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湖上の月城編11 とある風神の独り言

「フェルトス様っ! 目を開けてください! フェルトス様っ!」


 俺とガルラの前でフェルが突然倒れた。

 倒れたフェルに縋り付くようガルラが声を張るも、当のフェルは倒れ伏したままピクリとも動かない。


 固く目を閉じ顔色も悪く、微動だにしないその姿はまるで死んでいるのかと錯覚する程だ。


「なんで、どうして……ぃやだ。置いていかないでくださぃ……」

「落ち着けガルラ」

「――ッ! これが落ち着いていられるわけないでしょうっ!」

「良いから落ち着け。フェルは寝てるだけだ」

「…………へ? ねて、る?」

「おぅ。だから落ち着け」


 絶望からか声も震えパニックになりかけているガルラを諭し落ち着かせる。

 わけもわからず主人が倒れ動かなくなったのだ。取り乱すのも無理はない。


 しかし、長い付き合いだがガルラがこのように取り乱すのを初めて見た。

 普段はあまり表に出さないが、こんなにフェルのことを慕っていたのだな。少しばかり意外だった。


「で、ですがトラロトル様――」

「大丈夫だと言っているだろう。それとも俺の言うことが信じられないのか?」

「それ、は……っ」


 俺から顔を背けフェルに視線を向けるガルラに小さくため息を吐く。


 こいつの言いたいことはわかる。

 いつもと違い、フェルの生命活動全般を感じられない。だから俺の寝ているだけ発言が信じられない、とそう言いたいのだろう。


 確かに現在のフェルは生命活動を停止しているように見える。

 ただそれは見えるだけで本当に死んでいるわけではない。普段の寝ている様子と違うので勘違いをしているだけだろう。


 それに、通常の神であれば「死ぬ」ということもあるかもしれんが、俺達高位の神には人間達の言う「死」という概念はない。

 俺達は肉体が深く傷付き生命活動の維持が困難になれば眠りにつき傷を癒やす。そんな風にできている。


 とはいえ今まで俺達がそこまで追い詰められたことなどないがな。


 遥か昔。まだ人間達との距離が近かった頃、血気盛んな人間達に喧嘩を売られたイグアスやディストールなんかが怪我をしたことがある程度だ。

 神同士の喧嘩もあるにはあるが、相手を殺すと面倒なことになるので理性があるのならばまずしない。


 今回のフェルに対してこの事例が当てはまるのかは俺にもわからないが、多分違うと俺は踏んでいる。


 何故ならテスカトレは月神。そして夜を統べる王でもある。夜というのは大抵の生き物は睡眠をとる。

 つまり夜と睡眠は強い繋がりがあり、その夜を統べる王であるテスカトレならば高位神であるフェルを眠らせることも容易だと考えたのだ。


 それに、いくらあの三匹が高位神の眷属とはいえ、眷属程度にフェルを強制入眠させる力などあるわけがない。


 さらに言えば赤髪が投げたあの黄金の球からはテスカトレの魔力(匂い)もした。だからこそフェルもあの球を素直に受けたのだろう。


 ならば今の事態は全てテスカトレが仕掛けたことと考えるのが自然だ。


「それにしても……」


 横たわるフェルを眺める。


 本人に自覚はなかったが、今もなおフェルの顔色は悪い。本当にただ眠らされただけなのか。それ以外に害はないのか。

 色々気になることはある。あるんだが、それ以上に目の前の光景に心が痛む。


「……ふぇるとすさま」


 消え入りそうな声でフェルを呼ぶガルラが痛々しくて見ていられないのだ。


「チッ。……おいチビどもいるんだろ。出てこい」


 背後の茂みに潜む三つの小さな気配へ向けて声をかけると、大きな音を立ててラビビどもが姿を現した。


「わぁ、バレてた!」

「さすが風神さま」

「さすがー」

「なっ! オマエら。よくオレの前に顔を出せたなっ!」


 戻ってきた三匹の姿を見た瞬間、ガルラが怒りを発露させる。

 先程のしおらしさは何処かへと飛んでいき、ガルラは怒り一色に染まった顔で三匹を睨みつけた。


「きゃーガルラが怒ってる。こわーい」

「めっずらしー」

「しー」

「ふっざけっ――」

「はぁ……」


 しかしそんなガルラとは対照的に三匹は調子の良い態度を崩さない。


 正面から戦えばガルラの方が強いはずだ。それなのになぜ三匹はあぁも余裕の態度を見せるのか。何か策があるのか。

 だが気にしていても仕方がない。ここは俺が仕切らなければまた話がややこしくなりそうだ。


 そう考えた俺は目の前の奴らを威圧するべく魔力を叩きつける。

 全員の肩が大きく揺れ動き、一斉に俺へと視線が集まったところで意識的に低い声を出した。


「お前ら全員少し黙れ」


 頭に血が上っているであろうガルラにも効くように、声に魔力を乗せ一喝してやれば全員面白いように押し黙る。


「よし。とりあえずガルラ。お前は冷静になった上で少し黙っていろ。そんでそっちの三匹は……」


 チラリと三匹へ視線を向ければニタニタと笑う顔が見られた。


 さっきは少し怯えた顔をしていたくせに、オレが本気ではないと悟ったとたんにまた調子に乗り始めたな。

 そうやって他人をおちょくるから怒らせるのだろうに。


 まぁ、やつらはイタズラが大好きな性質だから辞めろと言って辞めるようなものではないのかもしれんが。


「なぁにぃ?」


 赤い髪が首を傾げながら尋ねてくる。

 その仕草も人の神経を逆撫でしているようだ。


「お前らフェルに何をした? いや、違うな。テスカトレはお前らに何を持たせたんだ」


 恐らく、というか確実にフェルが倒れた原因は赤髪が投げたあの黄金の球だ。

 アレの正体がわかれば、俺にも手の打ちようがあるかもしれない。


 俺だってこれがただの喧嘩ならば黙って見守るつもりだったが、さすがにここまでされると口を出さざるを得ない。

 場合によってはクロノス様への報告もしなければいけなくなる。


 そんなことを考えつつ責めるように三匹を見れば、やつらは一度顔を見合わせたあと楽しそうに口を開いた。


「アタシしーらない」

「オレもしらなーい」

「ボクもー」

「あはははははは」


 三匹の楽しげな笑い声が森に響く。


「あー。この後に及んでしらばっくれてるなら流石に擁護しかねるぞ?」

「違うわよー」

「オレたちほんとに知らないんだって」

「ボスに持たされただけ」

「そーそー。あの球の水を当てたら寝るから、頑張って当てろってさ」

「当て方は指示がなかったからオレたちが考えたんだー」

「すごいでしょー」


 そう順繰りに話した三匹は腰に手を当て誇らしげに胸を張った。


 確かにたかが眷属が警戒心を剥き出しにした高位神へ攻撃を仕掛け、尚且つその攻撃を命中させるのは至難の業。

 それを成功させたということは褒められる行為なのだろう。


 但し。それを為したのが自分の眷属であれば、の話ではあるが。


「だけど冥界神さまってば、なかなか寝なくてアタシどきどきしちゃったー」

「冥界神さまはいつもお昼寝ばっかりしてるから耐性あるんじゃないのー」

「なるほどなっとくー」

「はぁ。お前らの言い分はわかった。じゃあ次だ。アレを当てたあとはどうしろって言われた?」

「べつになにもー」

「起きるかどうかは冥界神さましだいってさ」

「だからボクたちのお仕事はここでおしまーい」

「あとは見守るだけー。くすくすくす」


 またもや三匹が顔を見合わせ笑い合う。

 しかしすぐにその顔をガルラへと向けると訝しげに眉を顰めた。


「でもふっしぎー。ガルラにも冥界神さまにかけた水とおんなじやつ付けたのに全然寝ないじゃーん」

「あ? オレにも?」

「うん。さっき泣きついたときにこっそーり服に染み込ませたんだー」

「やっぱり顔にかけないとだったのかもー」


「ざんねんざんねーん」などと楽しそうに笑う子供らに思わず頭を抱える。


 もしかしてこいつらの妙な余裕の正体はこれか? ガルラが眠ることを期待していたのか?


 だとしてもその行為を見過ごすわけにもいかず、俺は口を開く。


「お前らな。関係ないやつを巻き込むなよ。下手したらガルラが死んでいたかもしれんのだぞ」


 高位神を強制的に眠らせる程強力な魔法だ。眷属のガルラが耐えられる保証はまったくもってない。

 その辺りの想像力がないのか、わざと無視しているのか。俺にはわからないが、どちらにしてもタチが悪い。


「むー。関係なくなんてないわよ。だってガルラは冥界神さまの一番かつ自慢の眷属じゃん」

「オレたちからしたら計画に邪魔だったんだもーん。まぁ、結果的には何もしてこなかったんだけどさ」

「それに、ボスは寝るだけで死ぬことはないって言ってたから大丈夫だよーん」


 小さな体を大きく使い、ちょこまかと忙しなく動きながら主張を繰り返す三匹を視線だけで追う。

 もし何かおかしな動きを見せたらすぐさま取り押さえられるようにだ。


 そう思って観察していれば三匹は突然動きを止め後ろを向いた。


「まぁ、ちゃんと目が覚めるかの保証はしてないけど」

「それはそう」

「きしし」


 小さな声でコソコソと話す内容にため息が出そうになるが必死に抑える。


 こいつらの相手をするのが少し疲れてきた。今回の騒動が終わったら一度テスカトレへ苦情を入れるとしよう。

 いくらこいつらの性質だとはいえ、眷属の躾くらいしっかりしてもらわないと困る。


「……全部聞こえてるからな、クソガキ共」

「え、なにがー?」

「オレたちなんにも言ってないよー」

「そーだそーだ」

「……はぁ」


 ここへ来てからため息が増えてしまった。俺らしくもない。


 それに、いくら俺が細かいことを気にしないとはいえ、此度のことを見逃すには少々度が過ぎている。


 そろそろ三匹の対応をするのも本格的に面倒になってきた俺はそっとガルラへ視線を移した。


 フェルが倒れてからというもの、怒りが収まらないのかガルラはずっと憎悪に満ちた瞳で三匹を見つめている。

 表情はすっかり抜け落ち、瞳だけがギラつき静かに怒りを募らせるガルラ。人当たりの良いこいつのこんな顔は初めて見た。


 逆に言えば、ガルラにこんな顔をさせた三匹がすごい、とも言えるのか?


「ガルラ、こいつらを許せとは言わん。だが、とりあえずフェルの目が覚めるまではその怒り、抑えてくれるか?」

「…………御意に」


 俺の言葉をやっとの思いで飲み干したガルラが搾り出すように答える。


「すまんな」


 殺意に塗れた瞳を逸らさず三匹を睨み続けるガルラに無理を言った俺は、一先ずこれ以上自体が悪化しないよう三匹を風の牢へ閉じ込めた。


「うわっ」

「なんだよこれ」

「だせー」

「黙れ。フェルの目が覚めるまでお前らに自由はない。それから、万が一の事態が起こった場合は、テスカトレに言うことを聞かせる為の人質にする。流石に今回のことは俺の目にも余るからな」

「ちぇー」


 口を尖らせた三匹は大人しく牢の中で腰を下ろした。

 その存外素直な行動に訝しむ気持ちもあるが、今はフェルの方が優先だ。


 俺は三匹を意識の外へ置きフェルの傍へ行く。

 先程まで三匹を睨んでいたガルラの瞳は俺が近付くと縋るような瞳に変わっていた。


 不安に押しつぶされそうなガルラの頭を一撫でする。そして俺は改めてフェルの状態を確かめ始めた。


「……ふむ」


 体内の魔力の流れが少しおかしくなっている以外は特に変わったことはない。本当にただ寝ているだけのようだ。


 一応頬を叩いてみたり、体を揺すってみたりもしたが、何も反応は返ってこなかった。

 顔色も悪いままだ。やはり不安は拭いきれない。


「ダメか。……やはりチビ達が言っていた通り自力で起きるのを待つしかないか? それでもダメそうならクロノス様へお願いしにいくしかないな」


 現状、テスカトレの魔法でフェルが強制的に眠らされたということしかわからない。

 さらに言えば俺は睡眠系統は管轄外で、さして知識があるわけでもない。

 チビ達からの情報も増えなかった以上、下手なことをして取り返しがつかなくなるのもまずい。


「フェルトス様……」


 消え入りそうな呟きとともにガルラが肩を落とす。

 フェルが倒れてからガルラはフェルの手をずっと握っている。そのガルラの手が不安と恐怖で小さく震えているのを見ると、親を探す迷子の幼子のようで哀れさを誘った。


「そういえばガルラ。お前、体調は大丈夫か? 眠気はどうだ? 嘘偽りなく答えろ」

「……はい。特に問題はございません。ご心配ありがとうございます」

「ならば良し。だが、何か異変があればすぐに言え」

「……御意」


 伝えられたとて、現時点で何もできない俺が、何かをしてやれるとは思わない。

 だが黙って倒れられるよりはマシだ。


 俺はガルラへ向けていた視線をフェルへと戻し、次の行動を思案する。


 これがテスカトレの試練だというのならば、フェルが目を覚まさない限り先へは進めないのだろう。

 ならば眠ったフェルを担いで移動したとしてもこの迷宮から出られる保証はない。

 ともすれば、やはり俺達が取る選択肢はフェルの目覚めを待つしかないということか。


 そう結論付けた俺はガルラに声をかける。


「とりあえず、フェルの目が覚めるまでは待機、でいいか?」

「……」


 小さく頷いたガルラに俺も頷き返す。

 そしてそのままドカリと座りこみフェルの顔を見下ろした。


「……さっさと起きろよバカフェル」


 ガルラの精神が壊れる前にな。

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