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モリアさんのからかい攻撃とステラの頭突き攻撃。それらをなんとかいなした私は、現在ラドスティさんのお店の商品を見せてもらっています。
それは何故かといえば単純に興味があったからですね。
あとここで実際にお金を使う経験をさせてもらおうと思ったから。
ラドスティさんにお願いしてみれば快諾してくれたので、感謝しつつ買うものを物色しているというわけですね。何事も経験です。
「おぉー」
魔道具店というだけあってそれらしい品が沢山ある。
分厚い魔法書っぽいもの。魔法薬っぽいもの。何に使うかわからない素材っぽいものの数々。とにかくたくさん置いてありました。
あとは魔法を使う時に使用する短めの杖とか、鍋とか、箒とか。ファンタジー商品っぽいもので溢れています。見ているだけでわくわくしてくる。
魔法の箒を見たときはテンションが上がりすぎてみんなにドン引かれていたような気もしますが、私はそんなこと気にしません。
だって魔法の箒ですよ? 箒で空を飛ぶんですよ? テンション上がるでしょう? 上がらない? そっかぁ……。
箒なんかはとても欲しかったけど、今の私は魔法が使えないのでお預けとした。
「んー」
ラドスティさんによると魔道具とは二種類あるとのこと。
一つは魔法関連に使うもの。もう一つが生活関連に使うもの。その二つで分けられる。
ラドスティさんのお店は魔法関連の魔道具を扱うお店。なのでラドスティさんのお店には魔法関連の品物が多いようだ。反対に生活関連はあんまり置いていない。
店を見分けるには掲げている看板を見るか、窓から見える店内の様子を見れば良いらしい。
看板に杖とフラスコ瓶のような絵が描いてあるお店が魔法関連の魔道具店。ちなみにフラスコ瓶は魔法薬が入った瓶を表してるらしい。
そして生活関連の魔道具店にはランタンの絵が描いてある看板が掲げられている。
一度お店の外に出て見せてもらったが、確かにラドスティさんのお店には杖と魔法薬の瓶の絵が描いてありました。ふむ、なるほど。
店内は見ているだけでわくわくする。わくわくはするんだけど、正直今のところ箒以外で欲しいものが見当たらないのだ。
多分ここにある魔道具類が今の私にとって必要ないものが多いからかもしれない。
杖はフェルトス様が用意してくれるって言っていた。魔法書はまだ私には早いだろうし、薬は怖い。お鍋は少し欲しいけど、片手で持てるような取っ手がついていないから保留。
そんな風に眺めながら店内を回ってみてもこれというものが見つからない。これはお金を使う練習だし、そのお金はかなりあるから正直買うものはなんでも良いのかもしれないけれど。どうしても決められない。
『おい、チビスケ。これなんてどうだ『馬鹿でもわかる魔法入門書』だとさ』
「はぇ。しょれはちょっとほちいかも」
入門書は私の身長では届かない場所にあったので、シエラさんに頼んで代わりに取ってもらう。
「どうぞメイ殿」
「あいがとごじゃましゅ」
シエラさんから本を受け取り表紙を眺める。その時点で若干の諦めが私を襲った。それでもと本を開いてぱらぱらと中身を見ていき、その後そっと本を閉じる。
表紙でわかってたけど、案の定何が書いてあるのか理解できずにさっぱりでした。
私がこれは読めないなという気持ちで難しい顔をしていれば、頭上からモリアさんの笑い声が降ってくる。
その声にむっとするも言い返さずに、私はシエラさんへ本を手渡した。今に見てろよモリアさんめ!
誤解がないように言わせてもらうと、私が「馬鹿でもわかるはずなのにわからない馬鹿以上の存在」というわけではない。
単純に文字が日本と違う文字で読めなかっただけなんです。本当です。
町を歩いてるときから薄々そうではないかと思っていましたが、ここにきて確信しました。これは異世界文字ですね。欠片も読めません。
大変そうだけど、ここで生きていくならこれから少しづつでも覚えていかないといけないのか。そう考えるとちょっとだけ憂鬱かもしれない。
だけど今の私は子供だ。大人の固くなった脳と違って子供の柔らかい脳ならいけるかもしれない。
こればかりはやってみないとわからないけど、少しの希望に縋りましょう。
とりあえずは『あいうえお』から始めますか。そしていつかモリアさんを見返してやります! 必ず!
「メイ。これなんかどうだい?」
「う?」
私が決意を新たに、モリアさんへの闘志を燃やしているとラドスティさんが何かを持ってきてくれた。
手渡されたそれを見ると黒猫の形をした首から下げるタイプのポーチ。
「わぁ。かわいいー!」
それにこの子ちょっとステラに似ている気がする。ますます気に入りました。
「これは魔法もかかってないただのポーチなんだけどね。今のあんたには丁度良いんじゃないかい?」
手の中のポーチをじっくりと眺める。
魔法がかかってないというのがなんなのかイマイチわかりませんが、ふわふわ素材で触り心地がとても良いです。
これは子供のお財布代わりには丁度良い代物ですね。さすがラドスティさんだ。
「ばーちゃ。こえ欲ちいでちゅ!」
「まいどあり。千と五百ガルグだよ」
「あーい!」
シエラさんに手伝ってもらいながら私はカバンに手を伸ばす。
そしてみっちり詰まっている札束群から一枚だけを抜き取ってラドスティさんへと手渡した。
一万円――じゃなくて一万ガルグ。お釣りを黒猫財布へと入れれば私の初めてのお買い物は完了です!
「できまちた!」
「上出来さね」
「さすがですメイ殿」
褒めてくれる二人には悪いけど、さすがにね。中身大人なんでこれくらいはね?
残念メイちゃんばかりじゃないところをしっかり見せていかないとですからね?
私は誰に言い訳をしているんだろうか。
「それじゃあ金の引き渡しも無事に終わったし、ここでの用事はこれで終いだね。次はどこに行くんだい?」
「うーん。どうちようかにゃぁ」
お腹はまだ空いていないから後回しで良いとして。晩御飯までの時間はやはり観光でしょうか。お買い物もしたい。だけど今買うと荷物になるしどうしよう。
「しょもしょもこのお金どうちよ……」
荷物といえばこの大量のお金をどうするのか、だ。まずそれを考えないといけなかった。
持ち歩くのは物理的にも精神的にもしんどいから避けたいんだけどそういう訳にもいかないからな。さて困った。
「ん、どちたのしゅてら?」
私がお金をどうするか頭を悩ませているとステラが足に体を擦り付けてきた。
どうしたのかとステラへ視線を向けると、私と目が合ったステラがたしたしと小さな足で私の足元を叩きはじめた。
「う?」
なんでしょう?
私が疑問符を飛ばしまくってる間もずっと叩いている。そしてなんかだんだん叩くスピードが早く、そして力強くなってきた。ちょっと怖いです。
『ステラは影に入れればいいって言ってるんだよ』
そんなときステラの背中へ降りてきたモリアさんから助け舟が飛んできた。でも言葉の意味がよくわからない。影に入れるとはなんぞや。そのままの意味だろうか。
たしかに私の影にはモリアさん以外のちび蝙蝠さん達が入っている。でもそれはモリアさん自身の能力的な何かなのだと思っていたんだけど違うのでしょうか。だって私の影に収納能力なんてありません。ただの影です。
首を傾げつつステラを見ると、モリアさんの言葉にうんうんと頷いていた。もしかしてこれは本当に影に入れられるのでしょうか。
私はまだ疑いの目でモリアさんへと視線を移す。すると小さく頷かれた。
全然関係ないけど、一頭身のモリアさんの頷き方はなんだかちょっと可愛いと思いました。
「よち!」
とりあえず考えていても仕方がない。よくわからないけどやってみることとしますか。
「ラティばーちゃ。このお金って入れ物ごと貰っていいんでしゅか?」
「あぁかまわないよ。持ってきな」
「あいがとごじゃましゅ!」
よし。許可も貰ったので実践してみますか。
意気込んだのはいいけど私ではこのカバンは重すぎて持てない。だからシエラさんにお願いして代わりに地面へ降ろしてもらった。
「ねぇモリアしゃん。これってどうやって入れるんでしゅか?」
『どうって……そのままポイすれば入るぞ』
ポイって。……言い方かわいいなモリアさん。あざといです。
ともかく言われた通りにやってみましょう。ただ、さすがにポイとは入れられないので、カバンを手に持ってぐいっと自分の影に押し込んでみた。
「んぅー!」
入らないじゃないですか! びくともしないんですけど!
「むぅ。モリアしゃん……嘘ちゅいた?」
じとーっとした視線をモリアさんへ投げかける。
『嘘なんかついてないぞ。入るはずだ。オマエちゃんと『入れー』って思いながらやったか?』
「むー」
ほんとかなぁ。
疑いの眼差しをモリアさんへ向けつつ、私は改めてカバンに手をかけた。
影の中に入れと思いながらやればいい。今度はそのアドバイス通りにやってみる。よし。入れー!
「うきゃぁ!」
「メイ殿! 大丈夫ですか!」
「いててて。だいじょぶ、でしゅ」
「まったく。なにやってんだい」
入りました。それはもう勢い良く、ずるんって感じで影の中にカバンが入っていきました。
そして私は押し込んでいた力が急に行き場をなくし、勢いそのままに盛大にコケました。とても痛いです。
心配したシエラさんとラドスティさんがすぐに駆け寄ってきてくれて、コケたままだった私を起こしてくれた。
お二人ともありがとう、そしてすみません。
『ホントにオマエは鈍臭いな……大丈夫か?』
「むー、平気。しゅてらもありあと。大丈夫だよ」
ステラからの優しい頭突きに頭を撫でることで返す。
それでもまだ少し心配そうな顔で私の手を舐めてきたから、私は安心させるようにステラの頭をわしゃわしゃと撫でた。
みんな優しくて涙が出そう。決して痛みで泣きそうなのではありません。えぇ、けっして。
「……ところでモリアしゃ。これって取り出す時はどうしゅるんでしゅか?」
失態を誤魔化すように私はモリアさんへ疑問を投げかけた。
『出したいもん想像しながら『出ろー』って思ってみろ』
「あーい」
モリアさんの言葉通りさっき入れたカバンを想像してみる。
むー、お金の入ったカバン、出ろー! 出ろー!
「おぉ!」
出ました。ポンと影から打ち上げたみたいに出てきました。すごい。
ただ、打ち上がったそれを私はキャッチできないのでお店の床に落ちちゃいましたが。傷付いてないよね? うん。大丈夫そうだ良かった。
出し入れに問題がないこともわかった。これで荷物問題は片付いたということで良いのかな。
再度カバンを影の中へ片付ける前にお札を数枚取り出して財布へ入れる。
この出し入れを人前でやるとびっくりさせちゃうだろうからね。なるべく出し入れの回数は少なくしないと。それにしてもこの能力は便利だな。最高だ。
残りのお金を影へ片付けた私は首にしっかりと財布があることを確認する。
「……うん。よち!」
ようやく出掛ける準備ができた私は傍で見守ってくれていたシエラさんを見上げる。
「えっちょ。シエラしゃんはこのあともいっちょに来てくれるんでしゅか?」
「もちろんです。今日はメイ殿がお帰りになるまでお付き合いするよう命令を受けておりますので」
シエラさんはニッコリ笑いそう言ってくれた。
申し訳ない気持ちがないわけではないけれど、知らない町を案内してくれる人がいるのは純粋にありがたい。
「ごめーわくをおかけしましゅが、このあともよろちくお願いちまちゅ!」
「こちらこそ。よろしくお願いいたします」
次の予定はまだ決めてないけれど、とりあえずシエラさんの案内のもと町をブラブラしようと思います。
影にどれだけの物を入れられるのかわからないけど荷物の心配をしなくていいならお買い物もしていきたい。
「ラティばーちゃ、今日はありがとうごじゃいまちた!」
「こちらこそ。珍しいもの見せてもらってありがとね」
「えへへー。……あにょ、また来てもいいでしゅか?」
「もちろんさね。いつでもおいで」
「わーい!」
ラドスティさんと笑顔でお別れをしてから私達はお店を出た。
「メイ殿。次はどこへ行きますか?」
「うーんと。お鍋とか売ってるとこ行きたいでしゅ!」
「鍋、ですか? ならばあそこですね。行きましょう」
「あい!」
移動はシエラさんが抱っこをしてくれるようなので遠慮なく甘えることにした。




