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湖上の月城編5 とある眷属の独り言

「もーいいかい?」

「まぁーだだよ!」


 神域内。お嬢達の昼寝も終わり、畑前でかくれんぼが開催されている。

 俺は聞こえてくる子供達の返事に口元を緩ませていた。


 最初の鬼はこの俺、カイルが務めることとなった。子はお嬢、ギルバルト様、シドーの三人。

 ステラ先輩は不参加。パラソルの下、ベンチの上でまったり日影ぼっこ中だ。


 閉じた視界の中で楽しげに笑うお嬢の声が耳へ届く。

 ここはダメだ。あっちはどうかと隠れ場所を吟味している声だ。

 合間に声が大きいぞと叱るギルバルト様の声も聞こえることから、やはり二人は同じところ、もしくは近い場所へ隠れるつもりなのだろう。


「ふふっ。いーち、にー、さーん、しぃー、ごー」


 無邪気な幼い声に笑いがもれる。


 昼寝前までは誰が最後まで見つからないか勝負をすると息巻いていた三人。

 しかし、蓋を開けてみれば勝負をする気満々だったのはギルバルト様とシドーの二人だけになっていた。


 お嬢はすっかり勝負のことなど忘れ、一緒に隠れようとギルバルト様の手を引いて駆けていったのだ。


 それを見たシドーは一瞬面白くなさそうに頬を膨らませていたが、それでも勝負を優先したようで一人違う方向へと向かった。


 なんとも微笑ましい。


 再度ゆっくりと数を数え直しながら、俺はお嬢達が隠れ終わるのを待つ。


「ろーく、なぁ――」

「おい」

「――ッ!」


 その最中、聞き覚えのない男の声が聞こえ俺は咄嗟に振り返った。


 先程までは誰もいなかったはずのその場所。そこに俺と同じぐらいの背丈をした男が立っていた。


 いや、これは正確ではない。

 よく見ると男の背は少し丸まっている。だから俺と同じ程だと錯覚したのだろう。


 水色の長い髪はボサボサで、毛先に行くにつれ段々と黄色に変わる不思議な髪色をしていた。

 露出は一切なく、体よりも大きなローブを纏っているので体格などは不明。

 さらには前髪で目が完全に隠れているため表情を探るのも難しい。


 対峙する見るからに怪しい男の姿に一瞬腰の剣へ手が伸びそうになる。

 しかしその気持ちをグッと押し殺した。


「そう警戒するな。楽にしていい」


 ここは神域。さらに言えば神域の中でも冥界にほど近い場所。

 そんな場所に気配もさせずに突然現れたのだから、恐らくこの相手は自分より高位の存在のはず。


 その証拠にステラ先輩がベンチから降り、頭を下げているのが視界の隅で確認できた。

 そのような相手に剣を抜けば俺自身ただでは済まないだろう。

 そして主であるお嬢やフェルトス様にまで迷惑がかかる可能性がある。


 多分だが、気配的にこの人は神なのだろう。フェルトス様やトラロトル様などの身近な神々と気配が良く似ている。力の底が窺い知れないのも同じだ。


 どこの神かは残念ながらすぐには検討が付かない。むしろ今はそこまで深く考える時間すらない。


 ともかくだ。俺は一瞬の間にそこまで考え、当たり障りのないよう対応することに決めた。


「――はっ。失礼をお許しください」


 すぐさま膝を付き俺は頭を下げ礼の姿勢を取る。


「あぁ、構わない。我は気にしていない。そんなことより、貴様の主の所在を教えろ」

「主……でございますか? 我らの主であるフェルトス様は現在天界へ出かけており留守にして――」

「それは知っている。そっちではない。もう一人の小さい(むすめ)の方だ」


 目の前の神は俺の言葉を遮り、少しばかり苛立ちが混じった声音で問いかけてくる。


 小さい娘の方。つまりはお嬢のことだろう。

 何故お嬢の所在を知りたいのかはわからないが、どうにも俺の直感が不吉なものを感じ取る。だからだろうか。不思議とこう感じてしまった。


 この質問に素直に答えて良いのだろうか、と。


 (いち)木っ端(こっぱ)眷属風情が不敬ではあるが、主を守るのも眷属の役目と思い言葉を口にする。


「……失礼を重々承知でお尋ねします。お嬢様――メイ様に何用でございましょうか?」

「貴様には関係ない。どこにいるかと聞いている」

「――ッ」


 眼前の神から発せられる声が一段下がる。

 苛立ちが前面に押し出され空気すらも冷えているような、そんな気配だ。

 予想通り機嫌を損ねてしまったようだが致し方なし。


 怒気をはらんだ声音。そして新たに感じ始めた圧に押しつぶされそうになるも、歯を食いしばり必死に耐える。


 フェルトス様がいない今、俺がお嬢の安全を預かっているのだ。

 留守の間メイを頼むと、フェルトス様からステラ先輩と一緒に命じられているのだ。


 相手がどこぞの神であろうと、俺は俺の主人と神を優先させる。


 例え目の前の相手から不況を買い、その結果殺されることになろうとも。みっともなく足掻くことになっても主人を守ると決めている。


「どこにいるかと聞いて――ん? あぁ、もう結構」


 突如張り詰められた空気が霧散した。

 そのことに嫌な予感を覚え、不敬とわかりつつも顔を上げれば目の前の神は畑の向こう側へと視線を向けていた。


「どうやら見つけたようだ。邪魔をしたな」

「え、ちょ、お待ちくださっ――」


 その刹那。正体不明の神の姿が掻き消える。

 直前のセリフからして恐らくはお嬢の所へと向かったのだろう。


「くそっ。お嬢ッ!」


 胸中に広がる漠然とした不安。

 それに耐えきれず俺はお嬢のもとへ馳せ参じるため駆け出そうとした。


 しかし直前でステラ先輩に止められてしまう。


「なんで止めるんですか先輩! お嬢が!」


 訴えかけるもステラ先輩は首を横に振るだけで道を譲ってはくれない。

 これは俺の直感が間違っていて、あの神はなんの害もないと判断するべきか。


 だがそうなるとおかしなこともある。


 ステラ先輩なら俺が神へ非礼を働いた瞬間に、その愚行を止めてくれていたはずだ。

 なのにそれをしなかったとなると、先輩も不穏を感じ取っていたのだろう。


 俺の直属の主人はお嬢だが、当然その上にいるフェルトス様も主人だ。

 ステラ先輩にとっては直属の主人がフェルトス様。故に現在俺達が最優先すべきはフェルトス様の命令であり、それ以外からの命令は二の次となる。


 なのに、だ。それなのに今俺はステラ先輩に行動を諌められている。


 正直意味がわからない。


 ステラ先輩は言葉を話せない。だから俺には先輩の正確な心中を図ることができないのがもどかしい。

 どこにもぶつけられない憤りを文字通り拳を握り、潰した。


「先輩?」


 ステラ先輩が俺に背を見せ、少し駆けた先で止まり再度こちらに視線を向けた。

 そしてまた少し駆けてこちらを見る。


 これは恐らく「ついてこい」と言っているのだろう。


 そう判断した俺は先輩へ頷き同じく駆け出す。


 向かう先がお嬢の声が聞こえた方向、そして正体不明の神が見ていた方向ではないことだけが気がかりではある。

 しかしここは素直に先輩へ従うしか俺には道がない。


 先を行く先輩の背を追いながら、俺は胸に広がる漠然とした不安と恐怖を押し殺した。


「――無事でいてくれよ、お嬢ッ!」

カイルは迷子表記から眷属表記にクラスチェンジしました。

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