだ。用心しておくに越したことはない。


 己の身体のチェックを簡単に終わらせたオレは顔を上げる。


「ん?」


 視界に入ったのは風の檻へ閉じ込められた子ラビビ三匹とトラロトルの姿。

 どうやらオレが眠っている間にラビビ共を捕獲しておいてくれたらしい。


 トラロトルへ視線を向ければ無駄に良い笑顔を向けられた。


「よっ! おはようさんフェル。ちゃんと起きてくれて安心したぞ」

「……おはよう。面倒をかけたようですまなかったな」

「ははっ、気にすんな」


 軽く手を振りながらトラロトルが笑う。

 それを一瞥したオレは檻の中で座り込む三匹の前に立った。


「……」

「おはよう冥界神さま!」

「案外早起きだね!」

「いい夢見れた?」

「あぁ。おかげ様でな」


 腕を組み睨みつけても三匹の笑顔は崩れない。


「……はぁ」

「ため息なんか吐いてどうしたのー?」

「幸せが逃げちゃうぞー」

「ばいばーい」


 正直、してやられた感はある。

 認めるのは癪だが、コイツらに一本取られたのは事実。少しばかり舐めていたようだ。

 致し方ないので予定していた躾は一旦保留としておく。


 というより。些か疲れてコイツらの相手をするのも億劫になってきてしまった。

 コイツらの相手を真面目にするだけ無駄なのだ。


「……貴様らの言う『テスカトレの嫌がらせ(試練)』とやらはクリアした。約束通りオレ達を城へ連れていけ」


 寝て冷静になったおかげか、寝落ちる前よりかは落ち着いて対応できるようになっているようだ。


「えぇー。でもまだたったの一個めだよぉ?」

「そうだよ。せっかくだしもっといっぱい遊ぼうよ!」

「そーだそーだ」

「少し腹が減ったな。ラビビ鍋、というのも悪くは――」

「あっ! アタシ城に急用を思い出しちゃったかも!」

「オレは急にボスに会いたくなっちゃったかも!」

「かもかも!」

「だから案内さーせて!」

「ふん」


 三匹で声を合わせ、かわい子ぶりながらオレへと媚びを売るラビビ共を冷めた目で見返す。


 大きな目を潤ませ上目遣いで此方を見上げる三匹には愛らしさの欠片もない。

 これがメイならばその愛くるしさで世界を取れる。やはりコイツらとは天と地ほどの差があるようだな。


 まぁ我が娘の愛らしさを再確認できたことだけは良しとしてやろう。


「初めから素直に言えば良いものを。手間取らせるな」

「ぶー」

「ぶー」

「ぶー」

「喧しい」


 三匹から飛んでくる野次を一刀のもとに両断する。

 ついでに檻の隙間から中へと手を入れリーダー格の赤毛の鼻を指で軽くはじいた。


「あうっ!」


 髪と目と同じく赤くなった鼻を押さえ、赤毛が目に涙を浮かべる。

 他の二匹がすぐさま赤毛へと駆け寄り慰めるように頭を撫でていた。


「ぼうりょくはんたーい」

「ラビビいじめはんたーい」

「ほぉ……貴様らも喰らいたいようだな?」


 見せつけるように手を持ち上げてやれば他の二匹はすぐさま自分の鼻を隠した。


「ふん」


 オレがしてやられた分は腹に納めてやるが、ガルラを悲しませた分は別だ。

 だからこれはガルラの分。

 ヤツ自身がやり返せない分をオレが代わりにしてやっただけ。


 じっとりと三匹を睨みつけていれば、痛みを逃がし終わったのか赤毛がオレを見上げ口を開いた。


「むー……。仕方ない。掴まっちゃったしお鍋にもされたくないから、アタシ達(・・・・)はもう邪魔しないよ! でもね!」

「城に入るにはカギがいるんだよね。んでもって、そのカギはこの迷宮のどっかに隠してあるらしいからさー。それは自分たちで見つけろよなー!」

「ボク達は道もカギの場所も知らないからねー」

「ねー! きしししし」

「……面倒なことを」


 やってることはまるで幼子の遊びのようで少し呆れる。

 口元を押さえニタニタと笑い合う三匹を無視し、オレはガルラとトラロトルの二人を呼んだ。


 そして相談の結果。三匹の言う通り迷宮脱出は必須という結論を出す。

 とりあえずはカギの入手が先決。その次に脱出だな。


 檻の中の三匹はこのままの状態でトラロトルが運ぶことになったのだが、道中騒がしく茶々を入れてきたのでどこかで置いてきた方が正解だったかもしれない。


 オレとトラロトルは無視をしていたが、ガルラだけは三匹に対して少しばかり当たりが強かった。思うところがあったのだろう。

 大きな喧嘩に発展しそうならば止めもしたが、それもなさそうなので放っておくことにした。


 迷宮自体は大したことのないただの迷路のようなもの。

 だがその道中には様々な妨害が用意されており、幾分かオレ達の歩みを遅らせた。

 雑魚共がいくら邪魔をしてこようが障害にもならん。しかしいかんせん数が多く、少しばかり手間取ったのは事実。本当に面倒であった。


 その後。迷宮を彷徨った末、月の形をしたカギが入った箱を見つけたオレ達はすぐさま脱出に舵を切る。

 そうしてオレ達が出口へ辿り着いたのは、オレが目を覚ましてから約一時間程経った頃であった。


「……ようやく出口か」

「なかなか楽しかったな!」

「多分それトラロトル様だけです……疲れた」

「わーおめでとー!」

「意外と早かったな!」

「ゴール!」

「……」


 檻の中で騒ぎ立てる三匹に一瞬視線を向けるもすぐに逸らす。ヤツらに構う時間がもったいない気がしたからだ。


「はぁ。んで、このカギをどうすんだ?」


 ガルラがカギを見せながら三匹へ問えば、赤髪が檻の中から手を出してきた。


「貸してー」

「ついでに出してー」

「早くー」


 視線で許可を求めてきたガルラに軽く頷き返した後、オレはトラロトルへ檻を解除するように頼んだ。

 そして自由の身となった三匹がガルラからカギを受け取り湖の方へと走り去る。

 オレはその後ろ姿を目で追いながら様子を窺った。


 軽やかな足取りで進んでいく三匹はこんな状況でも楽しそうで少しばかり腹が立つ。


「月への架け橋虹の橋ー」

「ロックは解除だえんやこらー」

「門が開くぞがっしゃんこー」


 よくわからない歌を歌いながらラビビ共がわちゃわちゃと踊りながら進む。


 あの行動は必要な物なのだろうか。

 もし必要だというのならば、かなり無駄な構造をしている気もするな。


 オレが冷めた目でヤツらの行動を見守っていると、踊り終わった三匹が湖の縁ギリギリへと駆けていった。


「あ、そーれ!」


 赤髪が掛け声と共に湖の上空へカギを放り投げる。


「おーぷんせさみー!」


 大きく弧を描いたカギは重力に従い、そのまま湖へと静かに沈んでいった。


「……」


 しばらく待ってみても特に何も起こらない。

 一体今の一連の行動に意味はあったのか。

 そろそろ付き合いきれなくなってきたオレは冷たい声で三匹へ声をかけた。


「……おい」

「まぁまぁ慌てない慌てなーい」

「急いでも良いことないよー」

「そーそー」


 此方へ振り向いた三匹を睨みつけてもへらへらとした笑顔を返されるのみ。

 そうして再度待ちぼうけてみるも何の変化も起こらない。


「……」

「……」

「……おい――」

「すぅー」


 痺れを切らしたオレが口を開くと同時、赤髪が大きく息を吸い込んだ。


「ぼーすー!」

「開けてー!」

「ただいまー!」


 そして急に大声を張り上げた三匹が湖へ向けてアピールを始める。


「……なに?」


 その声に呼応したのかは不明だが湖の中から橋が迫り上がってきた。


 意味がわからない。


 オレが三匹の意味不明な行動に頭を抱えていると、ガルラが代わりに口を開いた。


「ちなみに聞くけどよ……さっきの踊りとかには何の意味があったんだ?」

「え? ないけど?」

「……ふぅー。……一応これも聞くけど、カギの意味もないとか言わないよな?」

「えーどうだろー?」

「あるかもしれないしー?」

「ないかもしれなーい」

「こっの……!」

「きゃー。ガルラが怒ったー」

「こわーい」

「わーい」

「……はぁ」


 ガルラのため息と共にオレも小さく息を吐く。一気に疲れが押し寄せてきたようだ。

 トラロトルだけは楽しそうに笑っているが何処に笑える要素があるのだろうか。理解し難い。


「……もういい。行くぞ」


 三匹を放置しオレは出現した橋を渡る為に足を動かす。


 ようやくこの茶番にも終わりが見えた。さっさとメイを取り戻し、テスカトレを殴り飛ばしてから冥界に戻るとしよう。


 そう決意したオレはテスカトレへの恨みを込めて強く拳を握った。

 憂さ晴らしが今からとても楽しみだ。


「アタシいっちばーん!」

「わーずるい!」

「待ってよー!」


 月の浮かぶ湖中心部へと到着したオレの後方。勢いよく駆けてきた子ラビビ共がオレの足元をすり抜け次々と湖に浮かぶ月へ飛び込んでいった。


 あとに残ったのはオレ達大人のみ。


 ようやくしばしの静かな時間が訪れたのは良いことだが、この時間を堪能している場合ではない。

 馬鹿笑いするトラロトルに呆れた視線を向けながら、ラビビ達を追うようにオレ達も湖へと飛び込み月城への扉をくぐった。

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