湖上の月城編4 十二神会議2
「次はイルミンだね。よろしくー」
「わかりました」
シンヴィーの隣に座するのは太陽神イルミナス。オレと兄上、海神ユリウスの姉に当たる人だ。
オレや兄上と違い、姉上の普段の言動はどちらかといえば騒々しい。
しかしこのような会議の場においては、普段の騒がしさが嘘のように落ち着いてしまうのが少々解せないでいる。
「……ん?」
一瞬。姉上がオレへと視線を向け笑みを浮かべた。
そのよくわからないアイコンタクトに心の中で首を傾げていると姉上が口を開く。
「私はもちろん賛成派です。かわいい弟が是が非でも娘にしたいと言う程愛した子なんですもの。反対する理由がございません。それに、私にもかわいらしい姪っ子ができるのは嬉しい限り。ただ……」
「ただ?」
姉上は頬に手を当て悩まし気に吐息をもらす。
そしてオレを再度視界に納めるともう一度吐息をもらした。何故だか嫌な予感がする。
「んー? フェルっちがどうかした?」
「えぇ。実は、ですね。私はまだ噂の姪っ子ちゃんに会わせてもらえてないのです。ユリウスはもう会ったのに、私はまだで……。他の子達だって会ったのに、ですよ? はぁ。もう、私はそれだけが残念で……うぅっ」
これ見よがしにチラチラとこちらを見ながら姉上はため息を吐き、泣き真似までしてみせた。
何度も説明し納得をしてくれているように見えたが、実は不満が溜まっていたのか。
「あーあ。泣いちゃった。かわいそっ。なんで会わせてあげないの?」
これはオレへの質問だ。
「メイはオレの眷属故、日光に弱いのです。さらにはまだ幼子――いえ、赤子も同然ですので余計に。太陽神である姉上と今のメイを直に会わせるのはリスクが高すぎると、そう判断いたしました」
「あー、そゆこと――」
「そうなんです!」
「うわびっくりした」
クロノス様の納得の声を掻き消すように姉上が立ち上がり声を張る。
「あら、ごめんなさいクロノス様。でもですよ、今回姪っ子ちゃんの格が上がれば、私が直に会っても大丈夫になるんじゃないかって私は思うんですよ! フェルもそう考えてますし! だから今回の議題はなんとしても可決させなければいけないのです! 私が! 早く! 姪っ子ちゃんに会う為に!」
鼻息荒く言い切った姉上が満足そうに腰を下ろした。
自らの欲望が先行しすぎている気もするが援護としては頼もしい限りだ。
「お、おぉう。すごい迫力……ちょっと怖いよイルミン。とはいえ、その心意気や良し! 賛成五っと。んじゃ次、リアリアどうぞ」
クロノス様の視線が姉上の隣へ座るセシリアへと向く。
「私も賛成です。おチビちゃんはとても礼儀正しくて良い子なんですもの。あの子にあげた畑や世界樹も枯らさず大事に育てていますし、できた野菜も献上してくれる。私としても好感しかありません」
「おぉ、すごく好印象じゃない」
「えぇ。大好きなおチビちゃんです。それに……」
「それに?」
ニコニコした笑顔を崩さないクロノス様が続きを促す。
「ふふっ。あの子、フェルを怖がるどころかすごく慕っていますの。フェルだってそんなおチビちゃんを受け入れてる。おチビちゃんが来てからのフェルは幸せそうな顔ばかりしているんですよ。見ているこっちが微笑ましくなるくらいに。あのフェルが、ですよ? あんな顔見ちゃったら、反対なんて私にはできません。ここまでくると、もうあの子が落とし子かどうかなんて些事でしかないと思っています」
「そうそれ! リーア良い事言う! 最近のフェルは姪っ子ちゃんの話をするときも、それ以外でも、すっごく表情筋が柔らかく動いてるんですよ! もう姉の私からしても嬉しくて嬉しくて――」
「わー。イルミーン落ち着けー」
「……こほん。失礼しました」
セシリアの言葉の数々にいたたまれない気持ちになる。
しかもそこへ姉上の追撃が加えられ感情が追いつかない。
他の連中からも好奇の視線が寄せられているのがわかるだけに余計だ。
兄上に至っては無言で頷きを繰り返している。やめてくれないだろうか。
「ふむ。二人の熱意は受け取ったよ。例の落とし子はかなりの高評価みたいだねぇ。うんうん。まっ、それはそれとして、次がとりあえずの最後だね。お待たせクレアっち」
最後は創造神クレアトーレ。
人間の少女のような見た目をしていて、クロノスティールの中でも一番若い姿をしている。
白髪と蒼い瞳を持った活発な女だ。
似てはいないが破壊神ディストールとは双子である。
個人的にコイツとはあまり接点もないが、姉上とは仲が良いので噂程度は耳に入ってくることもある。
「あー……二人の後だと言いづらいんですけど、あたしもネロちゃんと一緒で保留にしたいです。話だけはイルミンやリーアからたくさん聞いたけど、本人達からは何も聞いてないし。やっぱりちょっと判断材料が少ないかなって……いいですか?」
「もちろんいいよー。んじゃ纏めると、賛成が六。反対が三。保留が二。ちなみにおじさんはねぇ……どっちでもいいかなって思ってまーす。てへっ」
クロノス様の発言に周囲がざわつく。もちろんオレ自身も、だ。
「えぇー。それってアリなのかよクロノス様ぁ」
「まぁまぁいっくん。これにはちゃんと理由があるのだよ」
「理由、ですか?」
「そそっ。んとねー、今回はちょっと特殊な案件だと僕は思ってるわけね。だから仮に僕が『反対』って言っちゃったら、そっち方向の意見が強くなっちゃうじゃん? 落とし子を高位神の子に、なんて前例ないわけだし? フェルっちを委縮させちゃう可能性だってあるし? 逆に『賛成』って言っても同じ。今回賛成派が多いからあんまり意味ないけどさ、少なかった場合は反対派を委縮させちゃうかもじゃん? だから僕の意見はナシの方向で考えたってわけよ。まぁ実際、どっちでもいいし?」
「はぁ、なるほど」
「あはははは。まぁ細かい事は気にしない気にしない。そんじゃほんとの最後ね。フェルっち」
「ハッ」
クロノス様の暗色の瞳にオレが映る。
ふざけた言動とは裏腹な真剣な瞳。恐らく見極めようとなさっているのだろう。
いまだクロノス様の一人称が『私』になっていないところをみると、本気でどちらでもいいと考えておられるはず。
クロノス様は少し特殊なお方。普段から軽い調子の言動を繰り返しておられる。
それに伴い自分自身のことを様々な人称で表現される。
そしてその呼び方が続く限りは安全という認識で構わない。
オレ達が何をしようが大抵は笑って許してくださる。気さくでおおらかなクロノス様。
しかし。一度自身のことを『私』と呼び始めた瞬間、スイッチが切り替わり最高神クロノス・アイビス様となる。
纏う空気も変わり、普段のクロノス様は鳴りを潜め、我らの最高神然とされる。
その状態のクロノス様にはオレ達も反論はできない。いや、許されない。
まさにオレが恐れていた状態がそれだが、現状はまだ安全圏と考えて良いだろう。
だが、何か一つでもオレが対応をしくじれば、クロノス様はすぐにでも反対側に回られるはずだ。
「……」
オレは知れず息を呑む。
クロノス様からの圧が強くなった気がした。
「君の眷属兼娘候補が、君の――高位神である冥界神の娘として相応しい格があると証明してみせてよ。勿論できるんだよね。ねぇ、フェルトス?」
「……御意のままに」
クロノス様の態度は何も変わらない。声の高さも、表情も、何も。
それなのに此方への呼び名が変わっただけで背筋に寒気が走る。
やはりメイをオレの娘にすることを本心では快くは思っていないのだろう。
だとしても頭ごなしに否定せずオレや皆の意見を聞くあたり、まだ余地はあると考えるべきだ。このように会議を開いてくださっているのがその証拠。
この場に居る全員の視線がオレへと突き刺さっているのがわかる。
「――ふぅ」
軽く息を吐き呼吸を整える。
そしてゆっくりとクロノス様へ礼の姿勢を取り口を開いた。
「メイはすでに我が町、及びその周辺の町や村。様々な人間達から信仰心を得ており、そこから神格を得るまでに至っております。加えて、我が町周辺だけでなく、他国の人間からも信仰を受ける程成長しております」
「みたいだね。たしか、ユーリンとこと、イルミンとこの子達に……だっけ?」
「ハッ。メイは我が町グランゼルトの住民からも慕われておるようです」
「同じく。ただ、私のところはまだまだ小規模……というよりほぼ個人、になりますけれど。それでも強固な信仰心を得ているのは確かです」
「ふむふむ」
以前メイが旅行と称し兄上の領域へ遊びに出掛けた際、クラーケン問題をあっさりと片付けた件。さらに先日我が領域の町へ来たという商人と、それに憑いていた霊魂を導いた件。
この二つの件を片付けたことにより得た信仰心のことだ。
それによりメイは以前よりも神格が上がっている。微々たるものではあるのだが。
「うーむ。でもそれだけじゃちょっと弱いよねー? 言っちゃ悪いけどさ、信仰心による神格なんて得ようと思えばわりと簡単に得られるものなわけだし? もうちょっと冥界神の娘としての格を上げる材料はないの?」
至極当然といえるクロノス様の疑問。
しかしこれにもオレはすでに答えを用意してある。
「先程の話と少し被り恐縮ですが。我が冥界の仕事を問題なくこなせることも確認済みです。幼さ故に足りないところはどうしてもございますが、それらを加味したとしても我が冥界における権能、能力は十分かと。故に私の娘として扱う下地としては十分だと愚考いたします」
「……へぇ。他には?」
クロノス様の目が細められ、視線が強くなる。
「はっ。先程セシリアも申しておりましたが、畑や世界樹の成長維持管理も己の力のみでやり遂げております。そして、以前献上させていただいた酒もメイがほぼ一人で造りあげたもの。メイの手を介したものには祈りに近い不可思議な力が宿るのか、どれも極上の仕上がりとなるのです。これらもすでに実証済み。我ら神の舌をも満足させるにふさわしい逸品となっております」
「あぁ、あれねー。たしかに噂通りすっごく美味しかった! あとで出すから飲んだことない子も飲んでみるといいよ! おじさんからもオススメしとく」
「感謝申し上げます。他には――」
「あぁ、もうそれくらいでいいよフェルっち」
「――御意」
笑いながら手を振り会話を切り上げたクロノス様へ再度礼の姿勢を取る。
どうやら最大の難所は無事抜けられたようだ。現状は、という注釈が付くがな。
「――ってなわけだけど。反対派のいっくんと保留の二人は今のを聞いてどう思った?」
クロノス様がイグアスへ視線を向け発言を促す。
「……フェルトス達の情熱は伝わった。だが、それでも俺は反対とさせていただきます」
「りょうかーい。ネロちゃんはどう?」
「そうですわね。一通り聞いて、かつフェルちゃんの変化も加味して。私は賛成とさせていただきますわ」
「ほいほい。クレアっちは?」
「んー。それじゃあたしも賛成で。とくに反対する理由もないし……にゃはは」
「おっけー。それじゃ最後に賛成派の諸君。君達は答えを変更する気はあるかい? ある人は挙手してくださーい」
視線だけで確認してみるが誰も動かなかった。
「――ないみたいだね。では集計結果を発表しまーす。賛成が八。反対が三。というわけで、今回は賛成派多数となり、晴れてフェルっちが拾った落とし子を正式に娘へ迎えることを認めまーす! わーぱちぱちぱち。おめでとー」
「ありがとうございます」
「うんうん。有意義な時間だったねぇ。それじゃ堅苦しいのはここまでにして――飲もうか!」
パンっと手を合わせる軽い音と共にクロノス様が会議終了の号令をかける。
その瞬間室内の空気が一気に軽いものへと変わり、扉から天使たちが入ってくるのが見えた。
天使たちは手に酒を持っておりオレ達の前へと配膳して回る。
この酒は以前オレが献上したメイの酒だ。
「これねーほんとに美味しいよ。ティルキスのお酒にも負けないくらいに!」
「然り。手に入る機会が少ないのが難点ではありますがなぁ」
「そういやロイの爺さんは飲んだことあるんだったか?」
「まぁの。しかしイグアスはあの子に好印象がないようだからのぉ。仮に酒を気に入ったとしてももう飲めんということか。残念じゃのぉ」
「ぐっ……」
「憐れだなイグアス。我は伯父だから頼めば貰える、羨ましかろう! ハッハッハ!」
「俺もメイとは個人的に面識もある上、仲も良い。そして息子も仲が良い。だから頼めば飲める。羨ましいかイグアス! ハーハッハッハ!」
「黙れよ筋肉馬鹿どもが」
「それいっくんもだよー」
「うっ……!」
男神達が騒ぐ声にクロノス様の突っ込みが入る。
女神連中もそれぞれ酒を飲みながらきゃいきゃいと会話を交わしていた。
先程とは打って変わり平穏な空気だ。完全に宴へと空気が切り替わった。
「……ふぅ」
知らず詰めていた息を吐き、広がる安堵感に身を任せた。
どうやらどうにかなったようだ。これで一つ肩の荷が下りたな。
口元を緩め用意された酒へと手を伸ばす。
「――あぁ、美味い」
娘の造った酒を口に含んだオレはその味に笑みを浮かべた。




